『アエネイスミッション』[Aeneas Mission ]

建国の使命を抱くアエネイスのフアストミッションは自軍団自民族引き連れて炎上壊滅するトロイからの脱出である。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY     第6章  クレタ  23

2013-01-31 07:49:55 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『さあ~、者ども!きばれや!風の力が弱くなる。漕ぎかたはじめっ!あと半刻で目的地に着くぞ!気張って、漕げっ!』
 彼は大声で叱咤した。
 船は、方向を転じて半島の島影を南下した。衰えた風力が船を西へ押しやろうとしている。
 『イデオス、どうだ?風の具合だ』
 『風は強くない、帆を張っていると西へ流される。帆をおろす』
 『判った。すぐおろせ!』
 船は漕走で進んで小一時間、すでに日は落ちてしまっている。浜の暮色が濃くなりつつあった。
 『頭、左手に見えるのが、目指している浜ではないですか』
 この声を耳にしたパリヌルスは『はっ!』とした。暮色を通して左手の浜を見つめた。
 『浜頭、あの浜です』
 『判った。アクロテス、いいな。やわやわと岸に近づけていけ!判ったな』
 『判りました』
 船が浜の上陸した地点に近づいていく。クリテスが船を接岸地点に導いた。
 浜では、この船に気づいたようである、波打ち際に人影が増えつつあった。船上ではギアスと従卒のトピタスが大きく手を振った。浜に居並ぶ人影が手を振って答えてくる。
 船が接岸する。ギアスが飛びおり、連絡に走る。
 パリヌルスが声をかけた。
 『浜頭、着きました。私どもが上陸した浜です』
 『おう、パリヌルス殿、行きましょうや』
 『浜頭、私を呼ぶのに『殿』はやめてください。パリヌルスと呼び捨てで結構です』
 『それでいいのか。いいだろう、判った』
 居並ぶ者たちの中ほどにイリオネスを従えてアヱネアスが立っている。その横にギアスが松明をかかげていた。  
 クリテスが父の浜頭に統領を紹介した。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY     第6章  クレタ  22

2013-01-30 08:35:41 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 事の大事は一人ではならない。信頼で結ばれた者たちの連携こそ大事を成し遂げる。建国の大事は、これがあってこそ成すことができる。アヱネアスは己の信念を確認した。
 二人の話し合いは終わりに近づいていた。イリオネスは、先に居住していたトラキアに比べクレタの気候は温暖で過ごしやすいと感じていた。彼はアヱネアスに計り、この地で冬を過ごし、春を迎えることにしようとしていることを話した。
 アヱネアスは、一応、父アンキセスの意見を受け入れて、この地が建国の地であろうかと、いぶかる懸念が心中にあった。
 『イリオネス、お前はどう思っているかは知らんが、本当にこの地が建国の地なのか。まあ~、いいか。いずれ時間経過の中で判ることだ』
 そのように言って、込み入った話し合いに終止符を打った。
 アヱネアスは、真剣に考えていた。彼が耳にしていた『へスペリア』とは、それは地名なのか、何なのかを確かめる必要があり、また、自分自身の出自を質してみる必要を感じていた。

 その頃、パリヌルスたち一行を乗せた船はアクロテイリ岬半島の西の端を南へ転じる地点に差し掛かっていた。
 浜頭は海原の西に沈みゆく太陽に向かい、身を船の揺れに任せて頭を垂れて独り言ちている姿が船上にあった。パリヌルスは、海に生きる男の敬虔なるその姿に心がうたれた。
 船は、この航海の最終航程である南への転進を終えた。彼は、船が確実に南へ向かっているかを懐中から例の鉄棒をっとりだして、目の高さにぶら下げた。鉄の棒は棒自身の意志で南北を指し示した。浜頭は、棒の先方向に船の舳があることを確かめた。彼は安堵の表情を隠そうとはしなかった。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY     第6章  クレタ  21

