『アエネイスミッション』[Aeneas Mission ]

建国の使命を抱くアエネイスのフアストミッションは自軍団自民族引き連れて炎上壊滅するトロイからの脱出である。

第15章  エピローグ  8 (最終)

2008-07-30 07:34:57 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 耳朶を打つ、希望に耳を傾けた。かすかに耳朶を打っている。アンテノールは、それを希望と受け止めた。
 幼子の泣き声であった。アンテノールは城壁を駆け下りた。スカイア門をくぐりぬけて城外に出た。
 西方の空に黒雲が現れたのはそのときであった。黒雲は、一瞬にして空を覆った。稲妻が煌めいた。同時に雷鳴が轟き、一条の光が城壁の下部の一箇所を照らした。
 アンテノールは、泣き声をあげている幼子を探し当てた。走った、駆け寄った。すかさず幼子を抱き上げた。雷鳴の中に声が轟いた。
 『アンテノール!心して聞け。その子をお前に託す!』
 天の声は、ずぶとく告げた。アンテノールの身がふるえた。幼子は、彼の太い腕の中で泣いた。幼子は、柄が宝石で飾られた一振りの短剣を抱いていた。
 彼は、その希望をありったけの力で抱きしめた。
 空は、たちまちのうちに晴れわたり、夏の陽がきらめいた。

        完

  お読みいただきましたことに、謹んで御礼申し上げます。
                  SI HIPOKRASON  山田 秀雄

第15章  エピローグ  7

2008-07-29 07:35:35 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 陽が昇る。新しい朝が訪れる。戦いが繰りひろげられた戦野に人影がない、トロイの海には、連合軍の軍船がちらほらと見えるだけであった。
 アンテノールたちは、これからの日々の思案にとらわれると途方に暮れた。
 今朝も沈んだ眼差しで城壁の上から風景を見つめていた。
 新しい朝、今日の良き出来事をと前向きに望めるか。昇り来る朝の陽に、軽く目を閉じて祈った。ただ、ひたすらに祈った。
 彼等は、絶望の向こうにある何かが欲しかった。ひたすらに求めた。
 それがあった! かすかにであった。アンテノールの耳朶を打った。

第15章  エピローグ  6

2008-07-28 07:36:30 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 猛火を背後にして、父を背負い息子の手を引いてトロイの地を去ったアエネアスは、海路を逃げた。彼も地中海をさまよった。そののち、イタリア半島に上陸し、古代ローマ建国の基を築いたと伝えられているが、真偽の程は定かではない。しかし、彼の胸にあったのは、トロイ再興の夢であった。
 一夜で燃え尽きたトロイ城市は全く灰燼となっていた。生き残っていたのは、わずかばかりの老人たちであった。
 連合軍に助命されたのは、アンテノールだけであった。生き残った老人たちは、何故、アンテノールだけなのか。不審に思ういっぽうでは、彼が生き残ってくれていたことを喜んでもいた。
 彼は、生き残った老人たちとともに、死者たちを弔った。彼等、死者たちを弔うことは、生きている者の勤めであると、もくもくと、その勤めに力を尽くした。

第15章  エピローグ  5

2008-07-26 07:31:45 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 夜明けは近い!サファイア色の空、海も大地も、まだ、息をひそめていた。
 消えかかる星の見つめるトロイの海を軍船の兵たちの漕ぐ櫂さばきで泡立っていた。戦争は勝利で終結させた。将兵たちの故郷への帰心は矢のごとくであった。
 心は、故国の大地、花咲くみどりの山野、とび交う鳥、吹き渡る風を鮮明に思い出していた。出航の準備の終えた船団から、トロイの岸を離れていった。風に背中を押されて故国の地を目指した。
 トロイの地で戦争という名のもとに、暴虐を奮った者たちも故国への帰途についた。アガメムノンとカッサンドラを迎えた故国で待っていたのは、謀計の残虐の刃であった。カッサンドラを凌辱したアイアースの船は、嵐が木っ端みじんに砕いた。その大波は、アイアースをペレウス岬の岩にたたきつけて、その命を奪った。オデッセウスも、メネラオスとヘレンも航海が順調であったとは言い切れない。

第15章  エピローグ  4

2008-07-25 08:35:03 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 この夜、アンテノールは、二人の訪問者と話し合った。
 『アンテノール、無事であったか、』
 『アンテノール、お前の無事を見て、俺たち安堵したぞ!』
 『あれから10年だ。改めてあのときの礼を言う。本当にありがとう。二人ともこの通りだ。このような仕儀になったこと、どのようにお前を慰めたらよいか、俺たちには判らない。これは、お互いの立場と理解するより他はない。』
 『俺たちは、明日、この地を去る。元気で過ごせ。』
 アンテノールは、終始、無言で邂逅のときを過去へ追いやった。
 『アンテノール、渡すものがある。海峡の利権だ!多くは言わん。トロイを復興しろ!』
 二人は、アンテノールの手を握って別れた。

