≪夏への扉図≫
≪亜空間の主(ぬし)≫との決戦(一番勝負)がいよいよ始まる。
今回はそのための最終準備である。
[クローン体]
「気分はどう? アデラド・リー」
「ふつうです」
「記憶ははっきりしていますか」
「はい」
「では、もちろんおわかりでしょうが、ここはカナダ・オタワ市の“クローン研究所”です。複製人間をつくって冷凍保存しておくところです」
「……わたしはクローン体ですか……」
「そうですアデラド・リー。あなたの本体はつい1か月前にプロキシマで死んだのです」
(プロキシマ……! 死んだ……?)
「アデラド・リーは3年前にプロキシマ計画のスタッフに選ばれて、スタッフは全員が万が一の事故にそなえて地球を発つ前にクローン体をつくっていたのですよ。未開の地に行くのですから」
(思い出した。わたしはアデラド・リー、16歳、コンピューター技師。ここでわたしは自分の細胞と記憶を記録した……。医師は16歳のアデラド・リーがもうひとり生まれるのだといった。そのクローンがわたし。わたしが16歳のままで冬眠していたあいだに、その3年のあいだに、本体のアデラド・リーは、プロキシマへ出かけて――、そして死んだ――16歳で――)
「目覚めるとき――なにか夢でも見ていましたか」
「…別に」
「でも泣いていましたよ」
(萩尾望都作漫画『A-A’』より)
メンデルの遺伝の法則が発表されたのは1865年だが、それよりも20年ほど前に細胞学の分野で「染色体」が発見されていた。その「染色体」が、遺伝と大きく関係があるのではないかという説が20世紀になって生まれ、どうやらそれが正しそうだということになっていった。
さらに、その「染色体」は、「タンパク質」と「核酸(DNA)」によって構成されているとわかり、もし「染色体」が遺伝子ならば、その遺伝情報を伝達するのは、おそらく「タンパク質」であろうと思われていた。遺伝情報という膨大な情報を伝えるには、より複雑な「タンパク質」がふさわしいであろうという、科学者たちの勘であった。
ところが、“遺伝の伝達を担うのは「核酸(DNA)」である”という証拠を、1944年にアメリカ・ロックフェラー研究所のオズワルド・エイブリーの研究チームが発表した。それでも、この遺伝子核酸説は、すぐには受け入れられなかったが(そのせいでエイブリーはノーベル賞を受賞していない)、1953年にDNAの構造が二重らせんであることが発見されるとこの分野の研究は加速し、生物の遺伝伝達の仕組みが明らかになっていった。そして1960年代には、この遺伝情報を部分的にカットしたり、コピーしたり、加工したりする技術も発展したのである。(本来はこれをクローニングという)
こうした生物化学の発展の結果、1970年代に、「クローン」という言葉が一般の人々の中にも知られるようになっていった。一般の理解する「クローン」というのは、生物の一個体のまるまる全体のコピー体のことをイメージしている。
そして当然、「クローン」はSF小説の中に登場したのである。
上に紹介した萩尾望都の短編漫画は、1981年に少女漫画雑誌プチフラワーに掲載されたものだが、この作品の中では、近未来の生活の中に、このように人間のコピー体としての「クローン」が登場している。
また同じ1981年に、SF作家大原まり子はまだ新人作家だったが、その未来宇宙を舞台にした作品の中に人間の「クローン」を登場させた物語を書いている。シノハラという名の超能力者を登場させ、彼は自分のクローン体を多数つくって育て、シノハラ軍団、すなわち超能力者集団をつくるのである。
この1981年に、初めて哺乳類のクローン体(ヒツジ)がつくられたのであった。「ついに哺乳類のクローンが…!」というようなインパクトが日本にまで伝わって、その波が、萩尾望都や大原まり子に影響を及ぼしたのかもしれない。
アメリカでは、1973年から、遺伝子組み換え実験の進歩によるバイオハザード(生物災害)を懸念する声が出て、社会問題化してきていた。
そういうわけで、アメリカでのSF小説上での「クローン」の登場は、もちろん日本よりもずっと早かったのである。
