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今、日本のポップカルチャーが世界でどのように受け入られ影響を広げているのか。WEB等で探ってその最新情報を紹介。

震災後、日本は何を生み出すのか02:誇りに感じた日本人

2012年04月30日 | 自然の豊かさと脅威の中で
東日本大震災は、日本人の心にもっとも深く刻まれた経験、民族の「原体験」を思い起こさせた。自然の猛威に打ちのめされながら、そのたびに助け合いつつ、いたわり合いつつ再生してきた経験が、日本人のもっとも日本人らしいところを形づくっている。この震災は、そういう日本人の根っこにある記憶を呼び覚まさせたと思う。

震災後一年を超え、震災が日本人の意識にもたらした変化についての調査がいくつも行われている。ここではその代表的なものを一つだけ挙げておこう。

社会の絆、8割が重視=大震災で意識変化-内閣府調査

内閣府が31日発表した「社会意識に関する世論調査」で、東日本大震災以後、社会との結び付きについて「前よりも大切だと思うようになった」と答えた人が79.6%で、「特に変わらない」19.7%を大きく上回った。被災者に対する支援活動の輪が広がり、助け合いの意識が高まったことの表れとみられる。

また、震災後、強く意識するようになったことについて複数回答で尋ねたところ、「家族や親戚とのつながりを大切に思う」が67.2%でトップ。以下、「地域でのつながり」59.6%、「社会全体として助け合うこと」46.6%、「友人や知人とのつながり」44.0%と続いた。(2012/03/31、時事通信社)
 (引用ここまで)

大災害で、みんなが協力し合わなければならない状況を経験したのだから、このような意識変化は当然だと思うかもしれない。しかし、そういう感覚は日本人にとっては当然かもしれないが、世界の常識は必ずしもそうではない。

たとえば、「マイケル・サンデル教授も称賛した日本の「助け合い」精神、共同体意識という強みと、その先にある課題(武田斉起:日経ビジネス20011/4/25)」という記事は、去年4月16日、NHKテレビで放送されたマイケル・サンデル米ハーバード大学教授による特別講義『大震災 私たちはどう生きるのか』に関してレポートしている。その中で武田氏は、震災時の日本人の行動を語った次のような二つの言葉を紹介している。

米ニューヨークタイムズ紙は、「日本の混乱の中 避難所に秩序と礼節」と題する記事(3月26日)の中で、「混乱の中での秩序と礼節、悲劇に直面しても冷静さと自己犠牲の気持ちを失わない、静かな勇敢さ、これらはまるで日本人の国民性に織り込まれている特性のようだ」と評した。

米国のある学生は「カトリーナの時は正反対の状況で、避難者が移った先でさえも便乗値上げが起こった。日本人は略奪をしない、間違ったことはしないという秩序立った精神、責任感といったものが人々の間で共有されている。日本という国全体がそう思っているように見えた。本当に感心し、驚いたし、何だか希望のようなものを感じた」と発言した。別の学生は「同じ人間として誇りに思った」と。


これに類する賞賛は当時かなり多く紹介されていたから、それらを通して日本人は、大災害時には略奪や暴動や無秩序が世界の常識なのだということを知ったはずだ。災害時に略奪や暴動が常態ならば、その経験を通して人々は何を学び、意識をどのように変化させるだろうか。略奪を受けて逆に「社会との結びつきや助け合い」こそ大切だと思う例も少しはあるかもしれないが、多くの場合は、「災害時には周囲の人々は信用できない。人を頼りにせず自分や家族を守ることが大切だ」と思うのが自然だろう。

日本で東日本大震災以後、社会との結び付きについて「前よりも大切だと思うようになった」と答えた人が圧倒的に多かったのは、実際に助け合いやつながりが大切な役割を果たしていたことを見たり、経験したりしたことが前提となってのことだろう。

だからこそ今度の大震災は、「助け合い」精神や共同体意識の大切さを思い起こさせた。つまり日本人の根っこの記憶、「原点」をよみがえらせた。忘れかけていた「国民性に織り込まれている特性」を復活させ、日本人の意識を変化させたのである。

この連載のタイトルは、「震災後、日本は何を生み出すのか」だが、実は生み出す以前に自分たちにとっていちばん大切なものを思い出すことこそが先なのである。震災は、それを思い出すきっかけになったし、それがが日本の本格的な復興にとっても重要なのだ。遠い昔から日本人は、そうやって復活してきたからである。それは、自己否定や自己卑下、過去否定をやめて、日本人としての誇りを取り戻すことでもある。自分たちの文化は何でもダメだと思う態度をやめて、素晴らしいところはこんなに素晴らしいと素直に気づくことである。

《参考図書》
ニッポンの底力 (講談社プラスアルファ新書)
日本の大転換 (集英社新書)
資本主義以後の世界―日本は「文明の転換」を主導できるか
日本人て、なんですか?
日本復興(ジャパン・ルネッサンス)の鍵 受け身力
日本の「復元力」―歴史を学ぶことは未来をつくること (MURC BUSINESS SERIES 特別版)

《関連記事》
東日本大震災と日本人(1)
東日本大震災と日本人(2)日本人の長所が際立った
東日本大震災と日本人(3)「身内」意識
東日本大震災と日本人(4)突きつけられた問い
日本文化のユニークさ24:自然災害が日本人の優しさを作った

『日本辺境論』をこえて(1)辺境人根性に変化が
『日本辺境論』をこえて(2)『ニッポン若者論』
『日本辺境論』をこえて(3)『欲しがらない若者たち』
『日本辺境論』をこえて(4)歴史的な変化が
『日本辺境論』をこえて(5)「師」を超えてしまったら
『日本辺境論』をこえて(6)科学技術の発信力
『日本辺境論』をこえて(7)ポップカルチャーの発信力
『日本辺境論』をこえて(8)日本史上初めて
『日本辺境論』をこえて(9)現代のジャポニズム
『日本辺境論』をこえて(10)なぜ若者は伝統に回帰する?



震災後、日本は何を生み出すのか01

2012年04月29日 | 自然の豊かさと脅威の中で
この問いは、ずっと心の中にあった。東北大震災後の日本は、どのように変わったのか、あるいはどのように変わろうとしているのか。震災後まもなくこのような問いを意識しつつ、いくつかの記事を書いた。

東日本大震災と日本人(1)
東日本大震災と日本人(2)日本人の長所が際立った
東日本大震災と日本人(3)「身内」意識
東日本大震災と日本人(4)突きつけられた問い
日本文化のユニークさ24:自然災害が日本人の優しさを作った

「東日本大震災と日本」は、もう少し長く続けていくつもりだったが、テーマが大きすぎて続けられなかった。あれから一年経って、もう一度この問いを考えてみようと思った。この一年の間に、同じような問いに触れたいくつかの本が出版された(下の参考図書)。これらの本もヒントにしながら、この問いをさらに深く考えて行ければと思う。

4月27日の記事で日本人のクリエイティビティ(創造性)を話題にしたとき、世界が日本人をクリエイティブだと見ているのに日本人はそう思っていないという認識ギャップについても語った(→日本人はクリエイティブ、なぜ?)。

創造性の問題に限らず、日本人は一般に自民族や自文化を不当に低く評価する傾向があることは、これまで何度か触れてきた。過去の自文化を激しく否定することは、外来の新文化を効率よく吸収するのに必要な心理的な処置だった面は確かにある。

しかしそうした心理的傾向は、守るべき自分たちの良さまでもためらいもなく捨て去ってしまうという無視できない弊害も伴っていた。最近は、自分たちが忘れ去ってきた伝統の良さを見直そうという動きが、若い人々を中心に起こっていることも見てきた。

東北大震災は、日本人が忘れ去ってきた自分たちの良き伝統をもう一度思い起こそうとする動きをさらに強く促したのだと思う。大震災の後に、その恐怖と不安の中で日本人が見せた冷静さ、混乱のなさ、相互のいたわり合い、保たれた秩序などが、世界中で驚きをもって報道された。海外で報道された記事中の驚きと賞賛の言葉には次のようなものが多かった。

誰もが冷静で落ち着いていた。なぜあのように冷静でいられるのか。
誰もが忍耐強く秩序を保って行動し、規律が保たれていた。
略奪行為もなく暴動も起きず、食料を奪い合う住民の姿もみられない。
最悪の状況下でも他人を気遣い、思いやりを失わなわなかった。
混乱の中でも自分の職務を責任をもって果たそうしていた。
   (→東日本大震災と日本人(2)日本人の長所が際立った

このブログで考察している「日本文化のユニークさ」5項目(最近6項目に変更)の3番目は次のようなものであった。(5項目のすべてについては→日本文化のユニークさ37:通して見る参照)

(3)大陸から海で適度に隔てられた日本は、異民族(とくに遊牧民族)による侵略、強奪、虐殺な体験をもたず、また自文化が抹殺されることもたなかった。一方、地震・津波・台風などの自然災害は何度も繰り返され、それが日本人独特の自然観・人間観を作った。

国が海で囲まれていて外敵の侵入による文化破壊や、異民族支配による伝統との断絶がなかった日本は、人間相互の極度の不信を知らない。そのかわり自然を前にしての人間の無力さは何度も経験してきた。

おそらく日本列島に人々が住み始めて以来、東北大震災に匹敵する、いやそれ以上の地震や津波は何度も何度も繰り返されているのである。そのたびに私たちは、それ以前に築いてきたすべてを失い、大自然の猛威の下でまったく無力な存在であることを思い知り、それ故いたわり合いながら再出発することを、数えきれぬほど繰り返してきたのである。それは日本人の「原体験」となった。

