『アエネイスミッション』[Aeneas Mission ]

建国の使命を抱くアエネイスのフアストミッションは自軍団自民族引き連れて炎上壊滅するトロイからの脱出である。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  507

2015-04-14 07:49:20 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 アヱネアス一行はなかなかの健脚である。疲れを見せることなく、ソニアナの集落の広場に立った。
 『おう、着いたか。重畳!一同、ご苦労!』
 アヱネアスが一同に声をかけた。スダヌスが言葉を返してくる。
 『ややっ!統領もなかなかの健脚ですな。道中で「参った」と言われるかと、ひやひやでした』
 『スダヌス、それは少々言いすぎだよ』とイリオネス。
 『いやいや、それは素直な言い草だよ。それくらいに思われても仕方がない。俺の日常がそのように見えるのかな。よし、山行から帰ったら、日々、鍛練をする!そして、ネクストに備える。ハッハッハ!』
 一同が疲労なしの風情で、午前の行程を終えたことを歓び合った。
 『ちょっと山の空気を吸って、昼めしといこう』
 『親父、俺、ちょっと、行ってくる』
 『お前、この場でおれを呼ぶのに親父はないだろう。何とか呼びかたを変えろ!そうか、判った』
 クリテスがイリオネスにことわりを入れた。
 『おい!クリテス、俺が一緒に行く』
 二人は、広場を横切って一軒の宿坊と思われる建物に歩を向けた。二人が宿坊の戸口に立つ、中から主人と思われる男が出てくる、男が足を止める、戸口に立っているクリテスに目をとめた。
 その者が口を開く。
 『あ~、クリテス殿では、、、』
 『ご主人、お元気でしたか?』
 『おう、この通り、達者達者で暮らしています。クリテス殿の姿、容姿が変わられたのでは、、、』
 『戸惑いはそれか。そうか、変わったといえば変わった』
 クリテスは、宿坊の主人をイリオネスに紹介して用件を伝えた。
 『クリテス、詳しいことは俺が説明しよう』
 『判りました』
 用件を聞き終えた主人は、うなずきながら答えた。
 『判りました。手前ども、喜んでお引き受けいたします。当方をご利用いただき、まっことありがとうございます。直ぐおいでになりますか?』
 『おう、そうする。クリテス、三人を頼む』
 『判りました』
 クリテスが三人を案内して、一行は宿坊に落ち着いた。一同は昼飯を待ちに待っていたのである、空腹と期待にときめいていた。
 彼らは、昼めしがこんなにうまいとは考えてもいなかった。口にするパンがいつもと同じなら、副菜の干した塩漬け肉も変わらない。持参したぶどう酒を飲みながら昼食を胃に収めた。
 アヱネアスが言葉を吐く。
 『うまいっ!スダヌス、昼めしの味は?』
 『はあ~っ!うまいですな!イリオネス、どうだ?』
 『うまいっ!この一言だ!』
 彼らは、いつわらない昼めしのうまさを口にした。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  506

2015-04-13 07:51:32 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 彼らが目にしているイデー山は、東側から目にしている山体である。山の名はイデー山、頂上から山の中腹に向けて草木がないスベスベとした山である。山名は、そのスベスベの意味合いを込めて名付けられている。標高は、2456m、クレタ島のレテイムノ県にあり、クレタ島の真ん中、臍の位置である。クレタ島にはこのイデー山を含めて東地区にひとつ、西地区にひとつの2000m級の独立峰がある。イデー山は、その中で一番に高い独立峰であり、連峰ではない。頂上に立つとクレタ全島が見渡さられる。ギリシア神話のゼウスがこの山の洞窟で生まれ育ったといわれている。その洞窟の在り場所が山の南面中腹の下あたりにあるらしい。ゼウスの神殿があるところである。