たとえば、1977年発表のジョン・ヴァーリィの長編作『へびつかい座ホットライン』の中では、主人公をはじめとするメイン登場人物たちは、なんども死んで、そして新たなクローン体として復活し、その人物たちが活動する宇宙物語になっている。
この『へびつかい座ホットライン』の中でも、萩尾望都『A-A’』の中でも、同じように成人のクローン体の中に、オリジナルの人格が持っていた「記憶」をインプットさせるという技術が成立しているのだが、そのようなことが(仮に倫理的にも許されて研究が十分に進んだとして)、実現可能なのであろうか。
そもそも、人間の持つ「人格」とか、「記憶」を、記録することはできるのだろうか。ふつうなら、“できない”と思うところだが、しかし、人間の遺伝情報も解明されてみれば、完全にコピー可能な、すなわち数値化できるデジタル情報だったのである。(人間のヒトゲノム解読計画は2003年に完了している。) それなら、人間の「人格」および「記憶」も、同様にコピー可能なデジタル情報だったとしても、不思議ではない。
ただ、現在、人間の脳は、その記憶のしくみはまだほとんど解明できていないようだ。倫理的に、人間の脳を“実験研究”するわけにはいかないからである。
萩尾望都『A-A’』は、恋人(女性A)が事故で死んで、そのクローン体である女性(A’)が元の職場に復帰する話である。同じDNAを持ち、同じ記憶をもっていても、“別人”であると、クローン体本人も、元恋人だった男性もそれはわかっている。だから恋人同士の関係に戻るつもりはないが、それでもお互いが同じ職場で働く相手を強く意識する。さて、この二人、その後どうなるか―――というような話。
≪亜空間の入口≫
この図が、≪亜空間≫の出発点。 ≪最終決戦一番勝負≫も、この図から始まる。
我々終盤探検隊は、先手を持って闘うことに決まっており、ソフト「激指」も我々の戦力である。
この図から、我々と≪ぬし≫との間で≪はてしない戦争≫を繰りかえしてきたが、その結果、次の手順が「最善ルート」とわかってきた。
3四同玉、5二金、3一銀、5一歩、2二銀成、同玉、4二銀、3三銀打(次の図)
≪3三銀図≫
4五玉、4二銀、5四玉、5三銀、6五玉、6四銀打、7六玉、5八金
そうして、次の≪夏への扉図≫になる。
≪夏への扉図≫
ここから先手(終盤探検隊)は何を選択するか。今回のテーマはそれである。
【あ】5八同金 → 後手良し
【い】3三歩 → 4つの「先手勝ち筋」を発見!!
(黒雲作戦、香車ロケット2号作戦、赤鬼作戦、桃太郎作戦Ⅱ)
【う】7三歩成 → 後手良し
【え】9一竜 → 後手良し
【お】6五歩 → 「先手勝ち筋」あり!!(桃太郎作戦)
【か】8六玉 → 後手良し
我々は、研究探査を重ね、その結果、「5つの先手勝ち筋」を発見した。
その研究が正しいとは限らないのだが。だからこそ、その「5つ」の中からどれを選ぶか、それを慎重に計りたい。
ここで我々が選ぶ手は2つしかない。
【い】3三歩、または、【お】6五歩である。
≪6五歩桃太郎図≫
【お】6五歩。これが『桃太郎作戦』である。
また、【い】3三歩を選択し、以下、同銀、3四歩、同銀に、そこで(1)6五歩とするのが――
≪対3四銀型6五歩図≫
『桃太郎作戦Ⅱ』である。
我々の研究は、『桃太郎作戦』よりも『桃太郎作戦Ⅱ』のほうが、さらに先手が勝ちやすいと結論を出している。
≪3四同銀図≫
≪夏への扉図≫から、【い】3三歩、同銀、3四歩、同銀のところで、(1)6五歩以外の有望な選択肢があり、(2)9一竜と、(3)3三歩とがある。
(2)9一竜を選んで、以下5九金に、6六角、5五銀引、9三角成、9四歩と進んで、次の図。
≪9四歩図≫
ここで、先手にまた二つの有望な道筋がある。
まず一つは、〔a〕3三歩、3一歩に、4一飛と打っていく手段。これが、『黒雲(くろくも)作戦』である。
この作戦は、4一の飛車を打っていくことで、敵陣に“爆弾”を仕掛け、この飛車は敵に召し捕られてしまうことになるが、その間に先手玉を“入玉”させるという作戦である。敵をじわっと威圧するような飛車打ちで、これを「黒雲」と名付けた。
