はんどろやノート

ラクガキでもしますか。

クリスマス・イブは『この世界の片隅に』

2009年12月24日 | まんが
 クリスマス・イブは昨日買ったこうの史代『この世界の片隅に(上)』を開いてみました。まずはこの本のいちばん最初に載っている短編『冬の記憶』だけを読みました。
 この話の中に、女の子(8つくらい?)が広島の川を渡る“砂利船”に乗る体験がでてくるのですが、それをよんで「へえ…」とおもいました。僕は数年前の正月に、将棋仲間のおじさんに、「昔、多摩川に“帆船”が浮かんでいた」と聞いていたからです。何を運んでいたのかと僕が聞くと、「石よ。」とおじさんは答えたのです。(そのことはこのブログにも書いています。→2006年1月『多摩川の帆船』)
 こうのさんがこの漫画(『冬の記憶』)を発表したのは、2006年2月ということなので、僕がそのブログ記事を書いたのとほぼ同時。 おおう、シンクロニシティ!
 彼女、広島の太田川で“砂利船”に乗った体験があるのでしょうか? いやいや、でも戦後にはもう、こういう帆船はなかったと思うのだけど…。 だけどもこの漫画は、彼女の実体験を描いたもののような気がするのです。


 クリスマス・イブで僕が思い出すのは、水木しげる。
 というのは、水木さんの長女が生まれた日が12月24日なのです。 そしてなんと(さらに凄いことに!)、次女までもこの12月24日に生まれているのです。
 さすが水木しげるってカンジです。
 『ゲゲゲの女房』、来年はNHKでドラマ化されるんですよね。残念ながら僕のところはNHKはまともに映らないので(笑)観れるかどうか…。(その日の具合によるのです。教育放送はまあなんとか観られる程度には映るのですが。) 






 ああ、そうか…!
 きっとアレは、こうの史代さんのお母さんの“冬の記憶”なんだね。
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欲しいなら値切るぞなもし。

2008年10月08日 | まんが
 ニャンコ先生は、語尾に「○○○ぞなもし。」とつける。 松山弁である。
 四国松山(愛媛県)出身の猫なのだ。年齢はわからない。(いくつだろう?)


 ニャンコ先生とは、もちろん、みんな知っている『いなかっぺ大将』のキャラクターの、あの茶色のしま猫のお方である。 『いなかっぺ大将』は、天童よしみの歌う主題歌のTVアニメが有名だが、僕は川崎のぼる(『巨人の星』が有名です)の描いた原作の漫画版を読んでいて、それが大好きだった。
 この漫画の主人公の風大左ェ門(かぜだいざえもん)は青森に住む田舎のこどもで、柔道が強い。井の中の蛙(かわず)ではいかんと、柔道修行の為に東京へでてきた。そして内弟子生活がはじまったが、大左ェ門は、まず柔道の「受け身」に悩んだ。どうしたらうまく「受け身」ができるのか…。
 その時、目の前で、猫が見事に、くるくると回って地面に立つところを見た。
 「これだ!」
 猫に「受け身」を教わろう! 彼は「猫飯」を用意して、猫をおびき寄せる。「猫飯」のいい香りにつられてやって来た猫。猫をつかまえようと飛びかかる大左ェ門。 「なにするんだ!」と(猫語で)わめく猫。じつはこうこうこういうわけで、柔道の「受け身」を練習しているのだが、どうやったらそんなにうまく「受け身」ができるのか教えてほしい、とこれまた猫語で頼む大左ェ門。もともと青森の田舎でいろんな動物達と暮らしていた大左ェ門は、猫語も話せるのだ。
 だが、マンガでは「ニャーゴ、ニャーゴ、フンギー」などと擬音のみ。
 ここで、作者川崎のぼるが登場して、「このまま猫語では読者がさっぱりわからないでしょうから、ここからは人間語になおして書きます」と説明が入る。この「川崎のぼる」の自画像があまりに汚いひどい顔だったのが、こどもの僕にはオオウケで爆笑だった。
 その「猫」というのがニャンコ先生だった。そのニャンコ先生の猫語は、「松山弁」だった。僕はそれを読んで、「猫語にも方言がある」というのが、とてもおかしかった。
 こういう出会いがあって、ニャンコ先生は、風大左ェ門の柔道の師匠になった。二人で練習にはげんで会得した「受け身」技には、「キャット空中3回転」と名をつけて呼んだ。
 

 僕はこどもの時、のどの炎症をよく起こした。扁桃腺の炎症とか喉頭炎とかそのときどきで理由は違っていたが、地元には専門の耳鼻咽喉科がなかったので、鉄道で片道1時間ほどかけて、「街」の耳鼻科に通うことになった。小学校を午後から早引けして、一人でディーゼルカーに乗ってゴトゴト揺られて通うのだが、けっこうその時間が僕は好きだった。自然と駅の名前もすべておぼえた。その体験をきっかけに、もしも僕が「鉄ちゃん」(鉄道マニアのこと)になったとしてもそれは自然の成り行きといえた。(実際はそうはならなかったが。) 
 治療は、看護婦さんに鼻やのどを洗ってもらい、それから医者の先生に診てもらい薬をつけてもらう。(手術をしたこともある。) 待合室で順番を待つ時間は、そこに置いてある漫画雑誌などを読むのだが、看護婦さんの趣味で婦人雑誌か少女漫画しかないので、僕はそれを読んでいた。『アタックNO.1』(浦野千賀子作)の絵の大きな瞳にくらくらした。
 治療が終わって帰るまでに、列車の出発の時刻まで1時間くらいあいていた。その時間がとてもうれしかった。なにしろ「街」には、田舎町にはない店があって、街を見て歩くだけでとても楽しかったのだ。商店街にはなんと、屋根(アーケード)がある。お茶の専門店の前を通るといい香りがする。パンの専門店もあるし、スポーツ用品店や文房具店の品数も豊富だし、ずっと歩いて奥に行けば映画館もあった。こどもには理解できない謎の店もある。2階のある大きな本屋もあるし、小さな本屋もある。
 ある日、小さな本屋のほうで、『いなかっぺ大将』を見つけた。全部で3冊あった。そのうちの一部は、すでに雑誌で読んでいたが、僕はその漫画を全部読みたくなった。「買おうか…」と迷った。しかし、3冊全部買うには、お金が足らない。いや、なんとかそれだけのお金は足りたのだが、それを使ってしまうと帰れなくなる。列車の切符代なのだ。しかも、タイミング悪く、その日は、治療の終了日なのであった。(このあたり、神様のなんともにくい演出である。) もう、いつこの「街」に来る機会に恵まれるかわからない。電車賃をなんとかならないかとか、いろいろ考えてみた。犯罪(キセル、万引き)をおかすわけにはいかないし、お金を借りるアテはないし、やっぱり2冊だけ買ってかえるしかないなあ…。しかし、そうすると、後で残りの1冊を僕は読みたくなって、それはきっとたまらない気分だろう。自分はそれを我慢できるだろうか。いやきっと、我慢できないだろう、そう思った。じゃあどうする? うーんどうする… と、いくら悩んでもしかし答えはでない。 やがて列車の時刻がせまってきた。
 あれこれ悩んで、僕は、決断した。 「これしかない。」と。
 値切ろう、と思ったのである。
 本屋のおじさんにわけを話した。 これ(『いなかっぺ大将』)を3冊とも欲しいのだが、自分はお金をこれだけしか持っていない。どうしても欲しいのだ。帰りの切符代がいくらいくら必要なので、残りのお金はこれしかない。僕は○○まで帰らなければならない。今度いつ来れるかわからない。だから、このお金で3冊、売ってくれませんか、どうしても欲しいのです、と。
 本屋のおやじは、しばらく(10分くらいか)考えていた。僕はじっと待っていた。やがて、ついに、その値段で『いなかっぺ大将』全3巻を売ってくれた。
 僕は、やりとげたのだ。
 