だからこそ私たちは、東北大震災のような大災害に遭遇して日本人としての「原体験」を思い起こすのだ。日本人は今、たとえはっきりと自覚していなくとも、大災害を経験した先祖たちがどうしてきたかを多かれ少なかれ思い出している。「近代化」「西洋化」の名のもとに否定し、忘れ去ってきた過去の日本人の生き方を、その意味を、今度の大震災をきっかけにして呼び覚ましている。

日本の自然は、豊饒な恵みを与える母なる自然であると同時に、「荒ぶる」自然でもある。縄文人は、そのような自然に育まれ、そして翻弄されながら、その「原体験」に即した「宗教」を持った。東北地方の人々は、日本人の「原体験」の記憶をもっとも深く心に刻んでいる人々だ。世界の人々を感動させたのは、遠い過去から日本人が重ねてきた経験と行動のよみがえりだった。日本人は、東北の人々の態度や行動に触発されて、忘れかけていた自分たちの本来の姿を思い起こしているのだ。

新しい文明を夢中で吸収しようとするあまり、自分たちの過去や伝統を否定し、いともかんたんに忘れ去ってきた日本人。しかし東北大震災は、実は日本人が世界が驚嘆するような性質を失わずにいることを思い起こさせた。大切なことは日本人自身が、世界が驚嘆した自分たちの長所をはっきりと自覚することである。よみがえらせ、守るべきものが何なのかを自覚することである。そこから、震災後の日本の進むべき道も見えてくるはずである。

《参考図書》
ニッポンの底力 (講談社プラスアルファ新書)
日本の大転換 (集英社新書)
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シャイな日本人に興味(アンケート回答03)

2012年04月28日 | 日本についてのアンケート
名前:Tanya(バルバドス出身、女性) 
滞在期間:9か月(20歳代)

※バルバドス(Barbados)は、カリブ海、西インド諸島内の小アンティル諸島東端に位置する、英連邦王国の一国たる立憲君主制国家である。 島国であり、島全体が珊瑚礁で出来ている。(Wikipedia)

1) あなたが、日本に抱いていたイメージと実際に経験した日本と間のギャップはどのようなものですか。

★私はどんな予断も持たないできました。私は、心をオープンにしてきました。

2) 日本で生活していて、便利だと思うのはどんなところですか。

★優れた交通機関。優れた接客サービス。長時間開いている店。礼儀正しい人々。

3) 日本で生活していて、不便だと思うのはどんなところですか。

★遠回しな仕方のコミュニケ―ション。フレンドリーではないこと。日本人のおとなしさ。トイレに紙タオルがないこと。

4)日本で生活していて、いちばんフラストレーションを感じるのはどんなことですか。

誰も私に何も言わない! 方角の曖昧な説明。
★日本人が本当に私をほめているか、ただの社交辞令なのかが分からない。

5) 日本と、その国民、社会、文化について、長所は何だと思いますか。

★日本人は、怒ったりイラついたりするのがおそい。
★日本人は、とても礼儀正しく、とても正直で、そんなにものを盗まない。
★日本人は、いつも贈り物をする。
★私は、日本人の勤勉さが好きです。
★日本人は、親切で寛大です。

6) 日本と、その国民、社会、文化について、良くないと思うのはどんなところですか。

★外の世界への不合理な恐れ。
★温かさの欠如(ハグし合わない、フレンドリーなタッチがない、誰も「ご機嫌いかがですか」と聞かない。笑いがない)
★飲酒 ★喫煙
★日本人は働きすぎだと思う。
★友人付き合いに関して、年齢や先輩後輩関係で違いがあるという事実は嫌いです。
★官僚と書類事務、そして規則に融通性がないこと。
★日本人は感情を隠すという事実。
★誰かに贈り物をされたときお返しをするという習慣(結婚の際など)。
★多様性がないこと。
★学校内では先生たちは礼儀正しいのですが、学校を出るとフレンドリーでなくなることがあります。そういうのは、私の国ではまやかし(fake)と見なされます。

7) 日本でいちばん楽しかった経験はどんなことでしたか。

★日本の家庭でのお正月のお祝い。東京ディズニーランドでの新年の催し。

8) 日本でいちばん不愉快な経験はどんなことでしたか。

★新宿のラーメン店でサービスが悪かったこと。私は店員に日本語で話しかけたのに、ひどく失礼な応対をされた(ウェイトレスは私に挨拶せず、ウェイターはコップを乱暴に置いた)。

9) あなたにとって日本の文化の魅力とは何ですか。

★日本人はなぜそんなにディズニーに関心があるのですか。
★日本人はなぜそんなに一生懸命働くのですか。日本人は仕事を楽しんでいるんですか。
★細部に注意を注ぐこと。

10) あなたは、日本文化のどんな分野に関心がありますか。またそれはなぜですか。

★私は伝統的な服装やスポーツ、祭が好きです。和服は美しく、伝統的なスポーツや祭りは、私の国では経験できません。
★それから私は、はにかみ(shyness)の文化に興味があります。日本人はなぜシャイで、どれくらいの年齢からシャイになるのか知りたいです。

11) あなたの国の社会や文化と、日本のそれとのいちばん大きな違いはなんですか。

★私の国は、温かくフレンドリーなこと。私の国では、どんな年代のどんな人とでもフレンドリーになることができます。友人とも見知らぬ人とも、共にもっと笑いあいます。みんなもっとにぎやかです。自己紹介はそんなに形式ばってもいず堅苦しくもありません。誰かと会うとすぐに、名前を知らなくとも会話を始めます。

13) 日本の若者に何か伝えたいことがあったら、ここに書いてください。

★外国人や外の世界を恐れないでください。

《関連記事》
日本に滞在する外国人へのアンケート実施の計画
本に滞在する外国人へのアンケート:質問事項
尊敬を中心にする文化(アンケート回答01)
信頼の雰囲気がある社会(アンケート回答02)


日本人はクリエイティブ、なぜ?(1)

2012年04月27日 | 全般
「最もクリエイティブな国・都市」は日本・東京 でも日本人は自信がない──Adobe調査

以下は、この記事の要約である。
 ──米Adobe Systemsによる「クリエイティビティー」(創造性)に関する調査

調査は今年3月から4月にかけ、米国、英国、ドイツ、フランス、日本の 18歳以上の成人5000人を対象にオンラインで実施した。

「最もクリエイティブな国」として36%の回答者が日本を挙げ、米国の26%を10ポイント上回ってトップだった。 英仏独では日本を挙げた人がトップだったが、 米国と日本では米国を挙げた人が最多だった。

「最もクリエイティブな都市」として挙がったのは東京が30%。 ニューヨークの21%、パリの15%を上回っている。英仏独に加え、米国でも東京だと答えた人がニューヨークを挙げた人を僅差ながら上回っていた。 一方、日本ではニューヨークを挙げた人が最多だった。

「日本以外では各国の人々が自国に対して持つプライドが明らかに示され、 英、独、仏の回答者は自国とその都市が日本の次に最もクリエイティブであると考えていた」 ただ、自らを「クリエイティブだ」と考えている日本人は19%にとどまり、ダントツの最下位。

全体の52%が「教育システムにおいてクリエイティビティが抑圧されている」と感じ、特にまた多くはクリエイティビティーは教育システムに必要だと考えているという。


《私の論評》
この記事には、二つの気になることがある。一つは、これらの国の人々により、日本がいちばんクリエイティブな国と思われているのは、どのようなところがクリエイティブだとみなされているのかということ。もう一つは、日本人自身は自分たちをクリエイティブだとは思っていないという、世界の見方と自己認識とのギャップの問題だ。

まず一つ目。20世紀後半から今世紀にかけて世界の産業や生活をもっとも大きく変えたのは、IT革命やインターネット、それらに関連する一連の製品化などだろう。それらの多くはほとんど米国からもたらせれている。最近でいえば、スマートホンなどもその好例だ。にもかかわらず米国ではなく日本がダントツでクリエイティブな国とみなされているのはなぜだろうか。

おそらくこういうことだ。米国はたしかに時代を変える革命をもたらした。しかし、その事実と米国民が大衆のレベルから見てもクリエイティブといえるかどうかとは同じではない。庶民・大衆のレベルで見れば、圧倒的に日本人の方がクリエイティブだという印象が世界にいきわたっているのだ。

そういう日本のイメージが広がった大元は、やはりマンガ・アニメの人気だろう。そこに自分たちになかった新しい発想や自由な表現を見て、日本人はクリエイティブだと感じるのだ。たとえばヨーロッパの都市や人は、その宗教に根ざした文化によるのか、意外と保守的だ。そうした目から見ると日本発のポップカルチャーは驚くほど新鮮に見えるらしい。ボーカロイドから生まれたアイドル・初音ミクのライブに熱狂するというのも、世界の「常識」を覆す出来事にちがいない。そういう「変なもの」が次々日本から生まれてくるのだ。

★マンガ・アニメの創造性については次の記事を参照のこと→マンガ・アニメの発信力の理由:記事一覧

ファッションジャンルで日本の存在を急速に世界の若者に注目させたものに「ゴスロリ(ゴシック&ロリータ)」がある。ゴシックファッションをロリータと結びつける独創的な発想は、日本以外では生まれえなかった。その自由な発想に驚くのだ。マンガ・アニメやファッションを通して、世界の若者の眼は東京に向いている。「東京には選択の可能性がある」、そう感じさせる何かが東京に、そして日本にあるのだ。

