『アエネイスミッション』[Aeneas Mission ]

建国の使命を抱くアエネイスのフアストミッションは自軍団自民族引き連れて炎上壊滅するトロイからの脱出である。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  517

2015-04-30 08:07:52 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 彼らは、山頂に到って小一時間、足踏み身体こすりを休むことなく続けていた。
 東のはるか彼方の水平線に黎明の兆しを目にする。太陽の第一射を気にかけて身体の暖め作業を続けた。
 明るさが増してくる、水平線が黄金色に輝いてきた。一同の動作が停まる。彼らは感動の一瞬を息を止めて待った。
 来たっ!
 彼らは、水平線の幕を破って届く、太陽の第一射を身に受けた。それを目にした。
 彼らは、すべてを忘れて、全神経、心のありったけ、身体の全てを、その一点に集中した。
 彼らは、声を上げた。五体を搾って、心から、腹の底から声を出した。
 『ワオ~ッ!』『ワオ~ッ』
 それは獣声に似た声であった。
 感動の叫び、今日を開く、未来を拓く、心の雄たけびであった。各人が五度、六度と声を上げる、彼らの心中は唯我、己のみ存在の叫び声であった。
 大日輪が水平線から身を離して昇っていく、大感動の一瞬から幾ばくかの時が過ぎて、感動の嵐が去ろうとしている。感動の時が過去となろうとしている。全員が顔を見合わせた。
 目と目を合わせる、互いに肩を抱いた。この瞬間にイデー山山頂に同会した感動を共有した歓びを交わした。彼らは、でっかい太陽を胸に抱いた。生涯忘れることのない感動であった。
 『この感動をわすれない!』を誓った。
 時が過ぎていく、昇りゆく太陽に各自が思い思いに何かを託した。目を輝かせて太陽の軌跡を追った。
 身を凍らせる寒さが遠のいていく、我に帰る時が訪れた。アヱネアスが声をかけた。
 『素晴らしい時であった。感動した。この時を生涯忘れはしない。イリオネス、スダヌス、クリテス、イデオス、ありがとう』
 彼は感謝を一同に伝えた。
 『統領、このようなチャンスをいただいた私たちこそ、統領に感謝いたします。この山頂でのこと生涯忘れることはありません。ありがとうございました』
 イリオネスもスダヌスも目を潤ませて、アヱネアスの言葉に答えた。
 『おい!寒さを思い出した。腹も減ったな』
 『よし!腹に何かを入れよう。イデオス、袋をよこせ!』
 スダヌスはイデオスに声をかけた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  516

