陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

ヘミングウェイ 『殺し屋』 その2.

2006-12-25 22:30:04 | 翻訳
ジョージが二種類の皿、ハムエッグがのったものとベーコンエッグがのったものをカウンターに置いた。付け合わせのフライドポテトの小皿も横に置いて、調理場に通じる小窓を閉めた。

「どちらがおたくのでしたっけ」とアルに尋ねた。

「忘れちまったのか」

「ハムエッグでしたよね」

「ほらきた、天才」マックスは言い、身を乗り出して、ハムエッグの皿を取った。ふたりの男は手袋をはめたまま食べている。ジョージはそれをじっと見ていた。

「何を見てるんだ」マックスがジョージを見返した。

「何も見てませんよ」

「何言ってやがる。おれをじろじろ見てただろうが」

「このお兄いさんは冗談でそう言ったのさ、マックス」アルが言った。

ジョージが笑う。

おまえは笑わなくていい」マックスがジョージに言った。「おまえが笑うようなことじゃないんだ、いいな?」

「わかりました」ジョージが答えた。

「わかりました、だとさ」マックスはアルの方を向いた。「お兄いさんはおわかりになったんだそうだ。ずいぶんご大層な物言いだな」

「そりゃ兄いは学者さんだもんな」アルが言った。ふたりは食事を続ける。

「カウンターのはじっこのお利口な坊ちゃんはどうしてるかな」アルがマックスに聞いた。

「おい、お利口な坊ちゃん」マックスがニックに言った。「あっちを回ってカウンターの向こうのお友だちのところへ行きな」

「なんで?」ニックが尋ねた。

「なんでもへったくれもねえんだよ」

「あっちへ行きゃいいんだよ、お利口さん」アルが言った。ニックはカウンターの内側へ回った。

「どういうことなんです」ジョージが聞いた。

「おまえの知ったことじゃない」アルが言った。「調理場には誰がいる?」

「黒人でさ」

「黒人たあどういうことだ」

「コックの黒人です」

「こっちに来るように言え」

「なんでまた」

「来るように言えばいいんだ」

「ここをどこだと思ってるんですか」

「ここがどこか、なんてことは百も承知だ」マックスと呼ばれている方が答えた。「それとも俺たちが阿呆に見えるか」

「おまえは阿呆な口を利いてる」アルがマックスに言った。「こんなガキと言い合って何になるってんだ。おい」ジョージに向かって続けた。「黒んぼにこっちに出てくるように言うんだ」

「やつをどうしようっていうんです」

「どうもしないさ。頭を使えよ、利口な兄さんよ。おれたちが黒人なんかに何をするっていうんだ」

ジョージは奧の調理場に続く仕切りの小窓を開けた。「サム」と声をかける。「ちょっとこっちに来てくれ」

調理場のドアが開いて、黒人が入ってきた。「どうかしたんですか」

カウンターのふたりの男はそれを見ていた。

「さて、黒んぼ。おまえはそこに立ってるんだ」アルが言った。

黒人のサムは、エプロン姿のままそこに立ち、カウンターに腰かけているふたりの男を見ていた。「わかりました。旦那」アルはスツールから降りた。

「おれはこれから黒人と利口な坊やをつれて調理場へ行く」アルが言った。「調理場へ戻れよ。坊や、おまえはやつと一緒に行くんだ」ニックとサムを押し立てて、小柄な男は調理場へ入っていった。ドアが背後で閉まる。マックスの方はカウンターを挟んで、ジョージの反対側にすわっていた。ジョージを見るかわりに、カウンターの向こうにはまっている鏡のなかに目をやっていた。「ヘンリーの店」は酒場を改装して、軽食堂になったのだった。


(この項つづく:たぶん明日には終わらない。四回で終了を目指します。
 ※原文の nigger に対応する日本語に差別語を当てています)