『アエネイスミッション』[Aeneas Mission ]

建国の使命を抱くアエネイスのフアストミッションは自軍団自民族引き連れて炎上壊滅するトロイからの脱出である。

第10章  アキレスとヘクトル  27

2008-02-29 08:02:43 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 アキレスは、競技大会の主催者として、豪華な賞品を準備していた。
 先ず、戦車競争から始まった。デオメデスが一等賞を獲得。二等、三等には、メネラオスとアンチロコス。次は、ボクシング競技である。エペイオスとアルゴスの武将エウリアロスが対戦し、エペイオスが勝利する。次は、レスリング競技であった。オデッセウスとアイアースが組み合った。勝負がつかない、賞品は二人で分け合った。徒競走ではオデッセウスが優勝した。
 今度は、槍の試合である。これには、パトロクロスが倒したサルペドンの鎧が賞品である。この鎧をかけてアイアースとデオメデスが対峙した。二人は燃えた。なかなか勝負がつかない。危険が察知された。勝負を打ち切って、鎧を二人のものとした。最終競技は、槍投げ競技である。これには、アガメムノンが立ち上がった。アキレスは、彼を試技にさらすことはしなかった。アガメムノンは、力においても技においても、第一人者であると認め、栄誉ある豪華な賞品を贈った。この粋なはからいの心遣いに、満場は感動し喊声が沸きあがった。
 弔祭は終わった。沈みゆく太陽、東の空には春月を見て、アキレスの陣営では宴が開かれた。
 ヘクトルの遺体は、アキレス陣営の心ある者の手によって、他人に気ずかれることなく手入れされていた。この二日間は、戦場に小競り合いも無く、戦死者を荼毘にふしたり、戦傷者の手当てをした。
 トロイでは、プリアモスの呼びかけで会議が開かれていた。

第10章  アキレスとヘクトル  26

2008-02-28 07:47:34 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 夜が明け、朝の訪れである。火葬の火は鎮まっていた。アキレスは、いまだ熱の冷めやらぬ灰の中から、友の白い骨を拾い骨壷に入れていく、骨壷に骨をいれるたびに、友との思い出を噛みしめた。骨壷は、塚の予定地の地面の上に置かれた。粗い造りの石で囲われていく、その上に土がかけられていく、そして、塚となっていく、石で作られた小部屋である。その入口は、アキレスの思いによって閉じられなかった。己の死を見つめながら、友を送ったアキレスの心情は、ひりひりときしんだ。いずれの日にか、この友の骨と己の骨が混じりあうときまでの自分の姿が瞼の裏に描かれていた。戦場を駆け、群がる敵と干戈を交えている。しかし、自分の身に訪れる死のかたちだけが欠落していた。
 パトロクロスは、冥府へ旅立った。弔いは終わった。友の栄誉を称える儀式、弔祭競技大会が始まろうとしていた。

第10章  アキレスとヘクトル  25

2008-02-27 08:13:13 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 皆の揃ったところで、アガメムノンは、心を尽くした哀悼の言葉を述べた。松明を手にした者たちは、哀悼の気持ちをこめて、山と積まれた薪に火をつけていった。火は、はぜながら燃えていく、荼毘の火は、ごんごんと勢いを増して燃えていった。夕闇が迫ってくる、火勢は、天空を焦がす勢いで燃えていた。
 この火を遠くから見つめる目があった。トロイ城壁の櫓の上から、プリアモス、ヘカベ、そして、アンドロマケの三人とつきの者たちが、息をひそめて、ヘクトルなき嘆きを胸に、天空を焦がしている火葬の焔を涙を浮かべて見つめていた。
 三人の胸には、闘って、闘って、命を絶たれたヘクトル、我が息子の葬儀がどんなかたちで出来るのか、はたまた、出来ないのか。異質の不安で息をするのも苦しかった。遺体が著しく傷んではいないだろうか。犬や鴉、そして、猛禽の鷲がついばんでいるのではないだろうか。それを思うと、いても起ってもいられなかった。周囲の者たちは、この三人の姿を見ることが出来ないくらいに痛々しかった。三人は、思い苦しんでも、自分の力で戦い、ヘクトルの遺体を奪い返すことが出来ない故に、苦しみに圧しつぶされそうになることに耐えなければならなかった。

