≪煙7四角図≫
我々終盤探検隊は、≪亜空間の主(ぬし)≫を相手に、≪亜空間戦争≫をたたかっている最中だ。
ついに我々は求めていた「先手の勝ち筋」を見つけた、と思った。
しかしこの≪亜空間将棋≫は、どちらかが望めば、時をさかのぼって(指手を戻して)、また闘いのやり直しができる―――そういう法則の特殊空間なのである。
≪ぬし≫は、またも手を戻してきたのであった。
この将棋、もしかしたら、“終わりがない”のではないのか?
[閉じこめられた可能性]
頭(こうべ)をめぐらすと、いま、結晶星団が南東の地平をはなれ、青白くもえながらのぼってくる所だった。
十四個の輝く恒星を、整然とした“神の檻”……そして、その中央に閉じこめられ、あらゆる物理観測を翻弄し、嘲笑し、拒絶する“謎の暗黒”……。
今夜、アイは、その中心に挑むことになっていた。
よくきた……わんわんひびく、奇怪な笑うような声がいった。……よく来てくれた。宇宙開闢(かいびゃく)以来、このン・ンヘ――宇宙の封じ目へ来てくれたのは、お前がはじめてだ……。
「なにものだ?」と、アイはしめつけてくるエネルギーにもがきながらさけんだ。「ここで何をしている?」
われわれは閉じこめられた可能性だ……と、「声」は嘲笑するようにいった。
(小松左京著『結晶星団』より)
≪夏への扉図≫
【あ】5八同金 → 形勢不明
【い】3三歩 → 調査中
【う】7三歩成 → 後手良し
【え】9一竜 → 後手良し
【お】6五歩 → 後手良し
この≪夏への扉図≫から「先手の勝ち筋」を見つけることが、我々の課題となっている。
ここで【い】3三歩を選択する。以下、同銀、3四歩、同銀、9一竜、5九金、6六角と進む。そこで後手が[炎]5五銀引と受け、9三角成、9四歩、3三歩、3一歩、4一飛と進むのが、我々がやっと発見した「先手の勝ち筋」である。
≪黒雲の図≫
すなわち、この図である。
≪6六角図≫
[炎]5五銀引 → 先手良し
[灰]3三歩 → 先手良し
[炭]4四銀 → 先手良し
[煙]4四歩 → 先手良し?
しかし、それに至る前、先手「6六角」(この図)のときに、後手が [煙]4四歩とする変化を、≪ぬし≫は選び直してきたのだった。「こうしたらどうやって勝つんだ?」という挑戦である。
その≪戦い≫も、一度は我々の勝利となったのであるが…
[煙]4四歩以下、9三角成、8四金、8五金、7四歩、8四金、」同歩、同馬、8三歩、7四馬、7五金、同馬、同銀、8五玉、8四銀、9四玉、7四角と進んで次の図となる。
≪煙7四角図≫
ここで7六角と打って、先手良し―――ということで、ここから先には進まなかった。最初の闘いでは。
煙図01
「7六角」(図)と打つ手。この手が絶好にみえる。後手玉への“詰めろ”であり、後手の狙いの「9三歩、同竜、8五銀以下の攻めを防いでいる。
だから後手はここで3二歩と打つしかない―――と思ったのが、我々の思考の誤りであった。
たしかに、ここで3二歩なら、9三金として、先手良しだ。
だが、≪ぬし≫は、次の手を示し、再チャレンジしてきたのだ。
煙図02
「7六角」に、9三歩、同竜、同銀、同玉と、あっさり先手玉の“入玉”を許すというのが、我々の考えの盲点を突いていた。その後に、3二歩と受けるのだ。
問題は、その後にどうなるか、どちらが勝つか―――ということである。
9三歩、同竜、同銀、同玉、3二歩、8二玉、7七飛、7五飛、2九角成、7三歩、6五歩(次の図)
煙図03
これはソフト「激指」は、「互角」と示しているが、“先手が勝ちきれるのか?”と考えると、それはちょっと自信がない。 先手玉のみ“入玉”しているのだから、先手の負けはないとは思うが…。
煙図04
やり直しだ。どうやら後手3二歩の次、先手は3三歩(図)が最善の手のように思われる。これを同桂は、なんと2一金、同玉、4一飛から“詰み”がある。
よって、後手は3三同玉と応じるしかなく、以下想定手順は、3一飛、4五歩、3二角成、4四玉、2一馬、4三金(次の図)
煙図05
こうなる。この図は、さて、先手は“勝てる”のだろうか?
