Creator's Blog,record of the Designer's thinking

フィールドワークの映像、ドローイングとマーケティング手法を用いた小説、エッセイで、撮り、描き、書いてます。

PEN LIFE1510. 義務時奴隷

2017年12月16日 | diving

 師走と書くのだから、普段は暇そうにしている師すなわち先生も、この時期は走り回るぐらいに忙しいという意味だったと私は記憶している。

 おりしも大学入試センターから今年度志願者数が12月8日に発表されている。志願者数582,669人 〔対前年度 6,702人増〕となっている。 私が勤めていた大学も試験場に指定されている。ということは試験実施のお手伝いに教員がかり出されることになる。この発表がなされて以降ジワジワッと大学入学試験の準備が本格的に始まるのである。

 だから大学に勤務していた頃、この時期に教員毎に設けてある郵便受けをのぞくのが恐怖だった。というのもこの忙しい師走に大学入試センター試験に関する説明会の参加案内が学内で開催される旨の通知が届くからである。説明会はどんな理由があろうと全員参加であり、欠席は認められない。だから学内でも説明会は複数回開催され出席の有無をチェックされる。

 実際説明会に行くと、隣にはさっきまで手術していましたといわんばかりのアルコールの臭いをさせた医学研究科の教員がいたりと、みんな師走の忙しいなかを駆けつけてくる。そしてとても分厚いマニュアルを渡される。試験時の志願者への説明のための発言のシナリオ(全国同一基準が大原則だから)や注意事項などなど・・・実に細かく記載され、それを短時間で一気に全部覚えろというわけだ。

 さらには過去の入試トラブル事例も付されている。そんなことを踏まえながら、トラブルがあったときの対応手順がことこまかに記述されている。地震がきたときはどうするか、そのために試験を一時中断したときの手順なんていう話は当然書かれてあるし、教員の試験場での態度についても記載されている。携帯電話は持ち込むな!、靴音たてるな!、内職するな!、居眠りするな!、いびきをかくな!、あげくのはてに呼吸がうるさい(今後でかねない)・・・と事務員からも執拗に念を押される。最後に英語リスニング試験のデモ用ICプレーヤーを渡され、当然操作方法について実際に操作しながら勉強し、私などは床に落としてみたらどうなるかとか、踏みつけてみたら動くかとか・・・まあ、いろいろやってみるわけである(その程度では壊れませんな)。説明会が終わるとデモ用ICプレーヤーは回収される。

 大学センター試験は、全国の大学で58万人以上の受験生が一斉に同一の基準のもとに行うのが大原則である。だからTV・新聞メディアは、どこかの大学がちょんぼしてニュースのネタにならないかと虎視眈々と待っているのである。まあハイエナみたいな連中だ。実際試験開始が1分遅れた試験場があっただけでも、格好のニュース素材なのだ。私が試験監督をしていたときは、うちの大学ではそんなちょんぼはなかったが、それでも某著名な国立系大学でちょんぼがありニュース沙汰というよりも血祭りにあげられていた。だから大学教職員が一丸となって完璧な遂行を異常なまでの神経を使っておこなうのである。当然準備も念入りに行われる。

 試験は、どんなに高名な先生も従事する。高名であっても外れているのは当番にあたらなかったか、あるいは常勤職員でない場合である。だから志願者の解答用紙を配っているのが著名な建築家だったりするわけだ。私などは、大学センター試験ぐらいは、生徒が通っている高校でやれよ!、その方がお互いにとってロスがすくないだろうけど、といつも思いながら従事していた。

 私の大学の入試は、大学センター試験、本学の前期日程、後期日程と3回続く。さて年が明けると、常に何かをしていないとおさまらない教員にとっては、試験中何もするなという拷問のような時間が続く3連チャンの始まりである。

 今の私は、そんな義務的奴隷からは解放されたが、いまでも細かく思い出す大学の大きな行事である。

 

沖縄県慶良間諸島渡嘉敷島アリガー南

OLYMPUS E-M1,M.ZUIKO DG FISHEYE8mm/F1.8

ISO200,露出補正0,f/7.1,1/100

 

 

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EOSな日125. インシデント

2017年12月15日 | Kyoto city

 今日は曇天。夕方の京都市の最低気温は3℃。二度寝して朝10時に眼が覚める。寒くて身体が発熱せず全く動かない。そんな状態が終日続く。夕方定例のスイミングスクールにでかける。プールで1時間泳いで、ようやく身体が発熱し寒さに抵抗できる平常の状態に戻った。夜半には2℃の予報。そんなわけで今日は、暖かそうな画像にしよう。

 画像は、お風呂屋さんを改装したカフェ。こういう大きな空間は、朝はすごく寒い。ガスストーブをガンガン焚いてようやくすごせる気温になるのに半日はかかると思う。暖まれば快適だけど。だから夜の一番暖まった空間で、しみじみと語り合うというのが冬のライフスタイルか。さて何を語ろうか・・・。

 12月14日の毎日新聞朝刊記事をみると、インシデント、というキーワードでまとめられている。1つは新幹線の異臭問題、2つは米軍機の窓枠落下、3番目は伊方原発運転停止だ。