2015-04-29 07:42:13 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 彼らは、寒さをしのぐ歩行を続けて山頂に到達した。頂上には誰もいない、彼ら五人がいるのみである。身を切って去る風は、ビユーッ!である。風に身をさらして頂上に立った。頭上の月、星が光を振り下ろしている、手を伸ばせば星がつかみ取れそうな錯覚を覚えさせる。 
 彼らは周囲を見回した。視界をさえぎる何物もない。風をさえぎる岩もない、足元に目を移す、雪の層が厚く感じられる。身を刺す寒気、考える余裕がない、イリオネスがスダヌスに声をかけようとするが、歯が成鳴る、声が出ない、スダヌスも同様な風情である。
 イリオネスは、スダヌスの肩に手をかけた、声を絞り出した。吹いて過ぎる風が声を吹き飛ばす、イリオネスは両腕を伸ばして、スダヌスに抱きついた。スダヌスの耳に口を寄せた。
 『おい!この寒さなんとする?』
 『おう、寒い!いま、思案の真っ最中だ!』
 スダヌスがクリテスに向けて大声を出す。彼らが登頂に際しての抜け落ちは、頂上における寒さ対策の欠落であった。クリテスはどうしようかと焦っていた。
 『おい!クリテス、その袋の中身はなんだ?!』
 『松明です!』
 『とにかく、松明に火をつけろ!イデオス!クリテスを手伝え!』
 『はい!判りました』
 イデオスは、クリテスに身を寄せる、クリテスは石を打ち火花を散らす、イデオスが硫黄のついた火付け木を火花にかざす、苦心惨憺して松明に火をつけた。
 アヱネアスは、為す術もなさそうに肩を抱いて震えている。他の四人は声を出すことで生気を振り絞っていた。
 松明が燃えだした。
 『クリテス、松明三本をまとめて雪に突き立てろ!』
 風が松明の火をはやす、勢いよく燃え上がらせた。
 『統領、炎に手をかざしてください!少しは温かくなります』
 『おう!』
 アヱネアスは松明の炎に手をかざした。
 『皆も手をあぶれ!』
 人心地つきそうである。
 『次だ!いいか!五人連なって輪になるのだ。連なったら、足を踏みならせ!前にいる者の背中を両の手でこすれ!松明を真ん中にして、足を踏み鳴らして動け!前の者の背中を両手で懸命にこするのだ。声を出してやれ!』
 一同が声を上げて足を踏み鳴らす、
 『ダスコイ!』
 『ダスコイ!』
 彼らは声をあげる、足を踏み鳴らす、前の者の背中をこする、身体を動かす、寒さが遠のいていく、彼らに生気が戻ってくる、考える余裕が出てくる、人心地がついた。
 遠くに目にする天地の境目、空と海を分けている水平線が明るくなってきていた。星が光を消していく、明るくなった水平線が一同の目をくぎづけた。
 『こらっ!よそ見をするな!身体を動かせ!』
 スダヌスが四人を叱咤した。
 
 *お詫びします。昨日の投稿で用字間違いをやりました。深くお詫びいたします。
  一行目  峰筋な単調な  を  峰筋の単調な  に訂正いたします。
                          山田 秀雄

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  515

2015-04-28 07:32:40 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『イデー山は、皆さんが目にしたように峰筋な単調な独立峰です。ここからは山頂まで登り坂がつづきます。胸突きの険しい坂もあります。吹きさらしの風は、やや強めに体にあたります。慎重な足運びで地面を踏みしめて登りましょう。山頂付近には雪があります。平野部に比べて寒いところです。足元の雪、そして、風、寒さに気を配って、山の頂上を目指して登ります。半刻余りで頂上に着きます。以上です』
 一同には、クリテスの言おうとするところを理解した。
 小休止は終えた。彼らは立ちあがる、足腰を手でうつ、五体に喝をいれる。
 『いいですか!出発します!』
 五人は一列縦隊で前後に適当な間隔をとって歩き始めた。
 頂上まで、20スタジオン(4キロ)の距離である。一行五人は慎重このうえなしの足運びで歩を進めた。
 頭上の月、足許に落ちている己の影、黙して語らず、捨ていく足音。黎明の光いまだ目にせず、小休止から歩き始めてから40分、歩みを印す登山路は、雪に変わった。身を刺してくる冷気が痛い、寒い、薄く汗ばむ肌に寒さを感じさせた。
 彼らにとって未体験の寒さである。アヱネアスが声を上げた。
 『おう、これはきつい寒さだ!』悲鳴に近いニューアンスを帯びた声音であった。
 この季節、この時間の想定気温は、平地気温が14~15度、イデー山頂付近の気温は0度近い。吹きすぎる風で体感温度は0度以下に感じられる。
 時代は紀元前である、この寒さを数値として理解できない時代である。
 彼らが踏みしめているのは土ではなく雪である。彼らの到達地点の積雪、堆雪の厚さは1メートル以上と推察された。足裏からのぼりくる冷たさ、肌に感じる寒さ、耐えきる意志力が問われた。
 クリテスは、ここで何をどのように指示すべきかに戸惑った。彼自身初体験の状況である。彼のイデー山行経験は、晩夏のころのイデー山であり、山頂付近には雪はなく、暖かい季節の登頂体験であったのである。
 クリテスは冷静になろうと努めた。
 『皆さん!あと、もう少しです。頂上に4スタジオンくらいのはずです。寒さをしのぐのに身体を動かしましょう。それしか方法がない!』
 クリテスも寒い、歯がガチガチと鳴る。声を振り絞って告げた。
 『懸命に力んで頂上を目指して歩きましょう。頂上はすぐそこです!』
 彼は、一同に声をかけ、がむしゃらに頂上を目指して歩行を続けた。寒さを退けたように感じた。とにかく歩行のピッチをあげて、寒さを忘れさせた。彼らは懸命に歩を進めた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  514