この後手玉を捕獲するのは相当苦労しそうだし、また“相入玉”になった場合を考えると、先手の大駒は2枚(=10点)、確保できている小駒(持駒)は10枚、合計20点。この将棋のルールは24点法なので、あと4点取れば先手に負けはない。それは簡単に実現できそうだ。しかし、“勝つ”には、あと11点、すなわち小駒を11枚確保しないといけない。それができるだろうか?
やはり「持将棋引き分け」が、可能性として大きいと思われる。
『黒雲作戦』によって、我々は「勝ち筋」をついに見つけた、と大いに喜んだ。であるから、もはや「引き分け」では、不満である。我々は、“勝ちたい”のだ。
煙図06
もう一度、“やり直し”だ。
「7六角」では勝ちきれないようなので、その手に代えて、「8六香」(図)ではどうだろう。
以下、9三歩、同竜、同銀、同玉、2九角成、8二玉、6五馬(次の図)
煙図07
これもやはり、“勝ちきる”のは難しそうに見える。7三歩でと金をとりあえずつくりたいが、7一歩(同玉なら6二銀でやっかい)と防がれる。7二歩は、5五馬とされ、先手が悪そう…。
ということで、どうも先手玉は“入玉”したのだけど、まだ安全ではなく、なかなか敵を攻めていけない状況である。
困った…。もしかして、これは先手に“勝ち”がない道に入っているのだろうか。
そうだとすると、『黒雲作戦』の局面にまで持っていけないので、せっかく見つけたと思った「先手勝ちの道筋」が、まぼろしとなってしまう…。
だからなんとしても≪煙7四角図≫は“先手勝ち”にしなければいけない。
見つけるのだ! “勝ち”の道を!
煙図08
その願いが天に届いたか、我々は、「勝ち筋」を見つけることに成功した!
後手7四角に、「9二金」(図)と打つのである。冷静になってみれば、当然こう指すところである。
「7六角」や「8六香」で、なぜ先手が良い結果を得られなかったかといえば、9三歩以下、先手の竜と後手の銀との交換になり、先手後手の大駒(飛車角)の数が2対2になってしまったからである。
だから、“先手は竜を敵に渡さず入玉する”という条件をクリアーする必要があったのだ。後手に大駒を2枚持たせてはいけない。
この「9二金」なら、その条件をクリアーできるのだ。
図以下は、2九角成、8六香、7四馬、7二飛が予想される手順(次の図)
煙図09
6三馬、7三歩、同銀、8三香成、7四銀、8二金(次の図)
煙図10
7二馬、同成香、7九飛、9三玉、6三銀、6五角、3一歩、8三角成、3三玉(次の図)
煙図11
この図は、はっきり先手が勝てるとまでは言えないが、しかし勝ちが十分見込める図になっていると思うのである。
よって、≪煙7四角図≫は、「9二金」で先手良し、を結論とする。
≪6六角図≫
[炎]5五銀引 → 先手良し
[灰]3三歩 → 先手良し
[炭]4四銀 → 先手良し
[煙]4四歩 → 先手良しが確定
これで、この図は「先手良し」が確定したことになる。
(しかし奴はそれを認めるだろうか)
我々――終盤探検隊――は、やっと手に入れた優位、「先手の勝ち筋」を失わずにすんだことに、とりあえずホッとした…。
しかし、心の底で、もやもやした不安が沈殿していた。
ここまで我々は「先手の勝ち筋」を見つければ、それでこの≪戦争≫はおわりなのだと思ってがんばってきた。
ところが、求めていたそれを手に入れた瞬間に、悟ったのだ。 相手が「参りました」と負けを認めない限りは、この戦いは無限に続く可能性があるのだと。こっちが「これで先手が勝ちだ」と言っても、敵が「いやちがう、ここからもう一度やり直そう」と言って、無限に抵抗してきたらどうなるのだ。
我々の探してきた「先手の勝ち筋」は、何も意味がなかったのではないか―――。
実は少し前、奴――≪亜空間の主(ぬし)≫――は、我々に話しかけ、ある提案を持ちかけてきたのだった。
その提案とは、「最終一番勝負でこの闘いの決着をつけようではないか」という提案だった。その時に我々が思ったことは、「自分が不利になったとたんにそれを言い出すなんて、ずるいやつめ」ということだった。その提案をだからその時は無視した。返事をせず、スルーしたのだった。
しかし、ここにきて、我々は悟った。このままでは、終わりがないと。
奴の提案は、まともな意見だったのだと。
「一番勝負」で決着をつけよう。
『終盤探検隊 part92』につづく
我々終盤探検隊は、≪亜空間の主(ぬし)≫を相手に、≪亜空間戦争≫をたたかっている最中だ。
ついに我々は求めていた「先手の勝ち筋」を見つけた、と思った。
しかしこの≪亜空間将棋≫は、どちらかが望めば、時をさかのぼって(指手を戻して)、また闘いのやり直しができる―――そういう法則の特殊空間なのである。
≪ぬし≫は、またも手を戻してきたのであった。
この将棋、もしかしたら、“終わりがない”のではないのか?
