陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

この話、したっけ~あのときわたしが聞いた歌 その2.

2007-06-15 22:30:46 | weblog
2.初めて買ったレコード

小学校の低学年のころになると、自分が「これはいい」と見つけて好きになった歌はいくつもあった。そのほとんどはタイトルも知らず、ずいぶん大きくなって、これはあのときに好きだった曲だ、と知るようになったものだ。
ロネッツの《ビー・マイ・ベイビー》、シュープリームスの《恋はあせらず》、ギルバート・オサリバンの《アローン・アゲイン》、つい先日も、arareさんの書きこみで、ずっと「テストファニー」と思いこんでいた曲が、《テイスト・オブ・ハニー(密の味)》ということを知った。これもカッコイイ、と思っていた曲だ。そうして、青江美奈の《伊勢佐木町ブルース》。

不思議なのは、いま振り返っても当時の自分がそうした曲のどこが好きだったのかはっきりとわかることなのだ。《ビー・マイ・ベイビー》は転調してからのBメロの半音でうねうね動くところが好きだったのだし、《恋はあせらず》は裏打ちのリズムがカッコイイ、と思ったのだし、《アローン・アゲイン》はコードが半音ずつ下がっていくところが好きだったのだし、そうして《伊勢佐木町ブルース》、これは曲に入ってしまうとそれほど好きではなかったのだが(いま考えてみたが歌詞はまったく思い出せない)、あのイントロのッハー、ッハーというため息のシンコペーションがたまらなくカッコイイと思ったのだ。
実はわたしは音楽の好みというのは、そのころに形成されたままほとんど変わっていないのかもしれない。相変わらず転調とシンコペーションはやたら好きだ。

だが、いったいどこでそういう曲を聴いていたのかがわからないのだ。
家には古典音楽のレコードしかなかったし、さらにひどいことに、母親はブルグミュラーだのツェルニーだの、ピアノの練習曲のレコードを「曲の感じをつかむために」と聴かせたのだった。毎日同じ曲を繰りかえし練習しているところに加えて聞かされたそういうピアノ曲は、吐き気がするような思いだった。いまだに古典音楽のピアノ曲だけは、ピアノ協奏曲も含めて、どうにも聞く気になれないのは、あの吐きそうな記憶があとを引いているにちがいない。

ともかく、家でないことは確かなのだ。
思うに、気に入った曲が街中で流れでもしたら、わたしは立ち止まって、一心不乱に耳に焼き付けてたのだと思う。そうやって、記憶に刻みつけ、繰りかえし思い返す。また聴く機会があれば、さらに補強する。

わたしはよく知っている曲ならかなり忠実に再現することができる(自分では「頭の中で鳴らす」と呼んでいる)のだが、これはおそらくそのころ身につけた能力ではなかろうか。残念ながらこの「頭の中で鳴らしている」とき、どれほど正確な音を「出し」ているのか、実際の音と聞き較べて確かめることはできないのだが。

ともかく人間というのは制限された環境の中でも、なんとか適応するものなのである。
そうやって覚えた曲はこっそりピアノで弾いてみたし、「タラッタラッタタラララッ、ッハー、ッハー」と歌っていて、「何を変な声、出してるの!」と叱られた記憶もある。

初めて自分で買ったレコードは、ジグソーの《スカイ・ハイ》だった。
いま聴いてみると、なんともいえない派手で中身のない曲なのだが、それでも自分がそのどこに引かれたのかもやっぱりわかってしまう。もはや好きというにはあまりに恥ずかしい曲なのだけれど。

そのシングル・レコードには、プロレスラーがドロップキック(という技の名前は当時知らなかったが)をしている写真がジャケット、というか、レコードが入っている袋に入っていた一枚の紙に印刷してあり、裏にはそのマスクをかぶったレスラーが「ミル・マスカラス」というメキシコの選手であることが書いてあった。彼がこの曲を入場曲として使っていたから、というのがその理由で、ミル・マスカラスが当時人気があったせいなのか、この曲はあちこちでよく耳にしていたように思う。単純な曲で、一度聴いたらすっかり覚えられそうなものなのだが、それでもわたしがこのレコードを買ったのには理由があった。

わたしが当時通っていた学校では、年に一度、バザーがあった。
不要品を出す、という建前だったが、実際には未使用の新品でなければならない、という規定があって、結局はそのバザーに出品するために買わなければならなかったようだ。毎年その時期になると、母はこぼしていたものだったが、バザーの日は子供たちにとってはお祭りのようなもので、楽しみにしていた。

うどんやカレーを出す店、お母さんたちが焼いたクッキーを売る店、そのほかにも、服や文房具や本などさまざまなものが売られている。もちろんそれだけではなく、児童が書いた絵や習字、研究発表や壁新聞なども掲示されていた。
そういうなかで、先生の出店があったのだ。

そこには先生たちが出したさまざまな品が売られていた。本は大人向けで、とても読めないような本ばかりだったのだが(そのなかに石川達三の『青春の蹉跌』という本があって、「これは何と読むのですか」と読み方を教えてもらったのをなぜか覚えている)、そのなかにレコードをいくつも出している先生がいたのだ。
ほかにはいったいどんなものがあったのか、まったく記憶にないのだが、一枚だけ、筋肉がもりあがったごつい体つきの、上半身裸の男が跳んでいる写真のレコードが異質で、おそらくこれは何のレコードかと聴いたのだと思う。すると、その先生はそこにあった小さなプレーヤーにそれをのせて聴かせてくれたのだ。
「あ、この曲、好きなんです」と言ったら、特別にまけてあげよう、と言われて、確か、70円で買ったのだと思う。
カレーがたぶん二百円で、クッキーが百五十円ではなかったか。そのなかで、70円で、シングル盤のレコードを買ったのだった。

それから家で毎日そのレコードを聴いていたように思う。文句を言われようものなら、学校のバザーで先生から買ったの、文句ないでしょ、とばかりに、聴いたのだ。
そのころ、自転車に乗って走るときはいつもあのイントロの「タラララタラララタラララタラララダカダカダン」というのが頭の中でなっていた。

(この項つづく)

※《ビー・マイ・ベイビー》http://youtube.com/watch?v=8-0upHlWfQ4
《恋はあせらず》http://youtube.com/watch?v=6EZ9h9gZ0wA
《アローン・アゲイン》http://youtube.com/watch?v=D_P-v1BVQn8&mode=related&search=
《スカイ・ハイ》http://youtube.com/watch?v=SeAm0dVohDg
ここで聞くことができます。