 僕は、「値切る」という交渉がニガテだ。それは生まれつきの性格のようで、心のどこかに(なぜだか)お金のことをぐだぐだ言うのは男らしくなくて恥ずかしい、というのがある。この感覚をどうして持っているのか、自分でもわからないのだが、これは親ゆずりではないようなのだ。 だいたい僕は、欲しい「モノ」というものが、少ない。これはどうも、僕の欠点ではないか、生命力が弱いからではないか、と日頃から思っている。(ブツヨクが少ない、とみれば美徳でもあるのだが。)
 つまるところ、押しの弱い性質なのだ。
 そんな僕が、「どうしても欲しい」と、顔見知りでもない本屋のおやじに、やったこともない値切り交渉をして手に入れたのが、『いなかっぺ大将』全3巻というわけである。
 あの本屋は古本屋ではない。本というものは、「定価」が決まっていて、値切るものではない。それを、値切った。どうしても欲しかったから。あれは、うん、よくがんばったなあ、と振り返って思うのである。

 その3冊の漫画本、それが、僕が自分のこずかいで買った、はじめての漫画単行本である。


 僕にとって、「猫」というイメージは、「生命力」を意味しているのかもしれない。「猫」を思い出すというのは、どこかに置き忘れてきそうになっている「生命力」の大切な一部を、逃がしてはいけないよ、取り戻せよ、ということではないのか。


 ニャンコ先生と大ちゃん(風大左ェ門)は、同じ田舎者同士ということもあってか、大の仲よしになった。笑うことも、くやしがることも、ほとんど一心同体だ。
 それにしても、川崎のぼる氏のマンガの描き方は個性的だ。いろんなものが「ぷくぷく」している。ニャンコ先生も、小学生のはずの大左ェ門も、中年メタボ体型なのが面白い。
 TVアニメ版『いなかっぺ大将』は、その最終回にぶったまげた。青森の幼馴染のハナちゃん、東京のキクちゃん、その二人と同時に結婚してしまうのである!
 漫画版は、といえば、こっちは連載終盤になって思い出したように柔道に打ちこみ、海辺の強化合宿を行い、「波返し」だったかそういう名の必殺技を編み出したりしている。知らない人が多いと思うが。
 西一(にしはじめ)も忘られぬキャラクターだ。こっちは関西弁。あるお笑い芸人が「どう見ても大左ェ門より西一のほうがモテるでしょ!」と言っていたが、そうかもしれないなあ、と僕もその時には思った。あの体型にふんどしじゃあねえ。(マンガだけど。) けれど大ちゃんとニャンコ先生の、明るいパワーには、やっぱり西一も吹き飛んでしまうのだ。


 「ぞなもし。」は、彼、ニャンコ先生の故郷である四国松山(愛媛県)の田舎言葉である。
 僕には松山市出身の友人がいたが、彼にむかし、「松山では‘ぞなもし’と言うんか?」と笑いながら聞いたことがある。すると友人「言わんわ! あれは昔の言葉や。漱石のせいや!」と過剰に反応して言った。(松山弁は、関西弁に似ていた印象がある。)
 ご存知のように、夏目漱石『坊ちゃん』は松山を舞台にした小説で、その中で「ぞなもし。」を登場人物が使うのだ。それで「ぞなもし。」は、全国的に知られる言葉となった。『いなかっぺ大将』を描いた川崎のぼるも、漱石ファンだったのだろうか。
 『坊ちゃん』は、東京へ住んでいる若者が、教師として松山へ赴任して、いろいろあって、そしてまた東京へ帰るまでの物語である。 (つまり『いなかっぺ大将』とは逆パターン。)
 夏目漱石は東京の東大予備門で、伊予(愛媛)松山出身の正岡子規と同窓になった(1889年)。二人は共通の趣味である「寄席」を通じて親しくなったそうである。そういう縁があって、漱石は愛媛の松山へ教師として赴任した(1895年)。 その時の体験をベースに、ずっと後に漱石は小説『坊ちゃん』を書いたのだ(1906年)。 もちろん、『坊ちゃん』の内容は基本的にフィクションであるが。


 「しかし今どきの女子(おなご)は、昔と違うて油断ができんけれ、お気をおつけたがええぞなもし」
   (夏目漱石 『坊ちゃん』)


 「~ぞなもし。」という愛媛人に会ったこともないが、「~だす。」という青森人にも会ったことないなあ。
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はな子と猫と吉祥寺

2008年09月28日 | まんが
 地味ながら、マイ・猫ブームである。
 僕は、90年代は大島弓子の新作をいつもたのしみにしていたのであるが、彼女が、自身が飼っている猫のサバのことを描くようになってから、とくに猫好きでもなかった僕は気持ちがはなれてきていた。13年生きたというサバが死んで、大島さんはグーグーという名の子猫を飼い始め、それを漫画に描き始め、僕は、ああ大島弓子さんは描きたいことをだいたいもう描きつくしちゃったんだ、と感じたのだった。だから『グーグーも猫である』は途中まで読んだけれど、あとは追わなかった。
 そしたら漱石その他の影響で、僕の中で、今「猫BOOM」である。歩く猫が気になるし、むかし途中までしか読まなかった『ジェニィ』(ポール・ギャリコ著)を読み始め、それほど多くないと思っていた過去の僕自身の「猫との想い出」がつぎつぎと出てくるじゃないか。
 そんなときに『グーグーも猫である』が映画化されて封切されたというではないか。 よしこれは、観に行こう。行くなら、予習だ、『グーグー』の原作も全部読もう。
 で、読んだ。 猫が…、マンガのなかの猫が、おもしろい。
 このマンガ原作では、大島弓子さんはグーグー(←ショップで買った)のあと、次々と子猫を拾う。 「あ! 鳴いてる!」と、住んでいるマンションの外からニャーニャーと捨てられた子猫が鳴くたびに飛び出して夜の公園を探し回る大島弓子。大島さんは吉祥寺に住んでいる。その公園は井の頭公園だ。「へー、大島さん、井の頭公園のこんなすぐそばに住んでいたのか…」とそれで僕は知った。猫の鳴き声がきこえるほどの場所に。

 よし、じゃあ、どうせ映画『グーグーも猫である』を観に行くなら、吉祥寺へ行こう! 井の頭公園にも行って、はな子にも会おうじゃないか!

