今から30年前の昨日にあたる1995年2月25日、韓国で行われた試合結果です。
WBAジュニアバンタム級戦(スーパーフライ級):
王者李 炯哲(韓国)TKO12回2分32秒 挑戦者田村 知範(オークラ)
*この試合が行われた前年9月に、東京のリングで鬼塚 勝也(協栄)からタイトルを奪った李。初防衛戦の相手に、協栄ジム系列にあたるオークラジム出身の田村が選ばれました。
(韓国に乗り込み世界に挑んだ田村)/ Photo: Youtube
本来は一階級下のフライ級を主戦場としている田村。敵地での世界初挑戦となりましたが、緊張感を感じさせないスムーズなボクシングを展開していきます。対する李は、初防衛戦ではありますが、すでに安定王者の雰囲気を醸し出していました。従来のコリアン・ファイター達とは違い、リカルド ロペス(メキシコ)を彷彿させるスタイリッシュなスタイル(褒めすぎかな?)でどっしりと構え、田村を迎え撃ちました。
出だしから田村の健闘が目につきましたが、一階級下のフライ級上がりのためでしょうか、その攻撃は李のものと比べると軽く感じられてしまいます。また、パンチの的確性でも王者に大きく劣り、徐々にエンジンのギアを上げていく李に追い詰められていく形となってしまいました。
李にとり、元日本国内王者は格下ということもあり、鬼塚戦より一段高いレベルのボクシングを披露。接近すれば左右のフックで、離れれば見事な左ジャブで田村を突き放しという老獪なボクシングを披露していきます。
王者のパンチを被弾すれば必死に反撃を試みる田村ですが、目の腫れもありラウンドを追う毎に苦しい展開に追い込まれていきます。8回を過ぎたあたりから、内出血のためか右目(というより右顔全体)を大きく腫らし始めた挑戦者。試合後半になると、左目の周りも腫れも目立ち始め、その精悍な顔がフランケンシュタインのように変貌してしまいました。
限界を超えながら前進し、必死に手数を出す田村。対する李は力をセーブし余力を残した状態で試合は後半戦に突入。そのスタミナに反映されるように、回を追う毎にパンチの数を増やしていった李。腫れにより視力が低下してしまった田村は、次々にそれらのパンチを被弾してしまいます。
試合も残り1分を切ったところ、連打から右でダウンを奪った李。挑戦者はカウント内に立ち上がりましたが、田村陣営は試合継続を拒否。それ以上のダメージの蓄積から田村を守りました。
ボクシングの人気が急降下した韓国を象徴するかのようにガラガラの会場で初防衛に成功した李。防衛回数をドンドンと伸ばしていく印象を残しています。大善戦むなしく敗者となった田村。この試合を最後に、現役生活に別れを告げています。
この試合が終わった時点(1995年2月25日)でのスーパーフライ級/ジュニアバンタム級の世界王者たちの顔触れは下記のようになります。
WBA:李 炯哲(韓国/防衛回数1)
WBC:川島 郭志(ヨネクラ/2)
IBF:ハロルド グレイ(コロンビア/2)
WBO:ジョニー タピア(米/1)
*知名度ではタピアが他の王者たちを一歩リードしていましたが、実力は伯仲だったといっていいでしょう。