 その神殿が一行が目指すソニアナの地から西寄りの南方向にある。一行を案内するスダヌス、クリテスにとって、「そのあたり」であって、「そこである」という認識ではなかった。
 彼らは粛々と歩を進めていく。川に沿っているとはいえ、ゆるいとは言えない登りの坂道であった。朝食休憩ののち、道中の小休止を含めて3時間半余り歩いて、アグソスの集落の台地に立った。
 東の方向にイデー山を仰ぎ見た。ここまで歩いてきた道も振り返って見た。
 雪を頂く山頂、その山は神々しく目に映った。そして、その頂上に立つ憧れが胸中に沸々と沸いた。スダヌスがイリオネスに声をかけた。
 『おう、イリオネス、どうする?クリテスと話し合ったのだが、俺たちが目指しているのは、ソニアナの集落であり、そこにある宿坊なのだが、そこに行くのに、あと4分の1刻(30分)くらい歩かねばならん。そこで昼食としたい。足の具合を統領にたずねてみてくれないか』
 『おう、判った』
 イリオネスはアヱネアスと話し合った。
 『おう、スダヌス、昼めし前にそこまで行こう。足の方は大丈夫だ』
 『そうか。よし!ここからはクリテスが先頭にたって歩を進める。俺が最後尾に行く。出発するぞ』
 一行は歩を運び始める、アグソス地内の三叉路に差し掛かり、イデーの山を目指して右へと向かった。
 遠くの坂の上に散在するソニアナの集落を目指して歩を進めた。アヱネアスが呟いた。
 『おう、この坂道、山であることを「ヒシッ!」と感じる』
 『そうですな!』
 イリオネスが相槌を打つ。彼らは黙して語らず歩を進めた。
 南中にさしかかる太陽は、真下を行く一行に燦々と光をふり注いだ。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  505

2015-04-11 13:02:12 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 一行五人は、半刻(1時間)あまり歩いて、大きいとは言えない川に突き当たった。近くには集落も散在している(現在のベラマ辺り)。スダヌスは、一同に声をかけた。
 『おう、ここらで朝めしといこうではないか』
 彼らは朝食休憩とした。オロンテスが火を入れた干し魚を口にして、パンをほおばった。
 スダヌスはクリテスと言葉を交わした。
 『そうか。この道は川の上流に向かって南東方向にのびているのか。どこいら辺りまで行くのか?クリテス、お前の思案は?』
 『この道は、途中、難所が数々あるもののイラクリオンの集落まで通じているはずです。イラクリオン方面から、イデー山に登る者たち、また、イデー山のゼウスの神殿詣での者たちがこの道をたどってくるのです。ここから1刻半(3時間)あまりくらいのところにアグソスという集落があります。そこがゼウス神殿詣での宿坊の在所となります』
 『そうか、判った。途中、水はどうだ?』
 『水は、この川が頼りです。濁りさえなければ口にして差し支えありません。アグソスからソニアナの集落を経てイデー山に向かう、また、神殿に向かうのです。ソニアナの集落を起点にして、神殿詣で、イデー山登頂がいいと考えます。ソニアナに知り合った宿坊があります。アグソスからのガイドは、私が担当します。貴方は安堵してください』
 『判った。クリテス、頼むぞ』
 スダヌスは、アヱネアスの方へ身体を向けた。
 『統領、出発します』
 『おうっ!』
 一同は立ちあがった。
 『ここからアグソスというところまで川に沿った道です。川に濁りのない限り、水は飲めるとクリテスが言っています。途中一度の小休止をして、アグソスに向かいます。1刻半(3時間)余りの歩きです』
 『了解!』
 うなずいて一行は歩き始めた。
 太陽は進行方向頭上から照りつける、汗ばんでくる、肌を撫でて吹きすぎる風が彼らに疲労を忘れさせた。
