幸せになろうね 改め しあわせだね

日々の生活の中のほんの小さな出来事をどう捉えるかで
私達はすぐにも幸せになれるのです。

秋に母を思う

2014年11月09日 15時50分24秒 | ひとりごと
 もみぢ散る母はいつまで
          だから中今(なかいま)




 中今(なかいま)とは
 禅の用語で
 「今、この瞬間に意識を集中して生きる」
 ・・・みたいなこと。




 この頃つくづく思う。

 干し柿みたいに
 母はひからびて小さくなっていく
 でも、ちゃんと
 自分自身のうまみを凝縮している


 いやなことはいや
 今やってほしいことは今



 ・・・・・周りはある意味振り回されて
 ちょっと大変かもしれないけれど
 いつまでも
 周りのことを考えて
 気づかいしたり
 我慢したりしているよりも
 ずっとずっといいかもしれない、と。





 いつのまにか
 秋は深まり
 いろいろな木々が色なしていく


 そして 
 気づけば
 足元に・・・・・



 母との明日がなくなるのはいつなのか
 でも、
 それは遠からず必ずやってくる


 だから
 だから今
 この瞬間
 母といることそのものに
 ありったけの意識を集中しておこう。



 干し柿や
  母は小さく熟してく

幸せの祝文(じゅもん)

2014年11月09日 15時28分33秒 | 波動
 “運がいいの
 私ってすごく運がいいの

 ほんとうに
 運がいいのよね”



                     ・・・幸せの祝文、毎日三回以上唱えてください
                        特に、お布団に入ってから
                        眠りに落ちる前は効果的です

                        本当にそう思っているかどうかは関係ありません
                        祝文(じゅもん)なのですから
                        とにかくたくさん唱えたもの勝ちですよ 

 




  “誰しもが
  この人生をしあわせにラッキーに生きたいと願うでしょう


  だのに
  実際には
  ほんとうにラッキーな人と
  そうでない人に分かれます 
 
  それは
  ほんの小さな習慣が分かれ道になっていたりするのです
  特に言葉の習慣
  考え方の習慣


  例えば
  ほんとうに
  いきいきと幸せな人たちは
  いつも
  すぐにこんなふうにを言う習慣を持っています




  「ああ、幸せ!!
  
   私って
   ほんとうに運がいいのよね」”




                            拙著 「幸せの祝い文(じゅもん)」より