福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

佛説彌勒下生成佛經(全巻書き下し)

2024-05-29 | 諸経

弥勒下生信仰は、弥勒下生に合わせて現世を変革しなければならないという終末論、救世主待望論的な要素がある。そのため、弥勒の世を求めて北魏の大乗の乱や、北宋・南宋・元・明・清の白蓮教の乱がおこっている。

日本でも戦国時代に、弥勒仏がこの世に出現するという信仰が流行し、「弥勒仏の世」の現出が期待された。弥勒を穀霊とし、弥勒の世を稲の豊熟した平和な世界であるとする農耕民族的観念もある。この観念を軸とし、東方海上から弥勒船の到来するという信仰が、弥勒踊りなどの形で太平洋沿岸部に展開した(柳田国男)。江戸期には富士信仰とも融合し、元禄年間に富士講の行者、食行身禄が人々を引き付け身禄は富士山で入定している。また百姓一揆、特に世直し一揆の中に、弥勒思想の強い影響があることが指摘されている。



弥勒下生経では、「閻浮提が平穏になり人寿が八万四千歳になったころ超巨大な城郭「翅頭城」が存在し、そこは衣食足り平和な理想郷である。そこに弥勒は下生し、出家して即座に菩提樹下で悟りを得る。そして初会で九十六億人が阿羅漢果を得、第二会で九十四億人、第三会で九十二億人が阿羅漢果を得る(竜華三会)。弥勒は世にとどまる事六万歳、弥勒滅度ののちも法は六万年續く。精進すればこの弥勒菩薩の身を見ることができる。」と説く。



