今日の主役は森けい二九段。切られ役は谷川浩司名人。1988年のタイトル戦王位戦七番勝負の第4局です。
「横歩取り△2三歩型」で現在最有力とされている「▲1六歩」の“森新手”が出たのが1987年の森‐谷川戦。(→『横歩定跡のことだけど、飛車を切って有利って、ねえ、それホント?』)
森‐谷川戦 1987年
これです。この時は「無冠」だった谷川浩司九段は、1年後には名人・王位・棋王の三冠王になっていました。
その谷川三冠のもつ「王位」のタイトルに1988年夏、挑戦したのが森けい二九段。谷川26歳、森42歳。と、このたび調べてみて発見したことが一つあります。それは、「この二人、誕生日が同じ」ということ。二人ともに4月6日が誕生日です。
さて、この第4局の前までのスコアは、谷川名人の「2-1」。
そしてこの第4局で、森九段は「5五歩位取り横歩取らせ」を戦法として選びました。先手谷川名人が3四飛と‘横歩’を取りました。その飛車を「2四飛」とすれば例の“超急戦”の可能性もあります。しかし谷川名人は「3六飛」と指しました。
「谷川浩司王位vs森けい二九段 1988年王位戦第4局」
初手より▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △5四歩 ▲2五歩 △5五歩 ▲2四歩 △同歩
▲同飛 △3二金 ▲3四飛 △5二飛 ▲3六飛
△6二玉
森九段の予定はもし谷川浩司が「2四飛」ならば、「5六歩、同歩、同飛」だったと思われます。「5六歩、同歩、8八角成、同銀、3三角」と行くのが、“超急戦”の型で、これまでに別記事で解説してきた通りこれは“先手良し”が確定しています。(また、「2四飛」に穏やかに2三歩などもある。その選択権は後手にある。)
谷川さんの「3六飛」も古くからある手で、1845年の「大橋宗民‐天野宗歩」戦がその原型。
大橋宗民‐天野宗歩戦 1845年
谷川‐森戦は、「6二玉」。
▲4八金 △4四角 ▲6八玉 △7二玉 ▲7八玉 △3三桂 ▲6八銀 △4二銀 ▲4六歩
図の、森さんの14手目「6二玉」が、工夫の“新手”。
ここでも先手は2筋に飛車を戻したいのですが、2六飛とはできません。2六飛だと、5六歩、同歩、8八角成、同銀、4四角から例の“超急戦”の筋があり、その際、後手は「6二玉」としているため一手多く指していて、これは後手が良い。
戦前までの「5五歩位取り横歩取らせ」は、何度も申している通り、“居飛車の作戦”でしたが、森九段の場合はもともと「中飛車」が得意戦法ですので、「6二玉」と玉を右に囲うのはごく自然なことでしょう。(天野宗歩は「居玉」でした。)
だけど、それだけではないんですね、この「6二玉」の味わい深さは。ちょっとそれを説明します。
板谷四郎‐升田幸三戦 1952年
これは先後立場が逆になっていて後手の升田幸三が7六飛と横歩を取って7四に引いた形。今、先手の板谷四郎が4八玉と玉を右に移動させようとしたところ。
このタイミングで後手の升田さんは、6五歩。以下、7七角、8四飛、8七歩、7二銀と進みます。後手は、角を7七に追ったので飛車を8四飛と元の筋に戻すことができました。これがもし、4八玉としたタイミングでなかったら、先手は4八角と引いてあくまで後手の飛車を8四飛とさせないことができたのです。しかし先手は右に玉を囲うつもりなら、いつかは4八玉としなければならない―――そういうジレンマがここにあるのです。それをわかっていて上手く利用して序盤巧者の升田幸三がすかさず優勢を築いたのです。
ところが“森新手6二玉”はそのジレンマを解決しています。飛車封じの4四角の前に、先に玉を移動すればよい、というわけ。