 今年8月8日、地震があって本棚から落ちてきた数冊の本の中の1冊が『父が愛したゾウのはな子』(山川宏治著)である。これを買って読んだ一年前から、僕はいつか井の頭公園のはな子にもう一度(過去に一度会っている)会おうとずっと思ってきたのである。


 そして9月27日(つまり昨日だ)、スケッチブックを持って電車に乗って吉祥寺へ。
 吉祥寺の駅の南口を出て10分ほど歩くと井の頭公園だ。

 「はな子、よわっていなければいいけどな…。」
 という心配はまったく無用だった。
 『父が愛したゾウのはな子』には、はな子という象がいかに茶目っ気があってあそび好きかということが書いてあったが、見ていると、なるほどそれがよくわかった。はな子は常にリズムをとるように、面白いことがないかなーというように、鼻や脚を動かしていた。僕はスケッチをはじめたが、はな子が向きを変えるのでしっかりとは描けない。描いている途中で食事の時間がきて、屋内に入ったので、僕はスケッチはあきらめて、キャベツをばっくりと食べるはな子をずっと見ていた。すごいなー、すごいなあ、象! 鼻の動きがおもしろいし、脚のかたちがおもしろい。見ていて、飽きない。
 はな子のほうでも、人間ってへんだなあ、おもしろいなあと思ったりしているのだろうか。61歳になったはな子…。井の頭公園に来てからはずっと「象」というものに会ったことのないはな子…。


↑キャベツを食べるはな子さん。これだけじゃない、まだまだ食いますぜ~。


 井の頭公園を少し歩く。この公園は広い。大きな池(湖のような)があって、弁天が祭られている。土曜日なので、たくさんの人がいた。
 ここは、神田川(江戸時代につくられた運河)の水源地でもある。


 さて、映画だ。
 吉祥寺駅の北側は、ショッピング街になっている。何度か吉祥寺には来たことがあるが、なぜか僕には、どうもこの街は歩きにくい。 人の流れがつかめないので、前にうまくすすめない…(笑)。


 『グーグーも猫である』、この映画は、最初の10分が秀逸である。
 あとは…人におもしろいよと薦められる内容とは…言いがたい。猫とのコミカルな絡みとか、しっかりしたストーリーを期待してこの映画を見た人は、きっとがっかりするだろう。そういうのは、ない。 おもしろ猫映画というより、これは「吉祥寺人情ものがたり(with猫)」なのだった。そして大島弓子との原作とは、まったくの別の話である。リアルグーグー猫(つまりマンガ版)は、家からまったく出ない猫だけど、映画版グーグーは外を歩き回ります。
 しかし、僕個人としては、それで大満足なのでした。
 この映画には、「井の頭公園」がたっぷりと出てくる。そして、なんと「はな子」も登場する。そうなんだ、はな子は吉祥寺の「顔」なのだ。
 実物の「はな子」に会いに吉祥寺へ来て、映画館に入って、その映像の中でまた「はな子」を観て、そこに「吉祥寺の街」があって「井の頭公園」があって、そして、ニセモノの「吉祥寺の住人たち」がいる。映画の中のニセ大島弓子…漫画家小島麻子(小泉今日子)が、マンガを描いている…そのマンガのタイトルは『八月に生まれる子供』。(←これは数ヶ月前にブログで僕が採り上げた話。) この漫画作品は、リアル大島弓子が描いたものだし、しかし作品の中に描かれた世界と人々は架空である。ホンモノの架空世界をニセ大島弓子が描いていてそれを吉祥寺の映画館で僕が観ている…。 
 そういう、現実と非現実が交差するという不思議感覚をたっぷりと味わえたのでありました。

 そして、もう一度書いておこう。この映画は最初の10分が秀逸である。



  夏目漱石の『吾輩は猫である』から、きっと大島弓子は、『グーグーも猫である』と続けて、この漫画のタイトルをつけたのだろう。
 映画には出てこないが、グーグーをきっかけに、大島さんは、白猫ビー、黒猫クロ、目のみえない猫のタマと拾って育て、さらに増え続けてとうとうマンションでは狭くなってしまった。それで大島弓子は(どこか知らぬが)家を購入し、吉祥寺から引っ越してしまったようだ。
 そしてなんとなんと、現在は13匹(!)の猫が家の中にいるという。一日中掃除ばかりしているという。 きっと猫はさらに増えていくのだろう。
 「吉祥寺の漫画家大島弓子」の姿は井の頭公園に今はなく、彼女、りっぱな「猫おばさん」に進化したのだなあ…。


 それと最近、気づいたことがあるんです。猫を描いた小説、絵、漫画、アニメ、写真集は数え切れないほどあるけれど…、実写の映画で「猫がメインキャラの映画」って、すごく少ないんですよ! 考えてみてください。さあさあ、どうです? 何があります、猫の映画? 
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田辺のつる

2008年05月24日 | まんが
<林檎シリーズ・5>  「田辺のつる」

 大学時代に「高野文子」に出会った。まだ彼女が珠玉の第1作品集『絶対安全剃刀』を出す前のことだ。
 おそろしく切れのある漫画を描く人だとおもった。一番最初は『ふとん』だったと思う。これは「別冊奇想天外SFマンガ大全集」という雑誌に掲載されていた。次に読んだのが『田辺のつる』だった。
 『田辺のつる』は、「漫金超」という雑誌の創刊号に掲載された。この本は、大友克洋の赤青の2色漫画が巻頭を飾っている。当時人気の絶頂だったいしいひさいちも描いている。さべあのまひさうちみちおも僕の好きな作家だった。そういうわけで僕はこの新漫画雑誌の創刊号をすぐに買った。(今も持っている。) それらの漫画の中で、どれよりも印象に残ったのが高野文子『田辺のつる』である。
 漫画『田辺のつる』には、オチはない。呆けてきたおばあちゃんの日常を描いた、それだけの内容だ。ところが、その「つるおばあちゃん」をしわ一つない少女(または人形)として高野文子は描いたのだ。それでいて、動きはたしかに「おばあちゃん」なのだ! 新人・高野文子の「観察眼」と「表現力」に、ただ脱帽だった。(当時の高野文子の本職はナースだと聞いた。)
 そしてもう一つ、僕にとってインパクトがあった理由… それは、その「つるおばあちゃん」の動きが、母の動きと重なってみえたことであった。
 「母は、痴呆症なのかもしれない…」
 その時、僕はそう思った。


 高校を卒業して僕は家を出た。大学に入ったら、将棋部に入って…という夢を持っていたはずだったが、なぜかそうせず、僕は「漫研」に入った。
 あとで考えると、それは僕にとって、「無意識のリハビリ」だったのだと思う。
 僕の心とからだは、高校時代の3年間の間にすっかりその「芯」の部分が冷え固まってしまった。そのせいか、人としゃべるのがむつかしくなっていた。話しかけられても、応じる言葉が「なにも浮かばない」のである。頭の回転がのろくなって、それは、勉強をしていても感じられた。そうした事実さえも「考えない」ようにしていたが…。(無意識には自分でわかっていたと思う。)
 家を出て、家の中にある「みえない無限の恐怖」から逃れたはずだった。だが、高校時代の3年間に、すでにそれ(「恐怖」)はしっかり僕の心の「芯」をとりこんでしまっていたのだった。考えること、感じることが、僕には出来なくなってしまっていた。
 大学に入る頃には、僕の、将棋への好奇心はすでに薄れてきていた。たぶん、頭の回転がわるくなっていて、将棋を指してもそれ以上は強くなれないとどこかで見限り失望していたのだと思う。