 歩行を進める道は、人一人が歩む道幅であり、踏み固められており、歩きやすいといえた。
 歩み始めて1刻(2時間)、わき見せずの歩きである。
 右手前方に山頂一帯に雪を頂いているイデー山の山体を目にした。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  504

2015-04-09 08:04:38 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 浜小屋の中はまだ何も見えない真っ暗闇である。スダヌスは、隣に寝ているイリオネスに声をかけてみた。
 『イリオネス、目が覚めているのか?』
 『おう、目は覚めている』
 『起きるか』
 『おう、いいだろう』
 ギアスは、二人のささやきを耳にした。暗い小屋の中、戸口近くに寝ていたギアスは起き上がった。手探りで戸口の戸を開けて外へ出た。足をヘルメス艇のほうへと運ぶ、ヘルメスの張り番の二人に声をかけて、異常のなかったことを確かめた。
 『よし!交替しろ。お前らも少々眠るか、それとも起きるか勝手にしていい』
 『判りました』
 『替わりが来るまで俺がここにいる』
 間をおかずに交替の者が姿を見せる。彼は朝行事に海辺へ歩を運んだ。海に身を浸している者たちを目にする、イリオネスが声をかけてくる。
 『おう、ギアス、おはよう』
 『あ!おはようございます。軍団長も早い目覚めですね』
 『おう、お前も早いではないか、身を浸せ。朝行事やりながら打ち合わせだ。ほどなく空と海の境界が見えてくる。星が消えるころには出発する。出発のメンバーは統領と俺、スダヌス、クリテス、イデオスの5人だ。朝食は道中で食べる。山行の荷はスダヌスが準備している。お前に頼みたいのは、今日の朝食から、都合4日分のパンを日にち別に袋に詰めてくれ。これを統領以下の4人が持つ。いいな』
 『判りました』
 二人は話しながら東の方を眺めた。空と海を分ける水平線が見えてきている、薄明のおとずれを見た。一同が朝行事を終えて円陣を組む、円陣の真ん中にイリオネスが立っている。彼は一同に山行の行動予定を話す、浜に残る者たちはギアスの指示に従うようにと告げて話を結んだ。一同からは『おう!』のひと声があがった。
 山行の一行は足ごしらえを終えている。ギアスが荷を整えて一向に手渡す、陽が水平線から顔を出す、一行は一歩を踏み出す、浜に残る者らが彼らを見送った。
 スダヌスが先頭を行く、アヱネアス、イリオネスと続く、しんがりはクリテス、イデオスは、クリテスの前を歩いた。
 彼らは言葉を交わさない、無言で粛々とした足運びで浜から遠ざかって行った。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  503

2015-04-08 07:28:43 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 夕食の場にいる者たちの耳と目がスダヌスに集まる。彼らと目線を合わせるスダヌス。彼はもったいぶった口調で話し始めた。
 『さあ~さ、皆の衆、よ~く見てくれ!』
 一拍の間をとる。
 『今、この棒の両端が指し示している方角は南と北である。こちらが北、その反対、こちらが南だ。これをこうやって回転させる。やがて、この棒の回転が止まる』
 棒を回転させるスダヌス、吊り下げているヒモによりがかかる、棒が反転する、そして、停止する。
 『さあ~、よく見てくれ!棒の指し示す方角を見てくれ!先ほどと一緒の方角、南北を指し示して止まっている。これを何回、何十回やろうが、回転が止まると、この鉄の棒は南北を指し示して止まるのだ。全く不思議な鉄の棒なのだ。判っていただけたかな』
 そのように言って、スダヌスは場を見まわした。
 『浜頭、俺もこの棒を使って雲の垂れ込めた日の航海、星のない夜の航海に使っている。この鉄の棒一本で方角を間違えることなく船を航行させているといった具合だ。解っていただけたかな?』
