Creator's Blog,record of the Designer's thinking

フィールドワークの映像、ドローイングとマーケティング手法を用いた小説、エッセイで、撮り、描き、書いてます。

PEN LIFE306. 京都人の言い分

2012年03月31日 | Kyoto city
 あの通俗的な先斗町に、こんな静かな風景があったかと思う。いや風景が通俗的ではなく、そこを通る人間達の多さと、それを誘い込もうとする店舗の仕掛けが、通俗的なのだろう。本来は静かな街のたたずまいを残す路地のはずだ。
 ビジターはたくさん欲しい、そのためのお店もたくさんある、それらが循環すれば街の経済もよくなるというのは自明な構造だが、それでは静かな古都ではない。理想をいえば、店は静かに構え、人は静かにやってくる、それでいて衰えることのない街の経済と静かな古都がある、という方法がベストだろう。
 つまり今の京都は騒がしすぎる上に、東京ナイズされた店が多すぎるのである。だから目立たない看板に、目立たない店構え、それでも知っている人はやってくる位で成り立つ経済があってこそ古都なのである。
 古都というのは、町屋が残っているだけではなく、町屋の連なりが、いかにも古都という趣を感じさせてくれるところにある。まあそれでも、日本の都市の中では、比較的古い街並みが残っているほうではあるが、実を言えばもう手遅れとちゃいますか、というのが京都人の言い分なんだけど。

先斗町,2012年2月20日
OLYMPUS PEN E-PM1,M ZUIKO DIGITAL12mm/f2.0
ISO320,露出補正-1/3,f3.2.1/160,ラフモノクローム
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PEN LIFE305. 中国で何かがおこっている

2012年03月30日 | Kyoto city
 3年前に中国の投資ファンドを買っていたことがあった。何よりも分配金がアメリカはもとより諸外国のファンドと比較して随分高かった。それで京都に移るときに全部高値で売って喜んだ記憶がある。その三ヶ月後にリーマンショックだったのだが。
 先日銀行のファンドマネージャーと話をしていたら、中国ファンドは、価格は高値安定だが、分配金が0なのです、ということを聞いた。ファンド価格は高値安定で分配金が0 で払えないのでは資金が集まらんだろうと思うが・・、などと考えていた。あんまり見られない現象だ。
 こうなると、こちらは危ない予感をせざるを得ない。今、中国で何かがおこっている、それも情報が公開されない国だから、国家がなにがしかの操作しているのではないか。予感されるのは、中国のバブル崩壊である。中国のバブル崩壊は、超すごいぞーと思う。もちろん日本への影響は大きい。
 そんなことを話していたら、あのシャープが台湾企業に身売りしたそうだ。2年前に大阪・境に液晶工場を建設したのがたたり、その後液晶価格が多いに下落し、あっというまに、経営悪化したそうな。

四条河端通,2012年2月19日
OLYMPUS PEN E-PM1,M ZUIKO DIGITAL12mm/f2.0
ISO200,露出補正-1/3,f7.1/1000,モノトーン
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PEN LIFE304. デザインの話3.

2012年03月29日 | Kyoto city
 東京に出張しなければならないので、まとめてアップさせる。
 芸術と工学の軸が交差するところと書きながら、私自身はどうかというと、デッサンを4年、それから建築と環境のデザインを学び、デザイン学の博士号を筑波大学で取得しているのであるから、当然デザイン系の専門家である。
 だからデザイナーの育て方は大変よくわかる。それも何を教え、何を教えないかといった細かいところまで理解できるし、社会的にはどこまで指導すればよいかも明解に理解している。といって私が勤める大学では芸術と工学のAXISであって美大ではないから、私の専門と大学が目指す方向は、当然乖離している。大体大学というのは、そのようなものだろうと思っている。
 そうなると個人的には、一人ぐらいはじっくりと教え、実力あるデザイナーを時間をかけて育てたいと思うときもある。だがまあうちは美大ではないのだから、いきなりプロデュースを目指せと言っているわけだ。
 そうなると日本の最先端を走ってきた私の経験や、デッサンや、それを活かしたデザイナー教育に関しては、多分永久に封印することになるだろう。もったいないといっても求められなければそれまでであり、それが現実でもある。
 実はこうして封印された実力を持った人達は、日本には結構多いと実感している。デザイン分野の人材教育に関しては、日本は教える側に結構余力があると思われる。
 本来デザインというのは、国家と時代の最先端を走れる位の提案性と斬新さが必要なのである。今はそんな先端を走ることを捨てて、そこそこで落ち着いてしまっている。提案性と言うよりは、個人の感性表現の世界に近く、次第にアート化しつつあるといってよいのだろう。それはコンピュータの出現によって一般化してきたといってもよい。一般化の先には退屈な形式化の世界があるわけだが。それが最近のデザイン現象だ。
 それにしてもこのレンズは、光のトーンが綺麗だなと、話題の違う感心をしている(笑)。