2015-04-27 06:54:36 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 クリテスは、何かと気を使いながら寝についていた。イデー山登頂予定を宿坊の主人に伝えてある。彼は思いのほか疲れていたらしい、寝つきも早く、ぐっすり寝入っていた。
 宿坊の主人は、頃合いを見計らって、戸口に近い位置に寝ているクリテスの肩に手をかけてゆすった。
 『クリテス殿、もうそろそろですよ。空には月がありますよ!』
 小声で告げる、目を開けるクリテス、音を忍ばせて、戸外へ出る、空を仰ぐ、頭上の銀月は、白がねの光を振りまいていた。彼は雀躍した。
 『よしっ!一同を起こす!』
 彼は部屋に戻った。イリオネス隊長に起床を促した。次いでスダヌスを揺り起す。イリオネスが声をかけてくる、
 『クリテス、朝行事の間があるか?』
 『充分にあります!』
 『そうか、よし!』
 一同が目を覚ます、アヱネアスに声をかける。
 『頭(かしら)、時間です』
 イリオネスは、アヱネアスをどう呼ぼうかと寝て考えた結果の呼称であった。彼らは、朝行事にと小川へ向かった。
 『うえっ!冷てえ!』
 彼らは、流れる川の水の冷たさに驚いた。その冷たさが彼らの心を引き締めた。
 朝行事を終えて、足ごしらえを整えた。スダヌスは全員の足ごしらえを点検した。
 『よし!いいぞ!』
 『イデオス、これはダメだ!ちょっとゆるい、締めなおすのだ。しかっり結べ』
 『おう、イリオネス、一同、万端、OKだ!』
 『私、ちょっと宿坊の打ち合わせをしてきます』
 彼はクリテスを伴って、宿坊の主人と二言、三言打ち合わせた。イリオネスと目線を合わせる、手振りを加える。
 イリオネスは一同に出発を告げて、クリテスに合図を送った。
 『月があります、松明なしで登頂に出発します。登山口の三叉路まで、休みなしで行きます。出発!』と告げて、力をこめた一歩を踏み出した。
 先頭を松明を入れた袋を背にしたクリテス、続いてアヱネアス、イリオネス、今日の食料を入れた袋を担いでイデオス、殿りをスダヌス、一行五人は、言葉を交わすことなく粛々と歩を進めた。
 月は照り、星は輝く、イデーの山体は黒く大きく身じろぎもせず、峰筋は月照に輝き、山裾のソニアナの集落の甍が凍てついて目に映った。冬の名残りの風景であった。
 『へえ~、これが山から見下ろす夜の風景!?』
 彼らにとって、この情景はめずらしかった。
 ソニアナを出てから2時間、記憶に残る登山口の三叉路に着いた。小休止する。一行は歩んできた道を振り返っていた。目に映る夜の眺望であった。
 クリテスは、山行の<こうであろう>を簡単に語って説明した。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  513

