『アエネイスミッション』[Aeneas Mission ]

建国の使命を抱くアエネイスのフアストミッションは自軍団自民族引き連れて炎上壊滅するトロイからの脱出である。

第3章  踏み出す  177

2011-09-30 06:26:10 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『統領、夜のとばりも濃くなってきました。私たちもまいりましょう』
 イリオネスは帰りを促した。
 『イリオネス、今日は楽しかった。う~ん、収穫祭をやってこの上なくよかった。今日の余興のことだが、いやあ~、子供たちの取り組みは大変に素晴らしかった。子供たちが真剣に取り組む姿がまぶたに焼き付いている。俺の思い過ごしかわからんが、子供たちを見ていると明日が見えるのだ。実に楽しい。俺の偽らない気持ちだ。判ってくれるか』
 アエネアス自身、何となくうまく言えたとうなづいた。
 『統領、統領の気持ちがわかるような気がします』
 彼らは身を包んでくる暗さの中を砦への道をたどった。
 一行は、砦の建つ高台への坂道にたどり着いた。一行は昇っていく、中間地点で立ち止まった。先頭を行くアエネアスは、おもむろに浜の方向に身体を向けた。
 暗さを通してはるかに見える海、浜に上げられている船影、いくつかゆらぎ燃えている焚き火、火影にゆれている人影、彼の胸は、締め付けられた。去来する郷愁に似たこの風景。この風景を再び、この浜で目にすることはないのではと思い眺めた。

第3章  踏み出す  176

2011-09-29 08:09:54 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『あっ、統領、有難うございます。統領も一杯どうぞ!』
 近くにいた者が、統領に酒杯を手渡し酒を満たした。
 『よしっ!乾杯といこう。今日はご苦労であった。乾杯!』
 彼らは、杯をさしあげ、口に運び一気に飲み干した。
 『統領、有難うございました。今日は砦の者たちも、浜の者たちも充分に収穫祭を楽しみました。とても、いい日でした。ご馳走様でした』
 彼らは、腰を上げて、アエネアスに礼を述べた。
 『では』 と短く言って、アエネアスは、その場を去った。
 イリオネスたちがいるところに、トリタスが来ていた。
 『おっ、トリタス、今日の収穫祭、皆、充分に楽しんだか、どうだった』
 『ややっ!統領、今日は大変ご馳走様でした。私ども皆、腹が張り裂けるくらいに飲み、かつ、食べました。とっても旨かった。今日以上の舌鼓は打てっこありません。ご馳走様でした。私たちはこれで帰ります』
 『トリタス、ご苦労であったな。お前たちが造った魚の干物、実によく出来ていた。あれなら、どこに出しても通用するぞ。ところで帰りは、舟か、浜を歩いてか』
 『え~え、船で帰ります。この千鳥足で歩けば、帰り着くのは夜明けの頃になります。有難うございました。イリオネス様そして、皆さんご馳走様でした』
 トリタスの一行は、波打ち際の小舟に向かって場を去っていった。

第3章  踏み出す  175

2011-09-28 06:41:52 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 秋の陽は、つるべ落としで海に没していく。
 アエネアスは側近の者たちを従えて、落陽の風景を眺めていた。
 収穫祭は、日暮れの残光の中で終宴のときを迎えていた。アエネアスもイリオネスたちも、よく食べ、よく飲み、よく楽しんだ。砦の者たち、浜衆、村の衆たちは、心底から収穫祭を楽しんだ。
 『統領、収穫祭、充分に楽しまれましたか。皆、腹の底が抜けたようによく飲み、よく食べてましたね。食材を担当した者たちがてんやわんやで食材を配っていました。彼らは、今、焚き火を囲んでくつろいでいます』
 『おっ!そうか。ちょっといって来る。お前らここで待っていてくれ。砦へは、一緒に帰ろう』
 アエネアスは、酒肴の焼けるいい匂いを発している、彼らのくつろぎの場へ歩を運んだ。
 『おっ、皆、今日は大変ご苦労であった。君らが気を配ってくれたおかげで収穫祭が、この上もなく楽しいものであった。有難う、礼を言う』
 アエネアスは、彼らに気軽に声をかけながら、酒を注いでやった。

