書道家Syuunの忘れ物

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日本人の国家意識が薄れた‥‥それ某組合の理想

2008-02-07 18:24:42 | 読み解けば‥‥

日本人の国家感が薄れた。
そのように多く思われる人々というのは、中年以降の世代だろう。
一番ダメというのが、戦後ベビーブームが終わった後、「共通一次」という試験が始まったころの人たちだ。
そう言う人たちが考えるのが、大量消費と使い捨ての精神だろう。
かって、「捨てる技術」とかの本があった。
とにかくその本の内容の凄まじさは、電化製品のマニュアルも全て捨ててしまえという事だ。
マニュアルは、ネット上にあると言うものだが、本当のところは全てあるものではない。
そこに潜むのは、自分ですべ解決するというのではなく、他人任せの感覚だろう。
ネット上にあるマニュアルは、その会社の都合で削除と言うこともあるし、元々そんなものを公開していないところもある。

国家感とは、全ての人が、自分で出来ることは自分ですると言うところに尽きる。
そして、自分で出来ないことは、隣近所で聞いて、それが街、町へと広がって国というレベルまで達する。

それを全て他人がやる‥‥と他人任せにすると、何でも国がやれと言うことになる。
だから、日本ではポランティアが育たない。
しかも、そのボランティアの中心である専業主婦を攻撃して、働け、働けと言うのだから、国家としてお粗末だ。
よくよく見てみると、そのようなことを主張する東大教授は独身で家庭を持っていなかったり、どう見ても国家感を持っていないような人物だった。

今、40歳以降の日本人は、50歳前後の根無し草の様な人たち、そして団塊世代の一部‥功成し遂げた人‥‥に絶望している。
その上、現政権のような、20年も時代を遡ったような人たちには早く引退して欲しいと誰でも思っている。
要するに、日本には老害が蔓延っているのである。

戦後の高度成長というのは、戦争によってこの老害と言われる年寄りが排除され、「新進三等重役」(本来部長止まりの人間が重役になった)と揶揄されながらなしてきたことだった。

考えてみれば、明治維新などには、年寄りはいなかった。そして、官僚的な人間もいなかったというのは、史実だ。


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