2013-01-29 07:41:03 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 四人の話し合いは朝から始まり昼に及んだ。話はあちこちにとびうつり枝葉末節の懸念にまで至った。アヱネアスは、アンキセスとアカテス両人の意見を聞き取り、イリオネスと肯否を話し合いどうにか大要をまとめ上げた。アヱネアスが意図しているイデー山のゼウス神殿を訪ねる件は、話し合いの俎上にはのせなかった。この件はアカテスを除く三人が共有している課題であった。
 一方、オロンテスは多忙を極めていた。パン焼きから食事準備にいたるまで大事小事の指示に大わらわであった。クレタに着くまでの航海で彼にとっては手慣れた日常茶飯となっていた。
 アヱネアスは昼めしの後、イリオネスを呼んで二人きりで午前中に話し合った件の要務実行の段取りを組上げた。話が終わるころになって、パリヌルスに託した案件の成否に触れた。二人は話のまとまりを語るが、否については何も語らない。彼らは講じる手段に否はないと思っているらしい。
 『イリオネス、どう考えている。俺の思いでは、彼らの帰りは陽が沈み、日暮れたころと思っている』
 『統領、彼らは、きっといい便りを持って帰ってきますよ。待っていましょう。パリヌルスにこのことを託した時すでに事は成ったと私は確信していました。私はこれぽっちも心配はしていません』
 イリオネスは右手をさしだして、親指を小指の先に添えて言葉にした。
 『そうか、俺とお前、パリヌルスに厚い信頼をおいているな』
 『そうですとも、信頼すればこそ、その成果が信頼できる。事の成否はそれで決まりと心得ています』

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY     第6章  クレタ  20

2013-01-28 07:49:50 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 一行の乗っている船は、岬半島の端で進んでいく方向を西へと転じた。風が追い風に代わる。浜頭がすかさず大声で指示をとばす。
 『アクロテス、帆を上げろっ!』
 『おうっ!』 と答えて帆を上げた。続いて指示がとぶ。
 『漕ぎかたやめっ!』 船は帆走に移った。
 エーゲ海の南、クレタ海は、まさに外洋である。海は強い風にあおられて大きく荒れている。舳が波頭に突っ込む、かぶさってくる波、船中にたまる海水を掻き捨てる。浜頭は方角時板で時を計るどころではなかった。船の航走に、懸命に気を配った。見通しはいい、半島の北面の風景を見ながら、操舵に気を配った。

 トロイの民が上陸した浜では、パリヌルスたち四人が出発した後、アヱネアスはイリオネス、父のアンキセス、長老の域に達しようとしているアカテスを呼んで話し合うことにした。課題はクレタにおけるこれからである。先ず我々はこの地で何をするか、何をやらねばならないのか。アヱネアスは統領として為すべきことをどのようにすべきか。そして、その結果が抱いている終極の目標である建国に至る道程に照らし合わせて判断していかねばならない。それがこの四者の話し合いの課題であった。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY     第6章  クレタ  19

2013-01-25 06:50:41 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 浜を離れて小一時間の時が経っている。船は入り江の出口に差し掛かっていた。浜頭は沿岸の風景を確かめながら北へ向かって方向を転じた。
 操舵を担当しているのは、クリテスの兄のアクロテス、帆を担当しているのは弟のイデオスである。
 北方向へ進路を転じた船には北東からの風が吹きつけた。櫂で漕ぐ浜衆たちは浜頭の叱咤にこたえて懸命に船を漕いだ。船足は想像した以上に速く、波を割って北上した。北へ転進してから岬半島の端に至るまで12キロ余りである。次の西への転進で帆走する段取りで船は海上を進んだ。パリヌルスたちにとってのんびりした船旅ではなかった。
 『パリヌルス殿、岬のはずれで西方向に転進するのですが、その時、日暮れまでの時間的余裕を方角時板で計ってみたい。私のやり方を見てもらいたい。いかがですかな』
 『判りました。いいです』
 スダヌスは漁師の親分である。言葉使いは少々荒っぽいが、やることなすことに素朴な人間味があふれていた。彼が充分に信頼に足りうる人物であることを、この数時間のふれあいでパリヌルスは感じ取っていた。まさに、このクレタにおいての強い味方であることを確信した。我々が彼に託する数々の事案の成功確率が高いこが予想された。統領アヱネアスの人柄もあるが、デロス島でクリテスという得難い人物を得たことを心の内で喜んだ。
 『よしっ!これで行ける。行け行けドンドンだ』
 彼は、今、漁船としては大型の船の船上にいる。
 『まあ~、大船とはいかんが、中船くらいに乗った気分といったところか』
 パリヌルスの言葉にギアスはうなずいていた。二人は、そのような気分で、揺れる船上に座していた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY     第6章  クレタ  18