 インシデントは大事故、大事故に至る中程度の事故や故障、それ以前の小さな不具合、とするヒエラルキーがあり、小さな不具合をインシデントと呼んでいる。訳語はないので、ここでは、「ヒヤリ・ハット」としておこう。ヒヤリとさせられた・ハットとさせられたという意味。

 最初のインシデントは、12月13日博多発のぞみ34号が小倉駅をすぎた頃から油が焦げた臭いがし、3時間走り続け台車のひび割れがみつかったので名古屋で運転停止となったという記事。私も東海道新幹線で毎日通勤をしていた頃、大変まれにだが油が焦げたような臭いが微かにする経験があった。油といえば先ず連接部か台車を疑うのだが、台車が赤くなるほど発熱しひび割れに至ったのだろうか。臭いやひび割れはインシデントに該当するが、事故調査が進むまでその事故発生のメカニズムはわからない。

 次のインシデントは、米軍機の窓枠落下であり実際にありえる話である。

 実際1990年6月ブリティッシュエアウェイズ5390便で操縦席の窓が外れ機長が機外に投げ出された。奇跡的に足が操縦桿に引っかかっていたが、それでは緊急降下ができない。そこで乗務クルーが機長の足を支え緊急降下を行ってエアを確保し、緊急着陸するまで機長の身体は機外にあったという事故だ。機外の機長は低温で死んでいるかもしれないが凍傷になりながら機長の足を支えた乗務クルーが機長を生還させた、と書けばメディアの喜びそうな記述だが事実はそうではない。機外の機長の身体をエンジンが吸い込みさらなる事故につながることを警戒した副操縦士の適切な判断だった。

 結局機長は生還できたわけだけど、窓枠落下の原因は規格の違うボルトで窓枠を固定したのが原因だった。ではなぜ規格の違うボルトが使われたのか。それは整備士が目測で確認しただけで長さの違うボルトを使ったから。でははぜ確認しなかったのか?。それは 過密な勤務状況と過密ダイヤに合わせるためであった。そこまでナショナルジオグラフックのTV番組「メーデー/航空機事故の真実と真相」は踏み込んでいて面白かった。

 米軍機の場合は、固定部材の一部に金属疲労か整備不良があったのだろうと推測。

 3番眼のインシデントは、愛媛県の伊方原発再稼働停止を求めた広島高裁の裁判。

 「阿蘇山の火砕流が敷地に到達する可能性が十分小さいとはいえないとし2018年9月末まで運転を差し止める」、とする判決が出された。12月14日の毎日新聞には「阿蘇噴火立地不適」と見出しがあった。はて!、立地不適なら永久に差し止めるべき判決になるのだが、判決と新聞記事見出しとが乖離していて、こちらは意味不明だ。それは、どうも科学的な話ではなく政治的な話を示唆しているのかもしれない。それにしても高裁の判断である1万年に一度という火山の破局的噴火がインシデントかなぁー。文化系のいうことだから、私にはよくわからない。

 高速鉄道、航空機、原発、それにコンピュータと書けば、いずれも科学の産物なのだけど、せめてナショジオのようにもう少しかみ砕いて科学的に説明されないとわからないよね。

 

京都市鞍馬口通

EOS1Ds Mark3,EF16-35mm/F2.8 L USM

IOS200,焦点距離16mm,露出補正0,f/2.8,1/6

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PEN LIFE1509. ポツネンと

2017年12月14日 | diving

 珊瑚の上をポツネンと泳いでいるのは、チョウチョウウオ。同種のチョウハンといい、よく見かけるイエロー系、小さいけど形といい色といい私好み。

 雪が降ったら、銀閣寺道のあたりから霞みのなかに目立つネオンサインを入れて京都の街を狙おうとか、もっと北ならば府立植物園で人気のない風景をとろうとか、いやさらに北なら修学院離宮前の段々畑なんかええのではないか、それより北だったらあきらめるといった具合にイメージは膨らみ、ならば久しぶりにEOSには28-300mmをつけてゆこうというので、レンズを付け替えたりして考えているときは楽しい時間だった。

 だが空は暗く雪が降るかとやきもきさせてくれるが降らない。北区のライブ画像をみても雪も雨もない。日本海側天橋立も雪ではなく雨。大体市内の空は雲の間から陽がさしているではないか。天気予報は外れ!。つまり雪の街を撮る目論見は空振り。天気予報は、期待すると期待外れ、期待も関心もなくなる頃に、警報です!、なんていわれても知らん顔。気がつけば嵐の中だったなんて具合だ。だから、半日暗いだけの雲の下で寒い陰鬱な空振りの1日。そんな日がこの時期はときどきある。

 さて天気予報も外れ今日は、頭を刺激するような情報が何もない。ほじくり出して突っ込めば話題にもなる素材はありそうだが、それは文化系の仕事。だからポツネンとすごした1日であった。

 

沖縄県慶良間諸島儀志布島カメパラダイス

OLYMPUS E-M1,M.ZUIKO DG FISHEYE8mm/F1.8

ISO200,露出補正-1,f/5.6,1/60

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PEN LIFE1508. 癒やし系

2017年12月13日 | diving

 先週は身体が夏モードだったので外に出ず、仕事も暇だったのでブログのまとめ書きをし常時3日分はストックしていたものを予約投稿をしていた。それも払底し、いつものペースに戻った。どこかブログと現実とが乖離した感覚の1週間だった。ようやく投稿日の前日に書くという普段のペースに戻った。

