陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

H.G.ウェルズ「魔法の店」

2008-08-27 22:44:07 | 翻訳
今日から6日ぐらいの予定でH.G.ウェルズの"Magic Shop" の翻訳をやっていきます。
原文はhttp://members.lycos.co.uk/shortstories/wellsmagicshop.htmlで読むことができます。

* * *

「魔法の店」

H.G.ウェルズ


その1.

 その手品屋を目にしたことは、それまでにも何度かあった。一、二度前を通りかかったこともあるが、店のショーウィンドウには、心引かれるような細々としたもの、マジックボールや手品用のメンドリ、すてきな三角帽子、腹話術の人形やかごを使う手品での道具、種も仕掛けもなさそうなトランプといった品々が飾ってあったのだが、入ってみようと思い立つことはなかった。ところがその日、何の前触れもなく、ギップがわたしの指を引っ張ってウィンドウの前まで連れて行くと、どうしても中に入りたげなそぶりを見せたのだった。正直、その店がそんな場所にあると思ってなかった――リージェント・ストリートに面した狭い間口、画廊と特許つきの孵化器から出てきたばかりのヒナが走り回っている店にはさまれている店だとは。だが、まぎれもなくそこにあったのだった。なんとなくその店はピカデリー・サーカスの近くか、オックスフォード・ストリートか、ホーボーンだったかもしれない、ともかくその角を曲がったところにあるような気がしていた。いつもなにかしら、たどりつけない場所にあるような、蜃気楼のようにも感じていた。ところがいまや疑う余地もなくここにある。ギップは人差し指の先でガラスにふれた。

「もしぼくがお金持ちなら」そう言いながらギップは消える卵を軽く指で叩きながら言った。「あれを買うんだけどなあ。それからあっちのも」――指の先には人間そっくりの泣く赤ん坊の人形があった――「それからこれ」と言ったのは、不思議で夢中になりそうな、大変美しいトランプで「これを買って友だちを驚かせよう」と書いてあった。

「あの三角帽子を上からかぶせると、何でも消えてしまうんだ。ぼく、本で読んだことがある。それからあっちに、パパ、消える半ペニー硬貨もあるよ――これをこうやって上にやるだけで、もうどこへ行っちゃったかわかんなくなるんだ」

 息子のギップは母親のしつけられたせいで、自分から店に連れて行ってくれ、と言い出すことはなかったし、だだをこねるようなこともなかった。ただ、半ば無意識のまま、わたしの指を戸口の方へ引っ張って、自分の関心の所在を明らかにしているのだった。

「あそこに」そう言ってマジックボトルを指さす。

「もしあれを持っていたらどうするつもりなんだい?」わたしは聞いてみた。前途有望な質問に、ギップはぱっとかがやかせて顔を上げた。

「ジェシーに見せてやるんだ」いつものことだがそうやって思いやりを示すのだ。

「誕生日まで百日を切ったな、ギブルス君」わたしはそう言うと、ドアの取っ手に手をかけた。

 ギップは何も言わなかったが、私の手をきつくにぎりしめた。そうしてわたしたちは店に入ったのである。

(この項つづく)