陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

H.G.ウェルズ「魔法の店」その2.

2008-08-28 23:04:25 | 翻訳
その2.

 そこはどう見てもただの店ではなかった。手品の店ということで、おもちゃをほしがっているだけなら、ギップも自分が先になって元気よく中に入っていっただろう。だがわたしにはひとことも話しかけようとはしなかった。

 小さく細長い店で、照明も十分ではない。後ろ手にドアを閉めると、ドアベルがもの悲しげな音を立てた。しばらくのあいだ、わたしたち以外にだれもいなかったので、周囲に目を走らせることができた。張り子の虎が、低いカウンターをふさぐガラスケースの上で、威厳のこもった優しいまなざしで、几帳面に首を振っている。水晶玉がいくつか、手品のトランプを持った瀬戸物の手、サイズもさまざまな手品用の金魚鉢、みっともないバネの飾りがついている不格好な手品帽。床にはマジックミラーが置いてある。姿を細長く引き延ばすものもあれば、頭を大きくして足を消してしまうもの、小さくまん丸のチェッカーの玉のような姿にするもの。わたしたちが笑っているあいだに店の主人がやってきたようだった。

 はっきりとはしないのだが、カウンターの向こうに、顔色が悪く黒い髪をした奇妙な男が立っていた。片方の耳が大きく、あごはブーツのつま革のようだ。

「何かお気に召しますものがございましたかな」そう言うと、長い、手品師らしい指をガラスケースの上に広げた。その声に驚いたわたしたちは、店主に気がついたのだった。

「息子に何か簡単な手品の道具を買ってやりたいんだが」

「手品ですね? 機械仕掛けのものがお好みですか、それともご家庭で楽しむようなもの?」

「おもしろいものならなんでもいいんだ」とわたしは答えた。

(この項つづく)