最終一番勝負95手目
[あの日はじまった物語]
あの日 ひとつの物語がはじまったのだ。
夏の陽(ほ)のさんさんとふりそそぐなか――
ぼくたちの漕(こ)ぐオールのリズムが
単調な鐘の音さながら時をきざみ――
その音がいまだに頭にこだましている
「わすれろ」と ねたみぶかい歳月はいうけれど
(『鏡の国のアリス』巻頭の詩から ルイス・キャロル著 矢川澄子訳 新潮文庫 )
<戦後研究:何が勝負を分けたのか(6)>
[調査研究:7六金図」
7六金図(一番勝負95手目)
〔い〕7五歩 → 先手良し
〔ろ〕7五香 = 実戦の指し手
〔は〕9五金
〔に〕9七歩成 → 先手良し
〔ほ〕6四銀
〔へ〕8六桂
〔と〕7七歩
〔ち〕4三馬
この「7六金図」を調査中である。
ここで後手に勝ちの可能性が残されていたか、それがテーマである。
変化9五金基本図
〔は〕9五金(図)は「8六」をねらう手。
以下7七銀、8四香、7五歩と受ける。
そこで8六金、同銀、同香、同金、同桂は、5八香で「やや先手良し」の形勢。5筋の香打ちが先手で入るというのがポイントの手となる。
ということで、7七銀、8四香、7五歩の後、後手は4三馬とする(次の図)
変化9五金図01
7四歩なら、7五歩がある。
先手は5四歩とそれを受ける。
5四同馬なら、そこで7四歩と桂を取り、7五歩に6五銀と馬に当てて受けて、以下7六歩、5四銀と進み、これははっきり先手良しになる。
なので、後手はここで8六金で勝負してくる(次の図)
変化9五金図02
「4三馬、5四歩」の交換は先手が得をしたようにみえるが、これで後で先手からの5八香が入らなくなっているということに意味があるのである。
とはいえ、単純に「8六」で全部清算するのはこれもはっきり先手良し。
だから8六金、同銀、同桂と取って、8六同金に、そのタイミングで5四馬とする。
以下7六金打、8六香、同玉(次の図)
変化9五金図03
ここで8一金とすれば先手の飛車が取られるが、5七香、7六馬、同玉、9一金、4二銀、3一銀、同銀成、同玉、8三飛成で、先手優勢。
8四銀とする手には、8三馬。以下9五銀打、同竜、同銀、同玉、7六馬、4二銀(次の図)
変化9五金図04
先手の8九の飛車が受けに働いているので、ここで4二銀(図)と攻めていける。
以下は、3一銀、同銀不成、同玉、8六金、4三馬、1一銀(次の図)
変化9五金図05
先手優勢。
次に3五桂、5四馬、5七香の攻めを狙って寄せていく。それを3四歩と防げば、5五桂、5四馬、2二金、4二玉、3二金、同玉、4三銀、同馬、同桂成、同玉、7六角で、“寄り” である。
変化6四銀基本図
〔ほ〕6四銀(図)には、5四歩が好手で、これで先手良しになる。
5四同馬に、4二金(次の図)
変化6四銀図01
ここで後手がどうするか。
「3一香」には、4三銀がある。以下同銀、4一竜で寄せることができる(4三銀に同馬も、同金、同馬、4一竜、3二銀、6一竜、5三銀、6五桂は先手勝勢)
他に「1四歩」または「2四歩」があるが、いずれも5五歩で先手良し。
「2四歩」、5五歩以下を示しておこう(次の図)
変化6四銀図02
5五歩(図)が好手。
5五同馬 なら6一竜として、3二金~5二馬を狙う。
5五同銀 は、6五銀と打てる。以下5三馬、3二金、同玉、8四馬、同歩、5四金で、わかりやすく後手玉を寄せることができる。
ということで後手は 5三馬 とするが、これも3二金、同玉、5四銀で先手が良い(次の図)
変化6四銀図03
後手は5四同馬、同歩、7五銀で勝負する。
対して7七銀と受けても先手良しではあるが、この展開は受けを一手誤ると逆転される。
ここは4三銀から勝ちにいく。
4三銀、同玉、4一竜、3四玉、6七角(次の図)
変化6四銀図04
6七角(図)が好手。正確に指せば、これで先手が勝てる。
後手としては駒を温存して3五玉と逃げたいが、それは、7五金、同銀に、2六銀、3六玉、3七銀以下、後手玉詰みとなる。