京都駅,2012年2月19日
OLYMPUS PEN E-PM1,M ZUIKO DIGITAL12mm/f2.0
ISO200,露出補正-1/3,f5.1/500,モノトーン
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PEN LIFE303. デザインの話2.

2012年03月28日 | Kyoto city
 私が教えている名古屋市立大学芸術工学部のコンセプトについて述べよう。その名の通り芸術つまりここではデザインの専門家と工学の専門家とが手を伸ばした二つの軸が直行したところに芸術工学というものがある。
 だから育って欲しい人物像は、デザイナーでもなくエンジニアーでもない、私たちが予期しなかった分野の人材である。それは一つの実験だと言ってよい。日本の大学は、実験を行いながら人材教育を行ってきた。事実私の出身校である筑波大学でもそうであった。
 では芸術工学部の現実はどうかというと、やはりデザイナーかエンジニアになる者が圧倒的に多い。両方の人材を育てていると言えば聞こえはよいが、実力という点では、美大出身のデザイナーと工学系学部出身のエンジニアにはかなわないといってよい。
 デザイナーで言えば、デッサンをほとんど勉強していない学生達が来て少しばかり絵を描いても遅すぎる。エンジニアで言えば基本的なメカニズムがわからない。それも実験を工学系学部ほどしていないのだから、当然である。
 ではどんな人材を育てるのかと私流にいえば、デザインと工学の二つの眼差しを持った物事を統括する仕事である。例えばプロデューサー。ただ社会的にそうしたプロデュース的な仕事が我が学部に来るということもないし、学生達もそうした仕事を目指そうという気力も少ない。
 芸術工学をめざしながら、幻術工学、えせ工学あたりだろうと悪口を言われても反論できないのが今の現実だ。ただし将来は未知数であるが。
 二つの軸を直行させるというマトリックス型のコンセプトは、私がいた浜野商品研究所が30年以上前に企画したAXISプロジェクトのコンセプトでもある。
 あえていえならば、プログラムが書けなくても世界一の情報ツールを作り続けてきたスティーブ・ジョブスのような人物が現れることを我々は期待したい。彼の伝記を読むと人文社会学と工学の軸が交差するところ、という記述が随所にあり、我々と同じコンセプトである。
 二つの軸が交差するところ、いまの我々にはそこまでしか見えていない。あとは巣立った人間達次第だろう。

京都駅,2012年2月19日
OLYMPUS PEN E-PM1,M ZUIKO DIGITAL12mm/f2.0
ISO1000,露出補正-1/3,f2.1/60,モノトーン
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PEN LIFE302. デザインの話

