『アエネイスミッション』[Aeneas Mission ]

建国の使命を抱くアエネイスのフアストミッションは自軍団自民族引き連れて炎上壊滅するトロイからの脱出である。

第2章  トラキアへ  350

2010-11-30 08:24:41 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 歩み行く道は平坦であった。川の瀬音を右耳に受け止めて歩いていく。エノスの浜と違う地勢の関係だろうか、吹きすぎる風が季節の変わり目を感じさせた。
 夕陽は空を焼いて沈んでいく。三叉路から2時間余り歩いただろうか、道は川原へと向かっていた。
 『ダナン、どうだ。野宿の場所でも決めようか』
 『そうだな、俺の勘働きでは、明日の夕方にはウブレジエだ。よし、野宿の場所探しをやろう』
 二人は、道から川原の薮陰へと入っていった。迫りくる宵闇にせかされての場所探しを終えて二人は落ち着いた。夜は冷え込むだろうと考えて旅仕度が整えられていた。食糧も充分であった。塩の効いた干し肉、干し魚はささやかな焚き火であぶって食べた。
 『アバス、これは旨いぜ。サカナは生を焼いて食うのも旨いが、塩の効いた干し魚、これは絶品だ。俺たちは生魚ばかりで干し魚はめずらしい食い物なのだ。しかし、このパンはいただけないな、硬すぎる。お前はどうだ』
 『あ~あ、パンか。まあ~、俺たちは、これが当たり前と思って食べている。旨いもまずいもない、とにかく腹に入れるだけだ』
 二人は、硬いパンを水で腹の中へ流し込んだ。久々に味あうたびの食事は『うまい!』で終わった。

第2章  トラキアへ  349

2010-11-29 07:18:14 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 川の水は、多からず少なからずといったところである。せせらいでいるところもあれば、瀞っとした淵もあった。踏みならされた道は、川の流れで消えてはいるが、川の浅瀬を通って向こう岸に続いていた。二人は喉を潤して川原の石に腰を下ろした。
 『ダナン、どう思う。ケシャンへ行くか、途中で消えている道を行くか。ケシャンは遠い、奴らはケシャンには行っていないと考えられる』
 『アバス、ケシャンはやめよう。行かなくてもいいように思う。左の道を行こう、少々こころ細いが川筋に沿っている』
 『よし、それで行こう。今夜は川原のいいところで野宿だ。では行こう』
 二人は腰を上げた。三叉路に戻り、左手の道を歩き始めた。夕陽は二人の歩く正面にあった。

第2章  トラキアへ  348

2010-11-26 06:59:23 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 アバスとダナン、彼ら二人は山あいの道をひたすらに歩いた。太陽は彼らを灼く、水袋の中の水も尽きた。小を出て2時間以上も歩いていた。道はコルの低い山地を遠巻きに巡って、太陽の沈み行く方向に向かっていた。
 水で喉を潤したい、川のせせらぎを聞いた感じがした。二人は空耳を疑った。
 程なく、道が二つに分かれている地点にさしかかった。耳にしたせせらぎの音は空耳ではなかった。右手の道は川の中に向かっている。左手の道は川の中に向かう道より、踏みならされ方が貧弱であった。二人は迷った。
 『アバス、地図はどうなっている?』
 『お~お、地図か、見てみる。ちょっと待て』
 取り出した地図は、しみ込んだ汗でしっとりしていた。オキテスのくれた地図には川の書き込みはないが三叉路の書き込みはあった。二人は汗のしみ込んだ地図を眺めた。右手の道を行けば、その先にケシャンがある。左手の道は、山地の終わる地点で消えていた。しかし、その前方に、ケシャンから南のウブレジエに通じている道筋が太く書き込まれていた。
 『まあ~、川原で少し休もうではないか。水を飲みたい、それが今の俺ののぞみだ』
 『そうしよう』
 二人は川原へ降りていった。