インターネット上で日本関連の動画に世界から寄せられるコメントを見ていても、大衆レベルでの日本人のクリエイティビティに驚いている様子が分かる。たとえば日本の高性能トイレを紹介する動画はYoutubeでもかなり多い。そこまでトイレにこだわる日本人に興味津々、やはり日本人は変だと笑うコメントも見れるが、そのテクノロジーや「創造性」に驚くコメントも多い。自動販売機もよく紹介されている。その高性能さや種類の多さ、温かいものと冷たいものが同じ販売機で売られていることやカードを触れるだけで買えることに驚くコメントが多い。

例を挙げればまだまだありそうだが、つまりは、こういう大衆レベル、生活レベルから生まれてくる「創造性」では、日本が世界を圧倒していると見なされていることが、調査の結果にも反映されるのだろう。

二つ目は、世界の見方の日本人の自己認識とのギャップの問題だ。日本人が、自分たちは創造性がないと思っているのもある意味で無理もない。なにしろ日本人は、明治以来ひたすら欧米の真似をし続け、「猿まね」日本人と言われ、自分たちもそう思ってきたのだから。しかし、そういう日本人の自己卑下的な傾向、「辺境人」根性に変化が現れはじめたことは、最近このブログでも詳しく論じた。(《関連記事》を参照のこと)

そういう変化の中でももっとも遅れているのが、このクリエイティビティにかかわる自己イメージなのかもしれない。日本が、創造性や独創性を育てる教育に力を入れているとはいえないし、むしろ個性を殺して集団に協調することを重視する教育を行っていると思っている。だから日本人に創造性や独創性などあるはずがないという思い込みが根強いのだろう。

しかし、世界から見ると現実はどうも逆のようだ。世界の認識とのギャップが大きいことこそが日本人の問題点なのだ。私たち日本人がこのような自己イメージを、現実に合わせて変えていくべき時に来ているし、実際変わっていくにちがいない。

《関連記事》
『日本辺境論』をこえて(1)辺境人根性に変化が
『日本辺境論』をこえて(2)『ニッポン若者論』
『日本辺境論』をこえて(3)『欲しがらない若者たち』
『日本辺境論』をこえて(4)歴史的な変化が
『日本辺境論』をこえて(5)「師」を超えてしまったら
『日本辺境論』をこえて(6)科学技術の発信力
『日本辺境論』をこえて(7)ポップカルチャーの発信力
『日本辺境論』をこえて(8)日本史上初めて
『日本辺境論』をこえて(9)現代のジャポニズム
『日本辺境論』をこえて(10)なぜ若者は伝統に回帰する?
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日本文化のユニークさ44:タテ社会と甘え(2)

2012年04月24日 | 母性社会日本
◆『タテ社会の人間関係 (講談社現代新書 105)

日本のような「タテ社会」では、企業別、学校別のような縦断的に層化した集団が形成されるが、それは資格の違う人々が、ともに生活したり働いたりする場の共通性によって、枠に閉ざされた世界を形成するということである。日本の企業別労働組合のように職種(資格)の違う人々が、同じ会社という場の共通性によって集団を作るのである。

資格の異なる人々を含む集団の構成員を結びつけるのは「タテ」の関係である。それは、同列におかれないA・Bを結ぶ関係である。これに対して「ヨコ」の関係は、同列にたつX・Yを結ぶ関係である。ヨコの関係は、カーストや階級などに発展し、タテの関係は、親子や親分・子分の関係に象徴される。タテ社会は、集団内の序列を重要視する構造になる。その場合序列は、どれだけその場に長く所属していたか(つまり年功)によって形成されるのが基本になる。

タテ社会での親子的な上下関係は、下にどんどんつながっていく。子が誰かの親になり、その子がまた誰かの親になりというのと類似した形で集団が構成されるのが基本になる。こうした集団でのリーダーシップは、逆に大きな制約を受ける。なぜなら、その集団のリーダーは、直接その成員のすべてを把握しているのではなく、リーダーの子にあたる直属の幹部をとおして把握しているからだ。ということは、リーダーに直属する幹部の発言権がきわめて大きいことである。各幹部は、ある意味で、それぞれの支配下の成員の利益を代表するから、リーダーは、その力関係の調整役を強いられるのだ。

さらに、リーダーとその直属幹部との関係は、タテの直接的な人間関係であるため、親分・子分的なエモーショナルな要素によって支えられている。そこに濃厚なのは、保護と依存、温情と忠誠といった言葉で表現される関係であり、「甘え」の心理と深く通じる関係なのだ。しかもこの関係は、各幹部とその成員、さらにその下の成員という風に、最下部まで一貫している。もちろん、日本のすべての集団がこのような構造をもっているわけではないが、社会構造の基本がこのような特徴をかなり色濃く残していることは確かだろう。

日本に強力なリーダーシップをもった指導者が現れにくいのは、このような日本的な社会の特徴が背景にあるともいえよう。日本的リーダーは、どんなに能力があっても、自由に集団メンバーを動かしたり、強い反対をおさえてまで自分のプランを実行することはできない。多くの成員をかかえる各幹部の意向に引きずられる傾向が強いからである。これは、日本の政治の現況を見ていればいやというほと分かる現実である。

さて以上で、土井健郎が『「甘え」の構造』において明らかにした日本人の心理構造が、「タテ社会」という日本社会の構造と密接に結びついて成り立っていることが明らかになったと思う。

「タテ社会」とは、場を基盤とする社会である。場とは、人間同士が直接的なエモーショナルな関係を結ぶことが可能な空間であり、そのような直接的な関係が大きな意味をもつ空間である。たとえば「イエ」という場においては、他家に嫁いだ血をわけた自分の娘や姉妹たちより、よそからはいってきた妻、嫁の方がはるかに重要な意味をもつようになる。その場でともに生活した時間が重視されるのである。では、日本の社会の集団形成では、なぜ場における人間関係が、他のあらゆる人間関係に優先して認識されるのだろうか。

ひとつの理由は、日本の歴史において「ヨコ社会」が形成される要因がなかったからだろう。「ヨコ社会」の背景には、民族と民族の激しい闘争、一民族による他民族を支配という歴史の繰り返しがあったと思われる。ある民族の侵入と支配によって奴隷的な立場に追いやられた民族が、やがて全体として下層階級を形成していくことは、歴史上多く見られたことである。インドのカースト制度も、その元をたどれば、インドに侵入したアーリア人と先住の人々との支配‐被支配関係に端を発している。これに対して日本では、他民族による侵入と支配によって隷属的な立場におかれたという歴史上の経験がなかったので、他民族の支配に対して「ヨコ社会」を形成する契機が生まれなかったのである。

もうひとつの理由は、上の理由と重なるが、日本列島がほぼ同一民族によって成り立っていたからである。言語や文化が違う多くの民族が混在する社会では、まずそれらの各民族が「ヨコ社会」を形成しやすい。異民族同士が、一地域にどんなに長く共存したとしても、場の共有による同一集団を生み出すことはほぼ不可能である。同じ言語と文化を共有する人々が、他民族の侵入によってかき乱されることもなく、長い年月をともに平和に生活してきたからこそ、生活空間を同じくし、直接的につながる場での人間関係を優先する社会を作ることができたのだ。しかもそこで重視されるのは、家族関係を理想とするような親密な関係であり、そのような親密な関係だからこそ、「甘え」もまた認められ、社会のなかで大切な意味をもったのだろう。

ある意味で「甘え」の文化は、世界がうらやむような歴史的環境の中で作られてきたといってもよい。

《関連記事》
なんとなく、日本人
 「場に依存する日本人の自己においては、自分が属する共通の場がどの範囲かをまず把握し、その場の中での自己の相対的な位置を確認することが大切となる。それによって場の中での自己の役割構造が安定し、その役割を通して安心して自己実現を図ることができる」
日本文化のユニークさ25:日本人は独裁者を嫌う

《関連図書》
なんとなく、日本人―世界に通用する強さの秘密 (PHP新書)
タテ社会の力学 (講談社現代新書 500)
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日本文化のユニークさ43:タテ社会と甘え(1)

2012年04月20日 | 母性社会日本
◆『タテ社会の人間関係 (講談社現代新書 105)

この本も、『「甘え」の構造』と並んで代表的な「日本人論」「日本文化論」とひとつと言ってよい。1967年初版発行だから『甘えの構造』よりは4年早い。『甘えの構造』の中でも、甘えとの関係でこの本について言及している。

甘えは本来人間に共通の心理現象でありながら、日本語の「甘え」に当たる言葉は欧米語には見られない。この事実は、甘えの心理が日本人にとって身近であるばかりでなく、甘えを許容するような社会構造が日本には存在することを物語る。「甘え」という言葉は、日本の社会構造を理解するためのキー概念ともなるのではないか、日本社会で甘えが重要な働きをすることは、『タテ社会の人間関係』でいうタテの社会構造と一体をなしているいるのではないかと土井は指摘する。

甘えとタテ社会とは、どのようにつながるのだろうか。日本がタテ社会だというのは、タテの人間関係つまり上下関係が厳しいということだという誤解があるかもしれない。しかしこれは俗説であり、欧米の会社での管理者と労働者との上下差の方がはるかに大きく、厳しいという面もある。