2012年03月27日 | Kyoto city
 このブログで京都の古い風景を毎回アップさせていると、ここを訪れた人達は私がえらく懐古趣味だと思うかも知れない。実は私は1980年代から1990年代にかけて 浜野商品研究所 で仕事をしており、日本のデザインの最先端にいた。
 そんなことを思い出したのも、先日我が大学のOBで若くして亡くなったグラフィックデザイナーの遺作展をみたからである。アメリカで仕事をしていたから、デザイナーとしては優れているのだけど、私はあれっ!、似たようなデザインをみたことがあると思った。
 それは従来のアカデミックなデザインに対して反旗を翻し、AXISという雑誌のプロモーションによってデザインを生活のレベルで実現し、今のデザイン文化の基礎をつくりあげた浜野商品研究所であった。
 私の仕事場の階下がグラフィックデザイナー達のアトリエであり、そこで商品の全てをつくりきったと言うぐらいに説得力ある八木保さんの仕事や、クールな外立正さんのデザインを目の当たりにしていた。私の階下から、ESPRITの仕事をはじめ最先端のデザインが世界に飛び立っていったわけだ。その後八木さんも外国のアパレルブランドのチーフデザイナーとして、ここから飛び立っていった。そしてもう一つ言えば、今のデザインのあらゆる手法は、この時代にほとんどやりつくしてしまったということである。
 90年代半ばからインターネットが普及し出す。いまのデザイナーや学生達はWEBサイトから、私たちがやりつくした仕事の残骸という膨大な情報を引き出し、それを自分の感性の糧にしてゆくのだろう。多分先のOBデザイナーもそんな仕事をしていたことがわかる。コンピュータはそんな特殊解のデザインを、誰でもが出来るように一般化したことである。それによって街のデザイン事務所でも、高品位なデザインをするようになった。
 そうした感性情報の再生と再創造ばかりしていて、デザイン本来の意図である特殊解、つまりオリジナリティある社会的に刺激的なデザインのクリエイションは、誰がどこでいつするのだろうか、という大きな問題も発生する。
 だから今のデザインは、FB風に言えば「いいね」なのだけど、どこかひ弱に私は感じてしまう。そのひ弱さが今の時代のテイストかもしれないが、やはり私の時代と類似性あるデザインでは、説得力を欠いていることは間違いない。そうした感性刺激手法自体に、伸び悩む今のデザイン上の問題があるのだろう。
 ではどうすればよいかということは別の機会に書きたいが、一つ言えば、私たちは情報媒体ではなく、実物を追いかけていった世代だということである。
 東京で生まれ育ち、東京で最先端の仕事をしてきた私にとって、今住んでいる京都の町屋は、これとは全く正反対の存在である。そんな両極にある相反する性格が、今の私の感性を刺激しているのかもしれない。この一年間個人的な事情もあり、デザインの話を書かなかった。また少し本業のデザインの話を、たまには書きたいと思う。

祇園新橋,2012年2月20日
OLYMPUS PEN E-PM1,M ZUIKO DIGITAL12mm/f2.0
ISO320,露出補正-1/3,f3.2.1/1000,モノトーン
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PEN LIFE301. 看板建築

2012年03月26日 | Kyoto city
 京都市内には、古い看板がまだ結構目につく。そのデザインを見ていると、それだけで一冊の本が出来そうなぐらい多種多様で面白い。店の前に大きな看板がドンと居座っている風景は、私流に言わせれば京都の看板建築といってもよい。この街には、まだ昭和が色濃く残っている。だが、そうした看板も次第に店とともになくなってゆくのだろう。

三条縄手通り,2012年2月20日
OLYMPUS PEN E-PM1,M ZUIKO DIGITAL12mm/f2.0
ISO320,露出補正-1/3,f3.2.1/160,モノトーン
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PEN LIFE300. 社会にお返しする