≪黒雲の図≫
これが『黒雲作戦』。
また、≪9四歩図≫から、〔b〕3三歩、3一歩を決めて、9六歩と指し、後手はそこで8四金とするが、以下、8六歩、5六と、3九香とする―――
≪3九香ロケット2号図≫
これが、『香車ロケット2号作戦』である。
もう一つ、『赤鬼(あかおに)作戦』がある。
≪3四同銀図≫まで戻って―――
≪3四同銀図≫
(3)3三歩と指し、後手3一歩に、そこで4一飛と飛車を打ち込む(次の図)
≪4一飛赤鬼図≫
このタイミングで3三歩、3一歩、4一飛と行くのが、『赤鬼作戦』。
この場合は『黒雲』の場合と違って、持駒に角が二枚あるぶん、攻めに破壊力があり、4一の飛車は暴れまわることになる。
だから後手は3三玉~4四玉と上へ逃げだすことになるのだが、その中段玉を先手がどうやって捕まえるかというのが、この作戦のテーマとなっていた。終盤探検隊はこれを捕まえる手段を発見したのだ。
以上が、「5つの先手勝ち筋」となる。
この5つを、発見した順に並べると、『黒雲作戦』、『香車ロケット2号作戦』、『赤鬼作戦』、『桃太郎作戦』、『桃太郎作戦Ⅱ』となる。
このうち、『香車ロケット2号作戦』については、一応先手良しと結論は出したが、細部まで研究が行き届いているかどうかということになると、おおいに不安がある。よって、『香車ロケット2号作戦』は、重大な本番の闘いで選ぶことはできそうにない。
だが、残りの4つの作戦については、かなり自信をもっている。
4つのうち、どれを選ぶか。
この4つなら、どれでも「勝てる」と思っているが、しかし、自信過剰は禁物だ。本番では、≪敵(ぬし)≫は我々の想像しなかった手を繰り出してくるかもしれない。とはいえ、「想像もできない手」を研究するのは無理なことだから、それはもう防ぎようがない。そうなったらそうなったで、頑張るしかないのだ。
ここはもう、“覚悟”を決めるしかない。こうなるともう、4つのうちどれを選ぶかは、理屈ではなく、感性の問題である。
『赤鬼作戦』で行こう。
我々はそう“覚悟”を決めたのであった。
≪4一飛赤鬼図≫(再掲)
『赤鬼作戦』をもう一度点検しておこう。
図の4一飛に、後手4二銀には、6一角と打って5二角成をねらえば、後手に受けがなくはっきり先手優勢。
よって4一飛に、後手は3三玉が最善の手と思われるが、以下3一飛成、4四玉に、6五歩(次の図)
≪赤鬼6五歩図≫
ここで6五歩で先手が勝てる―――というのが、我々の研究である。
以下、5九金、6四歩に、6六角と打つ。
赤鬼変化図01
先手の6六角に、“5五桂”なら、8三竜、5六と、8四角、7五金、同角、同歩、8五玉となるが、この変化は先手が勝てると我々は自信を持っている。
よって、後手は6六角に“5五金”と受けたのがこの図である。
これにはいったん8八角と引き、以下6六歩、8三竜、6四銀、8五玉と、やはり先手は“入玉”をねらう展開になる。
さらに想定手順を続けると、7一桂、7二竜、6三金、7一竜、8三歩、9一竜、7一角、4五玉、9三角成、7五銀、9四玉、8四銀、5一竜右(次の図)
赤鬼変化図02
このように進んで、先手優勢と結論したのがこれまでの我々の研究調査。
しかし、ここから“相入玉”で持将棋に持ち込まれてしまう危険性がないわけでもない。というのは、先手の2つの角――9三馬と8八角――が相手の手に渡ってしまう可能性がこの図にはあるからだ。
この流れ、先手が「優勢」なのは確かだと思われるので、これを「持将棋引き分け」ではもったいない。
もっとよい手はないものかと再度検討してみた。
「赤鬼変化図01」から「赤鬼変化図02」にいたる手順で、9一竜と指したところを、「7二角」としてどうか(次の図)
赤鬼変化図03
ここで、“6五金”(先手玉への詰めろ)には、6六角(次の図)とする。
赤鬼変化図04
以下、同金に、6三角成となって、先手勝勢。
赤鬼変化図05
「赤鬼変化図03」では、“8四歩”(図)という手が後手の有力手。
これを同玉は7三金で後手勝ちになる。よって、先手は9六玉と逃げる。