 さて今日iPhoneの水曜日の天気予報では、京都市気温3℃:-2℃、午後から雪予報。京都市といっても山間部も入る。そこで都心部をみると気温6℃:0℃と大分違う。しかも水曜日は雪マークがでたり、雨マークに変わったりとこちらをやきもきさせてくれる。こういうときは今出川通から北側が雪ではと推測する。雪が降れば北山あたりを撮影しようと目論み、EOSの手入れに余念がないのだが、期待すると雨だったというのがこれまでの経験。天気予報というのは、いつもこちらの思い入れを見透かしたようにフェイントしてくれる。

 さて京都は寒波が来ているが画像は小夏日和の慶良間諸島。

 クマノミは4-5種類ある。模様2本で背中が黒で腹がオレンジのクマノミ、白模様が1本のハマクマノミ、オレンジと白模様だけのカクレクマノミ、やや淡い茶系のハナビラクマノミ、白と黒の模様が大胆に入り頭だけオレンジなのがトウアカクマノミ。ディズニー映画のニモは尾に黒の縁取りがあるのでカクレクマノミでこの画像がそれだろう。いずれもスズメダイ科の種類であり、地上の太陽とライトの光で海草共々綺麗に撮れる眼の癒やし系だろう。

 寒波到来、雪か雨か、出かけるか、こもるか、今日は悩ましい。

 

沖縄県慶良間諸島儀志布島カメパラダイス

OLYMPUS E-M1,M.ZUIKO DG FISHEYE8mm/F1.8

ISO200.露出補正-1,f/6.3,1/80

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PEN LIFE1507. 知的生活者か痴的生活者か

2017年12月12日 | diving

 魚の目のような魚眼レンズだと魚のアップは、まあ無理筋。というのもそれは相当に近寄らなければならないし、その前に魚が逃げてしまうからだ。だから魚が近寄ってくるのを待つか、構図を工夫するほかない。ダイバーを入れて撮影するほうが水中の大きさを感じられる。使い慣れてくると、これは何でも撮れる水中の標準レンズみたいに思われてくる。

 さて今週の京都は、天気予報では京都府北部では、毎日雨か雪だから、その余波で京都市中心部も冷え込むだろう。きたきた冬がと書きつつ、なかなか京都は雪は降らない。つまり気を持たせてくれるわけだ。

 それだけ日本の天気は、地球規模で見れば温帯モンスーン帯に属し安定している気候だというわけだ。そのモンスーンとは、「ある地域で、一定の方角への風が特によく吹く傾向があるときその風を卓越風と呼ぶ」とWikは解説している。

 その解説文の冒頭に「この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。2016年10月」とWikからの注意書きが加えられていた。ようやくWikも論述の基本がわかってきたようだ。出典なき論述は妄想だし、WEBの世界はそうした妄想に満ちあふれており、それで人間が行動するのだから、実はあきれはてた世界なのである。

 そこで解説に参考文献が加えられたのであるが、しかしこのモンスーンの記述文章は引用表記が不適切だ。どこを引用し、どこが執筆者の言葉なのかがわからないからだ。だからブログでは引用するが、今でも著作や学術論文には使えない。それに執筆者名がないから、誰が書いたかわからないという致命的な欠陥をWikは持っている。そんなものをアカデミックの世界では信用するわけにはゆかない。便利だけど相変わらず使えない百科事典である。といって書籍の百科事典は最近本屋ではみかけない。そんなことを考えていると「あなたは知的生活者か痴的生活者か?」などという新たな本の構想を思いつくが、そんなことは暇人にまかせたい。

 話題がまたそれてきた。キーワードを繋いでゆくと次第に違う話題に転じてしまう。

 さて最近ダイビングから街歩き画像をアップさせたい気分なのだけど、というのも多分水の画像が寒そうだという編集上の気分からきているのかもしれない。つい先日ダイビングしたのに、先週は京都の寒さに震えていた。この週末を過ぎてから、ようやく身体の夏モードが冬モードに切り替わったようだ。つまり寒いのも気持ちよいではないかとおもったりする余裕が少しだけ生まれたようだ。今日は寒波が来ている。さてどうすごそうが・・・。

  

沖縄県慶良間諸島儀志布島アリガー南

OLUMPUS E-M1,M.ZUIKO DG FISHIEYE8mm/F1.8

ISO200,露出補正-0.7,f/7.1,1/125

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EOSな日124. 復興と復旧

2017年12月11日 | Kyoto city

  さてGoogle mapを見ながら、京都市内の古そうな瓦屋根の一群を探し、それからようやくコースの概略を思いつく。さしあたり京阪丸太町で降りて古い街並みを下がれば、お寺も多いし、あの路地を活かした旅館もあるし、三条駅から大和大路通を下がれば祇園の進々堂か寺町のお多福珈琲だし、河原町通だったら六曜社だ、といった具合に公共交通機関で出かけ歩いて都心にたどり着くこと、古い珈琲屋があることが散歩の条件といってもよいかな。京都は、そんな散歩コースが幾重にも組み立てられるのが魅力なのだろう。

