ひとこと・ふたこと・時どき多言(たこと)

〈ゴマメのばーば〉の、日々訪れる想い・あれこれ

(お前が お上から戴く 俸給は、民の汗と脂の結晶である)と。

2016-11-02 06:27:04 | 日記
福島県郡山市歴史資料館で開かれている企画展、
『民衆の叫び ~江戸時代の史料を読む~』
を見てきました。

天明の凶作と飢饉。
天明3~6年(1783~1786)まで東日本を襲った大冷害。
福島県内の藩でも各地に一揆が起こっています。
身近に存在する地名だけに、「村廻状の傘連ぱん」などを、
文書を書いた筆先まで想像して見てきました。
詳細は ここに記しませんが、一揆の指導者には、獄門・死罪の判決が言い渡されています。

天明の飢饉に先立つ享保期、二本松藩では、
幕府にならって藩政改革に取り組みました。
寛延2年(1749年)、藩士の戒めとするため、5代藩主・丹羽高寛公は、
藩儒学者である岩井田昨非の進言を受けて、通用門前の自然石に銘文を刻ませています。

      

       爾の俸 爾の禄は、
       民の膏 民の脂なり
       下民は 虐げ易きも
       上天は 欺き難し
       (お前が お上から戴く 俸給は、民の汗と脂の結晶である。
        下々の民は 虐げ易いけれども、神を あざむくことは できない)
                         ※二本松市ウエブサイトから
と、彼らを虐げることを戒めています。
この碑は、現在 霞ヶ城公園の東入り口に置かれています。


政務活動費の不正受給などが、取り沙汰されていますが、
この『戒石銘(かいせきめい)』を、肝に銘じてほしいものです。

天明の飢饉だけに留まらず、
私たち人間社会は、たび重なる飢饉の辛酸に遭遇してきました。
そして、次のような言葉も、言い継がれて来ています。
『七たびの飢饉に遭うとも、ひとたびの戦に遭うなかれ』
と。
戦争こそ、苦しみの最たるものであることを、
私たちは、先人の知恵として受け継いでいかねばならないと思います。

あまり広くはない展示室に ただ一人、ゆっくり眺めてきました。
死をかけて〈もの言い〉した人たちに、想いを はせながら。
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8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ゴマメのばーば様 (コスモス)
2016-11-02 07:14:09
お早うございます。
今朝は素晴らしいお言葉を、襟を正して拝見しました。
二本松藩の5代藩主・丹羽高寛公のことを初めて伺いました。昔、内村鑑三の 「上杉鷹山公」 のお話を読み感銘しておりましたが、福島にもご立派な名君が居られたのですね。いずれも困窮の藩を立て直されました。今の日本に最も欲しい指導者と思います。
碑石の文字は、王羲之の書のように美しいです。
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小学校の遠足で^ (雀(から))
2016-11-02 07:40:49
二本松に行きました😊初めてのバス遠足でした。深い意味は解らないながら、戒石銘の事は印象深く残っています(*´-`)
四年生…生涯の親友にも、恩師にも、出会えた年でした(´∇`)
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Unknown (A.S(たわごと的オピニオンの))
2016-11-02 09:28:41
『七たびの飢饉に遭うとも、ひとたびの戦に遭うなかれ』と引き継がれてきた言葉に歴史からの教えが込められていると感じます。
それなのに歴史から学ばない者たちが憲法9条を蔑ろにしようと企ています。この言葉を薬として「注射」してやりたい思いが湧いてきます。
本日曇で寒い。昼間の温度も上がらないようで、体調に留意です。
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ありがとうございました。 (ゴマメのばーば)
2016-11-02 15:26:15
 (コスモス)さま。
こんにちは。
コメントありがとうございました。
私も、丹羽高寛公の「戒石銘」、初めて知りました。
ただ、改革は、あくまで藩財政の再建が主目的であったため、大飢饉等の百姓一揆などは、避けられなかったようです。
でも、いつの時代にも、「志」の高い方は、いらっしゃったのでしょう。
暗い時代であっても。
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こんにちは。 (ゴマメのばーば)
2016-11-02 15:31:08
 (雀(から))さま。
二本松の お城跡には何回か訪れていたのですが、この「碑」には、気づきませんでした。
企画展の史料と、二本松市のウエブサイトで、見ただけですので、近々中には出かけてみるつもりです。
青空が、広がっています。
でも、さむーい。
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Unknown (ゴマメのばーば)
2016-11-02 15:42:50
(A.S(たわごと的オピニオンの))さま。
こんにちは。
以前、『七たびの飢饉に遭うとも、』というタイトルで、語りの会を持ちました。
土まで食った、などとの飢饉による凄惨な記録や、言い伝えが残されていますが、けた外れに残酷なのは「いくさ」によるものだったようです。
人間性まで破壊しつくしますから。
青空が、広がっています。
大空に、人間社会の記憶装置機が備えられていたら、映画のように、フイルムをまわして観たいものか、抹消してしまいたいものか、などと考えたのは、映画「怒り」を観て来たせいでしょう、きっと。

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ば~ばさん、こんにちは。 (takaちゃん)
2016-11-02 16:03:55
藩主の心は、常に民の方に向いていて、部下達
よ、決して驕り民を虐げることなかれ。 神をあざ
むくことはできない。
心せよ。との戒め、
国の内外を問わず、名君と呼ばれる人は、民の
心を大切にしながら、祭りごとに当たってきた例が
見られますね。
ほんとうです。
国民をないがしろにし、利己や恣意に走る政治家
や指導者は、深く心して欲しいものです。
福島・二本松藩主・丹羽公のこと初めて知りました。
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いつの時代でも。 (ゴマメのばーば)
2016-11-02 21:47:29
 (takaちゃん)さま。
こんばんは。
いつの時代でも、立場の違いはあっても、「志」を持って、心を高く掲げた人物は、いたのでしょう。
そう思いますと、少なからずほっとします。
寒くなります。
御身大切に お過ごしくださいませ。
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