2012年03月25日 | Kyoto city
 このPEN LIFEのシリーズも300回。第1回は2010年6月30日の、デジタルペンE-PL1を題材に、「マイクロフォーサーズはこれからのデファクト・スタンダードになるかもしれない」と書いた。いまではフルラインのズームレンズに加え、高解像度の単焦点レンズまでもが発売されるなど立派な世の中のスタンダードである。私のデジペンも4台に増殖してしまった。
 デジタルペンにたどり着くタイプに二通りある。一つはコンパクト・デジカメからもっと良い写真を撮りたいというのでたどり着くタイプ。もう一つは大きな機材から小さく軽い方が実用的だというのでたどり着くタイプとである。私は後者である。
 先日来私の書斎を整理していて、さてずうたいの大きいEOSとかFUJI FinePixとかどうしたものかと思う。カメラ屋に在庫処分するか、しばらく手元に置いておくか迷うね。たまにはツァイスをつけたFinePixを持ち歩こうかと考えると、しばらくケースに置いておくか。
 そんな風に考えてゆくと、あのフィルム時代の中古ライツを思い出す。筑波時代の先生いわく「あれは社会からお借りしているのだ。用がすめば、また社会にお返しするのだ」というライツの性格がうらやましくなる。そこまでいってこそ、ライツ・ブランドなのだろう。
 社会にお返しする必然性のない、ジャパンブランドがまだカメラケースの中で眠っている。個人的思い出としてとっておくのは、Canon6L(親父からもらったもの)、NikonF(一番プリミティブな機材だった)、NikonF3(中古だったけどとても使いやすかったし、使っているときに幸福感を感じた)位だ。
 それに、そろそろLeitzM3とM4-Pを社会にお返しするかな!?。ジャパン・ブランドもそうなって欲しいよね。今日は撮影機材談義になった。

五条,2012年2月20日
OLYMPUS PEN E-PM1,M ZUIKO DIGITAL12mm/f2.0
ISO320,露出補正-1/3,f2.1/60,モノトーン
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PEN LIFE299. フローの人生

2012年03月24日 | Shinkansen commuting
 最近自分の持ち物を整理している。整理と言っても大半は捨てている。スティーブ・ジョブスの伝記を読んでからなのだが、必要なものはデータ化すれば、例えば分厚い名刺ブックは不用だし、iMacとiPhonがあれば大体十分であるといった具合にである。
 本は半分ほど捨て、あとは大学の研究室と図書館への寄付である。壊れたG5ビンテージMacやら、買ったときは
30万円はした23インチモニタ、それにキャノンのA3ノビプリンター、スキャナー、それにCDウォークマンまであった。まだ使えるのに廃棄処分だ。それに外付けHDもすべて廃棄処分。PC関係だけではなく、押し入れをみたらもう不要品ばかりである。そんなわけで整理していたら、ついには私の書斎一つが空っぽになってしまった。
 これまで実に不用な物を買わされたという思いと、情報化の急速な進化だからしかたないという思いとが交錯する。一体人間は、後世に何をのこすのであろうかと思う。人間は、残すのではなく消費しているだけだという見方も成り立つ。ストックではなくフローの人生だということを痛感する。

関ヶ原,2012年3月13日
OLYMPUS PEN E-PM1,M ZUIKO DIGITAL12mm/f2.0
ISO200,露出補正-1/3,f7.1.1/800,モノトーン
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PEN LIFE298. 夢のような一時

2012年03月23日 | Kyoto city
 あの雲に乗りたい。こう書けば昔読んだストーリーの一説を思い出す。平安京が建設されて以来、1200年の都から見えてきた雲には、今でも人間の想像力や夢をかきたてる要素があるのだろう。
 先日近所の立派な野菜や果物を売っている個人スーパーが店じまいした。随分愛用させていただいたのにとても残念である。大げさに言えば、どこか夢のような美味しい一時が過ぎ去ったとでも言いたくなるような気分であった。
 今日は大学の卒業式・修了式である。学生達とは短い付き合いだったけど、その中で彼らは、多いに悩み、多いに笑い、多いに食べ、一人一人個性を振りかざして、全力で自分の人生に向かって頑張ってきた連中達だ。そんな姿を思い出している。これから先、どこかで顔を合わせることもあるだろうけど、そんなすがすがしく個性的な学生達が去るということが、私を寂しい気分にさせてくれるのは歳のせいか。振り返ればこれも夢のような一時であった。
 三月、そんな夢のような一時が、一つ一つ閉じてゆく。それはとてもセンチメンタルなときでもある。

三条界隈,2012年2月20日
OLYMPUS PEN E-PM1,M ZUIKO DIGITAL12mm/f2.0
ISO200,露出補正-1/3,f3.2.1/4000,モノトーン
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PEN LIFE297. 愛着を持たないで借りよう