2013-01-24 08:38:49 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 浜衆が呼びに来るまで少々の間がある、浜頭はパリヌルスたちと雑談を交わした。
 『頭、船の準備ができました』
 『おう、早かったな。ご一同、出かけましょうや』
 『浜頭殿、船を仕立てていただけるとは、もう、何ともかたじけない。ありがとうございます』
 パリヌルスは礼を述べた。クリテスが声をかけてきた。
 『パリヌルス殿、カピギアス、トピタス行きましょう』
 彼らは、、波打ち際に向かい、船上の人となった。
 船は、片舷15人が櫂を操る、この時代としては大型の漁船であった。岸を離れる時の風向きは向かい風であった。北寄りの東風である。。展帆なしの漕走であった。パリヌルスは航海時における方角時板の使い方を説明した。
 『浜頭殿、航海時は時板を使いません。鉄の棒だけです。ひもの端をつまんでぶら下げる、鉄の棒が、ほれ、この通り、きちっと南北を指し示すのです。少々の揺れぐらいでは鉄の棒はぶれません。見てください、今、この船は東へ向かっていることがわかります。この入り江を出ますと船は北へ向かいますね。その時は鉄の棒の指し示す、北の方角に船を向けて進めるといった具合です』
 『パリヌルス殿、よ~くよ~く判りました。そのような便利な道具を頂戴したこと、このうえなくうれしい。感謝感謝です。この道具は俺たち漁師にとってかけがえのない道具です。実にありがたい。厚く礼を言います』
 浜頭は、鉄の棒をうやうやしくおしただいて、ふところに入れた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY     第6章  クレタ  17

2013-01-23 06:46:43 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『浜頭、この鉄の棒を時板の中心棒の上に位置するようにぶら下げてください』
 パリヌルスは静止するのを待っている。
 『そっそうです。結び目を中心棒の真上に来るようにです。静止するのを待って、この線と鉄の棒が同じ方向になるように時板を合わせるのです』
 パリヌルスは時板を操作して鉄の棒の方向に時板の南北線を合わせた。それから、彼は頭上に輝く太陽を見あげた。浜頭はじいっとパリヌルスの操作を息をころして見つめた。
 『浜頭、これを、、、太陽の光が当たって、中心棒の作る影を見ていただきたい。これこのように棒の影がこの線の中心から右に延びていますね。この影の具合で昼を少し過ぎたことがわかります。夕刻近くになると、この影が東西線に近くなります』
 『ほっほう、ということは、今日は夕どきまで、まだたっぷりと時間があるということですな』
 『そうです』
 『いやいや、よ~くわかりました。これはこれは至極便利な道具をいただきました。とってもありがたい。船出して海上においての不安がなくなります。パリヌルス殿、これはこれは、あなた方の統領殿に直々に礼を申し上げたい。船の準備ができましたら、さっそく出発しましょう。キドニアの浜まで3刻(約6時間)くらい、陽が沈んで、間もないころには着きます。急ぎましょう』
 『船を仕立てていただけるのですか、それはありがたいことです。願ってもないことです。判りました、厚く礼を言います。また、方角時板の船上での使い方をその時に説明いたしましょう』
 方角時板の説明を聞き終えた浜頭は、浜衆に船の準備を言いつけた。
 『おい者ども、船の準備だ!急げっ!できたら呼びに来てくれ!あ~あ、それから、羊3頭、朝獲れの魚を5籠を積んでおいてくれ。判ったな、者ども』
 『はいっ、判りました』
 短く答えて、浜衆たちは入り江の波打ち際に向かった。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY     第6章  クレタ  16

2013-01-22 07:21:54 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『ほっほう、そのような重宝な鉄の棒ですか。そして、こちらの板の使い方は如何様に。線が十文字に刻み込まれて、真ん中に棒が立っている。これはこれは、じっくりとお教えいただきたい。全く不思議な道具ですな。先ずはいただいたことに礼を言わせていただきます。ところで、この道具の呼び名は何と言うんですかな』
 『浜頭殿。この道具はですな、私どもが考えて造ったもので、道具の名前は『方角時板』と言います。この道具は、方角を知ることと大まかな時間を計る、この二つの用途につかいます』
 『それはそれは、至極便利な道具のようですな。これはありがたいの一語に尽きる道具のようですな。そうですか、これはありがたい。これこの通り、深く深く心から礼を言います』
 彼は、方角時板をおしいただいて頭を下げた。
 『今日はこの後、船を仕立てて、皆さんが上陸されたキドニアの浜へお送りいたします。あなた方の統領殿に直々に挨拶を申し上げたい。昼めしも終えたし、早々に出かけましょうや』
 『浜頭殿、御心つかいかたじけない。私ども浜頭殿のご厚意喜んでおうけします。ありがとうございます』
 パリヌルスは胸に抱いていた事案を成し遂げたことに胸をなでおろした。
 『では、浜頭殿『方角時板』の使い方を日の当たる場所で説明いたしましょう』
 彼らは表に出た。浜小屋の前には、浜衆が15人余り集まっていた。道具を手に持った浜頭とパリヌルスを真ん中にま~るく円を描いて人垣ができた。パリヌルスは一同を見回した。彼は方角時板を浜頭から受け取り、砂をならし水平に気を配りながら慎重に砂上においた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY     第6章  クレタ  15