 彼は、浜頭の目をじい~っと見つめた。
 『浜頭、実に重宝な頂き物だぞ。喜んで受け取れ!俺も使い始めて、半年になる、これ一本で夜の航海の不安が全くない』
 『ほっほう、その様な不思議な鉄の棒か。ありがたく頂戴する』
 浜頭は身体をアヱネアスの方に向け、
 『アヱネアス殿イリオネス殿、これを頂戴します。ありがとう。厚く礼を言います』
 浜頭は深々と低頭した。
 『ところで、もう一つ。この板の使い方は如何様に?』
 『おう、その板の使い方か、それはイデー山へ行ってきてから、じっくり説明してやる。それまで待て。その板でおおよその時間の見当がつくのだが、陽ざしがないと使うことができない。俺がイデー山から帰ってきてから説明してやる』
 『よしっ!スダヌス、イデー山からのお前の帰りを待つ。それとも何かな、ギアス船長は山行に一緒するのか?』
 『いえ、山行には行きません。船の留守番役です』
 『こんな重宝な頂き物をして、その効用を一時でも早く知りたい、それが人情というものだ。明日にでも、ギアス船長から使い方を教わる。スダヌス、それでもいいだろう』
 『おう、それでもいい。ギアス、浜頭に懇切、丁寧にわかりやすく教えてやってくれ』
 『判りました』
 そんなこんなで夕食の集いは終わった。
 浜頭が松明を手にして、一同を浜小屋へと案内した。
 『ギアス船長、松明はそこだ。やすむときは火の用心に充分注意だ。気を付けてくれ』
 『判りました。浜頭、今日は大変にありがとうございました。馳走になりました。お休みなさい』
 浜頭は、居宅へと引き上げていく。
 春暖の候の浜小屋での雑魚寝、彼らの寝つきは早かった。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  502

2015-04-07 07:24:42 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『道中、気を付けてな』
 『ありがとう。ところで、一行のうち幾人かはこちらに残る、迷惑はかけない。宜しく頼む』
 『判った。了解した』
 『事の次第は、それだけだ』
 二人は、滞在中の事の打ち合わせを終えた。
 『少々遅れたが紹介する。こちらが俺が案内する族長のアヱネアスだ。そのアヱネアスに近侍するイリオネス、そして、そこで世話役を務めている俺の2番目の息子のクリテスだ』
 『2番目の息子か、俺は知らなかったな』
 『こちらが船長役を務めているギアス、あとは漕ぎかたの連中だ』
 紹介された順にアヱネアスから対面の挨拶を交わした。漕ぎかたの一同も名を名のって挨拶をした。
 パルモス浜頭は、彼らの対応を観察して、人柄を推し量り滞在中のあれこれを考えた。『不安はない、いいだろう』とした。
 食事が進む、供された食材を賞味した。旨かった。
 『しかし、アレですな。魚も獲れどこによって味が違うように思える。同じ魚でもここの魚は旨い!』
 『族長!世辞が上手ですな。そのようなことはありませんよ。食材調理の腕前です。浜衆を褒めてやってください』
 アヱネアスら、スダヌス、浜頭は身近なことを話題にして歓談した。
 イリオネスは考えていた。世話になる礼にと持参した<方角時板>をいつ渡すべきかとそのタイミングを思案した。彼は、『これは早いほうがいい』と判断した。
 彼は、ギアスを呼んで耳打ちした。
 『判りました。行ってきます』
 食事の場と船溜まりは隣接と言っていいくらいに近い距離である、座を離れたギアスは、間をおかずに戻ってきた。
 イリオネスの<方角時板>外交である。イリオネスは、パルモス浜頭に声をかけて<方角時板>を手渡した。
 『アヱネアス族長、イリオネス殿、これは何です?私が初めて目にする物ですが?』
 スダヌスが浜頭の質問言葉を受け取った。
 『イリオネス、俺が説明する。任せろ』
 スダヌスは、浜頭と目を合わせた。
