『アエネイスミッション』[Aeneas Mission ]

建国の使命を抱くアエネイスのフアストミッションは自軍団自民族引き連れて炎上壊滅するトロイからの脱出である。

第14章  焼討炎上  14

2008-06-30 07:31:31 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 夜の闇が忍び寄ってくる。人々が家に帰り、眠りに就くときである。
 酔いどれた4人の男が広場を横切って木馬に向って来る。そして、広場の物陰から、また1人の男、これはシノンであった。広場には、猫の子一匹見当たらなかった。
 オデッセウスは、例の小さな穴から外をうかがった。
 暗闇の中で、4人の男の目が合った。その中の、主将格と思われる男が木馬を叩いた、三回叩いて二度さすり、これを二回繰り返した。木馬からは、ことことと音が鳴り返事と思われる音がした。主将格の男は、持っていた頭陀袋から小さめの松明を取り出し、他の3人とシノンに手渡し、男は小さな声で命令した。『行け。』4人の男は闇に消えて城壁に急いだ。主将格の男は、今一度、広場の隅から隅へと目を走らせ、安全を確かめた上で木馬を叩いて、最後のサインを送った。
 木馬の腹胴が、かたり、ことりと音をきしませた。木馬の中では、エペイオスが落とし戸のくさびを抜いた。木馬の腹にぽっかりと穴が開いた。綱がおりて来る。降りようとしている者の足が現れた。

第14章  焼討炎上  13

2008-06-28 08:20:45 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 息苦しさに耐えて、腹胴の中で過ごす将兵たちは、掻きたいところも掻かずに身をすくめて潜んで時をやり過ごしていた。
 オデッセウスの覗き見の穴からの光も途絶えた。静かに夜の闇が近づいてきていた。
 日がな一日、終戦の安堵で喜び歌った一日も暮れ、人々は、その暮色の中を家路についた。その宵闇の中、木馬の近くにたたずんだ、一人の女性がいた。彼女は、他人には聞こえないような小さな声でつぶやいた。
 『戦争が終わった!そんなこと、とんでもない!あるわけがない。』 そして、歩き始めた。まだ何かつぶやいている、聞き取れない。彼女はささやく、小さな声、いや、喘ぎに似た吐息の声であった。彼女へレンは、メネラオスが木馬の中にいると信じて語りつぶやいた。
 『愛しい人よ、いるのでしょう。私の愛しい人、貴方に会いたいわ。ね~、顔を見せて、私のメネラオス。』 彼女は、木馬の周りを巡りながら呼びかけた。ヘレンは、木馬の周りを三、四度巡って遠ざかっていった。
 木馬の腹胴の中には、緊迫の気がみなぎった。

第14章  焼討炎上  12

2008-06-27 07:52:29 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 木馬の腹胴の中は、人いきれと季節がらとで気が狂わんばかりに暑かった。換気のための細工は、木馬のタテガミの構造に隠されていた。効果の程は疑わしかった。
 この腹胴に潜んで、もう、どれくらいの時間が経っているのだろうか、オデッセウスは、体内いや腹時計で時を探った。
 エペイオスは、オデッセウスに触れてサインを送った。真っ暗な腹胴の中に、一条の光が走った。エペイオスは、光の入ってくる穴に目をつけて、外を見るように手まねで伝えた。エペイオスとオデッセウスのいるところ、そこは指令者の指定席であったのだ。穴の大きさは、直径1ミリくらいである。その小さな小さな穴から、わずかではあるが外の情景がうかがい知ることができた。目を穴につけなければ見えない。この腹胴の中にいて、盲目状態で過ごす不安感がやわらいだ。
 オデッセウスは、50の目を代表して、外の状態をうかがい知った。シノンは、その穴の視野にはいなかった。
 神殿前の広場に着いたのちの、広場の市民たちの喜ぶ様が、かいま見てチエックしたオデッセウスであった。

第14章  焼討炎上  11

2008-06-26 13:46:33 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 叫び、歌い、踊り、人々は、街路のいたるところで、酒を酌み交わし、食べ物を食べて、戦いの終わったことを喜び合った。
 今日の夕陽はひときわ大きく茜色に燃えて、トロイの海を、山河を、陣営のなくなった戦野を、そして、喜びにひたったトロイ城市を染めながら、暮色に包んでいった。
 夕陽に映える木馬は、ひときわ荘厳さを、かもし出し、腹中に知られてはならない秘密の荷をはらんでいる不気味さたたえて、見上げるトロイ市民を睥睨していた。