タテ社会とは、ヨコ社会と対をなす概念である。日本人は、外(他人)に対して自分を社会的に位置付ける場合、資格よりも場を優先する。自分を記者、エンジニア、運転手などと紹介するよりも、「A社のものです」「B社の誰々です」という方が普通だ。これは、場すなわち会社・大学などの枠が社会的な集団認識や集団構成に大きな役割を果たしているということである。すなわち記者、エンジニアなどの資格によるヨコのつながりよりも、会社や大学などの枠(場)の中でのつながり(タテの序列的な構成になっている)の方がはるかに重要な意味をもっているということである。

日本の労働組合が、企業という枠を超えた職種によるヨコの組織になっておらず、職種の違いに関係なく企業単位の組合になっていることは、場や枠を重視する日本のタテ社会の特徴をみごとに現している。

「タテ社会」日本の基本的な社会構造が、企業別、学校別のような縦断的な層化によって成り立っているのに対し、「ヨコ社会」は、たとえばインドのカースト制度や西欧などの階級社会のように横断的な層化をなしている。「ヨコ社会」では、たとえば職種別労働組合のように資格によって大集団が構成され、個人の生活や仕事の場にかかわらず、空間的な距離を超えて集団のネットワークが形成される可能性がある。

日本人にとって「会社」は、個人が一定の契約関係を結ぶ相手(対象・客体)としての企業体というより、「私の会社」「ウチの会社」として主体的に認識されていた。それは自己の社会的存在や命のすべてであり、よりどころであるというようなエモーショナルな要素が濃厚に含まれていた。つまり、自分がよりかかる家族のようなものだったのである。もちろん現在このような傾向は、終身雇用制の崩壊や派遣労働の増加などで、かなり失われつつある。しかし、それに替わってヨコ社会が形成されはじめたわけではなく、依然として日本の社会は基本的にタテ社会である。

終身雇用制が崩壊していなかったころは、会社の従業員は家族の一員であり、従業員の家族さえその一員として意識された。今でもその傾向はある程度残っているだろう。日本社会に特徴的な集団は、家族や「イエ」のあり方をモデルとする「家族的」な集団でなのである。そして家族が親と子の関係を中心とするのと同様の意味で、集団内のタテの関係が重視される。そこでは、家族的な一体感や甘えの心理が重要な意味をもってくるのは当然である。

次回は、この点をもう少し詳しく分析したい。

《関連記事》
なんとなく、日本人
 「場に依存する日本人の自己においては、自分が属する共通の場がどの範囲かをまず把握し、その場の中での自己の相対的な位置を確認することが大切となる。それによって場の中での自己の役割構造が安定し、その役割を通して安心して自己実現を図ることができる」

《関連図書》
なんとなく、日本人―世界に通用する強さの秘密 (PHP新書) 
タテ社会の力学 (講談社現代新書 500)

日本文化のユニークさ42:甘えと母性社会(2)

2012年04月18日 | 母性社会日本
◆『「甘え」の構造

この本の中に「甘えと自由」について論じている箇所がある。日本人の甘えの心理を、歴史的な視野から考えていくきっかけとしても興味深い。

まず著者は、西欧的な自由の観念を、歴史的に古代ギリシャやローマの自由人と奴隷の区別に発するものと見る。すなわち自由とはもともと奴隷のように強制的に縛られた状態ではないことを意味した。だからこそ自由は、人間の権利や尊厳という考え方と結びいて、守るべき価値のあるものとなったのだろう。また西欧では集団に対して個人の自由が重視される。

これに対して日本で古くから使われていた自由という言葉は、「自由気まま」という表現が暗示するように、もともと甘えの願望とかなり関係が深いという。つまり西欧語の翻訳としての意味が入り込む以前は、自由とは甘える自由であり、つまりはわがままな態度を意味したのである。集団に対して自由勝手、わがまま勝手にふるまうのは、集団からの独立としての自由というよりは、集団への甘えや依存を前提としている。日本的自由はもともと甘えに発するのであり、甘えは他を必要とし、個人が集団に依存していることを前提としている。

これに対して西欧では、個人の自由を重視する一方で、甘えに相当する依存的感情が軽視されてきた。西欧的な自由は甘えの否定のうえに成り立っているのである。「神は自ら助くる者を助く」という諺は、本来はユダヤ・キリスト教の伝統とは無関係らしいが、その意味は「万人が万人にとって敵である世にあって、自立自衛以外には頼むべきものがない」ことを意味したという。

とすればこれは、「旅は道連れ、世は情け」とか「渡る世間に鬼はなし」などという日本的な諺とは正反対の精神と社会を反映していると言ってよいだろう。ということで自由と甘えの問題は、男性原理の社会と女性原理の社会の違いにも深く関係し、その違いをある程度反映しているとも言えそうだ。

さらに、このブログで探求してきた「日本文化のユニークさ」5項目でいえば、

(3)大陸から海で適度に隔てられた日本は、異民族(とくに遊牧民族)による侵略、強奪、虐殺な体験をもたず、また自文化が抹殺されることもたなかった。一方、地震・津波・台風などの自然災害は何度も繰り返され、それが日本人独特の自然観・人間観を作った。

との関係もかなり見えてくるだろ。民族同士が闘争を繰り返していたユーラシア大陸に対して、日本列島では異民族の侵入や虐殺はほとんどなく、言語や文化の抹殺もなく、似たような価値観を持つ者相互の長期的な信頼関係を保つことが可能であった。そこで重視されたのは、万人を敵と見なして自立自衛するよりも、ともに協力して生活するもの同士の家族的な人間関係であった。遠慮ではなく「甘え」が許されるような親密な関係が理想とされたのである。

これについては、「日本文化のユニークさ11:侵略なしだからこそ日本の長所が」でもやや角度を変えて論じているので参照されたい。

《関連記事》
日本文化のユニークさ12:ケルト文化と縄文文化
日本文化のユニークさ13:マンガ・アニメと中空構造の日本文化
日本文化のユニークさ29:母性原理の意味
日本文化のユニークさ36:母性原理と父性原理
ユダヤ人と日本文化のユニークさ07


《参考図書》
「甘え」と日本人 (角川oneテーマ21)
続「甘え」の構造
聖書と「甘え」 (PHP新書)
日本文化論の系譜―『武士道』から『「甘え」の構造』まで (中公新書)
母性社会日本の病理 (講談社プラスアルファ文庫)
中空構造日本の深層 (中公文庫)

日本文化のユニークさ41:甘えと母性社会(1)

2012年04月17日 | 母性社会日本
◆『「甘え」の構造

前々回、日本文化の中に縄文的な特質が生き続けていることを母性原理という視点も含めて語った。これまで何回も、日本文化のユニークさを母性原理としての特質から論じてきた。

日本文化のユニークさ12:ケルト文化と縄文文化
日本文化のユニークさ13:マンガ・アニメと中空構造の日本文化
日本文化のユニークさ29:母性原理の意味
日本文化のユニークさ36:母性原理と父性原理
ユダヤ人と日本文化のユニークさ07

それで思ったのは、日本の歴史を貫くユニークさひとつであるこの母性原理の社会という特質を、これまでの5項目に並ぶ独立した一項目として付け加えるべきではないかということだ。まだ文章はしっかり考えてはいないが、「ユーラシア大陸の父性的な性格の強い文化に対し、縄文時代から現代にいたるまで一貫して母性原理に根ざした社会と文化を存続させてきたこと」とでもしようかと思っている。

さて今回は、現代の日本もまた母性原理の強い社会であることを「甘え」という観点からみごとに描き出した本を取り上げよう。それは、土井健郎の『「甘え」の構造』である。1971年に出版され、それ以来「日本人論」「日本文化論」の代表的な著作のひとつとなったといえよう。

甘えは、本来人間に共通な心理でありながら、「甘え」という語は日本語に特有で、欧米語にはそれにあたる語がない。ということは、この心理が日本人や日本の社会にとってはとくに重要な意味を持ち、それだけ注目されるということだろう。

土井は、日本で理想的な人間関係とみなされるのは親子関係であり、それ以外の人間関係はすべてこの物指しではかる傾向があるのではないかという。ある人間関係の性質が親子関係のようにこまやかになればなるほど関係は深まり、そうならなければ関係は薄いとされる。土井はとくに明言しているわけではないが、この理想とみなされる親子関係は、もっとも理想的な形では母子関係が想定されているのではないだろうか。

親子関係だけは無条件に他人ではなく、それ以外の関係は親子関係から遠ざかるにしたがって他人の程度を増す。この事実は「甘える」という言葉の用法とも合致していると土井は指摘する。つまり親子の間に甘えが存在するのは当然である。しかも甘えは、母子関係の中にこそ、その原形がある。これは、幼児と母親の関係を思い出せば誰もが納得するはずだ。とすれば日本人はやはり、無意識のうちにも母子関係のような利害が入り込まない一体性を人間関係の理想と見ているのである。

だからこそ、「甘え」という言葉が日本語の中で頻繁に使われる。それだけではなく甘えの心理を表現する言葉が他にも多数存在していて、それらを分析すると日本人の心理構造がはっきりと浮かび上がってくるというのである。その分析が説得力があったため、以後「甘え」の語は、日本人の心理を語るうえで欠かせないキーワードとなった。

たとえば「すねる」「ひがむ」「ひねくれる」「うらむ」はいずれも甘えられない心理に関係するという。すねるのは素直に甘えられないからであり、しかし実際はすねることで甘えているともいえる。「ふてくされる」「やけくそになる」は、いずれもすねが高じ、なお甘えられない結果である。ひがむのは、甘えたいのに自分だけが甘えられないと曲解することである。ひねくれるのは、甘えないでかえって相手に背を向けることだが、どこかに甘えの感情があるからそうなるのだ。