2015-04-24 06:47:33 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 食卓には、この季節にクレタの山野に自生している山野草でにぎわっている。火であぶった羊肉、大きさが不揃いながら、土鍋で炒り焼かれた淡水魚が山と盛られていた。
 腹を空かせた五人は、酒を酌み交わし、日常、口にしない卓上の食材を口に運んだ。この地方独自の調理法でしつらえられている山野草、それらの独特の味を味わった。
 彼らの口をひきつけたのは、淡水魚の炒り焼きである。薄めの塩味が心地いい。彼らは自分たちの非日常を味わった。
 アヱネアスが一同に話しかける。
 『つれづれに想い、考えるのだが、食べ物を調理する、新しい味わいを創る。これも文化文明のうちかなという想いがする。遠い未来かもしれないが、調理、調味が文明だと言うような時が来るのかと考える』
 『そうですな、長~い長~い時を経て、その様な時が来るかもしれませんな。食べ物の味が舌に慣れ親しんでくる。変化を望む、味に変化をもたらす、新しい味わいを創りだす。すると、そういえるかも、あくまでも<かも>ですよ。オロンテスの焼いているパン、あれは文化だという誇りは持っていますが』
 イリオネスが、相槌を打った。
 彼らは山の味を堪能した。気分は満ち足りていた。
 アヱネアスが一同に声をかけた。
 『諸君、今日はご苦労であった。この山行の目的の一つは為し終えた。神殿の神官が私に話した言葉、いい言葉だ。それを皆に伝えておく。<今日ありて、未来が扉を開く、そして、時代が連なる>だ。感動したな。我々の命脈が途切れることなく連なり、事を為していく。神官が話を締めくくった言葉だ。いい言葉だ、俺は感動した。それともう一つ。祈りだ。神官が言う。<祈りだ。祈りは力を持っている。それは願望であるからだ>俺は、祈りが願望達成のメカであり、システムであると理解した。これが私が君たちに贈る言葉だ。受け取ってくれたまえ』
 『統領、ありがとうございます』
 力いっぱいの拍手が食堂内にこだました。
 宿坊の主人が、とぎれとぎれに聞こえてくる言葉に心がゆすぶられた。夕食の座がはねた。彼らが寝場所に案内されていく、宿坊の主人がクリテスを戸外にひっぱていく。クリテスに問いただした。
 『クリテス殿、どういうことだ、説明してくれ。あの人たちは、いったい誰なんだ?え~っ!』
 『あの方ね。ご主人気になさることはありませんよ。仕事を取り締まっている頭です。船造り集団の頭領です』
 『そうですか。気になったものですから』
 『そんな、気にすることはありません。ところで、明朝、山頂で昇る太陽を迎えたい、空模様はどうだろうね?』

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  512

2015-04-23 07:47:32 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 歩行は、順調といえた。左手下方の遠くにソニアナ集落の灯火を目にして、一行の者たちは駆けだしたい衝動を覚える、その気分が彼らの歩速を速めた。程なく、一行は宿坊の戸口に立った。
 クリテスが声をかける、飛び出してくる主人。
 『想ったより早くのお帰りでしたな』
 『ご主人、松明をありがとう。今夜は月のない夜なのかな?』
 『月の出は、真夜中近くです。二日前辺りからです』
 『ほう、そうか。それはありがたい』
 クリテスは、手を打って喜色を浮かべた。彼はデロスでの体験を踏まえてアヱネアス統領の運の強さを推し量った。
 宿坊の主人が声をかけてくる。イリオネスが聞きとめる。
 『ご主人、何でしょう?』
 『皆さんの夕食支度ができています。足をすすいで疲れをお取りください。それを終えられたら食堂の方へ、どうぞ』
 『ご主人、ありがとう!クリテス、お前、判っているよな』
 主人は『では、、、』と告げて奥へ去る。
 『皆さん!足のすすぎはこちらですよ』と言って、クリテスが彼らを案内する。ソニアナの広場を迂回して、小川が流れている。せせらぐ川の瀬音が耳に心地よかった。
 春先である、水量も十分といえる、小川の岸に腰をおろし足を洗った。疲れが水に溶けて流れ去る。気持ちが高ぶってくる、彼らは足だけとは言わず、頭の先から足の先まで洗い流した。
 『アヱネアス、よかったな、明日の朝行事のことをちらっちらと考えながらここまで歩いてきた。そのかいがあって、この小川だ。この小川があって朝行事ができるありがたい。朝行事をやってすがすがしい気分でイデー山の登頂をやりましょう』
 『願ったりかなったりだ、安堵した。すがすがしい気分で山の頂上に向かう』
 イリオネスは一同を促して宿坊へ戻った。迎えに出た主人が目を見張った。
 『お~お、皆さん、すかっとされていますね』
 『おう、ご主人、貴方の配慮があればこそ、この気分です。今日一日の疲れがなくなりました。夕食の席に案内してください』
 『さあ~さ、どうぞ!』
 彼らは食堂の席についた。テーブルの上に並んだ馳走を見て目を見張った。酒も整えられている。彼らは、酒杯を手にもつ、クリテスが皆の杯に酒を注ぐ、スダヌスが声を上げた。
 『今日、山行に加わった者たちの無事の姿がここにある。喜ばしいことです。乾杯!』
 興奮気味のガラガラ声を発して、注がれていた酒を一気に飲み干した。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  511