第3章  踏み出す  174

2011-09-27 06:42:32 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 酒が注がれていく。全員が満杯の酒杯をささげている。会場に静寂が訪れた。
 『乾杯っ!』
 アエネアスの声が会場にほえわたった。静寂が敗れた。飲みほされた酒杯が宙に舞う、喊声がどよめいた。会場が一瞬にして沸きあがった。浜は興奮のるつぼと化した。
 左手に旬の酒肴の串を、右手に酒杯をかかげて、飲み、食べ、腹の中へ収めた。
 ギアスが会場の中央に進み出てきた。彼はやおらに声をあげた。
 『おおっ!皆、聞け!これより、収穫祭の余興、レスリング競技の試合を開始する、いいな。まずは子供たちの取り組みから始める!』
 彼はたからかに取り組み開始を告げた。砂上に縄引きでしきって、レスリングの土俵としてある。子供たちは両側に分かれて対峙した。勝ち抜き方式で試合が進められた。二人以上に勝った者には、ささやかであったが商品が渡された。
 会場は大いににぎわった。子供たちも大喜びで組み合った。参加したユールスは、三人を組み伏せたが四人目の体格のいい子の下敷きになって砂を噛んだ。
 続いて大人の部になっていく。大人たちは誰、彼なしの取り組みであった。勝ち抜き戦で取り組んでいく、一勝した者には、1杯の酒が注がれる、それを飲んで、次の者と取り組む、勝つほどに酒に酔ってくる、酒のせいで勝った、そして、負けた。酒に酔って、よろよろと取り組むさまは、愛嬌があり、皆が心から楽しんだ。

第3章  踏み出す  173

2011-09-26 06:47:34 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 アエネアスは、胸に抱いている大儀を他人に気どられないように振舞っていた。彼の大儀を知っているのは側近の極く小数の者に限られていた。
 砦の浜は、収穫祭の準備にてんやわんやの大忙しであった。砦の者たちに混じって、浜衆や村の衆たちが動き回っていた。指示が大声でとぶ、それを受けて作業がこなされていった。
 トリタスらが朝とれの魚、村でとれた野菜、果物類を小舟に積んで来る、彼らをパリヌルスたちが迎える、このような風景をアエネアス、イリオネスたちが笑みをたたえて眺めている、その背後を子供たちがはしゃぎまわっていた。
 アエネアスは、このような風景の中にいることが好きであり、群衆の中でいっときを過ごすことを一国の主として、こよなく愛していた。彼は、時が過ぎていくのを忘れて、その気分の中にいた。
 浜で喊声があがっている。収穫祭の準備が出来上がったらしい。グループで囲む焚き火が各所で燃え上がっていた。
 『統領、まいりましょう』 ギアスが呼びに来た。
 収穫祭の場は、にぎわった。アエネアス、イリオネスたちと砦の者たち、トリタスと浜衆、村の衆たちと大変な賑わいである。
 アエネアスは、会場の真ん中に立って、開会の言葉を高らかに告げたが、会衆一同の喊声にかき消された。

第3章  踏み出す  172

2011-09-23 06:32:20 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『親父、判ってくれつ!』
 アエネアスは、短く言葉を吐いて、父の目を鋭い目線で見つめた。
 『親父、あんたの怒りはもっともだが、抑えてくれ。あれはもう過去だ。過ぎ去った一事に過ぎない。今の俺はそれどころではないのだ。少ないとはいえ一国とその一国の民を統べている。小さな感情で、一国の民を動かすことは許されないのだ。我々の将来は、もっと大切な一事に向かわなければならないのだ。そこを判ってくれ、それを判ってほしいのだ』
 アンキセスは、息子の抱いている望みを垣間見た。しぶしぶだが息子の言葉に従う、あきらめの表情を浮かべた父の姿がそこにあった。
 父のいっときの感情のたかぶりが落ち着いてきた。アエネアスも気持ちを落ち着かせた。背筋に流れる汗が冷たく感じられた。

 交易を終えた砦には、日常のおちつきが戻ってきていたが、アエネアスには次のステップの決断と実行が迫ってきていた。
 『よしっ!今日あたり、次のステップについて、さわりでもイリオネスらと話し合うか』
 アエネアスは、背中を押された感じがした。すかさず振り返った、そこには、粗いつくりの壁を吹き抜ける風だけが動いていた。
 『何だ、風か』
 彼は館から外に出た。陽はさんさんと彼をやいた。行く手に待っている苦難を知らぬげに彼に光を注ぐ太陽は中天にかかりつつあった。

第3章  踏み出す  171

2011-09-22 06:36:08 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 アエネアスは、父親の荒れた気持ちを受け止めた。
 『親父、あんたの気持ちは判る。俺もあんたの子として、あんたの気持ちを理解している。俺の率いる今の軍団でギリシアへ攻め込んでも、それは無謀というものだ、何にもならん。そのようなことより、もっと大切な一事で俺の頭は一杯なのだ』
 アエネアスは、ひと呼吸をおくために、ここで言葉をきった。彼は、じいっと父親の目を覗き込んだ。父親のわめきを抑えたい。アンキセスの荒れ昂ぶった気持ちを抑えなだめることの難しさを思った。
 アンキセスは、右手にしていた杖を振り回してわずかばかりの家具を叩きまわった。アエネアスは、父の絶叫に上回る大声をあげようとして、はたっと、思いとどまった。彼は、ユールスに老いた父と言い争う修羅場を見せたくはなかった。ユールスを従卒に託して外に出した。
 彼は思いきって大声をあげた。
 『親父っ!やめろっ!このまえにも、あんたに言ったではないか。アガメムノンは、今は死んで、もうこの世にはいない。その他の諸将の一部も命を失って、もうこの世にいないのだ。彼らは見えざる手ですでに成敗されている。そのようなことより、俺たちは、もっと大切な一事に向かわねばならないのだ』
 彼は、言葉をとめて気合いをはかった。