2012年03月22日 | Kyoto city
 最近家の中の私の持ち物を整理し始めた。そしたら、ほとんどが何年も使わない物ばかりだ。だから捨てに捨て、図書館に寄贈し、友人にあげ、ということをしていたら、壁面の棚のほとんどが、空いてしまった。
 さらに4台のHDもMacのTime Machine&Air Mac組み込みのストレージに変える予定なので、これらが全部不用になる。プリンターやスキャナーなども、今では不用である。考えてみると情報機器に随分投資させられ、だから企業は多いに利益をあげたわけだ。
 そして相当に私の家の荷物が片づいたのである。私のデスクも松本家具のライティングビューローにおいてあるiMacで十分となってしまった。
 カメラケースを覗いたらニコンF4だヘキサーRFだライツだかのフィルム機材がでてきた。ライツはとっておくとしても、フィルム時代のニコンやヘキサーはいらないよ。あっ、このヘキサーは量販店のポイントで購入したんだ。これも処分。デジタルEOSは大学にお返しし、 もうデジタルペンだけで十分だよ。
 こうなると今の機材は日新月歩だから、すぐに陳腐化する。だから愛着を持って使おうではなくて、愛着を持たないで借りよう、というほうが捨てる手間が省けて大変便利なのである。

三条界隈,2012年2月20日
OLYMPUS PEN E-PM1,M ZUIKO DIGITAL12mm/f2.0
ISO200,露出補正-1/3,f3.2.1/500,モノトーン
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PEN LIFE296. 時代遅れの新聞

2012年03月21日 | Kyoto city
 あの町屋の二階の手すりにもたれて街を眺めてみたい。そんなことを思わせる手すりだ。多分天井は大変低く冬は寒く、夏はあついのかもしれない。
 昨日は、名古屋に行くときに、新幹線は三島-新富士の間で人が新幹線にふれたので、一時運転見合わせになり、岐阜羽島の駅で私が乗った新幹線は止めになった。そういうときどこが情報が早いかをiPhoneで探っていた。当然JR東海は当事者なので早いのだが、次に早かったのがミクシーである。足止めされた新幹線からの情報である。
 最も遅いのが、マスメディアである。しかもミクシーと同じ情報しかない。特に新聞なんか論外と言える。そう考えると、もはや情報の遅い新聞を購読する時代ではないと痛感させられる。ではどうすればよいか。
 答えは簡単である。写真記者をヘリで現場に派遣している時間はない。であれば事故の現場にいた人間から事件写真を、インターネット経由で新聞社に応募させればよいのである。今時の世の中でだれかが携帯で撮影でき、そしてデジタルビデオを持っている。一番早くWEBに掲載された投稿者に謝金を払うシステムを構築すればよいのである。そんな簡単なシステムで、ビジネスチャンスになるのである。
 というのも、足止めされた新幹線に乗っている人間は、よりリアルな画像情報を求めているのである。それに応えられるのは、現場に居合わせた人間達だけである。今時だれでも携帯電話位で撮影できるだろう。そういう現場の画像を投稿出来る仕組みをWEB上に構築すればよいのである。そういうことは、新聞社が真っ先に行うのかと思ったら、実はミクシーであった。ただし、画像はないが。
 そうなると最早新聞社の存在価値はない。新聞を購読するという気分にもなれない。情報は遅い、知識は浅薄だ、私などは、博士の学位のない人間の書いた視点など、あほらしくて読めないというおごった気分にもなる。全く価値のない記事ばかりであるのが今の日本の新聞である。
 情報化社会の最先端を走るべき新聞が、一番遅れているというのが、いまの現実なのである。私はLive newといったリアルタイムで画像情報付きの無料サイトぐらい立ち上げるべきだと新聞社には要求したいが、残念ながら時代錯誤の新聞社なのでそんな意見に耳を貸す余裕もない。そんな時代遅れの新聞など、当然購読する気分にはなれない。

三条縄手通り,2012年2月20日
OLYMPUS PEN E-PM1,M ZUIKO DIGITAL12mm/f2.0
ISO200,露出補正-1/3,f3.2.1/1250,モノトーン
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PEN LIFE295. Editorial design