第15章  エピローグ  3

2008-07-24 07:51:05 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 アンドロマケは、心中、強く強く祈っていた。
 『アステアナクス。この子は、幼い乳飲み子だ。もしかして、もしかして、一命を助けてくれるのでは、、、、そうあって欲しい、お願いだから、、、。』
 立ちはだかった兵は、アンドロマケに告げた。
 『私が、これから言うことは、私の意志ではない。この子は、トロイの城壁の高みから、投げ落とされて、死ななければならない。耐えてください。』
 もう助けは何処にもなかった。彼女は、幼子アステアナクスを、その骨も砕けよとばかりに腕の中に強く強く抱きしめた。アンドロマケは、母として、この子にしてやれることは祈りだけであった。彼女は、命長らえることの身の守りにと、ひと振りの短剣をアステアナクスの身にしのばせた。
 兵は幼子アステアナクスを連れ去った。
 ヘクトルの息子アステアナクスに死を与えることで、トロイ戦争は終結した。
 アステアナクスを連れ去った兵の心の中には、優しさがあった。彼はできるだけ、この子が苦痛少なく、命が果てるように心くばりをして、投げ落とす地点を選んで城壁の上に立った。
 アステアナクスの、その小さな身体が宙に舞った。沈みゆく太陽が力をふりしぼって、生きる意志を起こせと、その小さな体躯を照らした。
 幼子は、城壁の下、雑草が密生している草地に落ちた。幼子の声はなかった。
 『死ぬな!死ぬな!死ぬな!生きろ!』 兵は、絶叫で彼を送った。

第15章  エピローグ  2

2008-07-23 07:01:07 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 トロイのおびただしい量の金銀、財宝、宝飾品、象牙や琥珀、そして、トロイの将兵たちから剥ぎ取った鎧、兜、剣、槍等の武具等に至るまで、アガメムノンはじめ将たちとの話し合いによって山分けにされた。こうして戦後処理の一日目は暮れた。
 戦後処理の二日目である。アガメムノンの招集による会議が開かれた。ヘクトルの遺児のこと、帰国の出航について話し合われた。話し合われたことは、即刻行われた。
 先ず、帰国の航海の安全を祈る供犠の儀式が催行された。儀式の犠牲に供されたのは王女の一人であるポリクセーネであった。ポリクセーネは、つかつかと祭壇に取り付くや否や、儀式用の短剣を手にとって、我が胸を突き刺し自裁して果てた。母へカベは命なき娘にとりついて号泣した。囚われている一群の女たちもともに涙した。
 そんなとき、ひとりの兵がアンドロマケの前に立ちはだかった。

第15章  エピローグ  1

2008-07-22 08:30:02 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 夜が明けてくる。トロイを襲った炎と剣と槍、残火は、くすぶり、煙はたちのぼり漂い、トロイを覆う、煙は太陽の光をさえぎり生き残った者たちの心を暗黒に閉ざした。
 戦端を開いてのち、10たびの春が訪れ、平和で民情が豊かであったトロイを、凄絶な戦いが灰燼として血で染めた。市民や兵の屍体が瓦礫の街路に積み重なり、死臭が漂い始めていた。
 生きているのは、ひと握りの老人たちと虜囚となった女たちであった。老いた王妃へカベ、幼子アステアナクスを抱いた故ヘクトルの妻アンドロマケ、アイアースに凌辱されたカッサンドラもその中にいる。虜囚の女たちには、それぞれ引き取り人がいた。カッサンドラはアガメムノンに、へカベはオデッセウスに、アンドロマケはネオプトレモスに、そして、戦功のあった者にもあてがわれた。また、トロイ遠征のスポンサーとして介在している、ギリシアの貴族にも与えられるのである。

第14章  焼討炎上  31

2008-07-19 07:48:10 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 将兵たちは、大声をあげる、咆哮し歓声をあげた。アガメムノンが出てくる、オデッセウスは、ヘレンの肩から手をはずして、列の真ん中を歩を進めた。ヘレンは、数歩おくれて歩を進めていた。まさに感動の場面であった。アガメムノンがオデッセウスの手をとる、叫びと歓声のどよめきが大きく沸きあがった。アガメムノンとオデッセウスは、その渦の中で勝利を噛みしめた。また、アガメムノン、メネラオス、ヘレンの邂逅は10年ぶりであった。
 連合軍の将兵たちは、勝利者としての感慨に浸った。彼等は牛羊を屠り、酒を酌み交わして戦勝の宴を催行した。
 アガメムノンと側近の将たちを先頭に、連合軍の将兵たちは、午後になって、戦火のくすぶりの消えていないトロイ城市に戦勝者としての一歩を踏み入れた。

第14章  焼討炎上  30

2008-07-18 08:00:26 | トロイ城市は炎上消滅の運命であった。
 言語筆舌では表現の出来ない無惨な一夜が明けようとしている。昇り来る朝日の感知しない悪夢の夜が終わり、新しい朝が訪れようとしている。トロイの人々にとって、あまりにも惨酷な思いの封をきる朝であった。
 連合軍の陣は沸いていた。10年に及ぶ長~い年月を経ての勝利に沸いていた。
 アガメムノンは、オデッセウスの姿が見えないことに気付いた。瞬間、彼の心は翳った。彼は、メネラオスに尋ねた。
 『どうした。オデッセウスの姿が見えん!気にかかる。』
 『オデッセウスか。彼は、野暮用だ。もう、来る頃だと思う。』
 そんなとき、灰燼と化した街中に、こちらに向かって近づいてくる、ひとりの女につきそわれて歩いてくる男の姿があった。陣中から二人の男が飛び出した。二人の男は走った。全力で走った。ひとりはエペイオス、ひとりはネオプトレモスであった。
 メネラオスは、この手負いの野獣のような男を陣に迎える準備をした。将兵たちは、通路を作り、両側に列を作って並んだ。