 お詫びと訂正
 第2章 トラキアへ 346 14行目
     ロムファー  を  ロムフアイア と訂正いたします。

第2章  トラキアへ  347

2010-11-24 15:01:21 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『おい!聞いているのか。俺が武器を手にする、お前らただで済むわけがないだろうが。かかってくるのか、こないのか、どっちだ』
  ダナンは、口をきいた男を鋭い目でにらみつけた。
 『こないのなら、こっちからいくぜ!』
 ダナンは、一歩二歩と間合いをつめた。
 『まっ、待ってくれ。お前らを疑って悪かった。ふた月前のことだ、集落がひどい目にあったのだ。突然現れた兵隊どもに村が襲われた。刃向かう者はことごとく殺されるは、女は犯されるは、それはそれはひどい目にあったのだ。お前らもその類かと思ったのだ。許してくれ。この通りだ』
 男たちは、ダナンに詫びた。
 『俺たちは、そ奴らのことを調べているのだ。そ奴らのことを話してみろ』
 男たちは身構えたままの姿かたちで、そ奴らのことや、事の次第を語った。
 アバスとダナンは、男たちの話を聞いて、その場を立ち去ることにした。ダナンは男たちに心ばかりの慰めの言葉をかけてやった。二人は、さらに山あいの道を北東へと向かった。

第2章  トラキアへ  346

2010-11-23 08:44:51 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 二人は小についた。はひっそりしている、年老いた夫婦と思われる二人に出会った。アバスとダナンは声をかけたが、二人はおびえるようにして道端の家の軒下に身を避けた。呼びかけに答えはない、二人はそそくさと逃げた。と同時にアバスとダナンに緊張が走った。
 家の陰から、7~8人の男が農具を構えて現れ出てきた。アバスもダナンも身構えた。男たちが周りを囲む、男たちの中の屈強の一人が声をかけてきた。
 『おい!お前ら何者だ』
 ダナンが問いかけに答えた。
 『俺たち二人は、お前たちに害をなすようなものではない。俺たちはケシャンの方へ行こうと街道を歩いてきた者だ。この風体を見たら判るだろうが。しかしだ、お前たちが俺たちに害を為そうというのなら、話は別だ』
 対峙した双方の目線がスパークした。緊張が高まってくる。ダナンが大声を出した。
 『それは許さんっ!俺たちはお前らを叩き斬る、いいな。それでいいのなら、かかって来いっ!』 
 どやしつけるやいなや、背中のずた袋の中の刃も鋭利に仕上げた短めの ロムファー を手にして身構えた。
 双方の間に緊迫のときが流れた。彼らはあとじさった。何を言おうかと戸惑っている。ダナンの手にしている武器を見つめて、彼らがダナンがよそ者でないことを悟ったらしい。

第2章  トラキアへ  345

2010-11-22 07:29:46 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 アバスとダナンは集落のはずれで耳にしたことは、オデッセウスの軍団の一部がケシャン方面に向かって、落人の群れを探索したとの情報であった。その一隊が、翌日にはもう引き揚げてきたと話した。二人はエブリジエの集落でいろいろと話し込んだ。昼めしは、村人の厚意ですました。
 『ダナン、お前はどのように思う?ケシャン方面に行ってみるか』
 『街道をケシャン方向に向かって、次の集落に行ってみよう。街道沿いのふた集落ぐらい訪ねてみれば、様子がわかると思うが』
 『おう、そうしてみよう』
 二人は、礼を述べて、街道をケシャンの方に向けて歩き始めた。
 街道といっても、この時代の街道である。想像するような立派な道であるわけがない。ただ、踏みならされた道であり、辛うじて、人二人が並んで歩める道幅しかない、原野のど真ん中に細く長く続いている道である。
 二人は、エブリジエを出て、2時間くらい歩いただろうか、右手にダキの山、左手にコルの丘といってもいいような低い山地、道は、その山あいに延びていた。
 その山あいにたどりつく、手前に小さな集落がある。14~15軒の小屋といってもいいような家並みが肩を寄せ合っているといった風情の小さなであった。

第2章  トラキアへ   *深くお詫び申し上げます。

2010-11-22 07:05:56 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 つきましては、地名の読み方について、大変な間違いをしておりました。深く深くお詫び申し上げます。
 文中において、『リブレジエ』としておりますが、日本語読みで、『ウブレジエ』が正しいようです。
 今後、『ウブレジエ』としてまいります。宜しくお願い申し上げますとともに、この件について、深く深くお詫び申し上げます。
                やまだ ひでお