さあ、どうなるか。
以下、5四金上(7三金は3六桂以下後手玉詰み)、5一竜左、5三歩、9一竜、4五玉、9三竜、6七歩成、9五玉、7六桂(次の図)
赤鬼変化図06
やはり持将棋模様になってきた。後手は7六桂(図)で、大駒(角)を取りに来た。
5五角、同玉、8四玉、7五角、8三玉、9三角、同玉、4五銀、8二玉、8九飛、9四角成(次の図)
赤鬼変化図07
これはどうやら先手が勝てそうだ。
“相入玉”は避けられないが、先手は大駒(飛角)が3枚あるのが大きい。「持将棋ルール」の点数で、先手勝てる。大駒3枚(5点×3)と持駒の小駒(1点×9)で、合計24点をすでに先手は確保している。
この将棋の持将棋ルールは24点法ルールなので、後手の点数を24点未満に確定させれば先手が勝ちとなるが、それには先手は31点を確保する必要がある。つまりこの場合、先手はあと小駒を8枚確保する必要があるわけだが、おそらくそれはほぼ実現可能である。場合によっては1七桂から2五桂や、9六歩~9五歩というような小駒確保の手段もある。
(これを後手の立場に立って考えてみれば、入玉を果たしつつ相手に駒をなるべく取らせないで、先手の左右にある小駒をすべてひろっていくのは至難のわざだ)
「7二角」(赤鬼変化図03)の発見により、“相入玉”になっても、先手は確かに勝てるとわかった。
これで『赤鬼作戦』にあったわずかな不安要素も解消された。
≪最終決戦一番勝負≫への、最終準備は整った。
さあ、闘いだ。
≪4一飛赤鬼図≫(再掲)
『赤鬼作戦』で、勝つ !!!!
終盤探検隊part102へ続く
≪亜空間の主(ぬし)≫との決戦(一番勝負)がいよいよ始まる。
今回はそのための最終準備である。
[クローン体]
「気分はどう? アデラド・リー」
「ふつうです」
「記憶ははっきりしていますか」
「はい」
「では、もちろんおわかりでしょうが、ここはカナダ・オタワ市の“クローン研究所”です。複製人間をつくって冷凍保存しておくところです」
「……わたしはクローン体ですか……」
「そうですアデラド・リー。あなたの本体はつい1か月前にプロキシマで死んだのです」
(プロキシマ……! 死んだ……?)
「アデラド・リーは3年前にプロキシマ計画のスタッフに選ばれて、スタッフは全員が万が一の事故にそなえて地球を発つ前にクローン体をつくっていたのですよ。未開の地に行くのですから」
(思い出した。わたしはアデラド・リー、16歳、コンピューター技師。ここでわたしは自分の細胞と記憶を記録した……。医師は16歳のアデラド・リーがもうひとり生まれるのだといった。そのクローンがわたし。わたしが16歳のままで冬眠していたあいだに、その3年のあいだに、本体のアデラド・リーは、プロキシマへ出かけて――、そして死んだ――16歳で――)
「目覚めるとき――なにか夢でも見ていましたか」
「…別に」
「でも泣いていましたよ」
(萩尾望都作漫画『A-A’』より)
メンデルの遺伝の法則が発表されたのは1865年だが、それよりも20年ほど前に細胞学の分野で「染色体」が発見されていた。その「染色体」が、遺伝と大きく関係があるのではないかという説が20世紀になって生まれ、どうやらそれが正しそうだということになっていった。
さらに、その「染色体」は、「タンパク質」と「核酸(DNA)」によって構成されているとわかり、もし「染色体」が遺伝子ならば、その遺伝情報を伝達するのは、おそらく「タンパク質」であろうと思われていた。遺伝情報という膨大な情報を伝えるには、より複雑な「タンパク質」がふさわしいであろうという、科学者たちの勘であった。
ところが、“遺伝の伝達を担うのは「核酸(DNA)」である”という証拠を、1944年にアメリカ・ロックフェラー研究所のオズワルド・エイブリーの研究チームが発表した。それでも、この遺伝子核酸説は、すぐには受け入れられなかったが(そのせいでエイブリーはノーベル賞を受賞していない)、1953年にDNAの構造が二重らせんであることが発見されるとこの分野の研究は加速し、生物の遺伝伝達の仕組みが明らかになっていった。そして1960年代には、この遺伝情報を部分的にカットしたり、コピーしたり、加工したりする技術も発展したのである。(本来はこれをクローニングという)
