家から出てきたケニーは、うまくいった、と親指を上に向けた。それから三人は徒歩でふたたび森に向かった。納屋を過ぎたところで、鼻面が灰色の黒い大きな犬が飛び出してきて、三人に向かってほえかかった。ひと声ほえるたびに少しずつ後ろへ下がり、まるで大砲の反動を見るようだ。ケニーが四つんばいになってほえ返すと、犬はしっぽを巻いて納屋へ逃げ戻り、その途中、肩越しに振り返ってちょっとおしっこをした。
「あいつは年寄りだな」とフランクがいった。「老いぼれ犬さ。どう考えても15歳よりは下じゃない」
「すんげえ年寄りだな」ケニーがいった。
納屋を越えて三人は雪原を横切っていった。あたりには柵もなく、地面は堅く凍結していて、思ったよりも早く進む。足跡に行き当たるまでは雪原のはずれを行くことにして、丘の方へどんどん戻っていく。薄暗くなるにつれて、木々の影はぼんやりとしていき、強くなった風に吹き上げられた雪片が、顔を指した。結局、三人は足跡を見つけることができなかった。
ケニーは悪態をつくと帽子をかなぐり捨てた。「こんなひでえ狩りはは初めてだぜ、まったく」もういちど帽子を拾って雪をはらう。「15で鹿をつかまえ損なってからこっち、こんなにひどいシーズンはないだろうな」
「鹿の問題じゃない」フランクが訂正した。「これが狩りっていうもんだ。これもみなここのエネルギーがそうなってるからだし、おれたちはそれに従うしかないんだ」
「おまえはそうすりゃいいさ」ケニーが言い返す。「おれがここに来たのは、鹿をしとめるためで、ヒッピーくずれのたわごとを聞きに来たわけじゃねえ。こんなところに跡を残してるんじゃなかったら、とっくにおれが捕まえてたさ」
「もういい」フランクがいった。
「それにおまえは――おまえはあのケツの青いガキのことで頭ン中がいっぱいで、鹿に出くわしたってそれどころじゃないんだろうがな」
「くたばれ」フランクは背を向けた。
ケニーとタブはフランクに続いて、雪原を横切って戻った。納屋の近くまで来ると、ケニーが立ち止まって指さした。「あのポストが気にくわねえ」そういってライフルを構えると、発砲した。乾いた枝をポキリと折ったような音がした。ポストは上の方が粉々になって右側に落ちた。「ほら、くたばりやがった」
「いいかげんにしろ」フランクはそういいながら、どんどん歩いていく。
ケニーはタブに、にやりと笑いかけた。「あの木も気にくわねえな」そういうと、また撃った。タブはあわててフランクを追いかけた。話しかけようとしたところに犬が納屋から飛び出してきて、ほえかかってきた。「よしよし」フランクが声をかける。
「こいつも気にくわねえ」ケニーはふたりのうしろまで来ていた。
「いいかげんにするんだ」フランクがいった。「銃をおろせ」
ケニーが発砲した。弾は犬の眉間を撃ち抜いた。雪の中にすっと体が沈んで、脚を広げたままひらたくなった。見開いたままの黄色い目が、ずっとこちらを見ていた。血が流れてさえいなければ、小ぶりの毛の敷物といったところだ。鼻面からあふれだした血が、雪にしみだしていった。
三人ともそこに倒れた犬を、ただ見つめるだけだった。
「こいつがいったい何をしたっていうんだ?」タブが聞いた。「ただほえただけじゃないか」
ケニーはタブに向き直った。「気にくわねえ野郎だな」
タブは腰だめにして撃った。衝撃を受けたケニーは、後ろの柵にぶつかって、がくりと膝をついた。両手でみぞおちをおさえる。「おい」その手は血で染まっていた。薄暗がりの中で、その血は赤ではなく、青く見える。まるで影に染まったようだった。なぜか場違いなできごとには思えない。ケニーは仰向けになった。何度か深く息を吐く。「おれを撃ちやがったな」
「そうしなきゃおまえが撃ってた」タブがいい、ケニーの横に跪いた。「ああ、なんてこった。フランク、フランク」
フランクはケニーが犬を殺してから、ずっと立ちつくしていた。
「フランク!」タブが悲鳴を上げた。
「ほんの冗談のつもりだったんだ」ケニーがいった。「冗談だったのに。ああっ」突然背中を反らした。「ああっ」もういちどそういうと、かかとで雪を踏ん張ったので、頭が数十センチずり上がった。少し寝転がったまま休むと、かかとと頭を前後に揺すったので、まるでレスラーが準備運動をしているように見えた。
