幸せになろうね 改め しあわせだね

日々の生活の中のほんの小さな出来事をどう捉えるかで
私達はすぐにも幸せになれるのです。

天の数歌

2009年08月02日 01時19分16秒 | ひとりごと
 最近、どうも、神社にご縁がある。
今日も期せずして穂高神社にお参りさせて頂く事となってしまった。

 夜、八時過ぎ、誰もいないはずの境内は、子ども会(?)の肝試しでにぎわっていた。怖がりやの私としてはほっとする。

 本殿中央でお参りを済ませると・・・
まただ!!!先日の京都八坂神社と同じ。隣に祝詞をあげだす人が来た。八坂神社でも、本殿ではない小さな拝殿を通り過ぎようとしたら、急に祝詞があがり始め、私は拝まずにはいられない気持ちになって、その人の後ろで拝んでしまったのだ。
そこは、天照大御神とスサノオノミコトが祀られており、参拝しながら、なぜか私は涙をぼろぼろこぼし、ごめんなさい、お許しください、心清く生きてまいります・・・と拝んでいたのである。
「えっ?!またぁ~?!」と、娘と顔を見合わせながらも、私は反射的に再び手を合わせずに入られなかった。その人の後ろで手を合わせながら祝詞に耳を傾けた。
なんと「天の数歌」、一二三祝詞を唱えているではないか。本では読んだものの、実際に唱えているのを聞くのは初めてだ。神社で御祓いなどをして頂いても、たいていは”高天原に神留座す・・・」で始まる大祓詞(おおはらいことば)なのに、その人は、一二三祝詞を唱えている。

 「なにそれ?」と思っていらっしゃる方の為に、一二三祝詞はちと長いので今日は天の数歌をご紹介いたしましょう。

 ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここの、たり、もも、ち、よろづ
・・・そう、ご存知でしょう?あの、数え歌なのだ。あれは単なる数かぞえではなかったのだ。れっきとした祝詞の一部なのですぞ!!
 いち(1)からよろず(13)までの数を昔風に数える事により、祝詞をあげた事になるのだそうだ。その事を深田剛史の「臨界点」で知ったものの実際に聞いた事はなかった。それが、今日、こんな時間に参拝した事によって聞かせていただくことができたのである。これも、神計らいかと、またまた感謝である。

 これをお読みの皆様、これから神社に参拝なさる時は、是非この「天の数歌」を声に出してお唱えくださいませ。できれば、三回唱えるとよいらしい。宗教の異なる人類を一つに束ねて、大宇宙の根源に帰還させ、人々を幸福にして下さるんだそうですよ。・・だから、もちろん、貴方も幸せになるということです。

 私は、天の数え歌のみならず、一二三祝詞も覚えなければ・・・と強く思い始めている。