2015-04-22 07:37:35 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『統領、ご用件、終わりましたか?下山の刻限ですが』
 クリテスが声をかけた。スダヌスとイリオネスが目でうなずき、アヱネアスと目線を合わせる。
 『戻るとするか』
 一行は、神域を去るについて、立木まばらの広場で神殿に向けて横一列に並び丁寧に低頭した。
 神官と巫女は、この様子を遠くから見ていた。
 『彼らは、想い定めたことを必ず為す』と頷いていた。
 アヱネアスにとって貴重な時間であった。彼が想像していた神託授けのカタチとは全く違ったカタチでアヱネアスに渡された。人智が遠く及ばない遠い未来に到る建国○百年の大計ともいえる事であった。
 『今があるからこそ未来へと続きます。貴方の未来が扉を開きます』
 そして、
 『祈り。祈りは力です。そして、それは願望なのです』
 アヱネアスは深く感じ入った。
 デロスでの神託、そして、今日の神官との語らい、これらが神の意志であろうか、摂理の至妙な計画なのであろうか、アヱネアスは判じかねた。神とは何なのだ、それについても判じかねた。
 考えるべきを考え、捨てるべきを捨てると意に決めた。
 デロスで聞いた神託をとんでもない答えに結び付けて、その神託を解しかねていたのである。今日のゼウスの神託は、神託ではなく人間が物事に対処していく姿を知らしめていた。それが人間の心の性善に反する行為であろうがなかろうが遂行していかなければならないと説いていた。遂行の躊躇はしてはならないと語らいは解いている。それは人類の歴史という超大な枠の中で針の一穴にもあたらないと説いていた。アヱネアスの今後においても対する相手と干戈を交えるに到っても相手に負けることは許されないとも説いていた。引き分けに到れば事後において必ず勝ちを得るべしと説いていた。勝ちとは人徳をもって得ることができる。闘いとは干戈をまじえることだけが闘いではない。平和への立案計画でもできると語っていた。
 一行は、整った歩調で帰路のゆるいのぼり坂道に歩を進めていく、アヱネアスは確かな一歩を踏み出して歩を進めていく。心中に神官との語らいの要点を浸み込ませながら歩を運んだ。
 彼らは、イデー山頂への三叉路に着いた。陽は沈み切って、宵の藍色が一行を包みつつある。スダヌスが一行の疲れ具合を各自に確かめた。
 『おう、お前たち、なかなかの健脚じゃのう、重畳!クリテス、大丈夫か、隊列はこのままでいいな』
 『え~え、よろしいです。松明は暮れきってから火をつけましょう。2本入っています安心しててください。ここからは道が下り坂となります。歩速が速くなります。足運びに注意してください。半刻くらいでソニアナに着くと考えています.では、、、』
 クリテスが先頭にたって歩を踏み出した。スダヌスが声を出した。
 『今夜は月はないのか』
 『月のかけらも見えません。しかし、明朝の山行に月が出てくれれば、ラッキーということになるのですが。そろそろ、松明に火をつけます』
 『判った!いいだろう。一本は先頭のクリテス、一本は最後尾の俺が持つ、それでいいな』
 クリテスは火付け用具の一式を使って松明に火をつけた。
 松明は、彼らの歩む道を明るく照らした。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  510