2012年03月20日 | Kyoto city
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・・・・編集デザインの見方をすれば、こういう画像には英文の方が似合いそうだ。この英文はiWebのエントリーを追加すれば必ず表示されるカンプ原稿。もちろん文章ではなく、アルファベットの羅列にすぎない。
 実は私たちの生活において、特に情報を扱う場面では、この編集という作業が大変重要な活動になる。つまり情報の編集である。このブログであるにせよ、フェイスブックであるにせよ、学術論文であるにせよ、まとめる段階で編集という操作が必ず加わり、相手に何をどうのように伝えるかといった重要なプロセスを伴う。
 それはプロの編集者はともかくとして、編集の素人であっても、人に物事を伝達するときには、画像やテキストをどのように配置し使うかといった編集のプロセスを避けて通ることはできない。それだけ編集というプロセスや操作方法が、平たく言えば情報を扱う場合で一般常識化された知識だといってよい。つまり現代人の一般教養の一つである。
 たから私自身Adobe Indesignをよく使う。学術論文を書くときも、図版などを編集してテキスト原稿を書くし、講義で学生に配布するレジメ、表組みの事務書類、研究経歴書、何かの機会に作成するアルバム、そしてイラストの入った手紙もこのソフトで書いたりする。私の原稿書きには、なくてはならないソフトでもある。
 他方全く私の原稿書きの場面で使い物にならないのが、Wordである。文章は書けても図版をいれると、とんでもない余白が生まれて調整するのに気を取られているうちに、文章を忘れたりといった具合に、編集という操作が希薄なのだ。おそらく文章だけで、世渡りをする人のためのソフトなのだろう。
 驚くべきことに巷では、これで表組みをして事務書類を作成しているではないか。現在の日本の事務文書のほとんどは、このWordで作成している。これがまた文字数が多いと罫線が次ページに飛んだりと、記入する方は実に使いにくい編集概念の欠落したソフトなのである。だからWordの達人が事務職には必ずいるわけだ。それだけに達人が作成した事務書類を、書き込む方は難儀する。事務というのは、いまだになんという非効率な世界なのだろうと思う。
 せいぜい事務文書はIndesignとはいわないが、計算ができるExcelにして欲しい。私の場合IndesignとExcel、この二つのソフトで一般的な常識的作業は間に合ってしまう。文字、表、画像、イラストといった編集過程を必要とするからである。
 そう書いていたら、ああっ、また原稿書きの仕事が、この一月ぐらい続く、ということを思い出した。5本ほど論文がある。原稿書きと編集と多忙である。

河端通り,2012年2月20日
OLYMPUS PEN E-PM1,M ZUIKO DIGITAL12mm/f2.0
ISO200,露出補正-1/3,f6.3.1/640,モノトーン
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PEN LIFE294. 周辺機器

2012年03月19日 | Kyoto city
 京都では、「おくどさん」と呼ばれていた昔の台所。現代の旅籠屋で果たして使っているかはわからないが、それでもガスを引き込んでいるので、案外本物のかまど焚きご飯がいただけるのではと想像する。であれば自炊の旅籠だ。そうしたスタイルは昔からのものであろう。つまり長期滞在者用だよね。こういう不思議な光景を見ていると、こんどまた訪れて主から話を聞いてみようと思う。
 話題は変わるが、家の中をすべて無線LANにしてしまおうと目論んでいる。プリンター&スキャナーがすでにそうなのだけど、これは複数のPCで使えて実に便利だ。
 残るは外付けHD4台、これこそ無線LANにしたい。というのもケーブルが乱雑であり、変圧器がついいるので、バックヤードが乱雑としている。
 それに周辺機器は、電源コンセントのデザインがものすごく悪い。今時プラグがピンとたっている収まりの悪いデザインなんて、最悪だよ。そこへ各社まちまちの変圧器をかませるのであるから、乱雑さの原因の最たる物だ。Macのタイムカプセルに全部データを収納して、手元にある4台のLacieは廃棄処分しよう。キャノンのスキャナーも捨てちゃったし、清々している。十数年来部屋を占拠してきたPC周辺機器も、ようやく片付きそうだ。
 今時無線LANに容易につなげなければ、周辺機器の存在価値はない。