こうした生物化学の発展の結果、1970年代に、「クローン」という言葉が一般の人々の中にも知られるようになっていった。一般の理解する「クローン」というのは、生物の一個体のまるまる全体のコピー体のことをイメージしている。
そして当然、「クローン」はSF小説の中に登場したのである。
上に紹介した萩尾望都の短編漫画は、1981年に少女漫画雑誌プチフラワーに掲載されたものだが、この作品の中では、近未来の生活の中に、このように人間のコピー体としての「クローン」が登場している。
また同じ1981年に、SF作家大原まり子はまだ新人作家だったが、その未来宇宙を舞台にした作品の中に人間の「クローン」を登場させた物語を書いている。シノハラという名の超能力者を登場させ、彼は自分のクローン体を多数つくって育て、シノハラ軍団、すなわち超能力者集団をつくるのである。
この1981年に、初めて哺乳類のクローン体(ヒツジ)がつくられたのであった。「ついに哺乳類のクローンが…!」というようなインパクトが日本にまで伝わって、その波が、萩尾望都や大原まり子に影響を及ぼしたのかもしれない。
アメリカでは、1973年から、遺伝子組み換え実験の進歩によるバイオハザード(生物災害)を懸念する声が出て、社会問題化してきていた。
そういうわけで、アメリカでのSF小説上での「クローン」の登場は、もちろん日本よりもずっと早かったのである。
たとえば、1977年発表のジョン・ヴァーリィの長編作『へびつかい座ホットライン』の中では、主人公をはじめとするメイン登場人物たちは、なんども死んで、そして新たなクローン体として復活し、その人物たちが活動する宇宙物語になっている。
この『へびつかい座ホットライン』の中でも、萩尾望都『A-A’』の中でも、同じように成人のクローン体の中に、オリジナルの人格が持っていた「記憶」をインプットさせるという技術が成立しているのだが、そのようなことが(仮に倫理的にも許されて研究が十分に進んだとして)、実現可能なのであろうか。
そもそも、人間の持つ「人格」とか、「記憶」を、記録することはできるのだろうか。ふつうなら、“できない”と思うところだが、しかし、人間の遺伝情報も解明されてみれば、完全にコピー可能な、すなわち数値化できるデジタル情報だったのである。(人間のヒトゲノム解読計画は2003年に完了している。) それなら、人間の「人格」および「記憶」も、同様にコピー可能なデジタル情報だったとしても、不思議ではない。
ただ、現在、人間の脳は、その記憶のしくみはまだほとんど解明できていないようだ。倫理的に、人間の脳を“実験研究”するわけにはいかないからである。
萩尾望都『A-A’』は、恋人(女性A)が事故で死んで、そのクローン体である女性(A’)が元の職場に復帰する話である。同じDNAを持ち、同じ記憶をもっていても、“別人”であると、クローン体本人も、元恋人だった男性もそれはわかっている。だから恋人同士の関係に戻るつもりはないが、それでもお互いが同じ職場で働く相手を強く意識する。さて、この二人、その後どうなるか―――というような話。
≪亜空間の入口≫
この図が、≪亜空間≫の出発点。 ≪最終決戦一番勝負≫も、この図から始まる。
我々終盤探検隊は、先手を持って闘うことに決まっており、ソフト「激指」も我々の戦力である。
この図から、我々と≪ぬし≫との間で≪はてしない戦争≫を繰りかえしてきたが、その結果、次の手順が「最善ルート」とわかってきた。
3四同玉、5二金、3一銀、5一歩、2二銀成、同玉、4二銀、3三銀打(次の図)
≪3三銀図≫
4五玉、4二銀、5四玉、5三銀、6五玉、6四銀打、7六玉、5八金
そうして、次の≪夏への扉図≫になる。
≪夏への扉図≫
ここから先手(終盤探検隊)は何を選択するか。今回のテーマはそれである。
【あ】5八同金 → 後手良し
【い】3三歩 → 4つの「先手勝ち筋」を発見!!