第10章  アキレスとヘクトル  24

2008-02-26 08:29:19 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 夜が来た、プリセイスのいたわりも、アキレスの心の嘆きを癒さなかった。
 パトロクロスに今日のことを話し、彼の肩を両手で抱いてやりたかった。彼は、パトロクロスの名を大声で叫んだ。夢でもいい会いたかった。彼は、まどろんだ、まどろみの中にパトロクロスがいた。彼は微笑んでいる、去ろうとしている、ひき止めようとするアキレス、腕を伸ばして彼の腕を掴んだ、むなしかった。手のひらは、わずかばかりの空気を握っていた。
 葬儀を行う朝が明けた。軍団、総出で火葬の準備に取り掛かった。荼毘に使う薪の準備にはイデー山まで出かけて大量に準備した。アキレスは、海岸より少しばかり、うちにはいった小高いところに火葬の場を決めていた。薪は積まれていく、山のように積まれた。積み終えた薪の上に、パトロクロスの遺体を寝かせた。アキレスは、自分の髪を一掴み切とり、パトロクロスの手に握らせた。仲間の将兵たちも、髪の一房を切とり遺体の上に振りまいていく。牛を屠り、いけにえとした。捕虜としていたトロイの少年兵12人の命を絶ち、パトロクロスの供として、一段低い薪の上に並べて、火葬の準備が整った。アキレスは、アガメムノン他、主だった諸将にも声をかけ列席してもらった。

第10章  アキレスとヘクトル  23

2008-02-25 07:58:57 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 帰陣したアキレスは、軍団の主だった者たちを連れて、パトロクロスの遺体を安置している場所に足を運んだ。アキレスは、ヘクトルを引きずっている戦車を引いて、遺体の周りを三回めぐり、嘆きの声を叫ぶ、次に沈痛の気をこめた息を重く吐く、これを繰り返し哀悼を行った。
 『ミルミドンの将兵たちよ!近くに寄ってくれ。名誉の死を心ならずも遂げた友パトロクロスを心ゆくまで哀悼しようではないか。そのあと、この場所で皆で食事にする。いいな!』 ミルミドンの将兵たちは、華々しく闘ったパトロクロス偲び涙した。アキレスは、ヘクトルを倒した右手をパトロクロスの胸におき、こらえていたものを吐き出すように慟哭した。
 『パトロクロスよ、我が友よ。約束したようにヘクトルを討ち倒した。ここに引いてきた。冥府の宿にて歓喜してくれ!明日、君の弔祭を行う。いいな。心を尽くして君をおくる。』
 『諸君、聞いてくれ!明日と明後日の二日間、パトロクロスの弔祭を行う。心を尽くしておくろうではないか。皆、よろしく頼む。』
 皆に言葉をかけたあと、アキレスは、軍団の将兵たちをねぎらった。

第10章  アキレスとヘクトル  22

2008-02-23 08:09:38 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 アンドロマケは、戦野に目をやった。彼女がそこに見たのは、我が愛する夫ヘクトルが戦車につながれ引きずられて行く風景であった。彼女の澄んだ瞳に霧がかかり、のけざまにくずおれた。まわりの者たちが駆け寄り、彼女を助けた。気がついたアンドロマケは、絶叫の慟哭に沈んだ。彼女を囲んでいた女性たちの号泣は一段と激しくなった。
 老王のプリアモス、母のへカベは途方にくれた。心に突き刺さる、この運命の苛烈、一国を統べる将の死、このトロイ城市の明日、このあと如何にすべきか、プリアモスは、心痛に押しつぶされそうであった。
 母へカベは、白髪をかきむしり、声をしぼって泣き叫んだ。ヘクトルの戦死の報に接したトロイ城市の市民は、哀悼と慟哭に咽ぶとともに、明日のトロイの事を考えた。
 連合軍内は、今日の戦闘を振り返って沸いていた。アキレスとその軍団の戦線復帰と、その働きにより、勢いの出た各将の率いる軍団も大いなる戦果をあげていたのである。大きい戦果に沸く連合軍、哀哭の悲痛に沈むトロイ。戦野の今日は暮れていった。

第10章  アキレスとヘクトル  21

2008-02-22 08:18:13 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 アキレスは、剥ぎ取った鎧を部下に持たせ、やおら剣を抜き、ヘクトルの足首を剣先で突き、穴をうがち、革紐を通して縛り、戦車にくくりつけた。彼は、トロイ城壁の方角に振り向き、上方を一瞥すると目線を戻し、死闘の場から自陣に向かって、その場を去っていく、ヘクトルは、荒れた大地の上を引きずられて行った。
 城壁の上から、成り行きの情景の始終を見つめていた、父プリアモス、母へカベは、果し合いに敗れた、我が子ヘクトルを見て、悲鳴をあげた。そのうえ、まとっていた鎧は剥ぎ取られ、足首に紐を通され引きずられて行く、その姿を見て胸をなみうたせて激しく慟哭した。その嘆きの慟哭は、周囲の者を悲しみの底に誘った。
 アキレスは、ヘクトルの遺体を引きずって行く、ヘクトルは、地の表をねじれ、よじれながら引かれて行く、黒髪は乱れ、剛毅に整った顔立ちが、戦野の塵埃と汚れにまみれていった。
 館の中にいたアンドロマケに哀痛の慟哭が耳に届いた。はた織りの手を止める、杼を取り落とす、『若しや!』 部屋を走り出た、城壁の櫓へと走った。