 それで「漫研」というわけだ。
 ところで、僕は高校時代の3年間、あまり漫画を読んでいない。(本はまったく読まなかった) 弟が買って来る「少年ジャンプ」(週刊と月刊)、『ドカベン』(水島新司)の単行本くらいのものだ。小学校から中学にかけては、相当の漫画好きであったのだが…。(高校時代は『週刊少年チャンピオン』の黄金期だった) 
 大学で、酒と煙草を飲みながら漫画の話をするやつらがかっこよくみえた。(オタクという言葉はまだ存在せず、小学生男子のなりたい職業1位が漫画家、という時代だった。) 僕も漫画のことをしゃべりたかったが、しゃべる内容がなかった。「なにも心に浮かばなかった」からである。
 彼らと漫画の話をしたい、そういう思いから、僕は、ガンバッて漫画を読むようになった。『火の鳥』(手塚治虫)も、『忍者武芸帳』(白土三平)も、『幻魔大戦』(平井和正石森章太郎)も、萩尾望都『ポーの一族』もこの頃に読んだ。大友克洋が「ビッグ・コミック」の特別号に描いた『FIRE BALL』を喫茶店で読んだのもこの大学時代。少女漫画にエロ漫画、それから『ガロ』も読んだ。あの頃の大学には、まだ、「マスクにヘルメット」でビラ配り等をしている学生運動家がわずかにだが存在した。それも今では懐かしい。

 そのうち、僕は漫画の絵を練習するようになった。もとが「ドヘタ」なので、練習すればその分だけいくらかは上手くなる。毎日毎日僕は鉛筆を走らせた。
 思えば、漫画を読むのも、絵の練習をするのも、ガチガチになってしまった心身の「リハビリ」だったのである。「なにも考えることのできなくなった僕」の凍りついてしまった心の「芯」を、読むことで、描くことで、ほぐそうとしていたのである。(もちろん当時はそんなことは思っていない。)  「描く」という行為は、(何かを見て描き写すだけならば)何も考えないでよい。 それでいて、手を動かすから、脳に刺激を与えていく。「絵を描く」というのは、僕にとって、仮死状態になって干からびた「僕」を再生する作業だったのだと思う。


 老人性痴呆には2通りの型がある。脳血管性痴呆とアルツハイマー型痴呆だ。おなじ「ぼけ」でも、この二つはまったく違った特徴をもつ。
 脳血管性痴呆は、脳出血や脳梗塞などによって、脳に障害が生じるもので、記憶が一部欠けたり、部分的な機能障害が起こる。アルツハイマー型との決定的な違いは、脳血管性痴呆は「人格は破壊されない」ということだ。起こってもその破壊は「部分的」である。(まだら痴呆と呼ばれる)
 アルツハイマーの場合は、「大脳の萎縮」によって起こる。この萎縮の原因はわからない。そして「人格が(全体的に)破壊されてしまう」という特徴がある。つまり、痴呆の症状がすすむにしたがって、家族のことを誰か理解できなくなるという「認知障害」が起きる。別人になってしまい、会話が成り立たなくなる。(ここが大変悲しいところだ。)



 そのような知識は、ずっと後になって得たもので、当時の僕は何も知らなかった。
 ただ『田辺のつる』を見たとき、その歩き方が、母を連想させた。まだこの時、母は歩けていたとは思う。が、ふらふら揺れながら歩いていた。
 だが、アルツハイマーが発症するには、母の年齢(40代)は若い。いやしかし、アルツハイマーにも、「若年性アルツハイマー」というのがあると聞く…。
 そんなことをちらと考えては、打ち消していた。


 それからしばらくして、父から電話で、母を入院させたと聞いた。
 「もう治らないんだな… 」
と(医者に聞かなくても)直感でそうわかっていた。
 実家に帰ったときに、病名はなんというのかと、聞いた。父は紙にメモしていたその病名を読んだ。聞いたことのない病名だった。



 大島弓子『8月に生まれる子ども』という漫画作品を読んだのは、母が死んだ後のことだ。
 主人公の女の子は種山びわ子という名前で大学生。この女の子が「猛スピードで老化していく病気」になる。どんどん年をとって、お母さんも飛び越して老婆になっていく。恋人とあそびに行く約束をしたのに…。記憶力もわるくなるし、身体も疲れるし、顔もシワシワで失禁までしてしまう…。
 びわ子さんは自分がだれかもわからなくなってきた。自分はどうやらある大学生の男の子と仲が良くデートの約束をしていたらしい…。持草君というその男の子は「病気のことも知りましたが、今でも僕は会いたいと思っています」と手紙をくれた。
 〔 いまは秋  これは男の子からの手紙   
    わたしは女の子で  18歳   種山びわ子という名前らしい 〕
 それがこの漫画のエンディングだった。

 それを読んだとき、僕はこう思ったのだった。
 大学生の頃の「僕」は、まるで老人のようだったな、と

 さらに今、思う。
 あの「田辺のつる」に重ねた母のイメージ…あのイメージは本当は母ではなく、「僕自身」だったのではないか。このままほおっておいたらお前の未来はこうだよ…と、僕が僕自身に訴えていたのではないか、そんなふうに思うのだ。



 あらためて『田辺のつる』を読んでみた。   …つるさん、かわいい。
 「家族」にとっては、引っ掻き回されイライラさせられてしまう、そんなつるさんの言動も、ほんの少しの余裕をもって見れば、かわいくみえる。 こころは、不思議だ。 そうだ、こころの余裕があれば、いいのだヨ。
 …「こころのよゆう」って、でも…、何だろ…?
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ラフカディオ・ハーンの漫画

2008年01月12日 | まんが
 ハーンの写真を鉛筆で模写しました。ハーンは写真に写るときはいつも左を向いています。なぜかというと、自分の左目を「醜い」と思っていたから。16歳のとき、友人と遊んでいて誤ってロープの結び目が当り、左目を失明しました。以後、本能的に談話中も相手から隠すように傷ついた目の上に手を置いていました。
 でも、もとはかなりハンサムですね。

 ギリシャのレフカダ島で生まれたハーンは、イギリスで育ち、成人してアメリカに渡りました。そこでの仕事は新聞記者です。ハーンは、ある殺人事件の記事を書いて有名になります。こんな感じの…

 〔近づいて観察するとその遺体の恐るべき状態がだんだんと判然としてきた。___半焦げの腱によって互いに引吊られ、半ば溶けた肉によって恐ろしい様で膠状に引きついた。ボロボロに崩れかかった人骨の塊と、沸騰した脳髄と、石炭と混ざってにごりになった血。 … 〕

 ずいぶんくわしく観察した死体の描写です。新聞記事にしてはくわしすぎるこのような描写がえんえんと続くのだそうです。


  ↑
 これらはハーンの描いた漫画です。
 1879年に、ハーンは2年間働いた『アイテム』紙が経済的に破綻寸前であることを知りました。そこでハーンは、自分が絵を描くので記事に挿絵をつけてはどうかと編集長に提案します。この提案は受け入れられ、そして成功でした。『アイテム』紙はもちなおします。
 ハーンは、その後2年間に175点の挿画を描いています。味のある、街の観察日記のような内容です。