ある欧米の研究者は、日本語の「甘え」にあたる心理を「受身的対象愛」という用語で表現し、研究していたが、それに相当する日常語が日本語のなかにあることを聞いて驚いたという。さらに甘えが挫折した結果として起こる特殊な敵意を表す「うらむ」という語もあることを知って、いたく感激したという。

土井は、この他「たのむ」「とりいる」「こだわる」「気がね」「わだかまり」「てれる」など日本人に馴染みの感情を甘えの心理との関係で分析していくが、ここでは省略する。ここでは最後にひとつだけ「遠慮」という言葉と甘えとの関係を取り上げよう。

「遠慮」という日本語は、現代では人間関係の尺度を測る意味合いで使われるようである。たとえば親子の間には遠慮がないが、それは親子が他人ではなく、その関係が甘えにどっぷりと浸かっているからである。この場合、親も子供もたがいに遠慮がない。親子関係以外の関係では、親しみが強いほど遠慮は少なく、親しみが薄くなるほど遠慮は増す。親友同士は遠慮がないが、遠慮を感じる友人もいる。要するに日本人は、できれば遠慮のない関係がいいと感じ、遠慮し合う関係をあまり好ましいとは思っていない。これも、日本人がもともと親子関係、とくに母子関係に典型的な一体感をもっとも望ましいものとして理想化しているからだろう。

さて、ここまで土井の「甘え」理論の一端をごくかんたんに紹介したが、このブログでの私の課題は、こうした現代日本人の心理を、「日本文化のユニークさ」5項目や日本の歴史という俯瞰的な視野の下でどのように関連付けていくかである。それを次回以降の課題としたい。

《参考図書》
「甘え」と日本人 (角川oneテーマ21)
続「甘え」の構造
聖書と「甘え」 (PHP新書)
日本文化論の系譜―『武士道』から『「甘え」の構造』まで (中公新書)
母性社会日本の病理 (講談社プラスアルファ文庫)
中空構造日本の深層 (中公文庫)
コメント (2)

日本文化のユニークさ39:環境史から見ると(1)

2012年04月13日 | 母性社会日本
◆『環境と文明の世界史―人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ (新書y)

これは、きわめて興味深い本だった。新書で、しかも三人の学者の鼎談による本で内容がこれほど刺激的で充実しているとはちょっと信じられないほどだ。著者のひとり安田喜憲の本については、このブログでもしばしば取り上げ(下の参考図書参照)、影響も強く受けてきた。彼はあとがきで、「今まで自分ひとりで考えていたアイディアが、鼎談によって何倍にもふくらみ、自分が思ってもみなかったまったく新しい世界が開け」たと語っているが、この本は文字通りそのような豊かな展開と深い洞察にあふれ、何冊かの分厚い専門書を読んだような読後感がある。

そして私にとってとくに意味深いのは、下の「日本文化のユニークさ」5項目を、この本によりさまざまな角度から確認でき、より精緻化できると思われるからだ。なお、安田喜憲の『蛇と十字架・東西の風土と宗教』も、関連して参考になる内容なのであわせて検討したい。


以下、この5項目に関連させながら、この二著の内容を検討したい。

(1)狩猟・採集を基本とした縄文文化が、抹殺されずに日本人の心の基層として無自覚のうちにも生き続けている。

(2)ユーラシアの穀物・牧畜文化にたいして、日本は穀物・魚貝型とで言うべき文化を形成し、それが大陸とは違うユニークさを生み出した。

(3)大陸から海で適度に隔てられた日本は、異民族(とくに遊牧民族)による侵略、強奪、虐殺な体験をもたず、また自文化が抹殺されることもたなかった。一方、地震・津波・台風などの自然災害は何度も繰り返され、それが日本人独特の自然観・人間観を作った。

(4)宗教などのイデオロギーによる社会と文化の一元的な支配がほとんどなかった。

(5)西欧の近代文明を大幅に受け入れて、非西欧社会で例外的に早く近代国家として発展しながら、西欧文明の根底にあるキリスト教は、ほとんど流入しなかった。

まず(1)に関して、文章を一部変えて次のようにしたい。

「漁撈・採集を基本にして育まれた縄文文化の特徴が、稲作文明の流入後にも失われず、日本人の心の基層として現代に至るまで生き続けている。」

狩猟を漁撈と変えたのは、縄文人のタンパク源の中心は魚介類で、縄文文化は魚と木の実が食糧の基本だったと考えられるからである。そう言ってよいかどうかは、研究者により違いもあるだろうから、この表現はあくまで暫定的なものとしたい。

さて今回掘り下げたいのは、縄文文化のどのような特徴が日本人の心の基層として残ったかということである。もちろんこれはいろいろな角度から説明できるし、その一部は下の《参考記事》でもすでに論じている。ここでは『蛇と十字架・東西の風土と宗教』を参考にしながら、母性原理と父性原理という視点から考えたい。世界史的に見ると日本列島は、農耕文明の時代になっても、農耕以前の母性原理が消滅しなかっためずらしい地域だといえるようだ。そして、その特徴が現代日本人の心理にも表れていて、日本の若者文化の発信力の一因にもなっていると思われる。

世界史的な視野で見ると、古代地中海世界では紀元前1500~1000年頃に大きな世界観の変化があったという。それまでの大地に根ざす女神から、天候をつかさどる男神へと信仰の中心が移動したというのだ。これには紀元前1200年頃の気候変動が関係しており、北緯35度以南のイスラエルやその周辺は乾燥化した。その結果、35度以北のアナトリア(トルコ半島)やギリシアでは多神教や蛇信仰が残ったが、イスラエルなどでは大地の豊饒性に陰りが現れ、多神教に変わって一神教が誕生する契機となったという。

これまで大地の恵みに頼れば生きていけた時は、地下の蛇や大地母神が信仰されたが、乾燥化が進むと嵐や雷に関係する天候神バールや唯一神ヤーウェの信仰が強大化した。この信仰の変化にとってもうひとつ重要なのは、牧畜民が砂漠を追われて農耕民のオアシスや河畔に侵入し、侵略したことだ。牧畜民は天の神を信じていたので、これも天候神の確立に大きく寄与した。

さらに紀元前1200年頃の気候の悪化をきっかけにして、トルコ・アナトリアのヒッタイト帝国が崩壊し、それまで彼らが独占していた鉄器の制作技術が各地に普及した。これにより世界史は、青銅器時代から鉄器時代へと移行していった。

これらが背景となって紀元前1200年頃、ユーラシア大陸の広範な地域で、よく似た神話が語られるようになった(ギリシア神話のゼウスにも、中国南部のハニ族にも似たような神話があるという)。その共通点は次のようなものである。

①古い神(蛇の姿の大地母神)と新しい神(人間の姿をした天候・嵐の男神)との闘い。
②新しい神は、あごひげをはやした男神(鉄器をたずさえたバール神など)。
③天候神と大蛇の闘いは、一度は大蛇が勝利するが、美女の助けで天候神は復活を果たし、勝利する。

これは、大地の豊饒性の低下の中で、信仰の中心が大地から天へと移動し、同時に男性の権力が増大したことを物語る。母権社会から父権社会への転換を意味していたとも言えよう。

では日本列島の場合はどうなのか。日本にもよく似たヤマタノオロチの神話があり、安田は「スサノオ命はバール神だった」と主張するが、ことはそれほど単純ではない。これについてはすでに論じたことがある。(→日本文化のユニークさ34:縄文の蛇信仰(3)

日本の神話の場合は、スサノオが鉄器を持つ嵐の神(新しい神)であると同時に、アマテラスに追放された縄文系の神(古い神)でもあるという両義性を持っている。大地の蛇信仰は形を変えつつ色濃く生き残ったこのがこの神話の中にも表れている。縄文系の大地母神がたくましく生き続けたのだ。世界史的にに母性原理から男性原理への移行が見られるのに、日本では母性原理が存続し続ける。そこに日本文化の特異性があるといえよう。

日本列島は、世界的な気候変動にもかかわらず大地の豊饒性はそれほど変化しなかった。それゆえ、漁撈・採集を中心にした縄文文化を高度に発達させながら長く存続させることができた。稲作文明や鉄器が流入したときも、豊かな縄文文化を基盤にして、徐々にそれを取り入れることができた。だから縄文の母性原理の文化を崩すことなく、存続させることができたのである。島国であるため、遊牧・牧畜民の侵入がなかったことも、母性原理の文化が存続したことの大きな理由の一つだろう。

縄文以来の母性原理の文化が、父性原理の文化にとって替わられることなく存続したという事実の意味は、どれだけ強調しても強調しすぎることなないだろう。

《参考図書》
森のこころと文明 (NHKライブラリー)
一神教の闇―アニミズムの復権 (ちくま新書)
森を守る文明・支配する文明 (PHP新書)

《参考記事》
日本文化のユニークさ01:なぜキリスト教を受容しなかったかという問い
日本文化のユニークさ02:キリスト教が広まらなかった理由
日本文化のユニークさ03:縄文文化の名残り
日本文化のユニークさ12:ケルト文化と縄文文化
日本文化のユニークさ17:現代人の中の縄文残滓
日本文化のユニークさ18:縄文語の心
日本文化のユニークさ19:縄文語の心(続き)
日本文化のユニークさ27:なぜ縄文文化は消えなかった?
日本文化のユニークさ28:縄文人は稲作を選んだ
日本文化のユニークさ30:縄文人と森の恵み
日本文化のユニークさ31:平等社会の基盤
日本文化のユニークさ32:縄文の蛇信仰(1)
日本文化のユニークさ33:縄文の蛇信仰(2)
日本文化のユニークさ34:縄文の蛇信仰(3)