 都市とは本来そうした生活の歴史の積み重ねと多様な空間とが長い時間をかけて形成された複雑系の世界なのだが、日本の都市の大半は戦災で一度そうした複雑系都市の世界をご破算にし、道は広くまっすぐに、建物はコンクリートで、といった具合に都市計画の知識で復興させたから、つまらない街が多いというのが現在の姿だ。

 復興というのは、前の状態よりよくすること、復旧というのは前の状態と同じところへ戻すこと、という概念の違いがある。これまで戦後日本がやってきたのは、そして今も東北大震災後におこなっているのは復興である。コミュニティや経営や人間関係といった前の状態をすべてご破算にして都市計画の理論などに沿って都市を再整備するというわけだ。

 ヨーロッパの戦災都市などをみると、それらは明らかに復旧なのである。前の状態に戻したわけである。だからコミュニティも生活も歴史の蓄積も多様な空間も前の状態を継続していることになる。

 復興がよいのか復旧がよいのかが都市再整備の分かれ目である。日本人は前の状態よりよくするのだから復興という考え方を暗黙の内に信奉しているが、それまで蓄積された生活の歴史や蓄積、錯綜する面白い空間まですべてご破算にして新しくつくるというのが復興である。そこまでしてよいのだろうかという疑問が私にはある。

 京都は幸いにして戦災に遭わなかったから、錯綜した歴史や多様な空間が残されている。だから街を歩く面白さがある。ヨーロッパの都市を引き合いに出すまでもなく、都市とは本来そういうコミュニティ・生活・歴史・空間の複雑系が同居する複雑系の世界であることを日本人は完全に忘れてしまったのだろうか。

 そんな複雑系都市の魅力は、ニューヨークにもパリにもローマにもある。だから多くの日本人がこうした街を徘徊しWEBなどで絶賛している。しかし住んでもいない他所の都市を褒めてもあまり意味があることではない。それよりかは、自分の住んでいるところをよくしろよといいたいが、すでに張りポテ現代建築位ではしゃいでいるし満足しているようだから時遅しなのだろう。

 つまり復興ではなく復旧でよいとする考え方も当然ありえる。私ならば、時には復旧でよいのではないですかという場合もあると考えている。その方が長い時間をかけて形成されてきたコミュニティや歴史や生活の蓄積を継続し多様な空間の複雑さが残り都市が面白くなるからだ。現に火災で焼失した大阪市の法善寺横町は復旧によって街を再生させている。

 

京都市裏寺町通

EOS1Ds Mark3.EF16-35mm,F2.8,L USM

ISO250, 焦点距離35mm,露出補正0,f/11,1/400

 

 

 

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EOSな日123. 木造3階建ての古民家

2017年12月10日 | Kyoto city

 これは建築系の人間としてはいつもこんな風に民家を撮っていますという例。木造3階建ての古民家なんて銭湯とかで少し存在しますが数は少ないですね。

 このように撮影しておくと立面図にするのが容易でしょ。ちゃんと1mスケールを入れて写しておけばですが。ここでは図面化する意思もないのでそれは省略。基本は建物の遠近感を排除し、建物に対して真っ正面にたち機材を水平・垂直に構えて撮るのが原則。フォトグラファー達のように大型機材を使えば別だが、街を歩いていて偶然みつけたなんてときは、先ず撮っておくほかない。撮りそびれると次回来たときにはなくなっている場合もあるからね、特に京都は。

 最近の撮影機材はデジタルシフト機能が付いているけど、階高が高くなるほどつまってくる感じがする。それがないEOSでは、三脚があれば水準器で水平・垂直をだしますが(民家が歪んでいるときもあるからね)、手持ちであれば16mmのレンズで機材を建築と平行に構えます。この道路幅5m位だと縦位置で全景がようやくはいるぐらいかな。縦位置だから画面の半分は道路が写るが、これは後でカット。だから画素数は高い方がベスト。さらに超広角レンズは周辺解像度が甘く歪曲収差が必ずあるので、キャノンのソフトDPP4で周辺解像度の甘さや歪曲収差を補正するのは最近の技。まあそこまでしても手持ち撮影だから少し歪んでいるけど先ずは、画像の善し悪しよりも記録が先。

 それでも図面と画像とが違うのは屋根面が写らないこと。これは物理的に無理だから民家の妻側でもとっておくほかないけど、屋根勾配は決まっているので文献で調べるほうが早い。そうなるとレンズは小さな街路で3階建てぐらいだとフルサイズ規格で、先ず14〜16mmあたりが必要とになる。EOSの広角ズームレンズが便利なのは、この16mmと、次いで多用するのが35mmがあること。今のニコンやオリンパスでは14-28mmだから、やはり私の経験上35mmがないと民家のディテールが大きく撮れない。そんなわけで最近出番が多いEOS。 