第14章  焼討炎上  10

2008-06-25 07:02:06 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 木馬は、門を抜けて城市内に入った。街路を車輪をきしませながら通り、アテナの神殿広場へと向かっていく、木馬は、広場の中央に置かれた。人々は、ここでも喊声をあげた。
 太陽は、中天にかかって照り輝いている。風はない、強い陽射しは容赦なく降り注いでいる、彼等は、喜びに溢れていた。
 彼等は、ここでも感覚が麻痺していた。腹胴に潜む総勢25人の重量のことを考えると、木で造られた馬にしては、重いのではなかろうかと気がついた筈である。大勢の力で引く、それが彼等の感覚の目を見えなくさせていた。
 エペイオスの木馬造りの巧みさは、将兵たちが乗り込んだ木馬全体の重量のバランスを考えて、石で大きなパラスアテナの神像を彫り刻み造らせ、寝させた状態でつんでおいたことである。
 王女カッサンドラは、悲嘆にくれながら、大声で叫んでいるが誰も聞いていなかった。ラオコーンといえば、その頃、シノンが隠れていた池の草むらを調べていた。事件はそこで起きていた。彼は、毒蛇のひと噛みによってこと切れていたのである。

第14章  焼討炎上  9

2008-06-24 08:08:55 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 水で喉を潤したプリアモスは、聴衆を前に再び口を開いた。
 『私の話を聞いてくれているトロイ市民、将兵の諸君!戦争は、終わったと思うか、どうだろう?』 ここでプリアモスは、一同を見廻した。
 『私は、この長かった戦争は終わったと思う。今、ここに戦争の終結を宣言する!戦争の終わったことを皆で喜び合おうではないか。ここに帰ってくる道すがら、側近、重臣、このトロイを護ってくれたアエネアス、将たちとも話し合った。城壁前の、あの木馬、連合軍からの貢物だといっている木馬を引き入れて、アテナ女神に捧げようと思うが、諸君!皆の考えはどうだ。皆の思いを聞きたい。』 と話を結んだ。
 聴衆は沸いた。広場は喊声でどよめいた。彼等の叫びは城市を揺るがした。
 『木馬を城市内に引き入れよ!アテナ女神に捧げよ!捧げよアテナに!』
 市民や将兵たちは終戦を信じた。彼等、皆総出で木馬を引くことになった。彼等は、引き綱を追加して、皆で引っ張った。木馬は大揺れに揺れる、そして、かしぎながら、でこぼこの大地の上を引かれていく、門前に至ると、子供たちまでが引き綱に取りつき引っ張った。

第14章  焼討炎上  8

2008-06-23 07:27:01 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 陽は夏の光を振りまきながら照り輝いている。痛いほどに目を射る陽射しは強くまぶしかった。トロイの白茶けた大地を焼いている太陽が中天に昇るには、まだ、少々間があった。
 プリアモスの一行が戻ってきた。城市の神殿前の広場には、トロイの市民たちや将兵たちが、こぞって集まって来ていた。プリアモスが広場の壇上に立った。
 プリアモスが一行を引き連れて、多くの将兵が血を流した戦野、連合軍の陣営あと、海岸の情景、見渡す海の風景、海峡の管理所等を見廻って来たことを皆に話し、王としての立場での思いを伝えた。その上、長い戦役で、市民にかけた戦時の苦労についても、ねぎらいの言葉をかけた。その中でトロイの城壁の構築技術の良さが、戦いに負けるというリスクを低減して、戦争が長期にわたって続いたことを話し前段の話を終えた。
 話すプリアモスも、聞いている広場の聴衆たちも、戦いが終わったという思いが、胸に沸いてきた。勝利したということよりも、このトロイを護りきったという感慨が強かった。喜びが爆発するには、まだ、少々間があった。

