ひとこと・ふたこと・時どき多言(たこと)

〈ゴマメのばーば〉の、日々訪れる想い・あれこれ

PS

2013-09-15 14:48:45 | 日記


≪昔々あるところに、おじいさんと、おばあさんが住んでいて、おじいさんは山に柴刈りに、おばさんは川へ洗たくに行きました、おばあさんが洗たくをしていると、川上から、モモがドンブラコ、ドンブラコと、流れてきたので、一つ拾って家に帰りました。家に帰って、モモを切ろうとすると、モモの中から男の子が生まれました。おじいさんと、おばあさんは、生まれた赤ん坊に、桃太郎という名前をつけました。大きくなった桃太郎は、キビ団子を持って、鬼が島へ鬼退治に。お供は、犬、猿、雉……≫
ここまでは、ご存じ『ももたろう』のお話です。
さて、その続きは、と電車の中でトロトロしながら、あれやこれやと、遊び半分に考えました。
続きは、
≪ 桃太郎は、犬・猿・雉、のお供を連れて鬼が島にやってきました。
鬼たちの戦力は、たいそうなもので、桃太郎たちに立ち向かってきました。
猿は、すぐに降参して、鬼の側についてしまい、桃太郎に、かかってきました。
犬は、戦況を見きわめてから、一目散に門の外へ逃げ去ってしまいました。
雉は、空を、ゆっくり飛んでいましたが、鬼たちが、勝どきと共に引き上げてしまうと、倒れた桃太郎の腰に、まだ残っていたキビ団子を口にくわえ、悠々と山に帰ってしまいました。
その後、犬は、『鬼が島戦記』を書いて、犬版芥川賞をとり、マスコミに、もてはやされましたが、二作目が書けず、ワン出版社の編集者からも見放され、もとのノラ犬となりました。
雉は、キビ団子を食べ過ぎて喉をつまらせ、あの世へ行きました。
鬼ヶ島に残った猿が、その後どうなったのかは、だれにもわかりません。
おばあさんと、おじいさんは、前のように、柴刈りと洗たくに精をだしましたが、流れて来るモモだけは、けして拾いませんでした。≫

こんな筋書きでは、「うっ、性格わりぃ」とか、「バカじゃないの」などとの雑言が聞えてきそうです。
確かに、少し気分がうつむいているのかもしれません。
私が、もし、桃太郎の「おばあさん」だったら、またモモを拾うかもしれません。
悲しい目、痛い目、悔しい目にあっても、『喉元過ぎれば…』の譬え、見た目が良く、うまそうな事がらには、手を出してしまうものでしょうから。

PS① 私が子どもだった時、太平洋戦争の頃です。
私たちは、アメリカや、イギリスを『鬼畜米英』と呼ばされていました。その敵に果敢に立ち向かう『桃太郎』は、お前たち『小国民』であると、教えこまれていました。
そんな訳で、「強い日本」「一丸となって」という文言は、心のどこかに不安を覚えてしまうのです。
PS② 今日も、福島原発、観測用井戸からは、トリチウムを、1リットル当たり、15万ベクレル検出したとの発表がありました。

                                            〈ゴマメのばーば〉

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三日目…クリアしました

2013-09-14 09:47:14 | 日記
「…ったく、いつも三日坊主なんだから」。
幼い頃、親からよく小言をいわれました。
ブログ三日目、「三日坊主」との汚名返上…と思いきや。
「三日坊主」とは、三日しか続けられないという「厭きっぽい性質」の意味。三日目をクリアしたことで、汚名返上ができたことにはならないという、当たり前のことに気づいて、ガックン。

汚名の「汚」から連想してしまった原発事故汚染水に関することがらを少々。
安倍首相が、IOC総会で「状況はコントロールされている」と断言した時には、ただただ唖然としました。
そして、東電の山下和彦フェローは、汚染水問題対策本部の会議で、「今の状態は、コントロール出来ていないと我々は考えている」と、述べたのです。
首相は、日本の安全性を強調したかったのでしょうが、こうした異なった発言は、政治の世界はともかく、常識的には通らないのではないでしょうか。