 夏は、光のコントラストが激しいので民家は黒くつぶれがちだから、撮影しにくい。だが冬はコントラストもデジタルのラチチュードに納まり、太陽高度が低く比較的横からの光が当たるので建築のディテールがよくわかる。京都の街歩きでは、光が綺麗なのは冬の朝、マイナス気温だからとても寒い。

 

京都市六角通

EOS1Ds Mark3.EF16-35mmL USM,F2.8

ISO250, 焦点距離16mm,露出補正0,f/11,1/30

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EOSな日122. たまにはRAW画像で・・・

2017年12月09日 | Kyoto city

 朝心地よく暖まった布団から抜け出しがたい季節になってきた。それでも先々日の晴天日にはフィールドサーベイで京都の街を一寸だけ歩いてみた。

 天気がよく空気がクリアだったので鴨川の東側を丸太町から下りながら。でっ、私にしては珍しく、たまにはRAW画像で・・・撮影し、便利ソフトのキヤノンDPP4を用いて、レンズオプティマイザーで画像の最適化をおこない、さらに広角レンズ特有の周辺光量の低下や歪曲収差も取り払ってくれたので初期型Lレンズの欠点が解消され、ついでphotoshopで邪魔な架線を消して(やりすぎか)、そのままじゃブログにはアップできないので解像度を落として、結果はまあ青系とイエロー系が強く赤が弱めのキャノンの色ですかね。こんな調子で京都の紅葉を・・・既に終わっていますけど(笑)。

 京都も紅葉の季節を過ぎると冬型気圧配置になるので、(最高気温:最低気温は、・・・あらっ!、次の木曜日は雪マークが出て気温3℃:-1℃。多分出町柳から北の方だろう)ホントに雪が降りかねない寒い1日が続きます。もし雪が降ればEOSをかついで走り回るかもしれないけど、都心は風花が舞うだけさ。

 私がRAW画像を使わないのは、先ずRAWで撮影するほどの画像ではないこと。価格ドットコムの口コミでは、RAW画像はHDに保存し、必要があるときは加工して使うなどという面倒くさい話が多く、世の中の撮影マニアの多くはそうしているようですが、そんなにたくさん撮影した画像データを何に使うんだろうか。豪華写真集でもつくるんですかねぇー?。私は本を作るときに画像データを使いましたど、いつも1点位しか使わなかった。

 次いでいわゆるキャノンのDPP4というソフトが、これまた便利かつ面倒くさいこと。撮影機材から画像を読み込むとMacのどこかにフォルダーをつくって保存しているようだ。それを読み出して面倒なことに一つ一つ修正するんですけど、これだけじゃ足りないからphotoshopが必要になり、最後はjpgでmacの写真ソフトに取り込むわけ。その過程でいくつも同じようなファイルを生成してくれるので、元のRAW画像とか変換したデータなどはもう廃棄、廃棄、それは実に面倒ですね。

 だから画像なんかjpgデータでいいんじゃないと思うわけ。実際私の古いjpgデータなどは、読み出せないものがいくつもあるから、地上の電磁波などの影響でいずれ全部読み出せなくなったりするかもしれない。私の見立てでは、写真は50年を過ぎてから価値が出るとは思いますけど、画像データは、20〜30年位でアカンかな。

 例えば亡くなったおじいちゃんのキャビネットから大量の画像データがてできた。古いHDだし読み出せない、だからHDごと廃棄なんてことはよくある話でしょう。残したければ本にして国会図書館に納めるべき。私は国会図書館に少なくとも何冊かの専門書は納本してあるので、あまり画像を残そうという気分にはなれない。一番よいのは、本とかブログに使ったら画像は捨てる、これがパソコンに負荷がかからないくてよいと思うけど。

 昨日は、曇天と冷たい小雨、京都も本格的に冬の寒さです。しかし雨の後晴れれば光は大変綺麗です。

 

京都市本山要法寺

EOS1Ds Mark3.EF16-35mmL USM,F2.8

ISO250, 焦点距離16mm,露出補正0,f/2.8,1/5000

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PEN LIFE1506. 宅配便顚末

2017年12月08日 | diving

 さてどこかの惑星に降り立ったような景色だ。多分どこかの惑星でもこんな殺伐とした景色が実際に見られるかもしれない。地球だから魚がいるのがせめてもの救いだ。こんな地球誕生のような原始的な風景も海の中には結構ある。そりゃそうだろう、人の手が加わっていないのだから。

 さて宅配便顛末をまとめておこう。くどいね私も(笑)。

 たかだかレンズのフード1つをAmazonに注文した。最初はヤマト運輸の配送所どまりにしたから受け取りは明快だったしこれで終わるはずだった。だが私の勘違いでレンズの口径が違う。そこで再度Amazonに注文。それがソフマップ扱いで宅急便の指定も、時間の指定もできない。結局佐川急便にされ、WEBをみつついつくるかわからない。そして夕方、おそらく家にいる主婦は夕飯の支度で買い物に出かけたりと忙しいはずだ。そんな僅かの留守にわざわざ配達する不思議さ。そして不在だから翌日に持ち越し、午前11時15分届く。佐川急便の配送所は麩屋町錦小路下るだから少し遠いのだ。