第14章  焼討炎上  7

2008-06-21 07:45:20 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 そして、シノンは、この木馬をアテナ女神への貢物とすることで、故国への航海が無事であろうと安心して帰国の途についたとつけ加えた。
 プリアモス、トロイの将兵、そして、トロイの市民、彼等はシノンの弁舌に完全にしてやられた。わめき、すね、開き直ったかと思うとなだめすかし、そうかと思うと泣きすがり、足を出す、聞いている者を翻弄した。
 木馬の腹胴の中で聞いているオデッセウスの耳には、全ては聞こえては来ないが、話の端々が届いた。彼は、懸命に念じた。ひとつの山を越えたようだ。次に待っているのは、河か、谷か、心理的な遠隔操作、生まれて始めてのこの試練に、自分ではない自分を意識した。このように謙虚な気持ちになりえたことは、これまでにあっただろうか。去来する多くの思いを振り切って、作戦の成功だけを真剣に念じた。
 シノンの話で彼等は、木馬は、パラスアテナ神像の盗んだことへの詫びであり、アテナ女神への貢物であることと受けとり安堵すると同時に打ち壊すことはしてはならないと理解した。
 これが彼等の大きな間違いであり、陣を払っての帰国は、真っ赤な嘘であることに気がつかなかった。
 古代トロイの長い平和な時間が育んだ民情の優しさを、ギリシアの風土が育んだ戦士族の狡猾で奸智にたけた知恵が、今、トロイを征服しようとしている。
 シノンは、叩きの刑をうけたあと放逐された。
 木馬の城市内への引き入れが決まった。

第14章  焼討炎上  6

2008-06-20 08:49:13 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 『ギリシア人めとは何事だ。俺にシノネスという名がある。もうひとつ大事なことがあるが、やめとく、俺は言わんぞ!さあ~、好きなようにしてくれ。どうにでもしてくれ。こんな姿では何も出来やしない。お前等の好きなようになるしかない。もう、どうでもよい、さっさと好きなようにしろ!』
 シノンは、言いたい放題を言った。
 『そのもうひとつとやらを聞きたい。話してもらおうか、おい、ギリシア人!』
 『言ったらどうなる、この俺様を助けてくれるのか。なあ~、助けてくれよ。トロイの人よ。』 と言いながら、シノンは、プリアモスの方に身体を向けて、
 『何卒、プリアモス王、ねえ~、王様、この私にお慈悲を、お願いです。この私を助けてください。お願いです。こ、この通りです。お願いします。』
 『おいっ!なにを、ほざいている、馬鹿者め!さあ~、その、もうひとつを言うのだ。言えっ!この野郎!』 と言いはなつや、シノンを思いっきり蹴飛ばした。シノンは、吹っ飛んで、喘いだ。
 『言います、言います。手荒くしないで下さい。どうぞ、お慈悲を、このか弱い私をお助け下さい。』 シノンは痛みをこらえて、おもむろに話し始めた。
 『あの木で造った馬の像はだな、『トロイのパラデイオンのアテナ女神に捧げる。』 その思い一途に造られたものなのです。その大きさ、その荘厳さ、若しトロイ人が、これを壊しでもしたら、アテナ女神の怒りが、ただちにトロイ人に下るように願いをこめて造ってあるのだ。これを城市内に引き入れて、アテナ女神に捧げたら、トロイを贔屓にして、トロイの安泰と繁栄を約束することになっている。この私の言っていることを信じてください。間違いありません。今、言ったことは本当です。これで、全部です。どうか、この哀れな、私を助けてください。お願いです、プリアモス王、この私に、何卒、お慈悲を。』
 シノンは、一世一代の芝居をうった、つもりで話し終えた。

第14章  焼討炎上  5

2008-06-19 07:49:55 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 『あとを話すんですかい。俺の言うこと信じてくれるんですかい。』
 『だから話せと言っている。お前の命なんか、いつでもとれる。話をつづけろ!』
 『奴等の魂胆は、逃げ帰るとき、この俺様をいけにえにする魂胆だったのだ。俺は木馬を造っている広場を通り抜けて逃げた。俺は必死に逃げた。奴等は、陣払いのドサクサでざわついていた。俺は、燃やされる前の船の中に隠れたりして、どうにか、城壁の下の池にたどり着いた。俺は、とにかく疲れていた、眠たかった。そこで草むらにもぐりこんで寝ていたら、この始末だ、貴様等に捕まったようなわけだ。判ったか。判ったら返事をしろい!やい!』 と毒づいた。
 『おい!ギリシア人、あの木馬は、何の目的で造られたか、言ってみろ!』
 『何だって、あの木馬はな、あの木馬はだな、オデッセウスがトロイの神殿から神像を盗んだ。陣を焼き払って、国へ逃げ帰るときのアテナの怒りが怖い、アテナの怒りを静めるために造ったものだ。アテナ女神をなだめるための貢物だ。判ったか。判ったら、この俺を自由にしたらどうだ。聞いているのか!』
 『それだけか。まだ何かあるだろう。みんな言え、言うのだ。ギリシア人め!』