佛説彌勒下生成佛經 後秦龜茲國三藏鳩摩羅什譯 
大智舍利弗は能く佛に随って轉法輪し佛法の大將なり。衆生を憐愍するが故に佛に白して言さく、「世尊、前後の經中に説きたまふ如く彌勒は當に下って佛となるべし。願はくは廣く彌勒の功徳神力・國土莊嚴の事を聞かんと欲す。衆生は何の處、何の戒、何の慧を以てか彌勒を見ることを得んや」
爾時、佛、舍利弗に告げたまはく、「我今廣く汝が為に説かん。當に一心に聽くべし。舍利弗。四大海の水は漸を以て減少すること三千由旬なり。是
時、閻浮提の地は長さ十千由旬・廣さ八千由旬・平坦にして鏡の如く名華・軟草・遍く其地を覆ひ、種種の樹木・華果は茂盛し、其樹は悉く皆な高さ三十里なり。城邑次ぎ比び、鷄飛びて相及ぶ。人壽八萬四千歳。智慧・威徳・色力具足して安隱快樂なり。唯だ三病あり。一は便利。二は飮食。三は衰老。女人の年は五百歳、爾して乃ち嫁を行ず。是時、一大城あり、名を翅頭末といふ。長さ十二由旬、廣さ七由旬なり。端嚴殊妙にして莊嚴清淨。福徳の人、その中に充滿せり。福徳の人なるを以ての故に豐樂安隱。其城は七寶、上に樓閣あり。戸牖軒窓は皆な是れ衆寶。眞珠の羅網はその上を彌覆せり。街巷道陌は廣さ十二里なり。掃灑清淨なり。大力龍王あり、名を多羅尸棄という。其池は城に近く、龍王宮殿は此池中にあり。常に夜半において微細雨を降らして用って塵土を淹す。其地は潤澤にして譬へば油塗の如し。行人來往するも塵坌あることなし。時世人民の福徳の致すところなり。巷陌處處に明珠柱あり。皆高さ十里。其光明曜すること晝夜無異なり。燈燭の明も復た用をなさず。城邑舍宅及諸里巷には細微土塊すらあることなし。純ら金沙を以て覆地し、處處に皆な金銀之聚あり。大夜叉神あり、名を跋陀波羅塞迦(ばつばらせんさか・秦にいわく善教)と名づく、常に此の城を護り、掃除清浄す、もし便利不 浄有らば、地裂け之を受け受け已って還合す。人命將に終らんとするとき自然に塚間に行詣して死す。時世安樂にして怨賊劫竊の患あることなし。城邑聚落、閉門する者なし。亦た衰惱・水火・刀兵及び諸饑饉毒害の難なし。人は常に慈心にして恭敬和順。諸根を調伏して語言謙遜なり。
舍利弗よ、我今汝の為に粗略ぼ彼國界城邑富樂之事を説く。其諸園林池泉の中には自然にして八功徳水あり。青紅赤白雜色蓮花遍く其上を覆う。其池の四邊に四寶階道あり。衆鳥和集す。鵝・鴨・鴛鴦・孔雀・翡翠・鸚鵡・舍利・鳩那羅・耆婆耆婆等の諸妙音鳥常に其中にあり。復た異類妙音の鳥もありて不可稱數。果樹香樹國内に充滿す。爾時、閻浮提中には常に好香あり。譬へば香山の如し。流水は美好にして味は甘く患を除く。雨澤は隨時に、穀稼滋茂なり。草穢を生ぜず。一種にて七たび穫れる。功を用ゆること甚だ少く、收むる所は甚だ多し。之を食すれば香美にして氣力充實す。
其國爾時に轉輪王あり名けて蠰佉(じょうきょ・印度古代神話の王)といふ。四種の兵あり。威武を以てせずして四天下を治む。其王に千の子あり。勇健多力能く怨敵を破る。王に七寶あり、金輪寳・象寶・馬寶・珠寶・女寶・主藏寶・主兵寶なり。又た其國土に七寶臺あり。擧高千丈・千頭・千輪にして廣さは六十丈。又四大藏あり。一一の大藏には各の四億の小藏が圍繞す。伊勒鉢(いらぱつ)大藏は乾陀羅國にあり。般軸迦(はじか)大藏は彌緹羅國(みでいらこく)にあり。賓伽羅(ひんがら)大藏は須羅吒國(しゅらたこく)にあり。蠰佉(じょうきょ)大藏は波羅捺國にあり。此四大藏は縱廣千由旬。中に珍寶を満たし各四億の小藏を之に附す。四大龍王ありて各自守護す。此四大藏び諸小藏は自然に踊出して形は蓮華の如し。無央數の人は皆な共に往いて觀る。是時、衆寶は守護る者なきも衆人之を見て心に貪著せず。之を地に棄て猶ほ瓦石草木土塊の如し。時に人、見る者は皆な厭心を生じて是の念を作す。「往昔、衆生は此寶の為の故に共に相ひ殘害す。更に相偸劫し欺誑し妄語して生死の罪縁を展轉増長せしむ。」と。
翅頭末城の衆寶の羅網は其の上に彌覆す。寶鈴莊嚴は微風に吹動し其の聲は和雅にして鐘罄を扣くがごとし。