第3章  踏み出す  170

2011-09-21 07:05:12 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 アエネアスは、うつうつと悩んでいた。
 父アンキセスは今日も朝からうるさかった。一週間も続いているのだ、こんな状態が。『うるさい』では、片づけられない理由があるということが判るだけに、アエネアスは頭を抱えていた。
 『おいっ!アエネアス。お前は何を考えているのだ、俺の言っていることが判らんのか。馬鹿っ!』
 アエネアスに馬鹿と言えるのは、砦にはこの父だけである。その言葉に続けてわめいた。
 『トロイが焼けた。あれから半年だぞ。あのときを思い出すと、腹が煮えくり返る。俺は居ても起っても居られんっ!おいっ、判るか。俺は、あ奴らが憎くて憎くてかなわんっ!くそっ、アガメムノンを頭にギリシアの奴らが軍団を整えて、欲に膨らんだ理不尽な戦さを仕掛けおってっ!俺は、奴らが憎いっ。そして、最後は、火を放って、俺らのトロイ、あのトロイを焼け野原にしよった。それが許せん!アエネアス、お前、何を考えているのだ。何故、軍を起こして、奴らを攻めないのだ。奴らを叩き潰さんのだ。ただちに軍を起こしてギリシアに攻め込め!アエネアス、軍を整えろ!俺が指揮して、あ奴らの国を灰にしてやるっ!アエネアス、聞いておるのか、軍団を整えろっ!』
 アンキセスは半狂乱の体でわめき散らした。彼は、トロイが誇る歴戦の軍団長であり、軍団を率いていた昔を思い出してのわめきであった。

第3章  踏み出す  169

2011-09-20 07:39:44 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『あ~、それから、もうひとつ統領を喜ばせることがあります』
 『ほお~、それは何だ、聞こう。イリオネス、それは何だ』
 『テカリオンからの贈り物です。これです。統領、受け取ってください。珍しいものであるようです』
 イリオネスは、テカリオンからの贈り物をアエネアスに手渡した。
 アエネアスは、贈り物を手にして声をあげた。
 『お~おっ!これは珍しいものだ。俺は初めて目にした。イリオネス、これは幸先がいいぞ!これは縁起がいい。海神トリトンの像だ。子供たちを背に乗せている。子供たちを背に乗せているトリトン像はこれまでに見たことがない。トリトンについて語れば長い。また、次の機会に話してやる。この広間に飾ろう。イリオネスよろしく頼む』
 『判りました。統領の言葉どうり、この広間に飾ります。そんなに縁起のいい神なのですか。言われて見ればなんとなくうなづけますね』
 オロンテスが手を上げて話し始めた。
 『皆にはかるのだが、どうだろう。砦の者たち、そして、トリタスら浜衆、村の衆、皆をあつめて、収穫祭をやりませんか。旨い食材も手にはいったことだし、ご一同いかがです?』
 『おっ!それはいい、やろう』
 アエネアスのひと言で決まった。全員が声をあげて賛同した。
 収穫祭は、三日後の昼めし時と決まった。全ての衆の参加でやると決まった。パリヌルスとオキテスがトリタスとの打ち合わせにエノスの浜に出向いた。
 トリタスは二つ返事で快く承諾した。その準備支度について話した。特に当日、予定している余興に話が及んだ。

第3章  踏み出す  168

2011-09-19 07:05:58 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 アエネアスは、イリオネス、パリヌルス、オキテス、オロンテスの四人から交易の結果について報告を受けた。
 『そうかそうか。君らは、その結果について、どのように思っているのだ。それを聞こうではないか』
 彼らは、口をつぐんで顔を見合わせ頷きあったあと、イリオネスが口を開いた。
 『この件についての私どもの思いは、麦、アーモンドについては少々の不満があります。しかし、いかんともしがたい事情がありました。テカリオンの言うところによると諸外国の情勢から言って、相場といった状態です。結果で満足しなければいけないようです。これからは農産物の価格は、エーゲ海沿岸諸国と歩調を合わせた価格となっていくのではないかと考えられます。それから、パリヌルスが中心となって建造した舟艇ですが、その構造が画期的であり、海上に於ける走り、操舵性がよく、全体におけるバランスが高く評価され、我々が想定した価格を上回って決着したことが大きな満足です。我々一同、非常に喜んでいます。以上です。よろしいでしょうか』
 『そうか。それは大変よかった。お前たちの喜びが俺の喜びだ。こんなにうれしいことはない。砦の者、全員で喜び合いたい』
 『統領、それからです。今度の交易でトリタスたちも参加しました。彼らもとても喜んでくれました』
 『そうか、それはよかった。いい事をしたな。彼らも喜んだか、そうかそうか、それは何よりであった』
 アエネアスは、頷きながら微笑んだ。