フランクは我に返った。「ケニー」かがんで手袋をはめた手を、ケニーの額に当てる。「おまえ、ケニーを撃ったな」とタブに向かっていった。
「やつのせいだ」
「いや、いや……」ケニーはうめいた。
タブは涙と鼻水を垂らしながら泣いている。顔中ぐしょぐしょだった。目を閉じたフランクは、またケニーを見下ろした。「どこが痛い?」
「どこもかしこもだ」ケニーがいった。「どこもかしこも痛い」
「ああ、なんてことをしたんだ」タブがいった。
「どこを撃たれた?」フランクがもういちど聞いた。
「ここだ」ケニーがみぞおちを示した。徐々に血がたまっていっている。
「運がいいぞ」フランクがいった。「左だ。虫垂を外れている。虫垂を撃たれたら、血の海で溺れるところだっただろう」向きを変えて雪の上に吐くと、暖をとろうとでもするかのように、自分の身体にしっかりと腕をまきつけた。
「大丈夫か?」タブがたずねた。
「トラックの中にアスピリンがある」ケニーがいう。
「おれなら大丈夫だ」フランクが答えた。
「救急車を呼ばなくちゃ」タブがいった。
「くそっ」フランクがいった。「どう言えばいいんだ」
「ありのままをいうしかないさ」タブが答える。「ケニーがおれを撃とうとしたから、おれが先に撃った」
「冗談じゃない。そんなつもりじゃなかった」
フランクがケニーの腕を軽くたたいた。「落ち着けよ、な」そういって立ち上がる。「さあ、行こう」
タブはケニーのライフルを拾い上げ、農家の方へ歩き出した。「こんなもの、あそこに残しておいちゃいけない。ケニーがまた変なことを思いついたらかなわない」
「これだけは確かだな。こんどばかりはたいしたことをやってくれたもんだ。まったくどえらいことになったぞ」
二度ノックして、やっと髪の長い痩せた男が扉を開けた。男の背後の部屋は、煙が充満している。目を細めてふたりを見た。「獲物は見つかったか?」
「だめだった」フランクが答える。
「そうだろうと思った。もうひとりにそのことは言ったんだ」
「事故があった」
薄暗がりの中に立っているフランクからタブに目を走らせた男はいった。「友だちを撃ったんだな」
フランクがうなずく。
「おれが撃った」タブがいった。
「電話をかけたいんだろ?」
「差し支えなければ」
(この項続く)
「あいつは年寄りだな」とフランクがいった。「老いぼれ犬さ。どう考えても15歳よりは下じゃない」
「すんげえ年寄りだな」ケニーがいった。
納屋を越えて三人は雪原を横切っていった。あたりには柵もなく、地面は堅く凍結していて、思ったよりも早く進む。足跡に行き当たるまでは雪原のはずれを行くことにして、丘の方へどんどん戻っていく。薄暗くなるにつれて、木々の影はぼんやりとしていき、強くなった風に吹き上げられた雪片が、顔を指した。結局、三人は足跡を見つけることができなかった。
ケニーは悪態をつくと帽子をかなぐり捨てた。「こんなひでえ狩りはは初めてだぜ、まったく」もういちど帽子を拾って雪をはらう。「15で鹿をつかまえ損なってからこっち、こんなにひどいシーズンはないだろうな」
「鹿の問題じゃない」フランクが訂正した。「これが狩りっていうもんだ。これもみなここのエネルギーがそうなってるからだし、おれたちはそれに従うしかないんだ」
「おまえはそうすりゃいいさ」ケニーが言い返す。「おれがここに来たのは、鹿をしとめるためで、ヒッピーくずれのたわごとを聞きに来たわけじゃねえ。こんなところに跡を残してるんじゃなかったら、とっくにおれが捕まえてたさ」
「もういい」フランクがいった。
「それにおまえは――おまえはあのケツの青いガキのことで頭ン中がいっぱいで、鹿に出くわしたってそれどころじゃないんだろうがな」
「くたばれ」フランクは背を向けた。
ケニーとタブはフランクに続いて、雪原を横切って戻った。納屋の近くまで来ると、ケニーが立ち止まって指さした。「あのポストが気にくわねえ」そういってライフルを構えると、発砲した。乾いた枝をポキリと折ったような音がした。ポストは上の方が粉々になって右側に落ちた。「ほら、くたばりやがった」
「いいかげんにしろ」フランクはそういいながら、どんどん歩いていく。