(4四角とする指し方は、天野宗歩が最初に指した手ですね。明治以後のプロ棋戦で最初に指したのは土居市太郎。)
△6二角 ▲4五歩 △5四飛 ▲3八金 △2三金 ▲9六歩 △5一金
▲4八銀 △3四金
森九段は先に玉を移動してここで△6二角。
次の谷川名人の4五歩はできれば突きたくはないのですが、飛車を使うためには仕方がない。
そして森さんは、その不安定な「4五歩」を目標としてここからの戦術を組み立てます。2三金~3四金。
▲4四歩
「4五歩」は守りようがない。先手谷川名人、4四歩。以下、決戦に。
△4四同飛 ▲5五角 △4五金 ▲4四角 △同角 ▲6六飛
後手は4四同飛でしたが、ここ 4四同金なら、2六飛、2五歩で先手満足の展開になる。ということで、4四同飛、5五角から“飛角の取り合い”に。
封じ手がどの手かわからないのですが、王位戦は2日制なのでこのあたりで1日目が終わりました。
△1二角 ▲2四飛 △5六歩 ▲5六同歩 △同金 ▲4四飛
「1二角」が、森けい二が「寝ないで考えたんだ」と後で言って、評判になった手。(ただし、『将棋年鑑』の解説には「善悪は微妙」とある。)
この将棋は森さんが勝ったのですが、「寝ないで考えた」甲斐がありましたね。寝ないで考えて終盤で眠くなってポカをしていたら大失敗となっていましたが。
「1二角」は、先手の2一飛の打ち込みを消しつつ、遠く先手谷川玉を睨んでいます。こういう角打ちは、勝てば「名角」と言って誉められます。
谷川浩司の次の手は「2四飛」。 これもまた、かっこいい応手。
△4四同歩 ▲6五飛 △5七歩 ▲5九歩 △7四歩 ▲4三歩 △同銀 ▲2二角 △7三桂
森九段の7四歩~7三桂がまた力強い。先手の飛車をどかして6筋を攻めようと。
▲3五飛 △6四飛
将棋年鑑解説〔▲3五飛=チャンスを逃した。▲3三角成△6五桂▲5一馬ならやや有利だった。〕
△6四飛。森はここに飛車を打つ。
▲8八玉 △3二歩 ▲1一角成 △4五角 ▲6六香 △5四飛 ▲4六歩 △同金
▲2一馬 △5二金 ▲3一馬 △5六角 ▲4七歩 △2六歩 ▲5八歩
「6四飛」で、後手は6七の突破をねらう。数の攻めだ。
△2七歩成 ▲5七歩 △4五金 ▲3三飛成 △同歩 ▲3九金 △3八と
▲同金 △4九飛 ▲5九銀右 △2九飛成 ▲4八金 △5三歩
後手は △2六歩と垂らし、先手は5八歩。“捻じり合い”という感じで、見ていて楽しい。
▲5六歩 △8四桂
「△5三歩」が良い手だった。▲8六馬となると、先手が厚くなって優勢になるところ。これで先手は馬の使い方が難しくなった。
▲7八玉 △7六桂 ▲7七銀 △5六金 ▲5七歩 △同金 ▲同金 △同飛成
▲5八金打 △4八金
ここからは森けい二九段の華麗な寄せ。
▲5七金 △5九金 ▲7六銀 △6九金 ▲5五桂 △5九龍 ▲6三香成 △8一玉
▲9五角 △7九金 ▲7七玉 △8五銀 ▲7三角成 △7六銀 ▲同玉 △7五金
まで112手で後手森の勝ち
「△4八金で寄り」と読み切っている。
投了図
これでスコアは「2-2」。
この後、森けい二九段は、「4-3」で谷川浩司からタイトル奪取。森けい二王位となったのでした。
森さんは将棋を覚えたのが16歳とのことで、そういう人がタイトルホルダーにまで駆け上るというのは、本当に夢のある話と思います。
この戦型で「3六飛」(13手目)と引くのはこういう将棋になります。互角なのでしょうが、後手(中飛車)がのびのびと指せる感じです。先手がこの戦型を指すなら、しっかり準備して作戦を練らないと、おもしろくならない気がします。
先手:谷川浩司
後手:森けい二