 『パルモス浜頭、これはだな実に重宝な道具なのだ。不思議といえば不思議な道具でもあるのだな。この鉄の棒一本で方角がわかるという代物なのだ。この鉄の棒は、どこにでもある鉄の棒とは違う。常に一つの定まった方向しか指し示さない鉄の棒なのだ。まあ~、俺がやるからよ~く見ていろ!』
 スダヌスは、鉄の棒に結んであるヒモの端を手でつまんで目の高さに吊り上げた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  501

2015-04-06 08:19:10 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『パルモス浜頭、在宅かのう?』
 ガラガラ声だがよく通る、間をおかず答えが返る。浜頭が奥から姿を見せた。
 『おう!スダヌス、無事到着したか、待っていたぞ!元気であったか?』
 『おう、元気そのものだ。パルモスこそ元気であったか?』
 二人は肩を抱き合った。肩から手を離す、じい~っと目を合わす。
 『おう、元気元気!元気のやり場に困っている。それにしてもイデオスだが、いい若者になったな、話のうまい若者になった。お前の名代が務まる。話は聞いた、了解している。夕飯を皆でどうだ?準備はできている。一行をお連れしろ。屋敷では大人数が入りきらん。春の宵だ、野焼きをやろう』
 これも大声の受け答えであった。
 『パルモス浜頭、それはありがたい!そこまでやってくれるのか、感謝も感謝、大感謝だ。これは手土産だ、受け取ってくれ』
 スダヌスは、持参した大袋を浜頭に手渡した。
 『こんな大荷物、物は何だ?』
 『パンだ。旨いパンだぞ、味わってくれ』
 『ほっほう、ありがとう。遠慮せず、頂く』
 浜頭二人、邂逅の挨拶が終わった。スダヌスはイリオネスの方へ身体を向けた。
 『イリオネス、どうする?この際だ、浜頭の好意に甘える、それでいいな。統領以下一同を連れてきてくれ』
 『判った。そちらの事はお前任せだ。宜しく頼む』
 『判った。任せておけ』
 二人の呼吸は合った。
 パルモス浜頭は、浜衆たちを動員して野焼き食事の場をつくり、山と積んだ薪に火を入れて盛大に燃やした。総員25人余りとみての焚き火の野焼きの食事場である。食材が運ばれてくる、準備が整った。
 アヱネアスらは、陸にあげたヘルメスの見張り番二人を残して、食事場に姿を見せた。スダヌスはパルモスにアヱネアスとイリオネスを会わせた。夕飯の場はにぎわった。イリオネスはスダヌスにヘルメス艇の事を話題にしないようにと耳打ちした。彼は戸惑ったが納得した。
 『おう、スダヌス』と浜頭が声をかけてくる。
 『なんだ?』
 『一行の寝所の事だが、浜小屋のひとつを準備してある、広いとは言えんが、それでこらえてくれ』
 『そうか、それは有難い。5日間にもなると思がいいのか?』
 『大丈夫だ。俺の心配りだ甘えろ!スダヌスが俺にしてくれたことを考えるとこれでも返したらん。そういうことだ』
 『判った。ありがとう』
 『明日からのイデー山行き、気を付けて行って来い。どうせ明日は早立ちだろう、早立ちの世話は出来ないが許せ』
 『判った。昼過ぎまでにイデーの山の麓まで行く予定にしている』

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  500

2015-04-03 07:13:34 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 春の午後の陽ざし、きらめく波がしら、程よい追い風、ヘルメスを駆けるように海上を走らせた。
 安定した航走である。スダヌスは、スオダの浜を出航してパノルモスまで二刻半(5時間)余りと考えていた。ヘルメスは、その航走時間を約二刻(4時間)に短縮していた。四角横帆一枚の船と比べて、航走安定性の優れているヘルメスの走りにスダヌスは大いに感動していた。