其城中大婆羅門主あり、名けて妙梵という。婆羅門女、名けて梵摩波提という。彌勒はこれに生を託して以って父母となす。身紫金色にして三十二相。衆生これを視て厭足あることなし。身力は無量不可思議。光明照曜して障礙なし。日月火珠は都て復た現れず。身長千尺・胸廣三十丈・面長十二丈四尺・身體具足して端正無比なり。相好を成就せること鑄金像の如し。肉眼清淨、十由旬を見る。常光四照して面百由旬なり。日月火珠光も復た現れず。但だ佛光ありて微妙第一なり。彌勒菩薩は世の五欲は患いを致すこと甚だ多く、衆生沈沒して大生死にありて甚だ憐愍すべきを観じ、自ら如是の正念觀を以ての故に、在家を楽しまず。時に蠰佉王は諸大臣と共に此寶臺を持して彌勒に奉上す。彌勒は受け已って諸婆羅門に施す。婆羅門受け已って即便ち毀壞して各共に之を分つ。彌勒菩薩は此の妙臺、須臾にして無常なるを見、一切法も皆な亦た磨滅するを知りて、無常想を修し、出家學道し、龍華菩提樹下に座す。樹莖枝葉高さ五十里なり。即ち出家の日を以て阿耨多羅三藐三菩提を得る。爾時、諸天龍神王は其の身を現ぜずして而も華香を雨ふらして仏を供養す。三千大千世界皆大震動す。佛身より光を出して無量國を照らし、應に度すべきものは皆な佛を見奉るを得たり。
爾時、人民は各の是念を作す。「復た千萬億歳に五欲の樂を受くるとも、三悪道の苦を免るるを得ることあたわず。妻子財産も救う能わず。世間無常、命は久しく保ちがたし。我等今宜しく佛法において梵行を修行すべし」と。是の念をなし已って出家學道す。時に蠰佉王も亦た八萬四千の大臣と共に、恭敬圍繞し出家學道す。復た八萬四千の諸婆羅門あり。聰明大智なり。佛法中において亦た共に出家す。復た長者あり、名けて須達那、今の須達長者は是なり。是人亦た八萬四千人と倶共に出家す。復た梨師達多・富蘭那の兄弟あり。亦た八萬四千人とともに出家す。復た二大臣あり。一名を栴檀、二名を須曼という。王の愛重するところなり。亦た八萬四千人と倶に佛法中に出家す。蠰佉王の寶女は名を舍彌婆帝(しゃみばてい)といふ。今の毘舍佉(びしゃきゃ)是也。亦た八萬四千の婇女と倶共に出家す。蠰佉王の太子は名けて天色という。今の提婆娑那(ていばしゃ)是なり。亦た八萬四千人と倶共に出家す。彌勒佛の親族婆羅門の子、名けて須摩提(しゅまでい)といふ。利根智慧なり。今の欝多羅(うったら)是なり。亦た八萬四千人と倶に佛法中に出
家す。如是等の無量千萬億衆は世の苦惱を見て、皆な彌勒佛法中において出家す。
爾時、彌勒佛は諸大衆を見て是の念を作して言はく「今諸人等、生天の樂を以ての故ならず、また今世の樂の為の故ならず。我所に來至すは、但だ涅槃常樂の因縁の為なり。是等の諸人は皆な、佛法中において諸善根を種へ、釋迦牟尼佛遣し來って我に付したまふ。是故に今皆我所に至るなり。我今之を受く。是諸人等は或は讀誦を以て修妬路(しゅうとら)・毘尼(びに)・阿毘曇藏を分別決定し、諸功徳を修して我が所に來至せり。或は衣食を以て人に施
し、持戒智慧、此功徳を修めて我所に來至せり。或は幡蓋華香を以て仏を供養し、此の功徳を修めて我が所に來至せり。或は布施持齋を以て慈心修習し、此の功徳を行じて我所に来至せり。或は苦惱の衆生の為に其をして樂を得るさしめ、此の功徳を修めて我所に來至せり。或は持戒忍辱を以て清淨の慈を修し、此の功徳を以て我所に來至せり。或は施僧常食齋講の設會を以て飯食供養し、此の功徳を修して我所に來至せり。或は持戒多聞を以て禪定・無漏の智慧を修し、此功徳を以て我所に來至せり。或は起塔・供養舍利し、此功徳をもって我所に來至せり。善哉釋迦牟尼佛。能く善く如是等百千萬億衆生を教化して我所に至らしめたまふ。」
彌勒佛は如是に三度釋迦牟尼佛を称賛し、然後に説法して是言を作す、「汝等衆生、能く難事をなせり。彼の惡世の貪欲・瞋恚・愚癡にして迷惑の短命人中に能く持戒を修し、諸功徳を作せるは甚だ希有となす。爾時、衆生は父母・沙門・婆羅門をしらず、道法をしらず、互に相惱害して刀兵劫に近ずき、深く五欲に著して嫉妬・諂曲・佞濁・邪僞にして憐愍心なし。更に相殺害して食肉飮血す。汝等は能く其中において善事を修行す、是れ希有となす。善哉釋迦牟尼佛。大悲心を以て能く苦惱衆生の中において誠實語を説き、我れ當に來りて汝らを度脱すべきことを示す。如是の師、甚だ難遇となす。深心に悪世の衆生を憐愍し、苦悩を救拔して安隱を得せしむ。釋迦牟尼佛は汝等の為の故に頭を以て布施し、耳鼻手足支體を割截して、諸苦惱を受け、以って汝等を利したまふ。」