(黒雲作戦、香車ロケット2号作戦、赤鬼作戦、桃太郎作戦Ⅱ)
【う】7三歩成 → 後手良し
【え】9一竜 → 後手良し
【お】6五歩 → 「先手勝ち筋」あり!!(桃太郎作戦)
【か】8六玉 → 後手良し
我々は、研究探査を重ね、その結果、「5つの先手勝ち筋」を発見した。
その研究が正しいとは限らないのだが。だからこそ、その「5つ」の中からどれを選ぶか、それを慎重に計りたい。
ここで我々が選ぶ手は2つしかない。
【い】3三歩、または、【お】6五歩である。
≪6五歩桃太郎図≫
【お】6五歩。これが『桃太郎作戦』である。
また、【い】3三歩を選択し、以下、同銀、3四歩、同銀に、そこで(1)6五歩とするのが――
≪対3四銀型6五歩図≫
『桃太郎作戦Ⅱ』である。
我々の研究は、『桃太郎作戦』よりも『桃太郎作戦Ⅱ』のほうが、さらに先手が勝ちやすいと結論を出している。
≪3四同銀図≫
≪夏への扉図≫から、【い】3三歩、同銀、3四歩、同銀のところで、(1)6五歩以外の有望な選択肢があり、(2)9一竜と、(3)3三歩とがある。
(2)9一竜を選んで、以下5九金に、6六角、5五銀引、9三角成、9四歩と進んで、次の図。
≪9四歩図≫
ここで、先手にまた二つの有望な道筋がある。
まず一つは、〔a〕3三歩、3一歩に、4一飛と打っていく手段。これが、『黒雲(くろくも)作戦』である。
この作戦は、4一の飛車を打っていくことで、敵陣に“爆弾”を仕掛け、この飛車は敵に召し捕られてしまうことになるが、その間に先手玉を“入玉”させるという作戦である。敵をじわっと威圧するような飛車打ちで、これを「黒雲」と名付けた。
≪黒雲の図≫
これが『黒雲作戦』。
また、≪9四歩図≫から、〔b〕3三歩、3一歩を決めて、9六歩と指し、後手はそこで8四金とするが、以下、8六歩、5六と、3九香とする―――
≪3九香ロケット2号図≫
これが、『香車ロケット2号作戦』である。
もう一つ、『赤鬼(あかおに)作戦』がある。
≪3四同銀図≫まで戻って―――
≪3四同銀図≫
(3)3三歩と指し、後手3一歩に、そこで4一飛と飛車を打ち込む(次の図)
≪4一飛赤鬼図≫
このタイミングで3三歩、3一歩、4一飛と行くのが、『赤鬼作戦』。
この場合は『黒雲』の場合と違って、持駒に角が二枚あるぶん、攻めに破壊力があり、4一の飛車は暴れまわることになる。
だから後手は3三玉~4四玉と上へ逃げだすことになるのだが、その中段玉を先手がどうやって捕まえるかというのが、この作戦のテーマとなっていた。終盤探検隊はこれを捕まえる手段を発見したのだ。
以上が、「5つの先手勝ち筋」となる。
この5つを、発見した順に並べると、『黒雲作戦』、『香車ロケット2号作戦』、『赤鬼作戦』、『桃太郎作戦』、『桃太郎作戦Ⅱ』となる。
このうち、『香車ロケット2号作戦』については、一応先手良しと結論は出したが、細部まで研究が行き届いているかどうかということになると、おおいに不安がある。よって、『香車ロケット2号作戦』は、重大な本番の闘いで選ぶことはできそうにない。
だが、残りの4つの作戦については、かなり自信をもっている。
4つのうち、どれを選ぶか。
この4つなら、どれでも「勝てる」と思っているが、しかし、自信過剰は禁物だ。本番では、≪敵(ぬし)≫は我々の想像しなかった手を繰り出してくるかもしれない。とはいえ、「想像もできない手」を研究するのは無理なことだから、それはもう防ぎようがない。そうなったらそうなったで、頑張るしかないのだ。
ここはもう、“覚悟”を決めるしかない。こうなるともう、4つのうちどれを選ぶかは、理屈ではなく、感性の問題である。