日本文化のユニークさ40:環境史から見ると(2)

2012年04月12日 | 遊牧・牧畜と無縁な日本
◆『環境と文明の世界史―人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ (新書y)

◆『蛇と十字架・東西の風土と宗教

引き続き「日本文化のユニークさ」5項目を、上の二つの本を参考にしながら検討していきたい。今回は、『環境と文明の世界史』を中心に、2項目目を見ていく。

(2)ユーラシアの穀物・牧畜文化にたいして、日本は穀物・魚介型とで言うべき文化を形成し、それが大陸とは違うユニークさを生み出した。

日本の穀物・魚介文化は、より限定的に稲作・魚介文化と言ってもよいが、ともあれ牧畜を伴わなかったことの意味はきわめて大きく、日本文化のユニークさを形づくるきわめて大切な要素だ。

四大文明はムギ作を基盤とした文明であった。そのため、これまでの世界史はムギ作を中心に描かれ、コメの文明は不当に扱われる傾向があった。ムギはコメに比べ生産性が低いので多くは牧畜を伴う。しかし近年、中国文明の源流は黄河流域ではなく長江流域にあったのではないかという説が注目されている。そして、長江文明は、牧畜を伴わない稲作文明であり、森の文明であった。

日本史の通説では、弥生文化は朝鮮半島経由で大量の人々が日本列島に渡来したときに始まるとされていた。そうであれば、当然家畜を伴っていたはずなのに実際はそうではなかった。とすれば弥生文化の基本を作ったのは長江からやってきた越人である可能性も高い。

どちらにせよ弥生人が牧畜を持ち込まなかった、ないしは縄文人が牧畜を取り込まなかったことは、日本文化のその後の性格に大きな影響を与えた。牧畜が持ち込まれなかったために豊かな森が家畜に荒らされずに保たれた。豊かな森と海に恵まれた縄文人の漁撈・採集文化は、弥生人の稲作・魚介文化に、ある面で連続的につながることができた。豊かな森が保たれたからこそ、母性原理に根ざした縄文文化が、弥生時代以降の日本列島に引き継がれていったとも言えるだろう。

一方、ユーラシア大陸の、チグリス・ユーフラテス、ナイル、インダスなどの、大河流域には農耕民が生活していたが、気候の乾燥化によって遊牧が移動して農耕民と融合し、文明を生み出していったという。遊牧民は、移動を繰り返しさまざまな民族に接するので、民族宗教を超えた普遍的な統合原理を求める傾向がが強くなる。(この事実は「日本文化のユニークさ」5項目のうち(3)(4)とも関係する。)

さらに彼らのリーダーは、最初は家畜の群れを統率する存在であったが、それが人の群れを統率する王の出現につながっていく。また、移動中につねに敵に襲われる危険性があるから、金属の武器を作る必要に迫れれた。こうした要素が、農耕民の社会と融合することによって、古代文明が発展していったという。これはまた、母性原理の社会から父性原理の社会へと移行していく過程でもあった。

また天水農業によるムギ作は、かなり粗放的なので、奴隷に行わせることもできた。しかし稲作は、いつ何をするかの時間管理に緻密さが要求され、集約的なので、奴隷に任せることができない。稲作文明で大規模な奴隷制が発生した例は見られない。さらに、家畜管理の技術と奴隷管理の技術は連続的なものだったろうから、稲作・魚介型で牧畜を行わなかった日本では、奴隷制が発生しにくかったのではないか。

さらにムギ作は、天水農業の下では個人の欲望を解放する傾向をもつという。水に支配される度合が少なく、自分が所有する土地を好きなように耕作できるからだ。一方稲作は、水の管理が重要で、共同体に属して協調しないと農耕がしにくい。その分、個人の欲望は解放しにくいわけだ。

牧畜を行わず、稲作・魚介型の文明を育んできた日本は、ユーラシアの文明に対し、どのような特徴をもったのだろうか。

①牧畜による森林破壊を免れ、森に根ざす母性原理の文化が存続したこと。
②宦官の制度や奴隷制度が成立しなかったこと。
③遊牧や牧畜と密接にかかわる宗教であるキリスト教がほとんど浸透しなかったこと。
④遊牧や牧畜を背景にした、人間と他生物の峻別を原理とした文化とは違う、動物も人間も同じ命と見る文化を育んだ。

これらの特徴のうち、③と④については以下で論じているので参照されたい。

《参考図書》
蛇と十字架・東西の風土と宗教
森のこころと文明 (NHKライブラリー)
一神教の闇―アニミズムの復権 (ちくま新書)
森を守る文明・支配する文明 (PHP新書)

《関連記事》
日本文化のユニークさ01:なぜキリスト教を受容しなかったかという問い
日本文化のユニークさ02:キリスト教が広まらなかった理由
日本文化のユニークさ04:牧畜文化を知らなかった
日本文化のユニークさ05:人と動物を境界づけない
日本文化のユニークさ06:日本人の価値観・生命観

『日本辺境論』をこえて(10)なぜ若者は伝統に回帰する?

2012年04月11日 | いいとこ取り日本
『日本辺境論』をこえて(5)ちょっと付け足しへのコメントで以下のようなご質問をいただいた。

「西洋文明を師としてきたが行き詰まり,新たな「世界標準」が模索される時代になったのはいいとして,現在の若者が日本の古い伝統・価値観を見直し始めたきっかけって何でしょうね。なにしろ親の代で否定されていたものですから,自ずから興味を持って調べないと「伝統的な何か」には辿りつけません。西洋を規範とする「世界標準」に生まれた時から身を置いていた若者が,どうしてその代用として日本の伝統文化に興味を向けたのでしょうか。」

その時、「『日本辺境論』を超えて」が終わったらブログでこの問題に触れてみたいと答えさせていただいた。ということで今回はこの問いについて考えてみたい。

日本力』は、松岡剛とエバレット・ブラウンの対談本だが、その中でエバレット・ブラウンは以下のような体験を紹介している。

彼には、宮司の友人がいて、ある時その神社を訪れたらちょうど落語のイベントを行っていた。落語の中に神道の話が出てきて、そこに集まった大人たちは難しいなあという顔をして聴いている。ところが子供たちは、純粋に面白いと笑っている。あとで宮司と話したら、10年前の子どもはああいう反応をしなかったという。10年前の子どもは、ああいうものは古臭い、面白くないと思っていたが、今の子どもたちは伝統的なものや宗教的なものを新鮮なものとして取り入れることができるという。

この話には、世代による受け止め方の違いがはっきりと表れていて面白い。ではなぜこのような違いが生じるのだろうか。

明治時代の日本の知識人は、自分たちの過去や伝統を激しく否定することによって、いわばその否定をバネにして西欧の文明を懸命に吸収した。西欧と日本の力の差が圧倒的だったことも、そうした日本人の態度の背景にある。

それと似たことが、太平洋戦争後にも再び起こった。もちろん西欧文明の吸収は、明治時代とは比べられないほど進んでいたが、敗戦のショックと戦中の軍国主義への嫌悪が、またもや自分たちの過去と伝統を全否定する方向へと日本人を向かわせた。そして、今度の学びの対象となった「世界標準」はアメリカ文明であった。

《参考記事》
日本人はなぜアメリカを憎まなかったのか?(1)
日本人はなぜアメリカを憎まなかったのか?(2)

自己否定の強さは、敗れた相手である米国の文化やGHQの占領政策を礼賛する感情と表裏をなしていた。米国側でも、日本が米国と戦う意志や力を二度と持つことのないよう、軍国主義の社会的基盤を根こそぎにし(財閥解体など)、戦中の軍国主義がいかに邪悪であったかを日本人の意識に徹底的に植え付ける政策をとった。

そして、この政策は見事に成功した。この政策が、日本人の「辺境人」根性と合致して相乗効果を生んだからである。日本人が、「世界標準」の文明からすみやかに効率的に学び取るのが得意なのは、そのさい自己卑下に徹し、自分たちの伝統をなかったことにして、ほとんど白紙の状態で学べるからである。つまり過去を否定するからだ。日本人のそうした性向と米国のプロパガンダとが、誰も予想しなかったほどにうまくかみ合てしまった。こうしてアメリカ文明が礼賛される一方で、日本の伝統的な文化は、軍国主義や封建制に結びつくものとして極度に否定される結果になったのである。

この傾向は、太平洋戦争を体験した世代から、戦後生まれの団塊世代への確実に受け継がれていった。しかし、その子供たち、さらにその子供たちの世代になると、さすがに戦争のトラウマや、その体験と結びついた自己否定や、アメリカの洗脳などからの解放が進んだ。まさに「呪縛」がとかれ始めたのだ。

「呪縛」がとかれると、いままで強く抑圧していた反動からか、伝統的なものが逆に新鮮で価値ある大切なものとして若者たちの心をとらえ始めた。その時期と、日本のポップカルチャーが世界で注目を浴び始める時期とが重なった。ポップカルチャーだけではなく日本の文化全体が世界で高く評価されるようになった。トラウマから解放された日本の若者は、親たちの世代が想像できないような自信をもって自分たちの伝統文化を肯定することができるようになったのである。