[閉じこめられた可能性]
頭(こうべ)をめぐらすと、いま、結晶星団が南東の地平をはなれ、青白くもえながらのぼってくる所だった。
十四個の輝く恒星を、整然とした“神の檻”……そして、その中央に閉じこめられ、あらゆる物理観測を翻弄し、嘲笑し、拒絶する“謎の暗黒”……。
今夜、アイは、その中心に挑むことになっていた。
よくきた……わんわんひびく、奇怪な笑うような声がいった。……よく来てくれた。宇宙開闢(かいびゃく)以来、このン・ンヘ――宇宙の封じ目へ来てくれたのは、お前がはじめてだ……。
「なにものだ?」と、アイはしめつけてくるエネルギーにもがきながらさけんだ。「ここで何をしている?」
われわれは閉じこめられた可能性だ……と、「声」は嘲笑するようにいった。
(小松左京著『結晶星団』より)
≪夏への扉図≫
【あ】5八同金 → 形勢不明
【い】3三歩 → 調査中
【う】7三歩成 → 後手良し
【え】9一竜 → 後手良し
【お】6五歩 → 後手良し
この≪夏への扉図≫から「先手の勝ち筋」を見つけることが、我々の課題となっている。
ここで【い】3三歩を選択する。以下、同銀、3四歩、同銀、9一竜、5九金、6六角と進む。そこで後手が[炎]5五銀引と受け、9三角成、9四歩、3三歩、3一歩、4一飛と進むのが、我々がやっと発見した「先手の勝ち筋」である。
≪黒雲の図≫
すなわち、この図である。
≪6六角図≫
[炎]5五銀引 → 先手良し
[灰]3三歩 → 先手良し
[炭]4四銀 → 先手良し
[煙]4四歩 → 先手良し?
しかし、それに至る前、先手「6六角」(この図)のときに、後手が [煙]4四歩とする変化を、≪ぬし≫は選び直してきたのだった。「こうしたらどうやって勝つんだ?」という挑戦である。
その≪戦い≫も、一度は我々の勝利となったのであるが…
[煙]4四歩以下、9三角成、8四金、8五金、7四歩、8四金、」同歩、同馬、8三歩、7四馬、7五金、同馬、同銀、8五玉、8四銀、9四玉、7四角と進んで次の図となる。
≪煙7四角図≫
ここで7六角と打って、先手良し―――ということで、ここから先には進まなかった。最初の闘いでは。
煙図01
「7六角」(図)と打つ手。この手が絶好にみえる。後手玉への“詰めろ”であり、後手の狙いの「9三歩、同竜、8五銀以下の攻めを防いでいる。
だから後手はここで3二歩と打つしかない―――と思ったのが、我々の思考の誤りであった。
たしかに、ここで3二歩なら、9三金として、先手良しだ。
だが、≪ぬし≫は、次の手を示し、再チャレンジしてきたのだ。
煙図02
「7六角」に、9三歩、同竜、同銀、同玉と、あっさり先手玉の“入玉”を許すというのが、我々の考えの盲点を突いていた。その後に、3二歩と受けるのだ。
問題は、その後にどうなるか、どちらが勝つか―――ということである。
9三歩、同竜、同銀、同玉、3二歩、8二玉、7七飛、7五飛、2九角成、7三歩、6五歩(次の図)
煙図03
これはソフト「激指」は、「互角」と示しているが、“先手が勝ちきれるのか?”と考えると、それはちょっと自信がない。 先手玉のみ“入玉”しているのだから、先手の負けはないとは思うが…。
煙図04
やり直しだ。どうやら後手3二歩の次、先手は3三歩(図)が最善の手のように思われる。これを同桂は、なんと2一金、同玉、4一飛から“詰み”がある。
よって、後手は3三同玉と応じるしかなく、以下想定手順は、3一飛、4五歩、3二角成、4四玉、2一馬、4三金(次の図)
煙図05
こうなる。この図は、さて、先手は“勝てる”のだろうか?