三条界隈,2012年2月20日
OLYMPUS PEN E-PM1,M ZUIKO DIGITAL12mm/f2.0
ISO5000,露出補正-1/3,f3.2.1/60,モノトーン
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PEN LIFE293. 無線LAN

2012年03月18日 | Kyoto city
 現代の旅籠の続々編。このように路地を挟んで片側には客室、もう片側には五右衛門風呂やかまどや洗濯スペースがある。屋外の路地空間がこの建築の骨格になる。しかも左右の建物の旅籠に隣接して別の居住者がすむ住まいが続き、そんな多機能空間が路地で整理されているところが空間的にはおもろい。
 今日は、雨の日曜日。昨日から少し身の回りの不用なものを整理していたら、ほとんどが不要品だった。何年も読まない本や要をなさない書類など。なかにはMacOS9のトラブル方法などという本や書類が出てきて、そんなPCはすでに我が家にはない。それに壊れたビンテージG5Macやプリンター、使えるけど今では要をなさないスキャナーやMOドライブ、それに大量のIEEE1394のケーブル、今なら1台で軽く納まるが、ケーブルと変圧器だらけの4台のハードディスクといった具合だ。
 ここ数年のMacの進化はめざましく、PCやキーボードやマウス、プリンター&スキャナー、iDiskやHD、オーディオとすべて無線LANでつなげられる。既にPCの裏側はケーブルだらけから脱却している。そして最早デスクの中央にPCが鎮座している時代ではない。それよりも、デスクの上には、スケッチブックや画材やアートや思い出の品々を起きたいものだ。それこそがクリエイティブな生活スタイルである。

三条界隈,2012年2月20日
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PEN LIFE292. 思い出すときりがない

2012年03月17日 | Kyoto city
このブログPEN LIFE277でとりあげた、れっきとした現代の旅籠の玄関である。普通の民家と民家の間の路地に入ったときは、住まいにしては大仰な看板と提灯がかかり、誰でもはいって行けそうな雰囲気であるのが不思議だった。
 表口には母屋の2階が路地をおおっているので、雨をよけることが出来る。だからそこには椅子やテーブルが置かれていて喫煙コーナーなどのサロンになっている。それも屋外だ。その先に路地沿いに客室がある。
 つまり旅館の廊下が路地というわけだ。 路地を挟んで右側が客室で、左側がお風呂や洗濯室などである。宿泊者はこのよく手入れされた美しい路地を行き来して、暮らしているわけだ。なんとも斬新な建築コンセプトである。
 そんな暢気なことを書いていたら、まだ年度内未提出書類があることを思い出した。それに来月に欠けて4本の大会論文を提出しなければならないので、慣れない院生達とまとめなければならないという難儀な仕事もある。それに個人的な行事が二つあり、その段取りもいるのだろう。ああそうだ、学術論文の書き直しもあるではないか。それは頭が痛い。 最近出勤簿の押印がやかましいので、大学で仕事をしようともくろみ、家の本を全部送らなきゃ。でも、これは家が片づいて良いか。ついでに徹夜仕事に備えてベッドも送るか。いや、家毎大学に送ってしまいたいぐらいだ (笑)。あとは、なんだ・・・壊れたMacすてなきゃ、プリンター修理に出さなきゃ、東京へ髪カットにゆかなきゃ、スニーカーボロボロだ、Gパンも変えたい・・・思い出すときりがない。
 そんなわけで、学生達は暢気に旅行をしている春休みだが、こちらは全く休めない日々が続く。まあ5月の連休が終わる頃には、一息つけるのだろう。今週末は、午後から大学に出て仕事!?、それはちと疲れるので遠慮したい気分だ。
 家にたどり着いたのが夜の11時すぎだったから・・・ああっ、もう夜中の12時だ。ブログアップさせてひとまず寝よう。話題がそれたなぁー。春の陽が一杯の芝生で昼寝をすることを夢見つつ。

三条界隈,2012年2月20日
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