彌勒佛は如是に無量衆生を開導安慰し、其をして歡喜せしめ、然後に説法す。福徳の人はその中に充滿し大師を恭敬信受渇仰して各の聞法せんと欲して皆是念を作す。「五欲不淨、衆苦の本なり。」と。又た能く憂慼愁惱を除捨し、苦樂の法は皆な是れ無常なりと知る。彌勒佛は時に會の大衆の心淨調柔なるを観察し、爲に四諦を説く。聞く者は同時に涅槃道を得る。
爾時、彌勒佛は華林園にいまして、其園の縱廣一百由旬なり。大衆滿中。初會説法には九十六億人が阿羅漢を得る。第二大會説法には九十四億人が阿羅漢を得る。第三大會説法には九十二億人が阿羅漢を得る。彌勒佛は既に轉法輪し天人を度し已って、將に諸弟子と入城し食を乞ふ。無量淨居天衆は恭敬し佛に従って翅頭末城に入る。當に入城時に種種の神力・無量變現を現ず。釋提桓因は欲界諸天・梵天王と色界諸天とともに百千の伎樂をなして佛徳を歌詠す。天諸華栴檀末香を雨らして仏を供養す。街巷道陌に諸幡蓋を竪て、衆の如し名香を焼きて其煙雲の如し。世尊入城時、大梵天王釋提桓因は合掌恭敬して偈を以て讃して曰はく、
正遍知者兩足尊 天人世間に與等なし
十力世尊は甚だ希有なり 無上最勝の良福田なり
其れを供養する者は天上に生まる 稽首無比大精進
爾時、天人羅刹等。大力魔を佛之を降伏するを見る。千萬億無量衆生皆大歡喜。合掌唱言。「甚だ希有、甚だ希有。如來は神力功徳具足して不可思議なり。」
是時、天人は種種雜色蓮花及曼陀羅花を以て、佛前地に散じ、積んで膝にいたる。諸天は空中に百千伎樂歌をなして佛徳を歎ず。
爾時、魔王は初夜後夜において諸人民を覚して如是の言を作す。「汝等既に人身を得て好時に値遇す。應に竟夜眠睡して覆心すべからず。汝等、若しは立ち、若しは坐して常に勤めて精進正念せよ。五陰無常苦空無我を諦觀せよ。汝等、放逸を為して佛教を行ぜざること勿れ。若し惡業を起さば後に必ず致
悔せん。」時に街巷の男女は皆な此語に効ひて言く「汝等、放逸を為して佛教を行ぜざること勿れ。若し惡業を起さば後に必ず悔あらん。當に勤めて
方便精進求道すべし。法利を失って徒に生じ、徒に死することなかれ。如是に大師にして拔苦惱の者は甚だ難遇し。堅固精進して當に常に涅槃を楽へ。」
爾時、彌勒佛の諸弟子は普く皆な端正にして威儀具足、生老病死を厭ひ、多聞廣學にして法藏を守護し、禪定を行じ、諸欲を離るるを得ること鳥の殼を出るがごとし。
爾時、彌勒佛は長老大迦葉の所に行かんと欲す。即ち四衆と倶に耆闍崛山に就き、山頂において大迦葉を見る。時に男女大衆は心に皆な驚怪す。彌勒佛は讃して言く「大迦葉比丘。是釋迦牟尼佛大弟子なり。釋迦牟尼佛は大衆中において常に頭陀第一と讃歎したまふ所にして、禪定解脱三昧に通達す。是人、大神力有りと雖も而も高心なし。能く衆生をして大歡喜を得しむ。常に下賤貧惱の衆生を憐れみ、苦惱を救拔して安隱を得しむ。」
彌勒佛は大迦葉の骨身を讃して言く、「善哉大神徳、釋師子大弟子大迦葉、彼の惡世において能く其心を修す。」
爾時、人衆は大迦葉の彌勒佛に讃せらるるを見、百千億人は是事によって已に厭世得道す。是諸人等、釋迦牟尼佛の惡世中においてすらも無量衆生を教化して六神通を具し阿羅漢を成ずるを得せしむとおもへり。
爾時の説法の處は廣さ八十由旬・長さ百由旬。其中の人衆は若しは坐、若しは立、若しは近、若しは遠、各各自ら佛は其前にあって獨り我がために説法したまふと見る。
彌勒佛、世に住すること六萬歳。衆生を憐愍して法眼を得せしむ。滅度の後は法、世に住すること亦た六萬歳なり。汝等、宜しく應に精進して清淨心を発し、諸善業を起こせ。しからば世間燈明彌勒佛身を見ること必ず疑無き也。
佛は是の經を説き已る。舍利弗等歡喜受持せり。  佛説彌勒下生成佛經


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