 これを見て僕は、岡本一平を思い浮かべました。
 画家としての才能に限界を感じていた岡本一平は、縁があって朝日新聞へ入社します。一平は漫画(一枚画)を描いて、ちょっと長めの味のある文章をつけ加えました。もともと「小説家になりたい」と父に申し出たくらいですから文章を書くのもすきなのです。
 同じ朝日新聞に、夏目漱石がいて、漱石はある日、岡本一平を自宅へ招き、「君の文章はとてもいい。時には画よりも文のほうが優れていることさえある」というようなことを言っています。以後、漱石と一平は親しくなります。
 岡本一平の活躍は1910年代以後のことですから、漫画家としては、ハーンのほうが、なんと30年ほど先輩ということになります。ハーンが日本に来たのは1890年、その時、一平、まだ4歳。 漱石はその年に帝国大学(東大)入学。
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絵のちから

2008年01月09日 | まんが
 手塚治虫『ファウスト』のキャラをいくつか筆ペンで模写してみました。『ファウスト』は昭和25年手塚さんが21歳のときの作品。元ネタはゲーテですが、この主人公ファウストはゲーテの創作上の人物ではなく、15~16世紀にドイツに実在した人物とのこと。

 「絵のちから」がほしい。それが僕の望みです。
 ただし、上手くなりたいのではない、ということはハッキリさせておきたい。(だれに対して? …さあ)
 では「絵のちから」とはなにか? 絵の底で、なにかが力強く流動しているような絵です。色気のある絵です。(それが今の僕にはちょっと足りません。いや、ちょっとじゃない、だいぶ足らないな。)

 下の絵は手塚治虫『ファウスト』の中の1コマですが、なんと「ちからのある絵」なのでしょう! そして線の色っぽいこと! この『ファウスト』、今読んで「おもしろい!」とは感じないのですが、1コマ1コマの絵の華やかさにうっとりさせられます。20代の手塚さんは、まさに、天才でした。
 お姫さまのふっくらした衣装を見てください。なんだかおいしそうなパンのようで、食べてしまいたくなります。


 その次のコマは、主人公ファウストが探していたものを見つけて跳びかかるシーン。こんなふうに全身で気持ちを表すというマンガって、今はとても少ないんですね。(それがマンガの持つ特色なのに。) この跳びかかり方は、まるでネズミを見つけたネコのようです。つまりそこには、人間的な喜びだけでなく、「野生的なもの」が同時に現われているんですね。


 手塚治虫の「天才」は、「野生的ななにか」とつながっていたと思います。でも、文明の中で仕事ばかりしているとその「野生」はだんだんと擦り切れて磨耗していきます。30歳になった頃には、もう思うようには「野生のちから」が出てこなくなったのではないでしょうか。
 手塚さんは、そこでいったんそれまでのスタイルを壊して作り変えます。そうして生まれたのが『鉄腕アトム』。 この物語は人間の子供である「飛男(トビオ)」の代用品としてのロボット「アトム」が活躍する話です。アトムのもつ力の源・原子力は、たしかに「野生のちから」なのですが、自然にわいてきた「野生」ではなく、人工的に取り出された「野生」なのです。
 (と、テキトーなことを言ってみました。あっちょんぷりけ。)
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ユキの太陽

2008年01月05日 | まんが
「それはとなりの国の王子さまでした
 その王子はからだはがっちりしていておまけにすごくいい男でした…」

「まてよ… 」
「ガッチリとかいい男とかじゃムードこわしちゃうな。 ええと…」
「うん! りりしいといこう」

「りりしい、りりしい、と…  ふん、こいつあいい!」

 コツコツ

「りりしいんだから絵もうんとハンサムにかかなくっちゃね。 よっ、われながらうまくできたぞ。 いや… ちょっと顔がゆがんでいるかな?」

「なにをかいてるんだい?」
「ひょう!」
「おじさあん。 お、おどかさないでよびっくりするじゃない」
「ごめんごめん。いくらノックしてもへんじがないものだから」
「いまじぶん病院から帰ってきたの?」
「あ、そしたらユキちゃんのへやからあかりがもれているだろう。どうしたのかと思ってね。 …なんだいこりゃあ」
「へへへ… 紙芝居」
   

「どう? ちょっといいできでしょ! おもしろそうでしょ!」
「う… うん」
「怪物はともかく… この王子はよくかけてるな」
「よっ。いってくれましたね! にくいよだんな。 その王子はあたしも気にいってたんだ。いい男でしょ。りりしいでしょ。」
「うんうん、りりしい」
        
 このマンガは『ユキの太陽』といってちばてつやの初期の作品。僕はこの『ユキの太陽』が大好きで。子どものかわいらしさを描かせてこの頃のちばてつやにまさるものはないと思う。

                           
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まだ八月の美術館

2008年01月04日 | まんが
     この絵は、岩館真理子さんのマンガ『まだ八月の美術館』の1コマを、鉛筆で模写。


 それは突然決まったことだった。クラスメイトの明智くんは明日北海道へ転校してしまう。それで初めて2人きりで東京へコンサートへ行こうということになった。ところがその日コンサートのチケットは風に飛ばされてひまわりの中に。
 あ、あ、あーああー…。
 まだ8月。太陽がじりじりと顔を焼いて…。

 二人は駅前の小さなひっそりとした美術館へ。
 その美術館の絵の中には「冬」が描かれていた。涼しい。
 二人で話を…。ああ明智くんは明日北海道へ行ってしまうのだ。
 女の子は「この絵の中に入って時間を止めてしまいたい」と明智くんにいう。

女の子「思い出なんて幻と同じ。同じ幻だったら、あたしは絵の一部になってしまいたいの」
明智くん「… 」
女の子「… 」
明智くん「わかった。じゃあ一緒にこの絵の中に入ろう」

女の子「どうやって、入るの」
明智くん「こうやって手をつないで思いっきり走るんだ。集中して…」
女のこ「うん。」
明智くん「余計なこと考えちゃだめだ。幸せな未来だけ考えるんだ」
女の子「幸せな未来だけ…」
明智くん「いくぞ。」
女の子「うん。」
      
      ミーン ミーン ミーン ミーン ミーン ミーン ミーン ミー

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スカンク

2007年12月23日 | まんが
 昨夜、注文していた『ララ・ハート』全3巻が届きました。一週間で届くとは…僕はネット注文で本を買うというのはこれが初めてなのですが、便利ですねえ! しかもこの本は、注文を受けてから印刷・製本するんですよ!
 さて、『ララ・ハート』ですが、ええ、やっぱり、いいです、これ。ララ・ハートはイギリスのローズ製薬の社長の娘。そのお嬢様がアメリカ・ロサンゼルスの寄宿舎にやってくるところから始まる「学園もの」なのですが、その後日本・シンガポール・エジプトと舞台を世界に展開するスケールのでかい「学園恋愛マンガ」です。
 登場人物のやることもでかい。
 前にも述べたように、日本人ムサシとの恋愛ストーリーですが、ララ・ハートに横恋慕するポリックという男は、親の財産力(ララの家以上の金持ち)を使ってララに婚約をせまります。それでもうまくいかないとわかると、ララとムサシがエジプト行きの飛行機に乗りこんだとき一緒に乗り、かばんの中に時限爆弾を用意して、爆発の寸前に自分とララだけパラシュートで脱出するという計画を… どうです、スケールがでかいでしょう? 学園恋愛マンガですよ、これ。 
 上の絵は、ララのかわいがっているスカンクのモンローちゃん。これはマンガだからいいとして、スカンクって頑張れば飼えるのでしょうか?(どうでもいいが)


 長い間探し求めていたものが、いま、手もとにある。 …これって、「旅の終わり」を示しているようにも思うのです。うまく言えないのですが。僕のなかで何かが終わりなにかが始まる…そんな予感もしています。