しかし、『発言』は世界的な公約ですから、様々な施策を講じて下さることを強く願っております。
施策アピールだけの「三日坊主」にだけはしないで下さい。

重松清さんの近著『きみの町で』から少々の引用を。
《……雁は木の枝をくわえて海を渡ってくるという言い伝えが、青森県の津軽地方にある。渡りの途中で休むときには、海に浮かべたその枝にとまるのだ。……略……雁が帰ってしまったあとも、海岸に残された枝がある。冬の間に死んでしまった雁がくわえていた枝なのだ。津軽のひとたちは、その枝を集めて風呂を焚き、死んだ雁を供養したのだという。》
被災地で瓦礫の処理に当たっているダンプの運転手は、バイトにきて共に働いている青年に、そう語りかけるのです。
《俺たちが毎日毎日運んでる瓦礫は、死んだ雁の木の枝と似てるんじゃないかって、ときどき思うんだよなあ》
《瓦礫ってのは、大きく見れば、あれ、ぜんぶ遺品なんだよな……》
ダンプ運転手の鈴木さんは、目を空に向けたまま、つぶやくように、言ったのです。
死んだ雁の供養のために、雁の落としていった木で風呂を焚き『雁風呂』というそうです。

二日前、私は被災地の海に行ってきました。
子どもの手袋の片方が、波打ち際の岩かげに残されていました。
小さな瓦礫の一つです。海風の冷たい日、子どもの手を温かく包んでくれたことでしょう。
そっと、手を合わせました。
九月の海辺。
白い貝がらを一つ持って帰りました。
                                     〈ゴマメのばーば〉

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三日坊主と…

2013-09-13 11:48:17 | 日記
三日坊主と言われぬように、今日の、「ひと言」です。

「ブログ開設、設定、してやるよ」と、言ってくれた方がいたのですが、初心者用のマニュアル本に、付箋やらアンダーラインをひきながら、やっとでき上がりました。
二日目です。

ここ、私のふるさと福島県。
原発事故があって、避難者の方々だけにとどまらず、一見、普段の生活が営まれているようでも、そこかしこに、不安の影や怒りがまとわりついている、ふるさと福島県なのです。

原発事故が起こる前までは、「原発立地市町村は事故があったら厳しいことになるのだろう」程度の認識しか持っていない私でした。
まさか、60キロも離れている我が町にまで放射線の被害が及ぶなどとは、考えてもいなかったのです。

あれから、2年半、〈ゴマメのばーば〉は、決心しました。
子や孫たちに、ふるさとを取り戻してやらなくては、「トイレの無いマンション」といわれる原発は、いらないと言い続け、いつまで余命があるかは判らなくとも、学び続け、カウントなど出来ない程度の、ゴマメ一尾の力ですらなくとも、発信し、言い続けて行くことを。

そして、幼い頃に遭遇した戦争という、過酷で悲惨な歴史を繰り返さないために、「憲法九条を守って行こう」と、言い続けたいと願っているのです。

もうすぐ、秋の彼岸。
見えないセシウムに被われた里山にも、ススキが秋を告げています。

「過ぎゆく歳月」が、悲しみのトゲを携えて来ることもなくなった故人の遺族にも、震災や原発事故に遭遇して、悲しみ、懐かしさ、後悔などの傷口から、いまだ、血が流れ続けている遺族の方々にも、安らぎが訪れますように。合掌。

         【露の世は 露の世ながら さりながら】(一茶)
                        
                                   〈ゴマメのばーば〉

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はじめまして どうぞよろしく。

2013-09-12 22:23:51 | 日記
はじめまして。
この度、ブログを始めました。

ブログ『高齢社会を生きるための「知恵と経験、そして言葉を」』に投稿して
おりました〈実(げ)に腹ふくるる心地の〉ばーば〉改め、〈ゴマメのばーば〉
で出発いたします。

どうぞよろしく。


腹ふくるる思い…や、ちょっと聞いてほしいことなど、〈ひとこと ふたこと
ときどき多言(たこと)〉ということで。

大雨が降ったり、竜巻が起きたり、そんな天候でしたが、ここにきて秋にな
りました。

よろしくおつきあい下さい。
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