陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

サキ「侵入者たち」中編

2008-09-13 22:33:55 | 翻訳
侵入者(中編)

 ちゃんと生きていることにほっとしつつも、身動きできない現状にいらだって、ウールリッヒの口から、敬虔な感謝の祈りと口汚い呪詛の入り交じる奇妙な言葉が漏れた。ゲオルクは流血が目に入るためにほとんど何も見えず、もがくこともやめて、しばらくそのせりふを聞いていたが、やがて短い、鼻先で嗤うような音を立てた。

「おっと、おまえは死に損なったようだな、くたばればよかったのに。まあ、動けないんじゃどうしようもないが」彼は怒鳴った。「あっさりとつかまっちまった。ハッハッ、お笑い草じゃないか、ウールリッヒ・フォン・グラッドヴィッツが盗んだ森の中で罠にかかるとはな。こういうのを本当の天罰と言うのだな!」

 そうしてあざけりと怒りをこめて、もう一度高笑いした。

「おれがいまいるのは、うちの森だ」ウールリッヒは言い返した。「うちの衆が助けに来てくれるのをどうせ待ってるんだろうが、隣の地所で密猟をしているところで動けなくなった、ってことがばれる羽目になるんだぞ。ざまはないな」

 ゲオルクはしばらく口をつぐんでいた。やがて静かに答えた。

「おまえはおまえのところの連中が助けてくれるまで生きているつもりらしいな? おれだって今夜、屋敷の者を連れてきてるんだぞ。おれのすぐ近くにいるんだ。先に助けに来るのは屋敷の者たちの方さ。ここに来てクソ枝からおれを引っ張り出したら、すぐにあのぶっとい幹をきさまの上に転がしていくなんざ、どんなにぶきっちょなヤツにだってできるんだ。おまえのところの連中が見つけるのは、倒れたブナの下敷きになってくたばってるきさまの死骸だ。世間の手前、おまえの一家には悔やみぐらいは送っておいてやるよ」

「いいことを教えてくれたな」ウールリッヒは噛みつくような声をだした。「うちの衆には十分経ったら追いかけてくるように言ってあるし、七分はもう経っただろうからな。うちの衆がおれを助けたあとは――教えてくれたことはしっかり覚えておくぞ。ただし、おまえはおれの地所で密猟中にくたばったことになるから、きさまの家には悔やみなんぞは届けないのが、礼儀かもしれんな」

「ふん、結構だ」ゲオルクが怒鳴った。「それもよかろう。死ぬまでやってやろうじゃないか、おまえとおれ、それから森番だけで、邪魔者一切なしだ。くたばりやがれ、ウールリッヒ・フォン・グラッドヴィッツ」

「同じことを言ってやろう、ゲオルク・ツネイム、このこそ泥めが」

 どちらもが相手を口汚くののしり、できる限りの打撃を相手に与えようとした。というのも、探し当てるか偶然見つけるかは定かではないが、ともかく配下の者たちが来るまでまだしばらくかかることはわかっていたのだ。しかも、どちらの一団が先にここにやってくるかは、運次第なのである。

 ふたりとも、自分たちを地面に叩きつけている大木から這い出そうと無駄にあがくことは断念していた。ウールリッヒはほんの少し自由になる腕を伸ばして、自分の上着の外側のポケットからワインの入ったフラスコを引っ張り出そうと、ぎりぎりの努力をした。その仕事がうまくいったので、今度はなんとか栓をゆるめて、自分の喉に流し込むという気の遠くなるような困難をやりとげなければならなかった。だが、なんとかぐわしいひとくちであったろう! 冬もまだ浅く、まだ雪もほとんど降っていなかったために、例年のこの時期に比べても、寒さは厳しくはなかった。それでもワインを飲めば温まり、傷を負った体にも生気がよみがえったような気がする。向こうに目をやると、倒れている自分の敵が、痛みと疲労からうめき声をあげそうになるのを歯を食いしばってこらえているのが目に入って、哀れさに胸を衝かれた。

「このフラスコをそっちへ放ったら、手を伸ばすことができるか」不意にウールリッヒは聞いた。「うまいワインが入ってる。ちょっとでも楽になれるのならそれに越したことはないからな。一杯やろうじゃないか。たとえ片方が今夜中に死ぬとしても」

「いや、いい。ほとんど何も見えないんだ。両目とも血で固まってしまってな」ゲオルクは答えた、「ま、何にせよ敵とワインなんぞ飲むのはごめんだしな」


(憎み合うふたりの男はどうなるのか。意外な結末は明日)


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