 ところで、最近、本を読むのがおもしろくて。(半年前から。) ただ、その面白さを一々ここで発表するにはとても多すぎて無理。なのでそれはもう、あきらめるしかないと思います。じゃあどうすりゃいいのさこのブログ? ど、どうしましょう?
 実はいいかげんにもう本を読むのはやめて、絵を描くことに集中したいという願望があるのですが、なかなか思うようにいきません。エジプトの話はこれでおしまい、というつもりでいても、まだまだ面白い話がぞくぞく出てくる。困ったなあ。将棋も指していないな、この頃。というか人とほとんど話していない。大丈夫か、オレ。

 将棋の話、しますか。
 この前、羽生さんが久保さんに勝って(A級順位戦とNHK杯)8連勝ですね! 羽生さんは棋王戦の挑戦者にもなりそうだし(棋王は佐藤康光)、名人位も本気でとりかえそうと燃えている気がします。 あっ、そうそう、プロ通算1000勝でした!
 あと、女流のマイナビオープン、優勝して500万円を手にするのは誰?
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ララ・ハート

2007年12月16日 | まんが
 「ミイラ」というものに神秘とかロマンを感じるというのが、僕にはわからない。別に見たくもないし…と思う。僕はそう思うのだけど、ロマンを感じる人もいるらしい。
 昔のヨーロッパでは、エジプトのミイラは「薬」として使えると思われていた。どうやら本気でそう考えていたらしく、「ミイラ薬」としての乾燥人肉が売買されていた。ミイラが売れる、となれば「墓どろぼう」の出番です。ニセモノも出回ったことでしょう。


 今日はマンガの話。
 僕には10年以上前から、古本屋に行くと、必ず「ないか?」と探すマンガ本があった。それが、里中満智子『ララハート』。
 ええ、知らないでしょう、ええ、でしょうとも。古いマンガですから~。
 いや、だから探していたんです。子供の時、小学生の時以来読んでいない…もう読めない、となると余計に読みたくなるもの。でも、ないんですよね。
 『ララハート』は、僕がはじめて面白いと思った少女漫画なんですね。

 小学生の時、町に一軒、貸本屋がありました。母はよくこの貸本屋で主婦の雑誌を借りていました。漫画も少しだけ置いてありました。ある日父が、その貸本屋が廃業するというので本を安く売り出すらしい、という情報をもたらしました。父は、欲しい本があったら買って来いと言ったので、僕は妹と行ってみました。僕は手塚治虫『0マン』(ゼロマン)全巻を買い、そして妹が買ったのが『ララハート』全3巻でした。
 『0マン』は面白かった。人類と、ヒマラヤに隠れて住んでいた「リス人間」(これが0マン)との戦いを描いた壮大な物語でした。マンガの面白さを僕は十分に堪能しましたが、それを読み終えると、興奮でますますマンガを読みたくなり、「少女マンガなんて」と思っていた頃なのですが、妹の『ララハート』にも手を出しました。そしたらこれも、ええ、ずいぶん新鮮で面白かったのです!
 これは里中満智子の初期の作品で、今の彼女の作品の印象と違って少女っぽさの「まぶしい」作品です。「それがいいのだ!」なのですが、里中さん自身にとっては「恥ずかしい作品」なのでしょう、作品集には入れていません。僕にとっては「これぞ里中満智子の代表作」なのだけれど。里中さんがそれを全集に入れないために、ずっと読むことができないでいました。


 ところが、ある日、出会ったのです!
 5年以上前のことになります。その日、突然、なにかすごく寂しい(理由はない)気分になったことがあって、どうしよう…と思ったのです。こういう時にお金を使うのは結局、後でさらに落ちこむものです。ギャンブルにせよ、女がらみの店にせよ…。だからじたばたせずに部屋に帰って眠るのが正解だ…と理性では思っていても帰る気になれない。それで、僕はどうしたか。漫画喫茶に入ったのです。苦しまぎれという感じで。僕は漫画喫茶を利用することはほとんどないのですが、これなら安くつきます。気分が晴れるかどうかはわかりませんが。ただ、僕の場合、漫画喫茶で読む漫画ってほとんどないのです。
 ところが…!!
 出会ったのです! 里中満智子『ララハート』に!
 探してもみつからなかった漫画にこんなところで出合うとは! 僕はおよそ30年ぶりくらいに、内容もよくおぼえていなかったその少女マンガを読んだのでした。そのストーリーは…

   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 さて、そのマンガは、お金持ちの財閥の娘ララ・ハートの学園恋愛コメディです。昔の少女マンガというのは、半分くらいは「外国もの」でしたが、このマンガもそうで、だから主人公ララ・ハートも外国人。ただし、ララが恋する相手ムサシは日本人。ハンサムで、正義感があって、頭が良くて、性格も良し。(…やってられませんな。) ララのほうも大金持ちの娘。でもって恋も順調…。
 そんなマンガのどこが面白いのか? いえいえ、そこがいいのです。その明るさ、貧乏くささや不幸を微塵にも感じさせないお気楽さ! 
 このマンガ、最初は学園寄宿舎ラブコメなのだけど、そのうちララの恋人ムサシが、「僕は薬の研究者のなりたい。そして『どんな病気でもなおす薬』を発明する。そうすればみんな幸せになれるだろ?」と言い出します。そうしたらララは、「すごいわ、それはいい考えだわ!」と目を輝かせて応えます。恋は盲目、バカップルとしかいいようがないんですが…。 あるわけないじゃん、そんな薬~。(←常識あるオトナの声)
 ムサシはさらにいいことを思いつきます。「エジプトのファラオの墓には『どんな病気でもなおす薬』があったそうだよ。僕は探しに行こうと思うんだ!」 するとララ「それはいい考えだわ! 私も行くわ」
 そういうわけでお気楽カップルはエジプトの砂漠へ。ミイラでも探すんでしょうか? この旅には、二人の恋路をじゃましようとする人間もついていくんですが、そんな障害にこのバカップルが負けるわけがありません。なにせ主人公ですから。ええ、バカップルで主人公だと無敵です。
 そして二人はついに「ファラオの墓」のたどり着きます。ああ、しかし… 残念なことにファラオの「薬」はすっかり空なのでした。がっくりとひざまづくムサシ。一緒にがっくりするララ・ハート。しかし悩んだ時間わずか10分(推定)。あっという間にムサシは立ち直ります。(なにせ性格が前向きですから!)
 ムサシ「ファラオの薬になんて頼ろうとした僕が間違っていた。僕は自分で研究してつくるよ『どんな病気でもなおす薬』を。きっとつくってみせる!」
 それを聞いてララも一気に瞳をキラキラさせます。「そうね! それがいいわ! わたしも協力するわ!」と、ますますムサシに惚れるララ。
 ムサシ「ありがとう! よーし、やるぞー!」
 こうして、二人の愛はいっそう燃え上がります。
 さて、その後。二人は結婚して、ムサシの『どんな病気でもなおす薬』は完成し、もともと大金持ちの娘だったララですが、いっそうの大金持ちになり、世界から病気はなくなり、そして二人は仲良く暮らしたのでした。
        END
   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 という、なんとも信じられないほどの、能天気な話なのです。常識ある人間が読むとクラクラします。こんな能天気な話を里中満智子は描いていたのである。今では考えられないが。
 漫画家里中満智子は17歳高校生でプロデビュー。その後、編集者との結婚と離婚を経験しています。さすがに離婚を経験した後では、『ララハート』のような話は描けないでしょうね。里中さんはその後、大作『あした輝く』で一流作家に成るんですが、そこには大人のもつ「苦さ」がしっかりとマンガ世界に入り込んでいます。
 自分の幸福な未来になんの疑いもなく前進する、というララ・ハートの姿は、大人になって観れば、眩しい。
 『どんな病気でもなおす薬』とは、しかし、大きくでたもんだ。一流になる人は、スケールがでかい。
 なんにせよ、僕の少女マンガのルーツは、これなんです。 