 ヘルメスは、パノルモスの停泊予定地に無事到着した。人が手を入れた停泊地ではない。ごく自然な状態の船溜まりといった停泊地である。
 宵のころに着くであろうと考えていたスダヌスの考えをくつがえして、太陽がその身を西に沈める頃に停泊地に着いたのである。
 スダヌスは、ギアスとヘルメスの停泊について話し合った。
 『ギアス、今夜から4泊または都合によって5泊をこの船溜まりに停泊することになる。ヘルメスをその間、浜に揚げて過ごす。その件について、この浜を仕切っている浜頭に話をつける。安心してくれ。それから、夕食については話の決着次第で決める。いいな』
 彼は、その様に言い置いてイリオネスの傍らに来た。
 『イリオネス、この浜の浜頭には大まかに話はしている。だから、安心と言えるかというとそうでもない。一緒に来てくれ。そこでちょっと訊ねるが、持参したパンに余裕があるか?心づくしの手土産に使いたい』
 『判った、余裕はある』
 『そうだな。出来れば20個ぐらいあればいいのだが、どうだろう?』
 『あ~あ、それは、大丈夫だ。直ぐ準備させる』
 イリオネスは、ギアスをよびよせ、事の次第を告げて準備をさせた。
 『おう、スダヌス、準備はできたぞ!』
 『そうか。行こうか、イリオネス』
 イリオネスは事の次第をアヱネアスに告げてスダヌスとともに浜頭の居宅に向かった。
 浜頭の居宅の庭に、スダヌスの末の息子のイデオスが待っていた。
 スダヌスが声をかける。
 『おう、イデオス、今、着いたぞ』
 『おう、親父、道中、何事もなく、、、』
 『おう、何事もなく、無事、着いた。お前こそ、ご苦労だったな。話は通じたか?』
 『え~え、なにも案じることはありません。停泊の事、山行の事、みな話してあります』
 『そうかそうか、ご苦労であった。浜頭、今、いるのか?』
 『え~え、浜頭は親父の到着を待っています』
 『おっ!そうか、よし!行こう』
 三人は浜頭の居宅の戸口に立つ、スダヌスは奥に向かって声をかけた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  499

2015-04-02 07:34:36 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『ギアス、何ということだ!三本帆柱、三枚帆、三角帆。俺は驚いている』
 『浜頭、今はまだこの風です。そよ風に毛の生えた程度の風力です。風力と漕ぎで艇が走っています。帆は、風向き対応を考えた帆型であり、風ハラミを考えた帆張りです。まあ~、じっくり艇の走りを体感してください。詳しいことは陸に上がってくつろいだ時に話しましょう。それでお願いします』
 『そうか、この船、何かと深い理屈があるようだ、判った。この船の船長はお前だ、キャプテンギアス、お前の指示に従う。何はともあれ、話のタネだ』
 『あ~、それから浜頭、この艇には名前がついています。<ヘルメス>と呼んでください』
 『判った、<ヘルメス>だな』
 入り江を出て30分くらいが経っている、ヘルメスの航走は順調と言えた。
 春の陽射しはかなり強いギアスは漕ぎかたの事にも気を配っている、ギアスにとって初めての海路をヘルメスは走っている、風が少しばかり強度を増してきている、風向きが西からの度を増している。
 ギアスは、風を読んだ、指示を出す。
 『漕ぎかた、やめ!帆走する!』
 ギアスが艇尾のスダヌスの許へ行く。
 『浜頭、帆走します。体感してください。それから、パノルモスへの海路は私にとって初めてです。操舵をよろしくお願いします。帰路の事があります、沿岸の風景、その他について観察しておきます。ヘルメスはいま、どの辺りを走っているのでしょうか?』
 彼は、木板に描いた海岸線図をスダヌスに見せて教えを乞うた。
 『おう、聞いてくれるのか。ギアス』と言ってヘルメスが走っていると思われる地点を指で指し示した。納得したギアスは、航走方向右手に見える沿岸風景を眺めた。