第2章  トラキアへ  344

2010-11-19 07:01:27 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 アバスとダナンは、この日の夜のとばりが降りる頃エブリジエの浜に上陸した。その地点は、人里を離れたところであり、人家の見当たらないところであった。浜辺の林の中に野宿の適地を求め身を横たえて夜明けを待った。
 一夜を何とか無事に過ごし朝を迎えた。一人は見張り役をつとめ、交替で海に入り、扮装よろしく旅装を整えた。二人は、エブリジエの集落の中に入って事情を聞くことにした。集落は、襲撃を受けてから、2ヶ月の時日が経っている、襲撃の傷も癒えようとしている時期でもあった。
 二人は、ケシャンへ向かう旅人を装って住民に接した。彼らは早どりの『アーモンドの実』エブロス川で採った『砂金の小粒』を持ってきていた。これが住民との交流にとても役に立った。集落の者たちは二人に親切に口を開いてくれた。彼らは掠奪の様相について語り、いる筈のないトロイからの落人狩りを口実に食糧を根こそぎ奪って引き揚げたオデッセウスらの暴虐について語った。

第2章  トラキアへ  343

2010-11-18 07:30:38 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 それから日を経ず、3日ぐらいの間にメネラオスの軍団もオデッセウスの軍団も、トロイから姿を消していた。
 オデッセウスの軍団は、ギリシアのアウリスの港を出航したときは12船の船団であったが、トロイ戦役を終えた今は、7船になっていた。トロイからの戦利品は軍船一船を占めていた。彼の船団は、北エーゲ海の島しょの一つである、イムロス島の東の海域を北上して、サロス湾の入り口に到達すると右手に見える半島の沿岸に沿って北東へ進み、湾奥のエブリジエの浜に上陸した。
 オデッセウスの軍団は、海賊としての本性を現して、エブリジエの集落を襲ったのである。軍団の兵たちは、無抵抗の集落の住民たちの殺戮は控えたが抵抗する者たちを容赦なく虐たげた。
 エブリジエの集落を襲ったのには理由があった。オデッセウスの奸智で狡猾な考えがあったのである。彼の軍団が、これからの長い船旅を続けるのに食糧が不足していたのである。彼の軍団は掠奪をほしいままに行った。
 集落には、季節の収穫物や穀物を豊富に蓄えていたのである。兵たちは兵たちの性的な欲望に飢えていた。トロイには、彼らの性的欲望を満足させる女性がいなかった。彼らは女と見ると見境なく凌辱に及んだ。彼らはトロイからの落人狩りを名目として、エブリジエの集落に海賊行為を働いたのである。
 トロイからの落人は集落にはいなかった。オデッセウスたちは目的を遂げて、4日ばかり、エブリジエの集落に滞在して、この地を去った。
 彼の船団は、大陸からの風を利して、一路、南への航路を進んだ。
 これが、彼らの航海が10年の長きに及ぶ海上の迷走の始まりであった。

第2章  トラキアへ  342

2010-11-17 07:35:09 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 アバスとダナンが砦の浜を出たこのときから、日をさかのぼること50日前ぐらいのトロイ地内の昼下がりのことである。
 木馬の計の焼討ちで滅ぼしたトロイの戦後処理を終えたギリシア連合軍の諸将が、トロイをあとにして故国への帰路についていた。
 トロイを落として1ヶ月、総大将のアガメムノン、クレタのイドメネス、その他の諸将は、もうここにはいなかった。彼らの消息の詳報は、この時点では、トロイには届いてはいなかった。
 『おい、メネラオス。どうだ、俺たちも、もうそろそろ故国に帰ろうか』
 『俺は、この二、三日中の風の具合で出航しようと考えている。お前はどうする』
 『俺か、俺には、ちょっと、野暮用がある。お前は耳にしていないか。トロイから逃げ出した者どもが陸路トラキアに逃げ込んでいるらしい、帰りがけに落人狩りをやってから、南に向かおうと考えている。ここ二、三日、南からの風に日が多い、故に故にだ。俺も三、四日中に出航する。俺たちがいなくなれば、もうトロイは空っぽになるな。互いにトロイで過ごした10年は長かったな。ところでヘレンはどうしている?』
 『ヘレンか、ヘレンのことを聞きたいか。お前にとって身体に悪いぞ。俺たちの毎日は、蜜の日々だ。俺たちがこんなに睦みあったのは、新婚のとき以来だ』
 『そうか、それはよかったな。俺は、息子のことも気になるが、ペネロペの肌が狂おしいくらいに恋しい日がある。まあ~、いいか。風の具合を見て出航する。お前も達者で暮らせ。俺とお前との別れだ』
 二人は、積もる感慨を胸に抱いて別れた。