『アエネイスミッション』[Aeneas Mission ]

建国の使命を抱くアエネイスのフアストミッションは自軍団自民族引き連れて炎上壊滅するトロイからの脱出である。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  515

2015-04-28 07:32:40 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『イデー山は、皆さんが目にしたように峰筋な単調な独立峰です。ここからは山頂まで登り坂がつづきます。胸突きの険しい坂もあります。吹きさらしの風は、やや強めに体にあたります。慎重な足運びで地面を踏みしめて登りましょう。山頂付近には雪があります。平野部に比べて寒いところです。足元の雪、そして、風、寒さに気を配って、山の頂上を目指して登ります。半刻余りで頂上に着きます。以上です』
 一同には、クリテスの言おうとするところを理解した。
 小休止は終えた。彼らは立ちあがる、足腰を手でうつ、五体に喝をいれる。
 『いいですか!出発します!』
 五人は一列縦隊で前後に適当な間隔をとって歩き始めた。
 頂上まで、20スタジオン(4キロ)の距離である。一行五人は慎重このうえなしの足運びで歩を進めた。
 頭上の月、足許に落ちている己の影、黙して語らず、捨ていく足音。黎明の光いまだ目にせず、小休止から歩き始めてから40分、歩みを印す登山路は、雪に変わった。身を刺してくる冷気が痛い、寒い、薄く汗ばむ肌に寒さを感じさせた。
 彼らにとって未体験の寒さである。アヱネアスが声を上げた。
 『おう、これはきつい寒さだ!』悲鳴に近いニューアンスを帯びた声音であった。
 この季節、この時間の想定気温は、平地気温が14~15度、イデー山頂付近の気温は0度近い。吹きすぎる風で体感温度は0度以下に感じられる。
 時代は紀元前である、この寒さを数値として理解できない時代である。
 彼らが踏みしめているのは土ではなく雪である。彼らの到達地点の積雪、堆雪の厚さは1メートル以上と推察された。足裏からのぼりくる冷たさ、肌に感じる寒さ、耐えきる意志力が問われた。
 クリテスは、ここで何をどのように指示すべきかに戸惑った。彼自身初体験の状況である。彼のイデー山行経験は、晩夏のころのイデー山であり、山頂付近には雪はなく、暖かい季節の登頂体験であったのである。
 クリテスは冷静になろうと努めた。
 『皆さん!あと、もう少しです。頂上に4スタジオンくらいのはずです。寒さをしのぐのに身体を動かしましょう。それしか方法がない!』
 クリテスも寒い、歯がガチガチと鳴る。声を振り絞って告げた。
 『懸命に力んで頂上を目指して歩きましょう。頂上はすぐそこです!』
 彼は、一同に声をかけ、がむしゃらに頂上を目指して歩行を続けた。寒さを退けたように感じた。とにかく歩行のピッチをあげて、寒さを忘れさせた。彼らは懸命に歩を進めた。