《関連図書》
欲しがらない若者たち(日経プレミアシリーズ)
ニッポン若者論 よさこい、キャバクラ、地元志向 (ちくま文庫)
論集・日本文化〈1〉日本文化の構造 (1972年) (講談社現代新書)
人類を幸せにする国・日本(祥伝社新書218)

《関連記事》
『日本辺境論』をこえて(1)辺境人根性に変化が
『日本辺境論』をこえて(2)『ニッポン若者論』
『日本辺境論』をこえて(3)『欲しがらない若者たち』
『日本辺境論』をこえて(4)歴史的な変化が
『日本辺境論』をこえて(5)「師」を超えてしまったら
『日本辺境論』をこえて(6)科学技術の発信力
『日本辺境論』をこえて(7)ポップカルチャーの発信力
『日本辺境論』をこえて(8)日本史上初めて
『日本辺境論』をこえて(9)現代のジャポニズム

若者の文化的「鎖国」が始まった?今後の計画など(1)
日本人が日本を愛せない理由(1)
日本人が日本を愛せない理由(2)
日本人が日本を愛せない理由(3)
日本人が日本を愛せない理由(4)
クールジャパンに関連する本02
  (『欲しがらない若者たち(日経プレミアシリーズ)』の短評を掲載している。)
コメント (11)

『日本辺境論』をこえて(9)現代のジャポニズム

2012年04月10日 | いいとこ取り日本
◆内田樹『日本辺境論 (新潮新書)

最後にもうひとつだけ重要な論点に触れ、このレビューを終わりたい。

内田が語る「辺境」の意味は、「世界標準に準拠してふるまうことはできるが、世界標準を新たに設定することはできない」ということであった。日本人に世界標準の制定力がなく、「保証人」を外部の上位者に求めてしまうことこそが、「辺境人」の発想であるということだ。これまで、文明の「保証人」を外部に求める日本人の「辺境性」を話題にし、そういう傾向がなくなりつつあることを論じてきた。

では、「世界標準を新たに設定できない」という辺境国のもう一つの特徴についてはどうか。日本人の「世界標準設定」能力については、これまであえて問題にしてこなかったが、最後に少し考えてみたい。

その前に「世界標準」とは何だろうか。まずは、キリスト教、イスラム教、仏教、儒教など、それ以降の文明の基礎を築くことになった普遍宗教であろう。そして、それらの普遍宗教に基づいて生まれた文明の原理であろう。たとえばヨーロッパ文明は、キリスト教をひとつの基礎としながら、また一面ではそれと対抗しながら、近代の各種原理を生み出していった。「自由」「民主主義」「人権」「合理主義」「科学「進歩」「自由主義経済」などがそれにあたる。そして、それらが現代のもっとも強力な「世界標準」になっていったのである。

今、環境問題や経済の混乱の深刻化などにより、これら近代の文明原理はかなり問題をはらむのではないかと疑われ始めた。では日本は、それに替わる新たな「世界標準」を生み出すことが可能なのだろうか。これに対する私の答えは、上に述べたような「世界標準」という意味でなら「否」というものである。しかし、「世界標準」という言葉にこだわらずもっと柔軟な見方をすれば、必ずしも否と言えない。

日本は「辺境」の島国であったために、これまで「世界標準」を生み出すことはなかった。大陸で生まれた「世界標準」をひたすら吸収してきた。そうやって形成され日本の文化は、「受容性」を特徴としていた。それは、もっぱら「師」から学ぶ姿勢で吸収し続けることである。

ところが現代の日本は、長い長い受容の歴史の結果、その豊かな蓄積の内側から次々と独自の文化を生み出すようになった。江戸時代の独自な文化も幕末から明治初期にかけてフランスなどヨーロッパに知られ、その流行はジャポニズムと呼ばれた。現代のジャポニズムは、中国文明だけではなく西欧文明やアメリカ文明の受容と蓄積が加わり、それが縄文時代以来の日本の伝統の中で練り直され、磨かれることによって豊かに開花したものだ。それがインターネットなどの情報革命によって江戸時代とは比較にならないほど広範に世界に影響を与え始めた。

さて、日本文化のユニークさのひとつは、普遍宗教によって完全に浸食されてしまわずに、農耕文明以前の縄文的な文化が現代にまでかなり濃厚に受け継がれたことだ。これは世界史上でも稀有なことである。儒教や仏教を受容したときも、自分たちが元来持っていた自然崇拝的な宗教にうまく合うように変形した(神仏習合など)。日本文化の縄文残滓についてはこれまでかなり論じてきた。以下を参照されたい。

日本文化のユニークさ01:なぜキリスト教を受容しなかったかという問い
日本文化のユニークさ02:キリスト教が広まらなかった理由
日本文化のユニークさ03:縄文文化の名残り
日本文化のユニークさ12:ケルト文化と縄文文化
日本文化のユニークさ17:現代人の中の縄文残滓
日本文化のユニークさ18:縄文語の心
日本文化のユニークさ19:縄文語の心(続き)
日本文化のユニークさ27:なぜ縄文文化は消えなかった?
日本文化のユニークさ28:縄文人は稲作を選んだ
日本文化のユニークさ30:縄文人と森の恵み
日本文化のユニークさ31:平等社会の基盤
日本文化のユニークさ32:縄文の蛇信仰(1)
日本文化のユニークさ33:縄文の蛇信仰(2)
日本文化のユニークさ34:縄文の蛇信仰(3)

日本人は、「世界標準」の原理を受け入れるとき、自分たちが無意識にもつ縄文的な感性や思考法に合わないものは排除したり、変形したりして受け入れたのである。ヨーロッパ近代の原理をあれほど熱心に受け入れながら、その背後にあるキリスト教そのものはほとんど受け入れなかったことは、その代表的な例である。

「世界標準」の普遍宗教は、激しい闘争の中で民族宗教の違いを克服することによって生まれたも言える。それもあって、それぞれの普遍宗教を背景にもつ「世界標準」自体は、お互いに相容れない傾向がある。自分こそ「世界標準」だと言い張って互いに争うのである。現在までのところ、その勝者が近代ヨーロッパだったわけだ。ところが日本人は、そうした「世界標準」の原理原則にこだわらずに、自分たちに合わせて自由にいくつもの「世界標準」を学び吸収してきた。神道を残したまま儒教も仏教も西欧文明も受けれ、併存させたのである。それが日本文化に豊かさと発想の自由さを与えた。そういう日本人が新たな「世界標準」を生み出すはずがないことは明らかだろう。

そして逆説的なことだが、ひとつの「世界標準」にこだわらず自由に学び吸収しつづけたからこそ、そこから生まれた独自の文化が、今後の世界にとって新たなモデルになる可能性を秘めているのではないか。

「辺境人」や「辺境国」に特徴的なことの一つは、その自信のなさであり、劣等感である。自信がないから、いつもキョロキョロと周囲を見回し、ことの是非の判断を外部の標準に求めようとするのである。しかし、この劣等感や自己卑下こそが、日本人の学習能力を異様に高めたともいれる。受容や吸収が欠かせなかった辺境日本にとって、劣等感や自己卑下は文化の生き残りのため機能上、必要だったのかもしれない。

ところが近年の日本人は、「世界標準」同士が張り合ったり、宗教同士が争い合ったりすることが、どれだけ悲惨な結果を生んできたか、そして今も生みつつあるかを、かなりよく知るようになった。そして自分たちのようにあまり原理原則にこだわらず、それぞれのいいところを自由に受け入れて、自分たちに合わせて作り替えていく行き方が、逆に豊かな結果をもたらすことをようやく知るようになった。それに伴って劣等感や自己卑下から自由になり始めたのではないか。そして、そういう日本人のあり方を、世界がクールと感じ始めたのではないか。

《関連図書》
欲しがらない若者たち(日経プレミアシリーズ)
ニッポン若者論 よさこい、キャバクラ、地元志向 (ちくま文庫)
論集・日本文化〈1〉日本文化の構造 (1972年) (講談社現代新書)
人類を幸せにする国・日本(祥伝社新書218)

《関連記事》
『日本辺境論』をこえて(1)辺境人根性に変化が
『日本辺境論』をこえて(2)『ニッポン若者論』
『日本辺境論』をこえて(3)『欲しがらない若者たち』
『日本辺境論』をこえて(4)歴史的な変化が
『日本辺境論』をこえて(5)「師」を超えてしまったら
『日本辺境論』をこえて(6)科学技術の発信力
『日本辺境論』をこえて(7)ポップカルチャーの発信力
『日本辺境論』をこえて(8)日本史上初めて

若者の文化的「鎖国」が始まった?今後の計画など(1)
日本人はなぜアメリカを憎まなかったのか?(1)
日本人はなぜアメリカを憎まなかったのか?(2)
日本人が日本を愛せない理由(1)
日本人が日本を愛せない理由(2)
日本人が日本を愛せない理由(3)
日本人が日本を愛せない理由(4)
クールジャパンに関連する本02
  (『欲しがらない若者たち(日経プレミアシリーズ)』の短評を掲載している。)
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『日本辺境論』をこえて(8)日本史上初めて

2012年04月08日 | いいとこ取り日本
◆内田樹『日本辺境論 (新潮新書)