2015-04-18 07:20:45 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 アヱネアスと神官の二人きりとなった神殿、その場は身を凍らせるような気配が漂いアヱネアスは鳥肌を立てた。二人はうすべりの座布の上に身を置いた。
 『アヱネアス殿、最初にことわりを申し上げますがよろしいかな。私はゼウス大神よりあなたに伝えるべく神託を預かっています。只今より、ここはあなた様と私の語らいの場です。身体から力を抜いて心に気をみなぎらせてください。それができたら始めましょう。いいですね』
 『よろしいです』
 『では、始めます。語らいは過ぎたこと、そして、今を語りません。アヱネアス殿、語り合うことは遠くはない未来の事です。質問があれば遠慮することなく聞いてください。二件又は三件の中での一つを選択、執行は貴方自身です。この執行については、いずれ如何なる時もゼウス大神のご加護があることをお忘れなきように。貴方がやろうと考えられたことを執行してください。事は必ず成就します。物事の成就は時間の長短です。以上です』
 『判りました。謹んで語らいたいと存じます』
 その返事を聞いて神官は口を開いた。
 『まず一番目はーーーーー』から語らいが始まった。語らいはアヱネアスがイメージを描けるくらいに具体性をもって語られた。
 『建国の地については、あと1年、新暦のころには、このクレタがその地であるかないかについて答えが出るはずです。毎日勤勉に仕事に精を出し、それによっての答えです。建国に関する事案、これについては、想像することもかなわないような長大な時間、いや年月がかかります。それは300年、いやもっとかかるかな、貴方の家系の末裔がそのことを為します。その地が建国の地であるとする杭を、その大地に打ち込んで300有余年、貴方の末裔の二人兄弟のうちの一人によって事がなされます。想い起される事案、事態の構築及び解決はすべてことが成ります。事案事態の構築解決は、時間の長短です。ただそれだけの事です。語らいはここまでです。貴方が建国の地を定めるところまでです。建国の地を定めるまでどれだけの時間がかかるかはゼウス大神の御心の事です。あとは諸事、貴方にゆだねられています。建国の地に杭を打ち込む、ゼウス大神の神殿を建設されるとかーーー。事態はあなたにゆだねられて進展します』
 『判りました。神託を奉持て日々の仕事に勤勉に努めていきます』
 『それは日々の大切な務めです』
 語り終えた神官はうやうやしく大神の神像を仰ぎ見て、深々と低頭した、その様子に心情が満ち溢れていた。
 『神官。ありがとうございました。ではこれにて』
 アヱネアスは神官に感謝の意を伝え神殿を出た。
 風が吹き過ぎていく、木々ははずれの音を奏でていた。
 アヱネアスが神殿を退去する、一同が駆け寄る、アヱネアスの表情はすがすがしさをたたえていた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  509