 その漫画喫茶での出合いから1年後、僕はまた読みたくなり、行ってみました。そしてオーナーと交渉しできるなら『ララ・ハート』を譲ってもらおうと考えていました。ところが…!
 その漫画喫茶、つぶれていたのです! ああ! なぜ、あの時に買取りの交渉をしておかなかったのか!? ショックを受けつつ同時に僕は思ったのでした、これも運命、また会うこともあるだろう、と。


 そして今日。
 前日にエジプトの探検の話を書いたので、そのつながりで『ララハート』のことを書いたのですが、それで、絵を描くためにネットで調べてみたら…  なんと! これ、手に入るじゃないですか! 絶版のコミック本を注文を受けてその分だけ印刷して売る…今はこんなことが出来るんですね~!  さっそく注文しました。1冊945円。
 うーん、思っていればいつか願いは叶うって、ほんとうかもしれないな。なんだか日本のどの古本屋にもなかったマンガ本が、エジプトの砂漠でみつかったような気分です。


 なお上に書いたストーリーは、記憶に頼っていますので、かなり捏造しているかもしれません。ご了承くださいませ。
 それにしても今日の絵は苦労した。里中さんの絵を真似て描けばカンタンだろうと思っていたが、甘かった。目と顔の輪郭と鼻と口のバランスがチョー難しい!(←そこが少女漫画のいのちなんだな) 結局、まねてもダメなので、自分流のバランスで描いた。6回くらい描き直した。

 「コミックパーク」での『ララハート』の評
  ↓
 [おすすめ評価]
 超大金持ちのオテンバ令嬢と日本男児のカッコイイ先生、愛し合う二人の前にたちはだかる政略結婚、美人のライバル、東西文化の壁…。睫毛の濃さはリカちゃん人形というよりジェニーちゃんの華やかさ!瞳に星を浮かべながら読みましょう。
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カスハガ

2007年12月02日 | まんが
 みうらじゅんの『カスハガの世界』(ちくま文庫)という本を衝動買いしてしまった!
 「カスハガ」とは、「カス」な「絵葉書」という意味らしい。文庫サイズだけれど全ページカラーなので900円もする。こういう本は図書館で読めないからなー。
 おもしろい …んだけど、20分ながめて、あれれれ? あと、どうする? あ、ああ、後悔~。 面白いけど、この本、今後の活用方法がないんだよな。ひゃあー、しっぱい、しっぱい。
 「おもしろい」だけでは買う意味がないんだなあ、と反省。
 上の絵は『カスハガの世界』から、千葉・御宿の海女さんの絵葉書の写真を模写。「こんな人、いないよ!」ってゆうカンジ。



 みうらじゅんという人は面白い人だ。仏像が好きなんだよねこの人。そしてキャッチーな言葉をつくりだすのが上手い。(養老猛氏もそうだが。) 普通の人とはちょっと違うことを考えていて、それを言葉であらわす。 ん、てことは、「詩人」なのか?
 みうらじゅんの漫画『アイデンティティ』はいい本だと思う。(映画化もされている) 1、2巻は古本で買って持っているけど、第3巻はまだ読んでいない。読みたいけれど、あの絵で1500円は高くて買えないな。

 いくらいい本でもほとんどの漫画は図書館で読めないのが困る。あとで(20年後とか)読みたくなって、でも古本でも手に入らないってことがよくある。傑作の短編漫画を描いて消えちまった人とかたくさんいると思うんだけど。そういうの、読みたいな。
 浦沢直樹の『PLUTO』は、やっぱり、謎がどんどん深まって結局謎だらけで終わるという彼のとくいなパターンなのだろうか? 全然読んでいないけど。
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手塚治虫 メタモルフォーゼ

2007年08月26日 | まんが
「火の中に飛び込み、再生する」と言えば、手塚治虫『火の鳥』を思い出します。そこで今日は、手塚治虫の「メタモルフォーゼ」について語ります。

メタモルフォーゼ Metamorphose(ドイツ語)
変容。変身。転生。  

 手塚作品『ふしぎなメルモ(ママァちゃん)』のメルモは、メタモルフォーゼからつけた名前です。
 手塚漫画の特徴を語るとき、この「変身」テーマが多いことを指摘することがあります。でも、それは、長い手塚治虫の執筆生活の「途中から」で、初めからではないのです。なぜ手塚さんは、この「変身」テーマを描くようになったのでしょうか? 
 結論から書きます。
 手塚さんは、中年になって、「自分」に行き詰ってしまったのです。ですから「自分」を新しいスタイルに変える必要があったのです。それが「変身」というテーマの作品に反映されています。その時期というのが1967年から1973年頃で、これは手塚治虫38歳~44歳に当たります。


 手塚さんのプロデビューは17歳です。ですからそこから20年の間には、手塚作品にはとくに強いメタモルフォーゼ願望は見られません。つまりその20年間、天才手塚はべつに変身する必要もなく、描きたいように描いていたというわけです。
 たとえば初期の代表作ジャングル大帝』(1950~54年)の主人公は「白いライオン」ですが、これは初めから最後、死ぬまで「ライオン」です。変身などしません。
 また鉄腕アトムも、やっぱり最初から最後まで「ロボット」です。ただし、アトムの場合は「できるなら人間になりたい」というような願望を持っていそうですね。アトムは子供の姿をしていますが、生まれたときから「完成品」です。もう成長しない、「子供の姿をした大人」なのです。 『鉄腕アトム』は、1952~68年の作品です。

 そして1965年にマグマ大使、1966年バンパイヤが連載開始。このあたりで少し変身願望が見えてきます。『マグマ大使』はロケットに変身するし、火の鳥とおなじく「溶岩の精」です。そして『バンパイヤ』は、狼男です。ただ、この作品のテーマとしては変身願望は強いものではありません。

 さて1967年には、『COM』という雑誌が創刊されます。ここに手塚治虫は、大作火の鳥・黎明編を発表します。この作品は、当時大人気だった白土三平の『カムイ伝』を意識して(つまりライバル視して)描かれたといいます。「劇画」というブームがやってきて、手塚さんはどうも焦っていたようです。「自分のスタイルを変えなければ時代に置いて行かれる」そんな気分だったのではないでしょうか。
 手塚さんは、「火の鳥」の卵を食べて「永遠」に漫画家のトップに君臨したい。あるいは、「火の鳥」のように、マグマの中に飛び込んで、「再生」しようとしたように思えます。

 さて、「火の鳥」としてマグマの中に飛び込んだ手塚治虫は、ばらばらに分解してしまいます。それがどろろ』(1967~68年)として描かれます。身体の48箇所を魔物に奪われた百鬼丸が、失った身体を取り戻そうと旅する話です。