2013-01-21 08:29:01 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 なかなか手配りがいい、浜頭とクリテスが彼らを浜小屋の一つに誘った。中に入る、強烈に鼻をつく、魚の焼ける香ばしい匂い、パリヌルスたちは驚いた。
 浜小屋の中央にはま~るく円を描いて炉が作られている。炉には金網がしつらえてあり、獲れたばかりの40センチもあろうかと思われる魚が、、各人に一匹づつ配してあぶられている。その豪快さが一同を圧倒した。
 調理サービスを担当する者が炉の真ん中にいて、肴を焼いてくれたり、酒を注いでくれたりとなかなかの合理的な配慮がなされている。また、円形の炉を巡って、自然木を切って作った腰掛けが配されている。
 浜頭の大声が響いた。
 『さあ~さ、ご一同、おかけください』
 浜頭が直々に皆の杯に酒を注いで回る。そして、クリテスの兄と弟が紹介された。
 『皆の衆、よろしいか。今日はすこぶるいい日である。特別にうまい酒だ。ぐうっと飲みほそう』
 一同は杯の酒を一気に飲み干した。歓声があがった。こんがりと焼けた魚を口に運ぶ、酒が胃の腑にジイ~ンとしみわたった。一同は新鮮な食材の調理を堪能した。
 スダヌス浜頭はいいただきものを披露した。方角時板である。彼は鉄の棒に結ばれているひもの一端を左手でつまみ目の高さに掲げた。右手で鉄棒の端をはじいた。鉄棒が回る、鉄棒が動きを止める。すかさずまたはじく、止まり方が不思議な止まり方をする。回転を邪魔するものがないのに、動きが何かに制御されて回転が止まる。彼は不思議を感じて首をかしげた。首をかしげながらまたまたはじく、四五度はじきまわした。止まるごとに鉄棒が決まった状態で、一定の方向を示して止まる。彼は、その不思議さに首をかしげた。
 『パリヌルス殿。これはどういう事です?不思議でしかたがない。お教え願いたい』
 『お気づきになられたかな。この鉄棒が止まるときは、鉄棒の一方の端が北を指して、もう一方の端が南を指して止まるのです。それを利用して真っ暗闇の星のない夜でも方角を間違えずに航海するのです』

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY     第6章  クレタ  14

2013-01-18 08:28:13 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『昨夜、クリテスのガイドよろしくキドニアの浜に上陸したトロイの民の一人、パリヌルスといいます。なお、ここにいるのは私の部下のギアスとトピタスです。お見知りおきを、、、』 とパリヌルスは返した。
 クレタ島の北面の地方は、先駆している文明により、ギリシアとの交流が盛んである。そのような関係で言葉の問題は懸念に及ばなかったのである。また、この浜に至る道中でクリテスに、彼の父に対する用件を伝えておいたこともあり、初対面における意思の疎通がうまくいったようであった。握手ひとつでこちらの意思が相手に通じ、受入れの意思を表示してくれたことが感じられた。
 『パリヌルス殿、私たちは、これから昼めしにかかります。あなたがた昼めしはまだでしょう、一緒に食べましょうや。この季節、朝明けがおそい、昼めしが朝めしみたいなものです』
 『そうですか、浜頭。それはありがたい。遠慮なく馳走になります。ところで浜頭、私どもの統領であるアヱネアスよりの贈り物です。どうぞ、お受け取りください』
 パリヌルスは、袋から方角時板を取り出して浜頭に手渡した。
 『ほっほう、これはこれは、これは何です?』
 浜頭は手にした方角時板をおしいただいて、
 『これはかたじけない!いただきます』
 『使い方については、のちほど説明いたしましょう』
 『いいでしょう、判りました。昼めしの支度ができたようです。では、皆さんこちらへ』
 浜頭の手配りにそつがなかった。