よって後手は4五銀と受けるが、7五金、同銀、8四馬、同歩と、駒を二枚補充して、4五角(次の図)
変化6四銀図05
正確には詰まないのだが、詰まない筋に入っても先手が勝てる。
4五同玉に、4六銀、同玉、4四竜。
そこで4五金(金以外の合い駒は4七銀以下詰み)なら詰まないが、4七銀、5七玉、6八金、6六玉、6七銀、6五玉、4五竜、6四玉、4五金(次の図)
変化6四銀図06
以下7三玉に7五金となって、先手勝ちとなる。
変化8六桂基本図
〔へ〕8六桂(図)には、あっさり同金と応じるのがよい。
8五香と打たれるが、7七玉とする(次の図)
変化8六桂図01
これで8六香なら、同飛として、先手優勢となる(働いている後手の馬と眠っていた先手の飛車との交換は先手歓迎)
しかしそこで7六歩という小技がある。同玉ならそこで8六香とするという意味で、それは先手不利となる。
よって7六歩は同金と取る。以下8九香成、同金。
その場面のソフトによる評価は評価値 +500 くらいで、先手良し。
そこで後手にいろいろな手が考えられるが、以下は変化の一例を示しておく。
7五歩、8六金、5九飛(代えて4七飛なら6八玉、4八飛成、5八歩で先手良し)、5一竜(次の図)
変化8六桂図02
7五歩に先手が8六金としたのは後手8五金という活用を阻止した意味がある。
5一竜(図)で寄せを狙う。
攻め駒不足の後手は2九飛成としたいのだが、そう指すと5八香が打てて先手の優位が拡大する。
よって、後手は1四歩とする。これも有効手だ。
先手は4三歩。同馬に、4二金と打ち、6五馬に、再度4三歩(次の図)
変化8六桂図03
次に3二金、1三玉、3五銀となると後手玉は “必至” となる。
6四馬と受けるなら、2六香と打って 次に3一銀、1三玉、3二金の寄せを狙えばよい。
受けがないので4三同銀、4一竜、2九飛成とするが、2五桂と縛り、2七竜、6七香、5五馬、6六銀(次の図)
変化8六桂図04
先手勝勢。2五竜なら、5五銀と角を取って、次に3一角が残って先手が勝ちというわけだ。
変化7七歩基本図
〔と〕7七歩(図)はハッとさせる手で、同銀なら7五歩で後手良しになる。
これには7七同金と応じる。
以下9五金、7五歩、8四香、7六金打(次の図)
変化7七歩図01
8六香、同金上、同桂、同金、同金、同玉、8四銀(次の図)
変化7七歩図02
ここは「7六金」または「8五金」が有力な受け手。
「7六金」以下を解説して行くこととする。
「7六金」に、〈A〉7四金、〈B〉9三銀、〈C〉9五金、が考えられる。
〈A〉7四金 には、8四馬と切って、同金(同歩なら9五玉と "入玉" をめざす)に、5八香(次の図)
変化7七歩図03
5八香(図)と打って、先手良しの形勢。3一馬には4三歩、同銀、3五桂と攻めて行けばよい。後手の「5三馬型」の陣には、いつでもこの5筋の香打ちが効果的な手となる。
6四馬には、6一竜、6三歩、4二歩(次の図)
変化7七歩図04
4二同馬なら5二香成(または5四桂)で寄せることができる。
先手優勢。
変化7七歩図05
〈B〉9三銀(図)は、同竜に、4九角と角を打って先手玉に迫る。
これには8五銀と受け、7四歩に、5七香(次の図)
変化7七歩図06
ここでもまた5筋に香を打つ手が出現した。
6四馬、5五銀、3一馬、8三竜、7五歩、6六金、7六歩、7五歩、3八角成、8四歩(次の図)
変化7七歩図07
先手優勢。以下2九角成には、4六桂と打って4四桂をねらう。
変化7七歩図08
〈C〉9五金(図)の変化。
後手は9五金、7七玉、8五金打と迫り、先手は6五銀と受ける(次の図)
変化7七歩図09
9三銀、同竜、4七角、5六香、4三馬、5四歩、6四歩(次の図)
変化7七歩図10
ここで、8五金、同金、同飛。ついに8九の飛車を活用することができた。
以下6五歩に、3五桂(次の図)
先手優勢。