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △5四歩 ▲2五歩 △5五歩
▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △3二金 ▲3四飛 △5二飛
▲3六飛 △6二玉 ▲4八金 △4四角 ▲6八玉 △7二玉
▲7八玉 △3三桂 ▲6八銀 △4二銀 ▲4六歩 △6二角
▲4五歩 △5四飛 ▲3八金 △2三金 ▲9六歩 △5一金
▲4八銀 △3四金 ▲4四歩 △同 飛 ▲5五角 △4五金
▲4四角 △同 角 ▲6六飛 △1二角 ▲2四飛 △5六歩
▲同 歩 △同 金 ▲4四飛 △同 歩 ▲6五飛 △5七歩
▲5九歩 △7四歩 ▲4三歩 △同 銀 ▲2二角 △7三桂
▲3五飛 △6四飛 ▲8八玉 △3二歩 ▲1一角成 △4五角
▲6六香 △5四飛 ▲4六歩 △同 金 ▲2一馬 △5二金
▲3一馬 △5六角 ▲4七歩 △2六歩 ▲5八歩 △2七歩成
▲5七歩 △4五金 ▲3三飛成 △同 歩 ▲3九金 △3八と
▲同 金 △4九飛 ▲5九銀右 △2九飛成 ▲4八金 △5三歩
▲5六歩 △8四桂 ▲7八玉 △7六桂 ▲7七銀 △5六金
▲5七歩 △同 金 ▲同 金 △同飛成 ▲5八金打 △4八金
▲5七金 △5九金 ▲7六銀 △6九金 ▲5五桂 △5九龍
▲6三香成 △8一玉 ▲9五角 △7九金 ▲7七玉 △8五銀
▲7三角成 △7六銀 ▲同 玉 △7五金
まで112手で後手の勝ち
・森けい二の中飛車関連記事
『森vs谷川 1988王位戦の横歩取り』
『平野流(真部流)』
『2012.12.2記事補足(加藤‐真部戦の解説)』
『森内新手、5八金右』
『谷川vs森 ふたたびの横歩取り 1989王位戦』
『横歩を取らない男、羽生善治 1』
『横歩を取らない男、羽生善治 2』
『戦術は伝播する 「5筋位取り」のプチ・ブーム』
「横歩取り△2三歩型」で現在最有力とされている「▲1六歩」の“森新手”が出たのが1987年の森‐谷川戦。(→『横歩定跡のことだけど、飛車を切って有利って、ねえ、それホント?』)
森‐谷川戦 1987年
これです。この時は「無冠」だった谷川浩司九段は、1年後には名人・王位・棋王の三冠王になっていました。
その谷川三冠のもつ「王位」のタイトルに1988年夏、挑戦したのが森けい二九段。谷川26歳、森42歳。と、このたび調べてみて発見したことが一つあります。それは、「この二人、誕生日が同じ」ということ。二人ともに4月6日が誕生日です。
さて、この第4局の前までのスコアは、谷川名人の「2-1」。
そしてこの第4局で、森九段は「5五歩位取り横歩取らせ」を戦法として選びました。先手谷川名人が3四飛と‘横歩’を取りました。その飛車を「2四飛」とすれば例の“超急戦”の可能性もあります。しかし谷川名人は「3六飛」と指しました。
「谷川浩司王位vs森けい二九段 1988年王位戦第4局」
初手より▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △5四歩 ▲2五歩 △5五歩 ▲2四歩 △同歩
▲同飛 △3二金 ▲3四飛 △5二飛 ▲3六飛
△6二玉
森九段の予定はもし谷川浩司が「2四飛」ならば、「5六歩、同歩、同飛」だったと思われます。「5六歩、同歩、8八角成、同銀、3三角」と行くのが、“超急戦”の型で、これまでに別記事で解説してきた通りこれは“先手良し”が確定しています。(また、「2四飛」に穏やかに2三歩などもある。その選択権は後手にある。)
谷川さんの「3六飛」も古くからある手で、1845年の「大橋宗民‐天野宗歩」戦がその原型。
