陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

ドロシー・パーカー 「電話」その1.

2006-05-08 22:20:10 | 翻訳
今日からドロシー・パーカーの短編"A Telephone Call"の翻訳をやっていきます。
原文は http://www.classicshorts.com/stories/teleycal.htmlで読むことができます。


「電話」 by ドロシー・パーカー



 神様、お願いです。あの人に、いますぐわたしに電話をかけさせてください。ね、神様、いますぐ電話しろ、って。お願いするのはそれだけ、ほんとに、それきりなんです。たいしたことじゃないでしょ。神様だったら、簡単なこと、どうってことのない、あっというまにできることでしょ。ただあの人に電話させるだけ。だから、神様、お願いです、お願い。

 わたしが考えなかったら、電話が鳴るのかも。そういうことってときどきあるし。ほかのことを考えてたら。何かほかのこと、考えられるものなら。もしがんばって五百を五回数えたら、そのあいだに電話があるかも。ゆっくり数えよう。ごまかさないで。もし三百のところで電話が鳴っても、続けるの。五百になるまで出ないんだ。5…、10…、15…、20…、25…、30…、35…、40…、45…、50…、ああ、頼むから鳴ってよ。お願い。

 時計を見るのはこれが最後。もう絶対に見ないから。いま、七時十分。彼、五時に電話するって言った。「五時に電話するよ、ダーリン」彼、このとき「ダーリン」って言ったと思う。たぶん、絶対、このとき言ったはず。彼、わたしのことを「ダーリン」って二回言って、もう一回はさよなら、って言ったときだった。「さよなら、ダーリン」

忙しいひとだし、おまけにオフィスではあんまり話なんてできないし、なのに、二回も「ダーリン」って呼んでくれた。わたしが電話したことで、気を悪くするなんてことはありえない。やたら電話しちゃいけないことぐらい、わかってる――そういうことすると、うっとうしいもの。そんなことする子は、自分のことばっかり考えてるんだ、自分をつかまえようとしてるんだ、ってバレバレになっちゃうから、結局、嫌われてしまう。だけどわたしはこの三日、彼とは話をしてなかった――三日間も。それにわたしが言ったのは、お元気? ってだけ。だれでもそのくらいの電話、かけてるじゃない。彼だって気にしてるはずがない。わたしのこと、うっとうしい、だなんて思ってるはずがない。「もちろんそんなこと思ってないよ」って言ってくれたし。それに、彼の方から電話する、って言ったんだもの。そんなことしなきゃいけない義理なんてないのに。わたしが頼んだわけじゃない。ほんと、わたしは頼んでない。絶対、頼んだりしてなかったはず。電話するって言っておいて、しないようなひとだとは思えない。ね、神様、彼にそんなことさせないでね、お願いします。

「五時に電話するよ、ダーリン」「さよなら、ダーリン」いそがしいときに、慌ただしいなかで、まわりに人だっていたのに、「ダーリン」って二回も呼んでくれた。そのことば、わたしのものよ。わたしのもの。たとえもう会えないとしても、わたしにはそのことばがあるんだもの。だけど、だけど、それだけじゃあんまりだ。それだけじゃ納得できない。もし会えなくなったとしたら、とてもじゃないけど、おっつかない。だから神様、どうかもう一回、彼に会わせてください。お願い。彼がいなきゃダメなの。ほんとにダメなのよ。神様、わたし、いい人間になります。ほんとよ、もっといい人間になれるように努力しますから。もしもう一度彼に会わせてくれるなら。神様が、彼に電話させてくれるなら。ああ、いますぐ、わたしに電話させて。

 ね、神様、わたしのお祈りなんてつまらないものだ、なんて思わないでくださいね。そりゃあなたは高いところに座ってらっしゃる。真っ白で、お年を召してらっしゃって、天使がまわりを飛び回ってて、星が横を流れていってるのね。そこでわたしが神様に電話のことなんかのお願いをする。だけど、笑わないでください、神様。ね、あなたにはわたしの気持ちなんてわからない。だってあなたは全然傷つく怖れもなくて、玉座にどんと構えてたらよくて、その下には青い空が渦巻いてる。何ものも、あなたに触れることなんてできやしない。あなたの心がだれかの手でかき乱される、なんてこともない。だけど、わたしは苦しんでるんです、神様。すごく、すごく苦しいの。助けてくださいませんか? あなたの御子のために、わたしを助けてください。あなたの御子の名において求められたことは、いかなることでもしよう、とおっしゃいませんでしたっけ。ああ、神様、あなたのただひとりの御子、イエス・キリストの名において、天にまします主よ、どうかいますぐ彼に電話をかけさせてください。

(この項つづく)