 そしていよいよ手塚さんの変身願望は本格化します。
 I’L』(1969~70年); どんな人間にも変身できる女性アイエルが主人公です。
 人間昆虫記』(1970~71年); 主人公・十村十枝子は、次々と才能のある人間に接近しては、その才能を吸い取り、作品を盗んでは成長していく寄生昆虫のような女です。
 ふしぎなメルモ』(1970~72年); ご存知、メルモです。キャンデーを食べて、自由に大人になったり赤ん坊になったりできます。
 なぜかみんな女性ですね。手塚さんは、女性のもつ「再生する力」を借りようとしたのでしょうか。もしかしたらこの時期、手塚治虫には恋人がいたのかもしれません。(大胆な仮説でしょ! でも、いたらおもしろいね)

 この1970年の前後は石森章太郎の絶好調期で、手塚さんもライバル視していたようです。『仮面ライダー』に代表されるように、「変身もの」が流行っていた時代でもあります。でもその割には手塚さんは、この石森作品のような変身ヒーローものは描いていないですね。手塚さんの「変身」はちょっと屈折しています。苦労している感じです。たぶん手塚さんは、「人間→ロボット(動物・超人)」の変身ではなくて、「ロボット(動物・超人)→人間」の変身を望んでいたのだと思います。逆方向なんですね。実際にこのあと数年して、石森さんはプロの第一線からは後退しますが、逆に手塚さんは、復活します。
 時代が、ロボットヒーローから、「人間」の時代になっていきます。ちばてつや、本宮ひろ志、水島新司など、もともと「人間」を主役にしていた漫画家はベテランになっても生き残ります。
 生涯、売れっ子漫画家でありたいと願う手塚さんの巨大なタマシイは、時代の流れを正しく読む感性をもっていたのですね。

 1973年、もう終わりだ、引導をわたしてやろう、と編集者の間でささやかれていた巨匠・手塚治虫が見事、「再生」します。それが週刊少年チャンピオン連載ブラック・ジャックです。
 おもしろいのはこの主人公のB・J、彼はいったんバラバラになって、医療の力で「再生」するという設定なのですね。顔の手術あとがそれを示しています。ピノコって、メルモの変身した姿なのかもね。


 つまりこういうことです。(まとめに入ります)
 ジャングル大帝・レオが死んで、アトムの時代も終わった。これからはスーパーなロボットの時代ではなく、人間の時代が来る。アトムは「人間」に変わらなければならない。そこでアトムは火の鳥に頼んで、マグマに飛び込む。すると彼は、『どろろ』の百鬼丸のように「バラバラ」になってしまった。でも、死んではいない。苦しんで、時間をかけて、昆虫のようにメタモルフォーゼを果たす…。そして、「バラバラ」の身体をつなぎ合わせて、なんとか「再生」。それがブラック・ジャック、黒男。つまり彼は、「人間」として再生を遂げたアトムなのです。

 と、このようなことを以前から、手塚作品に対して、僕は思っておりました。でも本当に評論したいのならば、全作品を読まなければいけないのでしょうが、それは不可能というもの。ご勘弁を。
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ハチワンダイバー

2007年05月10日 | まんが
ハチワンダイバー」読んでますか? おもしろいねー。
柴田ヨクサル作、週刊ヤングジャンプ連載中の将棋漫画です。

「オッパイを揉んだらおまえは将棋が弱くなる」
「…!!」

なんて、少年漫画ならではのはったり。根拠もなにもないのに、「そうかも…」なんて思えてくるからふしぎ。それが漫画の力だろう。新興宗教みたいなもんだな。
 「ハチワン」というのは81の意味。将棋の81枡の盤にダイブする、ということのようです。(おれは潜ったことないなあ。) 将棋の好きな人にとっての81歳は「盤寿」という。故・木村義雄十四世名人は81歳で11月17日(将棋の日)に逝った。まさに名人芸だ。
 この漫画を読もうと思ってヤングジャンプを開くと「キャプテン翼」も載っていた。なんか、体型がすごいことになっている。宇宙人の世界のはなしかい?
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恋だと? カッタリイよ。

2006年11月15日 | まんが
将棋竜王戦第3局は、渡辺明が勝って1-2。 スリリングな終盤でした!佐藤ヤスミツの連勝、ついにストップ。

今日は最近買ったマンガ本の話を。(3千円分買ったんですが、ちょっと後悔。)

ひうらさとる「ホタルノヒカリ」第1巻 これを買ったのは、「恋よりもだらしない暮らしを愛する20代娘」に会いたかったから。でも、読んでみるとフツーに恋してるし。その意味で、がっかり。(しかし20代の女に感情移入したがっている40代男って、キモ~、だね。)
ジョージ秋山「アシュラ」上下巻 「あしたのジョー」が少年院で「あしたのために…」とかいってパンチの練習をしている頃の「少年マガジン」に連載された漫画。僕は通して読んだことがないので買ってみた。 一言でいうと「凄まじい漫画」。 主人公少年アシュラは、親をうらみ、世間をうらみ、人を殺して食い、生き残ろうとする。「生まれてこないほうがよかった」が得意セリフ。 そういうスゴイ漫画なのだけど、読んでみると案外怖くない気がした。時代のせいかねえ。 ああわかったぞ。アシュラは「食い殺す」にしても、みんなが見ている目の前でやる。これが現実の「殺人」になるとばれないように計画たてたり、陰気だからね。「デスノート」みたいにこそっとやるのと正反対だね、アシュラは。
霜月かよ子「真夜中のアリアドネ」第1巻 絵もうまいし、話もすんなり入っていけた。おもしろくなるのはこれから、って感じだな。絵が、「デスノート」の人に似てるね。 これはだんだんと「怖い話」になっていきそうな気配。「アシュラ」よりこういうほうが陰気な感じで怖い。「アシュラ」は救いのない話だが、広い場所で野垂れ死にって感覚。それに対して現代の怖い話は、「狭苦しい場所に入れられて押しつぶされて死ぬ」というそんな恐怖。オレは広い場所で死ぬのがいいよ。
吾妻ひでお「便利屋みみちゃん」第1巻 吾妻さんはやっぱり吾妻さんだなー、って感じ。なんかねえ、吾妻ひでおに印税払うのって、なんかシャクなんだよなあ。
栗原まもる「風車祭カジマヤー」第1巻 沖縄を舞台にしたファンタジー。これからって感じ。面白くなるのかどうか…。少女漫画のファンタジーってたいがいヌルイよねー。
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ペルソナ

2006年11月06日 | まんが
 最近買ってよんだ漫画「キャリアこぎつねきんのもり」(石井まゆみ)から。
 とくに面白い話ではないが、このお面は気になって、なんとなく読んだ。お面をつけてはずさない女の子を、そのまんまで受け入れてやさしくしたくなる、そんな大人たちを描いている。
 「ペルソナ」とは「社会に適応するための顔」のことである。まあ、みんな持っている。というより、これがあるから生きていける。
 なかには「ペルソナ」が分厚くてはりついてずっとつけたままの人もいる。それはそれでひとつの「生き方」だ。ただ、そういう人は環境が変化したときにちょっと困る。いつのまにか「素顔」がわからなくなるから、新しいペルソナがつくれない。
 「素顔」と「ペルソナ」と。両方つかえるのが、いいね。
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