この後手玉を捕獲するのは相当苦労しそうだし、また“相入玉”になった場合を考えると、先手の大駒は2枚(=10点)、確保できている小駒(持駒)は10枚、合計20点。この将棋のルールは24点法なので、あと4点取れば先手に負けはない。それは簡単に実現できそうだ。しかし、“勝つ”には、あと11点、すなわち小駒を11枚確保しないといけない。それができるだろうか?
やはり「持将棋引き分け」が、可能性として大きいと思われる。
『黒雲作戦』によって、我々は「勝ち筋」をついに見つけた、と大いに喜んだ。であるから、もはや「引き分け」では、不満である。我々は、“勝ちたい”のだ。
煙図06
もう一度、“やり直し”だ。
「7六角」では勝ちきれないようなので、その手に代えて、「8六香」(図)ではどうだろう。
以下、9三歩、同竜、同銀、同玉、2九角成、8二玉、6五馬(次の図)
煙図07
これもやはり、“勝ちきる”のは難しそうに見える。7三歩でと金をとりあえずつくりたいが、7一歩(同玉なら6二銀でやっかい)と防がれる。7二歩は、5五馬とされ、先手が悪そう…。
ということで、どうも先手玉は“入玉”したのだけど、まだ安全ではなく、なかなか敵を攻めていけない状況である。
困った…。もしかして、これは先手に“勝ち”がない道に入っているのだろうか。
そうだとすると、『黒雲作戦』の局面にまで持っていけないので、せっかく見つけたと思った「先手勝ちの道筋」が、まぼろしとなってしまう…。
だからなんとしても≪煙7四角図≫は“先手勝ち”にしなければいけない。
見つけるのだ! “勝ち”の道を!
煙図08
その願いが天に届いたか、我々は、「勝ち筋」を見つけることに成功した!
後手7四角に、「9二金」(図)と打つのである。冷静になってみれば、当然こう指すところである。
「7六角」や「8六香」で、なぜ先手が良い結果を得られなかったかといえば、9三歩以下、先手の竜と後手の銀との交換になり、先手後手の大駒(飛車角)の数が2対2になってしまったからである。
だから、“先手は竜を敵に渡さず入玉する”という条件をクリアーする必要があったのだ。後手に大駒を2枚持たせてはいけない。
この「9二金」なら、その条件をクリアーできるのだ。
図以下は、2九角成、8六香、7四馬、7二飛が予想される手順(次の図)
煙図09
6三馬、7三歩、同銀、8三香成、7四銀、8二金(次の図)
煙図10
7二馬、同成香、7九飛、9三玉、6三銀、6五角、3一歩、8三角成、3三玉(次の図)
煙図11
この図は、はっきり先手が勝てるとまでは言えないが、しかし勝ちが十分見込める図になっていると思うのである。
よって、≪煙7四角図≫は、「9二金」で先手良し、を結論とする。
≪6六角図≫
[炎]5五銀引 → 先手良し
[灰]3三歩 → 先手良し
[炭]4四銀 → 先手良し
[煙]4四歩 → 先手良しが確定
これで、この図は「先手良し」が確定したことになる。
(しかし奴はそれを認めるだろうか)
我々――終盤探検隊――は、やっと手に入れた優位、「先手の勝ち筋」を失わずにすんだことに、とりあえずホッとした…。
しかし、心の底で、もやもやした不安が沈殿していた。
ここまで我々は「先手の勝ち筋」を見つければ、それでこの≪戦争≫はおわりなのだと思ってがんばってきた。
ところが、求めていたそれを手に入れた瞬間に、悟ったのだ。 相手が「参りました」と負けを認めない限りは、この戦いは無限に続く可能性があるのだと。こっちが「これで先手が勝ちだ」と言っても、敵が「いやちがう、ここからもう一度やり直そう」と言って、無限に抵抗してきたらどうなるのだ。
我々の探してきた「先手の勝ち筋」は、何も意味がなかったのではないか―――。
実は少し前、奴――≪亜空間の主(ぬし)≫――は、我々に話しかけ、ある提案を持ちかけてきたのだった。
その提案とは、「最終一番勝負でこの闘いの決着をつけようではないか」という提案だった。その時に我々が思ったことは、「自分が不利になったとたんにそれを言い出すなんて、ずるいやつめ」ということだった。その提案をだからその時は無視した。返事をせず、スルーしたのだった。
しかし、ここにきて、我々は悟った。このままでは、終わりがないと。
奴の提案は、まともな意見だったのだと。
「一番勝負」で決着をつけよう。
『終盤探検隊 part92』につづく