2015-04-17 07:45:22 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『統領、ゼウス大神の神殿に着きました。神殿の在り場所が山中ということもあり、デルフオイ、デロスのアポロンの神殿に比べて、神域は広いとは言えません。ですが、ゼウス大神の神殿です。神威高く尊厳の神殿です』
 アヱネアスは、神殿の尊厳の神域にあることを感じた。彼はクリテスがガイドしてきた労をねぎらった。
 『おう、クリテス、ご苦労であった』
 『統領、ありがとうございます。只今より神殿の方へ案内いたします。神官も巫女たちも私を知っております。では、まいりましょう』
 クリテスは、先にたって、アヱネアス、イリオネスの二人を導いて、立ち木まばらな広場らしきところを横切って林の奥へと入っていった。そこには木々はなく開かれた石畳の空間であり、光のあふれる空間であった。
 神殿は、クノッソス宮殿の建築様式で造られた彩色豊かな柱にしつらえた木造の神殿であった。天を衝くように直立する14本の柱、奥まったところに安置されているゼウス大神神像、アヱネアスを圧倒した。
 一人の神官と三人の巫女が彼ら三人に目線向け低頭した。神官は尊厳性のある言葉と声音でアヱネアスに声をかけた。
 『遠く離れたところへよくぞお越しになられた。神意をもってお迎えいたします。あなた様が、今、このクレタの地にとどまりなされているのは、大神の神意です。疑心なきようにご理解ください』
 『有難い言葉です。謹んでその言葉を受けます』
 言葉を交わし終えた二人、アヱネアスはイリオネスに声をかけた。
 『イリオネス、供物を祭壇に、、、』
 『判りました』
 イリオネスは持参した金銀を祭壇に供えた。巫女が供物のカタチを整える。
 神官は、神像に事の始まりを上申した。それを終えた神官はクリテスに声をかけた。
 『お~お、クリテス、久しくこの地におもむいたな。達者な様子ご苦労であった』
 神官は言い終えて、アヱネアスの方へ身体を向けた。
 『アヱネアス殿、たいそうな供物ありがとう。大神に代わって礼を言います。今日ここで貴方に申し渡す神託は、通辞の必要はありません。何卒、人払いを、、、』
 アヱネアスは、二人をこの場から去らせた。神官は三人の巫女もこの場から去らせた。
 大神像の神前にはアヱネアスと神官の二人きりとなった。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  508

2015-04-15 07:07:39 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 スダヌスは、イリオネスとクリテスに声をかけて座をはずした。イリオネスに声をかける。
 『イリオネス、統領の予定だが、、、』
 『おう、そのことか、、、』
 二人は、今日と明日の行動予定について打ち合わせた。
 『では、イリオネス、そういうことで今日と明日のスケジュールはいいな』
 『それでいい、イデー山を目にして心がしっかり決まった。統領に話しする。クリテス、今、打ち合わせたとおりだ。それでガイドを頼む』
 『判りました』
 座に戻ったイリオネスは、スケジュールをアヱネアスに話した。
 『あ~、アヱネアス、今日、明日のスケジュールは、いま、言った通りです。この分なら、明日に天候の急変はないと考えられます。以上です』
 『判った。了解した。では、今日のスケジュール、実行と行こう』
 そのように言って、そそくさと戸外へと出ていく。クリテスは、宿坊の主人と簡単に打ち合わせて戸外へ出てきた。彼は片方の手に袋を持っていた。宿坊の主人が計らってくれた松明と火付けの道具を入れた袋である。彼はその袋をイデオスに託した。
 全員がそろっている、クリテスが一同に説明して、先頭に立って歩を踏み出した。
 ゼウスの神殿まで2時間の行程である。一行は疲れを見せないしっかりとした足取りで歩を進めた。
 道は踏みならされた杣道である。宿坊を出てから上りの坂道を歩いている。胸つきとまではいかないが、坂道がかなりきつい。一行は踏みしめ歩んでいく。
 イデー山登山口の三叉路に差し掛かる。彼らの背には荷物がない、身軽な装いである。歩行がはかどった。三叉路を過ぎた。右手にイデー山の山体である。道は山の中腹を迂回して、灌木の茂る林間へと続いていく。道がゆるい下り坂に変わった。
 両側に木々の茂るゆるい下り坂の道である。クリテスが声をあげた。
 『皆さん!神殿が近いです。頑張ってください!神殿近くまでゆるい下り坂です』
 歩行は、足運びがらくになり、歩速が速くなった。
 進んでいく先に広い立木がまばらな広い場所が見えていた。歩んでいる杣道に比べて、明るい場所である。
 どことなく、神域に歩を入れた雰囲気の漂う場所を歩んでいる。
 一行が歩を停める。クリテスが一同の方へ身体を向けた。