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+ かまめ立ち、梅かおる・・・ 建国記念日に  ナショナリズムの基本  リコール問題の本質

2010年02月12日 08時05分52秒 | 立憲女王国・神聖・九州やまとの国

 

    かまめ立ち   梅香り立ち  やまとかな 

    馬糞 Bafun 

 

 

  

 今朝は雨である。

 このところ、頭の中は日露戦争の硝煙と血しぶきが上

がって騒然としている。


 顎の蝶番が痛いと歯医者に言ったら、「ストレスで、

夜歯軋りをしているせいではないかと思われます」と、

意外な説明があった。

 「マウスピースを作ったほうがよいかもしれません」と。

 まるでボクサーのようだと思った。

 

 ストレスがたまる体質ではないが、もしかしたら「坂

の上の雲」の日露戦争、しかも痛ましい旅順攻略の胸突

き八丁に差し掛かっているせいだろうか、とも思った。

 司馬遼太郎も、書きながらずいぶんと歯軋りしたので

はないか。

 そんな悔しさが歯軋りのようにうなっている。

 それが多少うつったかも知れない。

 

 そういえば、今日は建国記念日であった。

 紀元節を喜ばない亡国の左翼公務員労組を筆頭とする

偽装「市民」たちが日本の伝統をののしり、建国をのの

しる小集会を開き、NHKが誇大広報するという茶番の日

でもある。

 おろかなことだ。

 

 そうした雑菌に温床を与えてきたことについては、大

いに反省すべきことではないか。

 歯垢はかき出さなければ虫歯になる。

 少なくとも、公務員として公費で養うべきではない。

 

 国家に忠誠を誓わない者に公務員の身分を与えてはな

らない。

 日教組を公務員教員としてはならない。

 そうしたけしからぬ公務員を解雇することが、彼らの

亡国の「思想良心」を保障する寛容というものであろう。

 

 さて、建国記念日である。

 当分、獅子身中の虫、亡国の輩を駆逐消毒する日でな

ければなるまい。

 

 八百万の神々よ、その総力を結集して、仏陀再誕の国、

日本を清めたまえ、掃き清めたまえ。

 まさに、仏陀はムーの時代に遡る日本神道の親神、ル

ーツにほかならない。

 大和の国の政maturigoto を神も仏もない政にしてはなら

ない。

 万世一系とは、大和のクニタミが、仏に連なる仏神一

体の子々孫々であるという伝統と精神を言うのである。

 

 やまとの梅は、チャイナから伝来したものではない。

 やまとの神々もまた、チャイナから伝来した神ではな

い。

 ナショナリズムこそは、今最も大切な国際体力であり、

国際健康であり、国際秩序である。

 

 ああ、日の丸の国旗のなんと純粋で美しいことか。

 仏神一体の国家、「君が代」のなんと壮大であること

か。

 早春の梅の花のなんと純情であることか。

 そのクニタミや如何。

 

 しかしてそのクニタミは、仏と共にこの大和にあると

知るべきである。 

 

 

 

 

 自動車リコール戦争の教訓 】 


 海外展開している日本の自動車メーカーが「リコール」

を口実に袋叩きにあっている。

 きっかけはあっただろうが、大半は言いがかりであろ

う。

 民主党政権までが「消費者庁」を使って追い討ちをか

けている始末である。

 左翼政権を選んだ報いというべきかも知れない。

 

 さて、今回の日本車リコール問題は、日本に対するク

レーム問題というインパクトがある。

 そこから反省すべき最大のポイントは二つあるように

思う。


 一つは、他国の市場で勝ちすぎてはならないというこ

とである。

 経済のナショナリズムの問題である。

 もう一つは、日本のブランドを冠するならば、部品も

また日本国産を用いるべきだということである。

 

 戦わなければならないが、太平洋戦争のような勝ち目

のない戦をしてはならない。

 しかし、侵略ほど民族的反感を買うものは無い。

 ビジネスにおいても、ナショナリズムの感情を無視し

てはならない。

 日本車メーカーは、日本のブランドで勝ちすぎたので

はないか。

 

 もう一つは、ブランドの実質を問う問題である。

 現地で部品を供給し、現地の人間が組み立てる車は、

既に日本のブランドを掲げるべき実質がないのではない

か。

 現地経済に貢献することによって市場に浸透しようと

したのであろうが、韓国同様、日本ブランドそのものが

拒絶反応をもたらすのである。

 海外部品で製造する車に日本車のブランドを用いるべ

きではない。

 

 

 グローバル経済というが、企業経済にもナショナリズ

ムが基本でなければならないのではないか。

 現に、これほど現地経済に貢献してきたメーカーでも、

日本車排除のヒステリーにあっているのだ。

 

 日本車の部品供給は日本の部品を用いるべきである。

 電子機器についても同様である。

 海外現場主義で企画、デザイン、組立をするのはよい

が、部品まで渡すべきではなかった。

 それは、拡張主義からは足かせかもしれないが、侵略

的拡大は、結局反感を買うのである。

 

 日本車メーカーは、メーカーをもたない地域でこそ、

教育的ものづくりを進めるべきである。

 先進国市場では、個性を買ってもらえればよいのだ。

 他国のメーカー以上に売り上げるべきではない。

 それ以上に市場拡大を狙うべきではない。

 他国のナショナリズムを害するからである。

 

 政治も経済も、国を愛する感情(ナショナリズム)を

無視することはできない。

 そのことを今こそ十分に反省して戦略を見直すべきで

あろうと思う。

 

          

立憲女王国・神聖九州やまとの国

梅士 Baishi

 

 

 

 

 

 

 

 


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