というわけで、〔と〕7七歩 は 先手良し、と結論する。
変化4三馬基本図0
〔ち〕4三馬(図)
これまで見てきたように、後手は香車を使って攻めることになるが、しかし先手に香を渡すと、どの変化も5筋に香を打つ手が現れて、それが先手の有効手になった。
ということで、それならと〔ち〕4三馬とする手も考えられるところである。
この手には5四歩と打つ。同馬なら、4二金と打って先手優勢となる。
後手は、7五歩、同金に、1四歩(次の図)
変化4三馬図01
ここはすでに先手良しの形勢だが、いまの「7五歩、同金、1四歩」の手順は、先手の手の選択肢を広げて、先手に間違わさせようというような怪しい手順。
ここは色々な手があって、しっかり指せば先手が勝てる場面。候補手は「7六歩」、「7七銀打」、「3四歩」、「6一竜」などがあり、それ以外にも有力手がある。
この解説では、「6一竜」以下の進行を見ていくこととする。
以下8六桂、同玉、4二馬の進行が考えられる(次の図)
変化4三馬図02
先手は8五金打と受け、7四歩に、5三歩成、同馬、6四銀打と打つ。6一竜とまわった手を生かした受けだ(次の図)
変化4三馬図03
後手の馬を盤上から消してしまえば、いっきに後手玉は攻略しやすい薄い玉になる。それを見越しての積極的な受けだ。
これで先手の優位が拡大しているのは間違いないところだが、ここでの後手の手はまた選択肢が多いので、先手も読むのが大変だ。
以下は変化の一例を挙げておく。
6四同銀、同金、8五金、同玉、8四銀、同金、同歩、9四玉(次の図)
変化4三馬図04
先手優勢である。ソフトの評価値はすでに +2000 以上になっている。
この図からは、6四馬、同竜、8二角という進行が予想される。以下7三歩、9三金、9五玉(次の図)
変化4三馬図05
先手玉は押し戻されてしまったが、問題ない。8九飛が居るので先手玉は詰みを逃れており、一手の余裕ができれば4二銀と打っていける。
先手勝勢。
以上で、「7六金図」の調査は終了となる。
7六金図(一番勝負95手目)
〔い〕7五歩 → 先手良し
〔ろ〕7五香 = 実戦の指し手
〔は〕9五金 → 先手良し
〔に〕9七歩成 → 先手良し
〔ほ〕6四銀 → 先手良し
〔へ〕8六桂 → 先手良し
〔と〕7七歩 → 先手良し
〔ち〕4三馬 → 先手良し
結果はこの通り、すべて「先手良し」である。
7五香図(一番勝負96手目)
ただし、実戦の進行、〔ろ〕7五香(図)の図がほんとうに「先手良し」なのかどうかについては、もう少し調査する必要がある。
〔ろ〕7五香(図)に、▲5四歩 以下先手が勝利したのだったが、一つだけ確認すべき変化があるのだ。
5四歩図(一番勝負97手目)
【これが勝因か? その5】 5四歩
▲5四歩(図)と打って、以下△同馬に、▲6五金打と打ち、先手は勝利することができた。▲6五金打としたところ以降は、後手にチャンスはなかった。
“確認すべき変化” というのは、この▲5四歩 に、「6四馬の変化」である。
[調査研究:6四馬]
変化6四馬図00
▲5四歩に、「6四馬」(図)の変化を検討する。
結論から言えば、「5四歩、同馬」と進んだ本譜の場合と同じように、6五金打と金を打てば先手が勝てる。
変化6四馬図01
6五金打(図)と打ったところ。
ここで、[ア]7六香 と、[イ]6五同馬 が考えられる手([ウ]4二馬 は7五金寄で先手良し)
[ア]7六香、6四金、7八香成には、同金と取っておく(次の図)
変化6四馬図02
先手玉はうすくなったが、後手陣の「4二」のスキが先手の狙い所になる。
後手はここで6四銀としたいが、先手4二角が打てる。それは先手優勢がはっきりする。
7五銀と打つ手にも、4二角で先手良し。
そうかといって3一金のような受ける手では、7三金で後手に勝ち目がなくなる。
つまりこの図は先手良しである。
8五金と迫る手があるので、それを以下解説しておく(次の図)
