散る梅の 袖振るごとく 人も振り
梅士 Baishi
気温10℃、少し肌寒い曇天の日曜日である。
日曜といえば神に感謝をし、礼拝する日であった。
人は一週間に一度くらいは礼拝の聖なる日を持つべきである。
さて、今日は出勤、櫛田神社に礼拝してゆこう。
あかねさす 紫野行き 標野行き
野守は見ずや 君が袖振る
大海の皇子が神聖な宮の、しめ縄を張った結界の中で、神降ろしの
儀式として袖を振って招命している。その姿を神は見て下さっているだ
ろうか、という額田王の言霊の歌である。
従来、恋多き女性の前夫に対する秘めた恋の歌と解説されていると
ころであるが、天智天皇の后となったいきさつといい、不埒な歌といい、
合点の行かない解説であった。
しかし、幸福の科学によってその真意が明らかにされたことによって、
万葉歌の神聖と言霊信仰の附合を得たのであった。
額田王は、皇統の一筋というべき物部氏の皇女であり、后妃となる
べく定められた家柄の才女であったらしい。
その姉とされる鏡王女が后に指名されなかったのはなぜか不明であ
るが、皇位継承をめぐるいきさつがあったのであろう。
おそらく額田王の出自は持統天皇によって史書から抹消されたので
あろう。
袖を振るというのは、神を呼ぶ神聖な意味を持っているということで
ある。
さよならと手を振るときも、袖振る神聖な意味を思い出したいものであ
る。
清めつつ 花散りたもう 梅の道
梅士 Baishi
花が散るのは寂しくもあるが、花というものが仏神を賛美し、その道
を清めようとして散ると思えば、神聖で潔い光景である。
諸行無常の悲しさというよりも、神聖なる思いとして感じようと思う。
梅の花もそのように、仏の道に花を敷き、香りを敷いて仏の国を清め
ているのである。
われわれはもっと、神聖という世界観を身近に持つべきである。
家庭の神聖、職場の神聖、スポーツの神聖、演劇の神聖、芸術の
神聖、言葉の神聖・・・、そのように。
【職業の神聖・政治の神聖】
「食えないことにはどうしようもないので、エログロというのもあって
いいかな、と・・・。」
漫画家にも、声優・タレントの世界にもエログロは避けて通れない仕
事という妥協が蔓延している。
声優はアニメブームで、引きこもりの子供にも大きな憧れと勇気を与
えている職業であるが、職業として成立しているかは怪しい芸能である。
「これが現実だから、プロを目指すなら覚悟させなければ・・・。」
芸能界は、悪魔的なマスコミの奴隷なのか。
「武士は食わねど高楊枝」、これこそが表現者職業の覚悟でなけれ
ばならないのではないか。
たしかに、エログロ表現は金になるし、需要がある。
たしかに、肉体欲望というのも存在意味がある。
しかし、そこには制御されるべき厳しいルール、マナーがなければ
人間足り得ないという一線がある。
これを犯しているが現代エログロ表現商売なのである。
商売といえど公益業務である。
公益を害するものは、仕事ではなく、職業でもなく、悪行である。
職業に貴賎は無いというが、泥棒や悪徳を職業というべきではない。
天に恥じる行為を仕事といい、職業と言ってはならないのである。
声優を職業とするなら、声の仕事をよくよく考え、応用し、拡大し、市
場を確立する創意工夫が必要なのである。
断じてマスコミの奴隷となることなかれ!
こうした芸術、文化を養うことこそは、国家業務であっても良いと思う。
芸術の神聖、文化の神聖を指導し育てるのが、宗教の仕事であると
思う。
その意味で、幸福の科学音楽、幸福の科学映画、幸福の科学アート
というべきものに、現代ルネッサンスの真髄を期待する。
現代ルネッサンスとは、神に帰れということではないか。
同様に、政治に失われた神聖を回復しなければならない。
「宗教政党は嫌いだ」という拒絶反応は、創価学会・公明党のアレル
ギーであろう。
たしかに、さまざまな嫌がらせが横行する団体であり、犯罪の痕跡さ
えある団体であるから、嫌われて当然である。
しかし、神仏をそのように規定されては困るのである。
「それならば、神も仏も無い政治が良いと思うのですか。
自民党の希望とはなんですか。
北朝鮮に対決し、中国に正当な物言いをし、日本を独立国家たらん
として毅然と命をかける政党では、ないではないですか。
安倍元首相を党を上げて護りましたか。」
今こそ、政治の神聖を取り戻さなければならない。
今年は、その決戦の年となるであろう。
「皇国の興亡、この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ」という、Z
旗の年である。
自民党支持者よ、保守の中に、日本の神々がいることを忘れては
なるまい。
その神々が帰依する大仏陀が幸福実現党を指揮していることを認
めなければならない。
神国日本を、仏国土日本を建設することこそが、政治の大義名分で
あり、民主主義の本領が問われるべき大事ではないか。
ご利益宗教のように政治を捉えてはならない。
政治とは、天意を表さんとして命がけで奮励努力するべき国家の大
事、男子の本懐、武士の死に甲斐であることを覚悟してかかるべきで
ある。
立憲女王国・神聖九州やまとの国
梅士 Baishi