大橋宗民‐天野宗歩戦 1845年
谷川‐森戦は、「6二玉」。
▲4八金 △4四角 ▲6八玉 △7二玉 ▲7八玉 △3三桂 ▲6八銀 △4二銀 ▲4六歩
図の、森さんの14手目「6二玉」が、工夫の“新手”。
ここでも先手は2筋に飛車を戻したいのですが、2六飛とはできません。2六飛だと、5六歩、同歩、8八角成、同銀、4四角から例の“超急戦”の筋があり、その際、後手は「6二玉」としているため一手多く指していて、これは後手が良い。
戦前までの「5五歩位取り横歩取らせ」は、何度も申している通り、“居飛車の作戦”でしたが、森九段の場合はもともと「中飛車」が得意戦法ですので、「6二玉」と玉を右に囲うのはごく自然なことでしょう。(天野宗歩は「居玉」でした。)
だけど、それだけではないんですね、この「6二玉」の味わい深さは。ちょっとそれを説明します。
板谷四郎‐升田幸三戦 1952年
これは先後立場が逆になっていて後手の升田幸三が7六飛と横歩を取って7四に引いた形。今、先手の板谷四郎が4八玉と玉を右に移動させようとしたところ。
このタイミングで後手の升田さんは、6五歩。以下、7七角、8四飛、8七歩、7二銀と進みます。後手は、角を7七に追ったので飛車を8四飛と元の筋に戻すことができました。これがもし、4八玉としたタイミングでなかったら、先手は4八角と引いてあくまで後手の飛車を8四飛とさせないことができたのです。しかし先手は右に玉を囲うつもりなら、いつかは4八玉としなければならない―――そういうジレンマがここにあるのです。それをわかっていて上手く利用して序盤巧者の升田幸三がすかさず優勢を築いたのです。
ところが“森新手6二玉”はそのジレンマを解決しています。飛車封じの4四角の前に、先に玉を移動すればよい、というわけ。
(4四角とする指し方は、天野宗歩が最初に指した手ですね。明治以後のプロ棋戦で最初に指したのは土居市太郎。)
△6二角 ▲4五歩 △5四飛 ▲3八金 △2三金 ▲9六歩 △5一金
▲4八銀 △3四金
森九段は先に玉を移動してここで△6二角。
次の谷川名人の4五歩はできれば突きたくはないのですが、飛車を使うためには仕方がない。
そして森さんは、その不安定な「4五歩」を目標としてここからの戦術を組み立てます。2三金~3四金。
▲4四歩
「4五歩」は守りようがない。先手谷川名人、4四歩。以下、決戦に。
△4四同飛 ▲5五角 △4五金 ▲4四角 △同角 ▲6六飛
後手は4四同飛でしたが、ここ 4四同金なら、2六飛、2五歩で先手満足の展開になる。ということで、4四同飛、5五角から“飛角の取り合い”に。
封じ手がどの手かわからないのですが、王位戦は2日制なのでこのあたりで1日目が終わりました。
△1二角 ▲2四飛 △5六歩 ▲5六同歩 △同金 ▲4四飛
「1二角」が、森けい二が「寝ないで考えたんだ」と後で言って、評判になった手。(ただし、『将棋年鑑』の解説には「善悪は微妙」とある。)
この将棋は森さんが勝ったのですが、「寝ないで考えた」甲斐がありましたね。寝ないで考えて終盤で眠くなってポカをしていたら大失敗となっていましたが。
「1二角」は、先手の2一飛の打ち込みを消しつつ、遠く先手谷川玉を睨んでいます。こういう角打ちは、勝てば「名角」と言って誉められます。
谷川浩司の次の手は「2四飛」。 これもまた、かっこいい応手。
△4四同歩 ▲6五飛 △5七歩 ▲5九歩 △7四歩 ▲4三歩 △同銀 ▲2二角 △7三桂
森九段の7四歩~7三桂がまた力強い。先手の飛車をどかして6筋を攻めようと。
▲3五飛 △6四飛
将棋年鑑解説〔▲3五飛=チャンスを逃した。▲3三角成△6五桂▲5一馬ならやや有利だった。〕