変化6四馬図03
8五金(図)を同歩と取ると、8六金、8八玉、7七歩、同金、7六歩で先手危険なところがある(厳密には先手良し)
8五金に4二角は、後手玉への詰めろではないので、7六金打、8八玉、8六桂で、先手負け。
8五金には7七金と受けるのがしっかりした応接。
9七歩成、同香、7六歩が予想される攻め。以下、8五歩、7七歩成、同玉、6四銀、4二角(次の図)
変化6四馬図04
やはりここでも4二角(図)と打って先手優勢である。
7六歩には6七玉とかわしておく。後手の持駒に金銀が四枚あるので先手玉が危険に見えるが、9三の馬が6六に利いているので、先手玉は全然詰まない。
変化6四馬図05
[イ]6五同馬(図)の変化。
この変化は、実戦の▲5四歩、同馬、6五金打、同馬以下の変化と大変に似ている(第94譜 で解説)
違いは「5四歩」が盤上にあること。
6五同金、7六金、8八玉、7七歩、7五金(次の図)
変化6四馬図06
7八歩成、同金と進むが、そこで7五金引では後手に勝ち目がなさそう。
7五金上でどうか、を調べる。同馬、同金に、4二角(次の図)
変化6四馬図07
さらに、6六角、7七歩、1四歩と進む。やはりこう進んで「先手良し」である。
この図は本譜(5四歩に同馬、6五金打の進行)で解説した順(第94譜)とほぼ同じだが、その解説の場合には、ここで6八香と打ったが、ここでも6八香でも先手良しではあるが、5七角成で勝ち味が遅い。この場合は「5四歩」が盤上に残っているため5八歩が打てないのがつまらないのだ。
よってここは6七金打(図)とする。これなら後手5七角成と成れない(次の図)
変化6四馬図08
6七金打(図)に対し、考えられる後手の手は、4八角成 か 3九角成、あるいは角取りを放置して 2四歩 だろうか。
しかし 2四歩 は、6六金、同金、3一角打、2三玉、3七香で、先手良し。
4八角成 なら5七銀。3九角成 には、6八歩(飛車の横利きを通す)、4八馬、5七銀。どちらを選んでくるか。
あえて 3九角成 として、6八歩、4八馬、5七銀と進めるほうが良いと後手は判断するかもしれない。先手に6八歩を突かせた方が後で後手6六歩が効果的な攻めになるという意味だ(次の図)
変化6四馬図09
そうするとこの図になる。ここから4七馬、7五角成と進んで、先手は金をタダ取りできた。
以下6四銀打、7六馬、6五銀に、4八香(次の図)
変化6四馬図10
6五銀に8七馬では、6六歩と打たれる。それで先手は、このタイミングで4八香(図)と打つ。3八馬なら、8七馬として、6六歩には7六金で問題ない。
ここで7六銀でどうなるか。4七香、6七銀成、4二金(次の図)
変化6四馬図11
4二金(図)とここに先着できるのが大きい。これで先手良し。後手は受けが難しい。
以下7八成銀、同玉、3一金には、同金、同玉、1一銀(次の図)
変化6四馬図12
先手勝勢である。
「6四馬」の変化は 6五金打 で先手良し。
5四歩図(一番勝負97手目)
ということで97手目▲5四歩のこの場面では、“後手に勝ちはなかった” ということになる。
つまり、今回の譜のはじめの研究図「7六金図」(95手目)では「先手良し」が確定しているということである。
ということは―――
5三同馬図(一番勝負94手目)
後手の最終的は「敗着」は、▲5三香成(93手目)を、△5三同馬と取ったところ、だと確定した。
【後手の失敗 その5】 5三同歩を逃したこと
これで、今回の最終一番勝負の「戦後研究:何が勝負を分けたのか」の調査はすべて終了した。
ある程度詳しく調べる必要があったので、長々とかかってしまい、そのせいでポイントがまたわかりづらくなっているかとも思う。
であるから、次回は「戦後研究:何が勝負を分けたのか(1)~(6)」の要点をすっきりまとめて、それで「亜空間戦争最終一番勝負」の最終譜としたい。
第110譜につづく