『赤鬼作戦』で行こう。
我々はそう“覚悟”を決めたのであった。
≪4一飛赤鬼図≫(再掲)
『赤鬼作戦』をもう一度点検しておこう。
図の4一飛に、後手4二銀には、6一角と打って5二角成をねらえば、後手に受けがなくはっきり先手優勢。
よって4一飛に、後手は3三玉が最善の手と思われるが、以下3一飛成、4四玉に、6五歩(次の図)
≪赤鬼6五歩図≫
ここで6五歩で先手が勝てる―――というのが、我々の研究である。
以下、5九金、6四歩に、6六角と打つ。
赤鬼変化図01
先手の6六角に、“5五桂”なら、8三竜、5六と、8四角、7五金、同角、同歩、8五玉となるが、この変化は先手が勝てると我々は自信を持っている。
よって、後手は6六角に“5五金”と受けたのがこの図である。
これにはいったん8八角と引き、以下6六歩、8三竜、6四銀、8五玉と、やはり先手は“入玉”をねらう展開になる。
さらに想定手順を続けると、7一桂、7二竜、6三金、7一竜、8三歩、9一竜、7一角、4五玉、9三角成、7五銀、9四玉、8四銀、5一竜右(次の図)
赤鬼変化図02
このように進んで、先手優勢と結論したのがこれまでの我々の研究調査。
しかし、ここから“相入玉”で持将棋に持ち込まれてしまう危険性がないわけでもない。というのは、先手の2つの角――9三馬と8八角――が相手の手に渡ってしまう可能性がこの図にはあるからだ。
この流れ、先手が「優勢」なのは確かだと思われるので、これを「持将棋引き分け」ではもったいない。
もっとよい手はないものかと再度検討してみた。
「赤鬼変化図01」から「赤鬼変化図02」にいたる手順で、9一竜と指したところを、「7二角」としてどうか(次の図)
赤鬼変化図03
ここで、“6五金”(先手玉への詰めろ)には、6六角(次の図)とする。
赤鬼変化図04
以下、同金に、6三角成となって、先手勝勢。
赤鬼変化図05
「赤鬼変化図03」では、“8四歩”(図)という手が後手の有力手。
これを同玉は7三金で後手勝ちになる。よって、先手は9六玉と逃げる。
さあ、どうなるか。
以下、5四金上(7三金は3六桂以下後手玉詰み)、5一竜左、5三歩、9一竜、4五玉、9三竜、6七歩成、9五玉、7六桂(次の図)
赤鬼変化図06
やはり持将棋模様になってきた。後手は7六桂(図)で、大駒(角)を取りに来た。
5五角、同玉、8四玉、7五角、8三玉、9三角、同玉、4五銀、8二玉、8九飛、9四角成(次の図)
赤鬼変化図07
これはどうやら先手が勝てそうだ。
“相入玉”は避けられないが、先手は大駒(飛角)が3枚あるのが大きい。「持将棋ルール」の点数で、先手勝てる。大駒3枚(5点×3)と持駒の小駒(1点×9)で、合計24点をすでに先手は確保している。
この将棋の持将棋ルールは24点法ルールなので、後手の点数を24点未満に確定させれば先手が勝ちとなるが、それには先手は31点を確保する必要がある。つまりこの場合、先手はあと小駒を8枚確保する必要があるわけだが、おそらくそれはほぼ実現可能である。場合によっては1七桂から2五桂や、9六歩~9五歩というような小駒確保の手段もある。
(これを後手の立場に立って考えてみれば、入玉を果たしつつ相手に駒をなるべく取らせないで、先手の左右にある小駒をすべてひろっていくのは至難のわざだ)
「7二角」(赤鬼変化図03)の発見により、“相入玉”になっても、先手は確かに勝てるとわかった。
これで『赤鬼作戦』にあったわずかな不安要素も解消された。
≪最終決戦一番勝負≫への、最終準備は整った。
さあ、闘いだ。
≪4一飛赤鬼図≫(再掲)
『赤鬼作戦』で、勝つ !!!!
終盤探検隊part102へ続く