 フードのサイズは12.0×10.6×4.5cm、それがキャノンの箱に入り13.5×11.5×5.0cmとなり、それがソフマップの箱に入り19.6×17.5×9.0cmとなる。どう考えても外箱は大げさすぎる。いまは段ボールを捨てるのも容易ではないのだ。

 最適な方法はキャノンのフードのはいった箱をA4封筒に入れ、ゆうメールでポスト投函で配送すればよいのに。配送料は消費者が払うから大げさなシステムに容易に発展しがちた。消費者も箱に傷が付いてたりへこんでいたりと神経質なクレームをつけるから、余計に過剰なシステムへと加速させることになる。

 なんでも宅配便というシステムは、郊外や田舎の辺鄙なところに住む人、あるいは身体の動かない人向きのシステムと解釈すべきだ。こちらは都心に住む以上あまり依存したくない。

 だから小間物は街をあるいて店で買うのが原則と悟った。あるいは、ポスト投函ができるゆうメールにすべきだろう。にもかかわらず全てを直接手渡しの宅配便に依存するからクライシスもおきてくる。なんでもかんでも宅配便という考えた方は、宅配便システムが現在飽和状態なのだから、ここで再考せざるを得ない状況にある。もちろん郵便箱に投函できたり、ドアノブにぶら下げられる軽量宅配物というシステムが新たにできてもよいだろう。

 たかだかレンズのフード1つだよ。おかげでまる1日自宅から出られなかった。荷物を受け取ったら、もう憂さ晴らしのように届いたフードを強力テープでレンズにぐるぐる巻きにしたEOSをかついで街へでたさ。

 

沖縄県慶良間諸島儀志布島カメパラダイス

OLYMPUS E-M1,M.ZUIKO DG FISHEYE8mm/F1.8

ISO200,露出補正-1,f/7.1,1/100

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PEN LIFE1505. ドラゴンレディ

2017年12月07日 | diving

 さてダイビングの画像。といっても今回は3日間8ダイブだったし、そんなに撮影したわけではないが、天候からいって今年最後か。ちなみに沖縄の気温は最高:最低で19℃:15℃、他方京都は6℃:-3℃だから俄然暖かいが、海上は中国や日本本土からの北風で冷たいだろう。それでも潜っているダイバーは結構多いはずだ。

  私が初めてオープンウォーター・ライセンスをとったのが12月下旬だった。プールの水は冷たく、この時期唯一潜れる奥武島も風が強く、海水は少し冷たく、着慣れないレンタル機材は実に重く、最初は難儀の塊だった。何事もやり始めは、しんどさが同居し早く通過したい時間だった。

 この画像のドラゴンレディも最初の頃何度も訪れ、ボートダイビングの楽しさを堪能させてくれたところだ。いつも水の透明度が高いために遠くに青いカーテンを降ろした舞台のような見え方をする。こちらは、そんな舞台に立たされているかのように思われ、これこそまさにドラゴンレデイの風景だ。

 ダイビングは、この三日間気候が暖かっために、魚も多く波も比較的穏やかであった。ただし慶良間諸島ではところによっては水中で流れているところもあった。それは見た目ではわからないが水中ではよくある話だ。やはり冬近しか。

 

沖縄県慶良間諸島座間味島ドラゴンレディ

OLUMPUS E-M1,M.ZUIKO DG FISHEYE8 mm/F1.8

ISO200,露出補正-1,f/10,1/250

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EOSな日121. 沖縄のRC造

2017年12月06日 | Okinawa

 本土とは異なり、沖縄県ではRC造の住宅が圧倒的に多い。もちろん台風の直撃を受けるので家は丈夫であるのにこしたことはないとする考え方が支配的なのだろう。

 画像はRCラーメン構造の4世帯が入居するアパートなのだけど、斜線制限の斜めの柱といい、階段を支える柱なんか通例こんなところには設けないのだが、ものすごく無骨な作り方だ。こんなRC造を時折見かける。

 それは本土復帰前で、ひたすら建築構造の教科書に忠実につくったという代物。そしてルーフが物干し場となり、それは誰でも上がれるから窓には泥棒よけの格子が付くというなんとも倉庫のような、あるいは長崎県軍艦島のアパート群を思い出させる。それにしても建物に接して電柱や街灯をつけたりと、なんだよ、この珍奇な建築は。

 こうした住まいが住みやすいかといえば、開口部が少ないのだから湿気がこもりカビが生え当然住みにくいはずだ。私にいわせれば、窓には格子ではなく雨戸を設け二重にするほうが風雨や保温に対しては効果的だし、そうすればもっと大きな開口部をつくることができて通風がよくなるのだが、そのあたりの方法がずれているRC造建築をよくみかける。

 といってこれが沖縄県固有の建築様式かといえば、実はそうでない。沖縄県には、備瀬のように福木という厚い防風林を何年にもわたり育て上げて海岸にもかかわらず風雨に強い快適な環境を実現したり、あるいは竹富島のように家の周りを石垣で囲い建物を低く構えたりするなど、伝統的民家は賢い方法、そして美しい身の処し方をしてきた。