△6四飛。森はここに飛車を打つ。
▲8八玉 △3二歩 ▲1一角成 △4五角 ▲6六香 △5四飛 ▲4六歩 △同金
▲2一馬 △5二金 ▲3一馬 △5六角 ▲4七歩 △2六歩 ▲5八歩
「6四飛」で、後手は6七の突破をねらう。数の攻めだ。
△2七歩成 ▲5七歩 △4五金 ▲3三飛成 △同歩 ▲3九金 △3八と
▲同金 △4九飛 ▲5九銀右 △2九飛成 ▲4八金 △5三歩
後手は △2六歩と垂らし、先手は5八歩。“捻じり合い”という感じで、見ていて楽しい。
▲5六歩 △8四桂
「△5三歩」が良い手だった。▲8六馬となると、先手が厚くなって優勢になるところ。これで先手は馬の使い方が難しくなった。
▲7八玉 △7六桂 ▲7七銀 △5六金 ▲5七歩 △同金 ▲同金 △同飛成
▲5八金打 △4八金
ここからは森けい二九段の華麗な寄せ。
▲5七金 △5九金 ▲7六銀 △6九金 ▲5五桂 △5九龍 ▲6三香成 △8一玉
▲9五角 △7九金 ▲7七玉 △8五銀 ▲7三角成 △7六銀 ▲同玉 △7五金
まで112手で後手森の勝ち
「△4八金で寄り」と読み切っている。
投了図
これでスコアは「2-2」。
この後、森けい二九段は、「4-3」で谷川浩司からタイトル奪取。森けい二王位となったのでした。
森さんは将棋を覚えたのが16歳とのことで、そういう人がタイトルホルダーにまで駆け上るというのは、本当に夢のある話と思います。
この戦型で「3六飛」(13手目)と引くのはこういう将棋になります。互角なのでしょうが、後手(中飛車)がのびのびと指せる感じです。先手がこの戦型を指すなら、しっかり準備して作戦を練らないと、おもしろくならない気がします。
先手:谷川浩司
後手:森けい二
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △5四歩 ▲2五歩 △5五歩
▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △3二金 ▲3四飛 △5二飛
▲3六飛 △6二玉 ▲4八金 △4四角 ▲6八玉 △7二玉
▲7八玉 △3三桂 ▲6八銀 △4二銀 ▲4六歩 △6二角
▲4五歩 △5四飛 ▲3八金 △2三金 ▲9六歩 △5一金
▲4八銀 △3四金 ▲4四歩 △同 飛 ▲5五角 △4五金
▲4四角 △同 角 ▲6六飛 △1二角 ▲2四飛 △5六歩
▲同 歩 △同 金 ▲4四飛 △同 歩 ▲6五飛 △5七歩
▲5九歩 △7四歩 ▲4三歩 △同 銀 ▲2二角 △7三桂
▲3五飛 △6四飛 ▲8八玉 △3二歩 ▲1一角成 △4五角
▲6六香 △5四飛 ▲4六歩 △同 金 ▲2一馬 △5二金
▲3一馬 △5六角 ▲4七歩 △2六歩 ▲5八歩 △2七歩成
▲5七歩 △4五金 ▲3三飛成 △同 歩 ▲3九金 △3八と
▲同 金 △4九飛 ▲5九銀右 △2九飛成 ▲4八金 △5三歩
▲5六歩 △8四桂 ▲7八玉 △7六桂 ▲7七銀 △5六金
▲5七歩 △同 金 ▲同 金 △同飛成 ▲5八金打 △4八金
▲5七金 △5九金 ▲7六銀 △6九金 ▲5五桂 △5九龍
▲6三香成 △8一玉 ▲9五角 △7九金 ▲7七玉 △8五銀
▲7三角成 △7六銀 ▲同 玉 △7五金
まで112手で後手の勝ち
・森けい二の中飛車関連記事
『森vs谷川 1988王位戦の横歩取り』
『平野流(真部流)』
『2012.12.2記事補足(加藤‐真部戦の解説)』
『森内新手、5八金右』
『谷川vs森 ふたたびの横歩取り 1989王位戦』
『横歩を取らない男、羽生善治 1』
『横歩を取らない男、羽生善治 2』
『戦術は伝播する 「5筋位取り」のプチ・ブーム』