第10章  アキレスとヘクトル  20

2008-02-21 07:57:43 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 壮絶の闘争のあと勝者に訪れるエクスタシーがアキレスを占拠した。
 ヘクトルは、虫の息ながらも透き通った透明感の中をさまよっていた。
 『アキレス!頼みだ。俺の屍体は、トロイへ、、、、』
 『馬鹿言えっ!ならん!逝けっ!』
 『アキレス!貴様の死もすぐそこだ。ううっ、、、、』
 『俺は、潔くさだめの死を受ける。それまでだ。』 強く言い切った。
 ヘクトルは息絶えた。双眸に闇が訪れ、命と魂は身体から離れていった。
 静寂一瞬。風が通り過ぎた。
 アキレスは、鎧をヘクトルの遺体から剥ぎ取った。連合軍の将兵たちが、二人の死闘の場に戦場のあちこちから寄ってきた。彼等には、彼等の儀式があった。将兵たちは、裸になったヘクトルの身体を見たあと、槍で一突きしてから引き揚げていった。

第10章  アキレスとヘクトル  19

2008-02-20 09:24:52 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 アキレスは、対峙の間合いの距離を考えて槍を持つ手に力をこめた。槍を飛ばした。空を裂いて飛び行く、ヘクトルの肩先をかすめて飛んだ。身をかがめて、これを避けた。ヘクトルが渾身の力で、念をこめた槍を投げた。狙いは確かであった。槍はアキレスの大楯の真ん中を打つ、これを腕使いで、いずこかにはじき飛ばした。
 ヘクトルは、アキレスの左肩から頚の付け根を鋭くにらんだ。剣を引き抜き、じりっ、じりっと斬撃の間合いをつめた。
 アキレスは、ヘクトルのまとっている、かっては自分の鎧の欠点を知りぬいていた。アキレスの手許には他人の知らない長所を秘めた槍が残されていた。彼は身構えた。詰め寄ってくるヘクトル、あと一歩で剣先の届く間合いまでに詰め寄った。一歩踏み込んで、剣を振り下ろす、それで勝ちを信じた。
 アキレスは、槍の長さと間合いを正確に読んでいた。白く光る陰影を見せながら煌めいた。剣を振り上げる、ヘクトルの喉もとがあらわになった、アキレスの手の動きが早かった、彼の槍はあらわになったその部分を刺し貫き、右へ薙ぎ斬った。そのあと彼の体は、ヘクトルの右サイドへ跳び抜けた。ヘクトルの振り下ろした剣は、むなしく虚空を泳いだ。勝負は一瞬であった。
 『ヘクトル!思い知ったか。貴様なんぞ犬かからすの餌食だ。』
 アキレスは、血を頚から噴き流している虫の息のヘクトルを見下ろした。

第10章  アキレスとヘクトル  18

2008-02-19 07:43:21 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 アキレスは、舞い立つ砂塵の彼方に、城壁を背にして起っている一人の男、ヘクトルを目に捉えた。戦車に一人飛び乗り、馬にムチをいれた。アキレスは駆けた。覚醒した自分の意識にしたがって駆けた。
 門前に起っているのは、ヘクトルただ一人である。戦車を止める、降り起つアキレス。待って起つヘクトル。この二人の死闘こそ、一国の運命を左右する果し合いである。アキレスは、集中力を極限までに高めた。ヘクトルは、トロイ一国を護る責務を果たすためのエネルギーを集中して対峙した。静寂の中にいる。闘争の気がみなぎってくる、二人のみの空間であった。
 ヘクトルのまとっている鎧は、昨日まではアキレスのものであった。一瞬の気おくれが通り過ぎる。ヘクトルに闘気が戻る。
 二人は、投槍の間合いを保って横に走った。闘いの場を選ぶために走った。日射しを強くした太陽は真上にあり、二人の味方でもあり、味方でもなかった。
 二人は止まった。風は砂塵を吹き上げた。