 画像はモダニズム建築固有の様式かといえば、そういえなくもないが、あまりにも下手くそすぎる設計がどこか滑稽でもある。

 さて、EOSのレンズフードをAmazonに再度注文した。今日配達予定であることはWEBでわかっていたが、佐川急便はいつくるかWEBをみてもわからない。半日待っていたがお腹がすいたので夕飯の買い出しに20分ほど近所のスーパーへ出かけたすきに配送にきたらしい。厚さ4cm、直径11cmで事務書類並みなのだから、そんなの梱包を小さくして郵便ポストに入れておいてくれればよいのに、もう全く留守を見計らったように配達しているのは泥棒のような根性としか思われない。再配達を依頼したので明日午前中は外出できない。たかだかレンズのフード一つで実に面倒な話だ。こういうのは、生活が便利になったとは絶対にいえない。宅配便のために半日家で悶々と過ごすのだ、もうやってられないよ。このアホらしい田舎くさいシステムは、都市部ではいずれ崩壊すると断言しておく。

 

那覇市桶川

EOS1Ds Mark3,EF16-35mmL USM

ISO400,焦点距離35mm,露出補正0,f/10,1/400


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番外編304. ラーメン、カプチーノ、レンズフード

2017年12月05日 | Okinawa

 ダイビングの後は身体が冷えるためかラーメンが食べたくなる。それも沖縄そばではなくラーメンだ。ラーメン通の公評のおかげて最近旨いラーメン屋が随分多くなってきた。那覇のラーメン屋は(那覇のラーメン屋も・・と書くべきか)、旨いところが多いのではなかろうか。

 ラーメンを食べに行くついでに、EOSをかついでタウンウォッチングだ。この日は市役所の脇を抜けて「ラーメン麦麦」に出かけた。黒胡麻担々麺とチャーハンのセットで私には旨い。

 食後店を出たら暗くなっていてWEBをみても方向がわからない。かすかにかってのエキゾチックな空気がある通りを歩いて行くとリーガロイヤルホテルがみえるではないか。そうだここで珈琲を飲んで行こう。街のラーメン屋とホテルの珈琲という組み合わせもなかなかおつだ。

 リーガロイヤルホテルの大変静かなラウンジで飲んだカプチーノはおいしかった。正面には国場川とあまり使用されていない米軍の空漠とした港がみえる。眺めはよいが見るべきものがない。被写体がないとEOSがもてあましている。

 プロダクトデザイン的に見るとフード付き広角ズームレンズをつけた大きなEOS1の後ろ姿が大変格好がよい。その鏡胴にテープでくくりつけ10年は使ったフードを帰りの空港の混雑の中で簡単に紛失した。そこでAmazonで700円で16-35mmL USMⅡ型のフードを注文した。EOS1シリーズのバッテリーは型番が違っても共通だから、たかだかレンズフードごときで型番違いでもつくだろう。

 でっ、歩いてとりにゆけるヤマト便の配送所送りにしたのは正解だった。私のものよりは安っぽくなったフードをレンズに取り付けてみると、ややっ!、大きすぎる。そういえば16-35mmL USMレンズは初期型とⅡ型では鏡胴の口径が違っていたか。今頃気がついても遅い。やはりレンズにあった型番で注文しなきゃならんことになり、いまいましい話だ。返品、まあ安いからほかしておこう。フードがないと格好が悪いし、できれば使い込んだ中古フードがいいよな。

 ラーメン、カプチーノ、レンズフードと全く脈絡のない話になった。だが私の行動で一つにつながっている。

 

那覇市旭橋

iPhon7s,3.99mm,ISO200,f/1.8,1/4

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EOSな日119. 那覇の街

2017年12月04日 | Okinawa

 時期が時期だから、フルタイムでダイビングができるとは限らない。だから空いた時間に街を徘徊しようと思いEOSを手荷物でぶら下げていった。それは正解であり、実際初日は宜野湾でダイビングだったので時間が余った。那覇市内の古い民家はmapに記載されているわけではないので自分の足で探すほかない。早速そんな古い民家と路地の一角をみつけた。この民家の横の道を上がると狭い路地のある古い街区につながる。撮影できないぐらいの狭隘な古い路地だった。

 那覇の街は戦後の空気が残る退廃した都市景観の画像が記憶に残る。東松照明や森山大道といったフォトグラファー達の影響だろうか。だが今そんな光景は皆無に等しい。やはり那覇は現代都市であり、その隙間に僅かに古民家が点在している程度なのだ。

 そんな戦後風景の一つであった農連市場も再開発ビルが建ち、古い市場の姿がなくなろうとしている。再開発前に訪れたときは、もう開発間近の時期であったから市場の活気は失せていたが、それでもほんの僅かに戦後の風景を私のブログでも記録していた(2015年10月28日番外編秋がない!、同年8月21日キリコのシュールな絵画、同8月20日沖縄暮らし)。このブログの僅かな時間でも撮影した風景はすでに過去形になっており、都市景観が変わる速度が早い。

 そして沖縄県の単身者世帯数が家族世帯数を上回ったことを新聞は報じていた。実際私のダイビングでも愛知県から赴任してきたという単身者と遭遇した。本土から移り住む人たちが多く人口が増えている数少ない県だ。同様の傾向を持っている東京の頂点を目指そうとする人達とは、あきらかに志向性の違う人達が集まる沖縄県だ。私もダイビングをしなかったら、沖縄の街に関心をもたなかっただろう。