 『浜頭、私も安心です。この辺りの海に詳しい浜頭に操舵を任せています。ありがとうございます』
 『ギアス、安心せい。このヘルメス艇の操舵を任せられて喜んでいるのは俺の方だ。ギアス、ありがとよ!』
 ヘルメスは、いい風をいい状態で帆にはらみ快走した。
 スダヌスは、ヘルメスの航走を身体で感じ取っている。
 彼は、四角帆一枚で走る船を物差しにしてヘルメス艇の航走を評価した。
 『なるほどな!』
 その走り具合は、スダヌスを驚かせるに充分な走りであった。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  498

2015-04-01 07:37:19 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『スダヌス、一言、伝えておきたいことがある。山行の4日分のパンは持参してきている。もちろん、お前たちの分を含めてだ。そのことについては気を使わなくてもいい』
 『そうかそれは、ありがたい、感謝感謝だ。パノルモスで準備しようと考えていた。副菜、これは干し肉を十分とは言えないかも知れないが準備している』
 一拍をおいて話を継いだ。
 『イリオネス、出発の準備はできている。昼は終わった、少々の間、休んで出発しよう。荷はこれだけだ。ギアス、これを頼む』
 言い終わってスダヌスは、クリテスの方へ身体を向けた。
 『クリテス、お前はどうだ。足ごしらえは出来ているのか?』
 『はい、出来ています。しかし、この季節、頂上辺りには雪があります。それに対する準備はしてきていません』
 『そうか、判った。イリオネス、山頂へ随行する者の事はどうしている?』
 『山頂へは、アヱネアスと俺、そしてクリテスの三人だ』
 『二人の分は出来ている。クリテスの分だけ追加だな、判った』
 スダヌスは、座をはずした。
 『ややっ!ご一同待たせましたな、ごめんごめん。では、行きましょう』
 一同は、ヘルメスのある浜へと向かった。
 ギアスが出航のチエックを終える、荷を積む、ヘルメスを海に出す、乗船Okサインを出した。一行が乗る、スダヌスも艇上の人となった。カジテスからOKサインがとどく、一行が見送る浜衆らに手を振る、浜衆らも手を振って応える、漕ぎかたが漕ぎ始めた。ヘルメスが波を割り始めた。
 入り江の海はのたりとしたうねりの春の海であった。航跡を残してヘルメスが離れていく、徐々にスピードを増して海上を進んだ。
 スダヌスがギアスに話しかけてきた。
 『ギアス、聞いてくれ。この浜からパノルモスまで、俺の海のようなものだ、全てとは言わないが。俺に操舵をさせてくれないか。見るところこの船は素晴らしい船だ。操舵をやりたい。パノルモスまでやらせてくれ』
 ギアスは、スダヌスの言葉を快く受け入れた。
 『判りました。よろしいです。任せます』
 ギアスが指示して、カジテスは操舵をスダヌスと交替した。
 ヘルメスは、入り江から出て外海へと、東に向けて進んでいく、ギアスは目には見えない風を読もうと帆柱先に取り付けている吹流しのはためきを見て、風の流れを読むことに神経を注いだ。
 追い風が来ている、帆張りのタイミングを測った。声をあげる。
 『舳先、艇尾帆をあげっ!』
 彼は、二枚の帆の風ハラミをチエックした。岬半島の影響を受けて、やや北からの西風である、彼は指示を出した。
 『中央帆柱、帆をあげろ!漕ぎかたはそのまま続行!』声を張りあげた。
 艇尾で操舵をしているスダヌスは驚いた。風をはらむ帆のカタチに驚いた。そして、三枚帆仕立てにたまげた。
 『ややっ!これは何だ!』
 ヘルメスが装備している三本の帆柱、その帆柱に張っている三枚の帆のカタチ、帆の風ハラミに驚いた。でっかい四角の横帆ではなく、三角形に近い中央の主帆、風向きに対応して風をはらむ帆、艇の速度が増していく、その状態を見て、感じて、舌を巻いた。彼にとって驚くべきことであった。
 彼は、操舵の箇所にギアスを呼び寄せた。