この本の書評ということで始めたが、これをきっかけにして自分の論を展開する形となり、ずいぶん長くなってしまった。ここでこれまでの論旨を整理しておきたい。私が伝えたかったのは、文明の「保証人」を外部に求めようとする日本人の「辺境人」根性に変化の兆しが見え始めている事実を示して、内田の「辺境論」の前提を批判することだった。ふらふらきょろきょろして外ばかり見ていた世代の「呪縛」から解放された世代の文化が育ち始めている。自分たちの内側に自分たちの根拠を探ろうとする兆しが若い世代への調査からも垣間見れる。

『日本辺境論』をこえて(2)『ニッポン若者論』
『日本辺境論』をこえて(3)『欲しがらない若者たち』

これらの調査は、文明の「保証人」を外部の上位者に求めてしまうという「辺境人」の発想そのものが、失われつつあることを示しているが、データは二つの読み方ができる。若者が離脱しつつあるのは、戦後の価値観なのか、それとも明治以降取り入れ続けた西欧近代の価値観そのものなのか、という二つだ。

もちろん両方の見方ができるだろう。二つの現象が重なっているともいえる。明治以降の日本人の傾向が変化し始めていると見るなら、それは現象をより深い視点からとらえていることになる。そして大切なのは、この変化が千年二千年単位の日本歴史のなかでも重要な変化であるかもしれないということである。

つまり、遣唐使の廃止以降に起こった外来文化の内面化と対比できるようなプロセスが、現代の日本で、しかも若者を先頭にして起こり始めているのではないか。かつて日本は、唐文化の影響が頂点に達した後、今度はその消化、日本化に向かって進んでいった。それと同じようなことが現代の日本で、今度は西欧文明との関係で起こり始めているのではないか。そして、その理由をこれまで3点から説明した。

1)明治以来、西欧文明を学び続けた日本は、多くの分野で「師」に追いつき、いくつかの分野では「師」を超え始めた。しかも「師」が掲げていた近代文明の原理そのものが今問われ始めている。つまり外部に「師」を求め得なくなった。これは日本の歴史の中で初めての経験である。(→『日本辺境論』をこえて(5)「師」を超えてしまったら

2)日本で開発された技術や製品が世界中の人々の生活に大きな影響を与えるようになり、日本人自身がこうした事実をある程度自覚するようになった。これも有史以来、日本人にとって初めての経験である。(→『日本辺境論』をこえて(6)科学技術の発信力

3)マンガ・アニメに代表される日本のポップカルチャーが、近年広範に世界に広がり、世界の若者たちに影響を与えるようになった。日本人はまだその影響力を充分自覚していないが、それでも若い世代は、インターネットなどを通してかなり知るようになった。日本の文化が世界にこれほどの影響力を与えるようになったことも、日本の歴史上初めての経験である。(→『日本辺境論』をこえて(7)ポップカルチャーの発信力

これらの事実が示すのはいずれも、太古の昔から大陸の文明を「師」として学び続けた「辺境」日本という前提が崩れ始めたということである。とくに2)と3)で示されたような事実は、外部から学んだものを日本独自に再生させた技術や文化が世界に向けて発信され始めたということである。これらは比較的よく知られた事実だが、有史以来の日本史の中での位置づけや、日本人の意識に与える影響という観点からはほとんど論じられなかった。上の調査に示されるような若者中心の日本人の意識変化は、これらの事実を多かれ少なかれ反映しているのではないか。

《関連図書》
欲しがらない若者たち(日経プレミアシリーズ)
ニッポン若者論 よさこい、キャバクラ、地元志向 (ちくま文庫)
論集・日本文化〈1〉日本文化の構造 (1972年) (講談社現代新書)
人類を幸せにする国・日本(祥伝社新書218)

《関連記事》
若者の文化的「鎖国」が始まった?今後の計画など(1)
日本人はなぜアメリカを憎まなかったのか?(1)
日本人はなぜアメリカを憎まなかったのか?(2)
日本人が日本を愛せない理由(1)
日本人が日本を愛せない理由(2)
日本人が日本を愛せない理由(3)
日本人が日本を愛せない理由(4)
クールジャパンに関連する本02
  (『欲しがらない若者たち(日経プレミアシリーズ)』の短評を掲載している。)
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『日本辺境論』をこえて(7)ポップカルチャーの発信力

2012年04月07日 | いいとこ取り日本
◆内田樹『日本辺境論 (新潮新書)

高度成長期からバブル期に至るまでの日本経済の発展と膨張は、確かに日本人に自信をつけさせたかもしれないが、まだそれ以前のj時代の劣等感の裏返しという側面が強く、どこか「成り上がり者」という意識があって、等身大の自分たちに確たる自信を持つということではなかった。しかし、新幹線に代表されるような日本の高度技術が、人間の生活や社会のあり方の変革を伴う形で真似られ輸出さされるようになると、有史以来「辺境人」に甘んじていた日本人の意識に静かな、しかし確実な変化が生まれ始めたのではないか。いわゆる文化的な影響力は、経済や「金」による影響力とちがって、日本人により深いレベルでの自信を与える結果になったと思う。

3)マンガ・アニメに代表される日本のポップカルチャーが、近年広範に世界に広がり、世界の若者たちに影響を与えるようになった。その影響力が、日本人の想像する以上のものであることは、櫻井孝昌氏の以下のレポートからも知ることができる。

『日本はアニメで再興する』(1)
『日本はアニメで再興する』(2)
アニメ文化外交 (ちくま新書):YouTubeでのJapan熱を裏付ける本(1)
アニメ文化外交 (ちくま新書):YouTubeでのJapan熱を裏付ける本(2)
「カワイイ」文化について
世界カワイイ革命 (1)
世界カワイイ革命(2)
マンガ・アニメの発信力:「かわいい」文化の威力

これらのレポートの中で私がいちばん強く印象に残っているのは次のようなものである。櫻井氏が、海外に出るたびに現地のメディアからされる質問は、「若者たちの考え方や生き方に、アニメやマンガがものすごい影響を与えていることを日本人は知っているのですか?」というものだ。

このような質問を受けたのは一度や二度ではなかったようだ。ということは、アニメ・マンガが世界の若者の生き方に与える影響がかなり普遍的なものになっているということだ。そしてその事実を知らないのは日本人だけということに、世界の人々がうすうす気づいているから、こういう質問が何度も出るのだろう。

逆の言えば、若者の考え方や生き方に大きな影響を与えるだけの内容や魅力や力があるからこそ、これだけ世界の若者に受け入れられているということだ。

このような影響力は、まだ日本人は充分自覚していないが、それでも若い世代は、インターネットなどを通してかなり知るようになった。「辺境人」的な劣等感から解放され、等身大の自信をいちはやく持つようになったのが若い世代に多いのは、そのようなことが一因かもしれない。

《櫻井孝昌氏の関連著作》
アニメ文化外交 (ちくま新書)
世界カワイイ革命 (PHP新書)
日本はアニメで再興する クルマと家電が外貨を稼ぐ時代は終わった (アスキー新書 146)
ガラパゴス化のススメ
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マンガ・アニメの発信力の理由:記事一覧

2012年04月06日 | マンガ・アニメの発信力の理由
カテゴリー「マンガ・アニメの発信力の理由」で、これまでに書いた記事の一覧である。

書評「『日本辺境論』をこえて」の中で、最近日本人が「辺境人」根性から脱しつつある理由のひとつとして、日本文化と一体となったハイテク製品が世界に影響を当てえている事実を挙げた。もう一つの理由は、言うまでもなくマンガ・アニメに代表されるポップカルチャーの発信力によることなのだが、これについては、その理由をこれまでかなり論じてきた。ここでその一覧を作成しておくのも、今後のためにも必要だろうと思う。参考にしていただければ幸いである。

日本のポップカルチャーの魅力(1)
日本のポップカルチャーの魅力(2)
子供観の違いとアニメ
子どもの楽園(1)
子どもの楽園(2)
マンガ・アニメの発信力の理由01
マンガ・アニメの発信力の理由02
マンガ・アニメの発信力の理由03
『菊とポケモン』、クール・ジャパンの本格的な研究書(1) ※1
『菊とポケモン』、クール・ジャパンの本格的な研究書(2)
『「かわいい」論』、かわいいと平和の関係(1) ※2
『「かわいい」論』、かわいいと平和の関係(2)
『国土学再考』、紛争史観と自然災害史観(1)
『国土学再考』、紛争史観と自然災害史観(2)
『「かわいい」論』、かわいいと平和の関係(3)
マンガ・アニメの発信力と日本文化(1):「かわいい」
マンガ・アニメの発信力と日本文化(2)融合
日本発ポップカルチャーの魅力01:初音ミク
日本発ポップカルチャーの魅力02:初音ミク(続き)
マンガ・アニメの発信力と日本文化(3)相対主義
マンガ・アニメの発信力と日本文化(4)相対主義(続き)
マンガ・アニメの発信力と日本文化(5)庶民の力
マンガ・アニメの発信力:異界の描かれ方
マンガ・アニメの発信力:BLEACH―ブリーチ―(1)
マンガ・アニメの発信力:BLEACH―ブリーチ―(2)
マンガ・アニメの発信力:BLEACH―ブリーチ―(3)
マンガ・アニメの発信力:セーラームーン(1)
マンガ・アニメの発信力:セーラームーン(2)
マンガ・アニメの発信力:「かわいい」文化の威力

※1と※2は、カテゴリー「マンガ・アニメの発信力の理由」ではく、「coolJapan関連本のレビュー」の中に入れたものを前後の関係の必要上ここに入れたものである。
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