 街歩きに水中機材をそのまま使えば荷物も少なくすむのだが、わざわざ重いEOSを持ってゆくこの自己矛盾。多分心地よいシャッター音に撮ったという実感を感じるのかな。なんだ!、単に機材マニアが街歩きしているだけか。そういう機材の心地よさというサプライズがないと退屈する那覇の街歩きです。

 

那覇市桶川

EOS1Ds Mark3,EF16-35mm/F2.8L USM

ISO400,焦点距離22mm,露出補正-0.3,f/9,1/400

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PEN LIFE1504.  ダイビング器材

2017年12月03日 | diving

 ダイビングをして最後にエキジットするときに水深5m程度で3分間の安全停止をする。その付近の水深になるとダイブコンピュータは自動的に3分間のストップウォッチに変わる。エアが少ないときとか、身体が冷えておしっこしたいときには長い3分間だ。水面をみるとインストラクターの先生に手伝ってもらいながら撮影機材とかフィンをはずそうとしているのがみえる。

 ダイビングのフィンは2タイプある。ベルトで足を固定するストラップフィンタイプと足をすっぽり入れるフルフットフィンタイプだ。前者は着脱しやすいが推進力は後者がまさる。

 私はフルフットフィンタイプを使用している。ビギナーの頃は、新しいフィンが堅くてなかなか脱げなかった。それが自分で脱げるようになるには50-100本ぐらいのダイビング数が必要だった。長く使用するとフィンの素材が柔らかくなり、ようやく自分の足になじんできて、はきやすくなり脱ぎやすくもなる。ダイビング器材は、使い込むほどに自分の身体にフィットしてくるからボロになっても手放せない貴重品になる。

 ダイビングスーツもしかりであり、着やすく脱ぎやすくなるのに、これも随分時間がかかった。だから今では、色も随分落ち動きやすくなった。よく穴が開きすり切れたスーツを着ている人の気持ちがわかる。それは着やすく動きやすくなったので、とても他のスーツに替えようという気分にはなれないからだ。私も穴が開こうがすり切れようがこの先も同じスーツを着続けるだろう。

 ダイビング器材は、身体になじむまでとても時間がかかる。もちろんレンタル機材なんか論外。それってとても動きにくいし、そのことが命に関わる場合があるかもしれない。だからダイビング器材は、レンタカーのようなわけにはゆかないのです。人間がゆける大気圏以外の環境は宇宙と水中。その一つへゆくわけですから。

 

沖縄県慶良間諸島渡嘉敷島アリガー南

OLYMPUS E-M1,M.ZUIKO DG FISHEYE8mm/F1.8

ISO200,露出補正-0.7,f/10,1/250

 

 

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PEN LIFE1503.  寒さの連鎖

2017年12月02日 | diving

 11月28日から3日間、関西以西は暖かい日が続く天気予報であった。まさに小春日和といってよいだろう。多分海も北風は吹くまいと推測し、それに重ねるように沖縄へ出かけていた。沖縄も、小春日和・・・ではなくて、小夏日和だった。そう夏のなごりを感じさせる光であり青い空であり27℃の気温であった。その小夏日和の3日間をダイビングについやした。

 11月の初め頃から京都は、つるべ落としのように最高気温が下がってくる。こりゃヒートテックだ・・まだ寒い・・じゃヒートテックの長袖だ・・・それでも寒いストーブをつけよう。食べ物は鍋がよい。それでもまだまだ寒い。こうなると家に閉じこもっているほかないといった具合に寒いと次第に防寒にはしり、体も動かなくなってくる。もうどこにもでたくないといった具合に気分も行動も大いに萎えていた。それは身体から意識に通じる寒さの連鎖といってよいだろう。身体から意識までが縮こまり、通例ならそんな風にして冬をやり過ごすところだが、まさに炬燵から抜け出すようにダイビングへ出かけたのだった。

 沖縄の海の水温は24℃と少し冷たいのだが、北風がなく、快適なダイビング日和の三日間だった。この時期小さな魚は大きな魚の餌となり、大きな魚はより大きな魚の餌となるといった具合に海の中にも食物連鎖があると考えれば魚はいないはずだが、予想に反して数多くの魚たちがいた。海はまだ冬ではなかったのだ。

 ダイビング3日目の夕方には、あの厚い黒い雲が沖縄にも登場してきた。その翌日、小雨降る那覇空港からは白い波が立ち荒れている海がみえた。多分これから北風が吹くのだろう。そんな光景をみつつ京都に戻った。冬に入る前の暖かい3日間は貴重だった。

 帰ってきてから、薄着でいられるなど少し寒さに身体が強くなったようだ。そこには寒さの連鎖から抜け出したような爽快感がある。今は、そんな爽快感で冬の寒さをやり過ごそうという気分ではある。ただしそんな根性がいつまで続くかは自信がないけど・・。

 

沖縄県慶良間諸島儀志布島カメパラダイス

OLYMPUS E-M1,m.ZUIKO DG FISHEYE8mm/F1.8

ISO200,露出補正-1.3,f/11,1/800

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