ケニーはタブに、にやりと笑いかけた。「あの木も気にくわねえな」そういうと、また撃った。タブはあわててフランクを追いかけた。話しかけようとしたところに犬が納屋から飛び出してきて、ほえかかってきた。「よしよし」フランクが声をかける。
「こいつも気にくわねえ」ケニーはふたりのうしろまで来ていた。
「いいかげんにするんだ」フランクがいった。「銃をおろせ」
ケニーが発砲した。弾は犬の眉間を撃ち抜いた。雪の中にすっと体が沈んで、脚を広げたままひらたくなった。見開いたままの黄色い目が、ずっとこちらを見ていた。血が流れてさえいなければ、小ぶりの毛の敷物といったところだ。鼻面からあふれだした血が、雪にしみだしていった。
三人ともそこに倒れた犬を、ただ見つめるだけだった。
「こいつがいったい何をしたっていうんだ?」タブが聞いた。「ただほえただけじゃないか」
ケニーはタブに向き直った。「気にくわねえ野郎だな」
タブは腰だめにして撃った。衝撃を受けたケニーは、後ろの柵にぶつかって、がくりと膝をついた。両手でみぞおちをおさえる。「おい」その手は血で染まっていた。薄暗がりの中で、その血は赤ではなく、青く見える。まるで影に染まったようだった。なぜか場違いなできごとには思えない。ケニーは仰向けになった。何度か深く息を吐く。「おれを撃ちやがったな」
「そうしなきゃおまえが撃ってた」タブがいい、ケニーの横に跪いた。「ああ、なんてこった。フランク、フランク」
フランクはケニーが犬を殺してから、ずっと立ちつくしていた。
「フランク!」タブが悲鳴を上げた。
「ほんの冗談のつもりだったんだ」ケニーがいった。「冗談だったのに。ああっ」突然背中を反らした。「ああっ」もういちどそういうと、かかとで雪を踏ん張ったので、頭が数十センチずり上がった。少し寝転がったまま休むと、かかとと頭を前後に揺すったので、まるでレスラーが準備運動をしているように見えた。
フランクは我に返った。「ケニー」かがんで手袋をはめた手を、ケニーの額に当てる。「おまえ、ケニーを撃ったな」とタブに向かっていった。
「やつのせいだ」
「いや、いや……」ケニーはうめいた。
タブは涙と鼻水を垂らしながら泣いている。顔中ぐしょぐしょだった。目を閉じたフランクは、またケニーを見下ろした。「どこが痛い?」
「どこもかしこもだ」ケニーがいった。「どこもかしこも痛い」
「ああ、なんてことをしたんだ」タブがいった。
「どこを撃たれた?」フランクがもういちど聞いた。
「ここだ」ケニーがみぞおちを示した。徐々に血がたまっていっている。
「運がいいぞ」フランクがいった。「左だ。虫垂を外れている。虫垂を撃たれたら、血の海で溺れるところだっただろう」向きを変えて雪の上に吐くと、暖をとろうとでもするかのように、自分の身体にしっかりと腕をまきつけた。
「大丈夫か?」タブがたずねた。
「トラックの中にアスピリンがある」ケニーがいう。
「おれなら大丈夫だ」フランクが答えた。
「救急車を呼ばなくちゃ」タブがいった。
「くそっ」フランクがいった。「どう言えばいいんだ」
「ありのままをいうしかないさ」タブが答える。「ケニーがおれを撃とうとしたから、おれが先に撃った」
「冗談じゃない。そんなつもりじゃなかった」
フランクがケニーの腕を軽くたたいた。「落ち着けよ、な」そういって立ち上がる。「さあ、行こう」
タブはケニーのライフルを拾い上げ、農家の方へ歩き出した。「こんなもの、あそこに残しておいちゃいけない。ケニーがまた変なことを思いついたらかなわない」
「これだけは確かだな。こんどばかりはたいしたことをやってくれたもんだ。まったくどえらいことになったぞ」
二度ノックして、やっと髪の長い痩せた男が扉を開けた。男の背後の部屋は、煙が充満している。目を細めてふたりを見た。「獲物は見つかったか?」
「だめだった」フランクが答える。
「そうだろうと思った。もうひとりにそのことは言ったんだ」
「事故があった」
薄暗がりの中に立っているフランクからタブに目を走らせた男はいった。「友だちを撃ったんだな」
フランクがうなずく。
「おれが撃った」タブがいった。
「電話をかけたいんだろ?」
「差し支えなければ」
(この項続く)
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