精神世界と心理学・読書の旅

精神世界と心理学を中心とした読書ノート

アニメがフランスに与えた「共感」と「恐れ」(1)

2017-03-05 20:00:38 | マンガ・アニメ
◆『水曜日のアニメが待ち遠しい:フランス人から見た日本サブカルチャーの魅力を解き明かす

著者のトリスタン・ブルネ氏は、1976年生まれで、フランス人「オタク」の第一世代を自称するマンガ・アニメ通だ。日本マンガの翻訳家であると同時に日本史の研究者であり、日本の大学等でフランス語、フランス思想の講師もつとめるという。

この本はフランスにどのようにアニメが導入され、定着していったかを、子供時代からの彼自身の経験を中心に具体的に、かつ当時のフランスの社会状況や時代の流れも視野に入れて語っていく。個人的な体験を語る部分は、面白いだけでなく、偽りもてらいもない誠実で温かいペンの運びが心地よい。また彼を取り巻く当時のフランスの状況や歴史に触れる部分も、歴史の専門家としての適度なバランス感覚や視野の広さが感じられ、好感がもてる。

読みながらいちばん強く印象に残ったのは、日本のアニメやマンガが、それを視たり読んだりして育ったフランスの子供たちにどのような深い影響を与えたかを繰り返し語る部分だ。これまでも断片的には、外国人によるそうした言葉に接したことはあるが、これほど本格的に、深い洞察力をもって、日本のサブカルチャーが他文化の人々に与えた影響を語る本に出会ったのは初めてであった。これは私にとって大きな収穫であった。

フランスのTVではじめて日本のアニメが放映されたのは1972年で、「ジャングル大帝」(後半部分のみ)だったが、子供たちの圧倒的な人気を得た最初の作品は1978年の「UFOロボ グレンダイザー」であった。フランスで日本のアニメが本格的に放送されるにようになったのは、放送局が民営化される過程でコンテンツ不足に悩み、それを補うのに安い日本製アニメが輸入されたからだ。当時、フランスの小学校は水曜日が休日で、その日の子供向け番組にアニメが放映され、大勢の子供たちを夢中にさせた。水曜日のアニメを待ち遠しく待ったそうした子供たちの一人がこの本の著者だった。

フランスのテレビ放送の民営化が本格化した1980年代中盤は、フランスのお茶の間に日本のアニメが浸透した時代でもあった。日本製アニメの放映量は急速に増し、80年代後半からは、「ドラゴンボール」「うる星やつら」「キューティー・ハニー」「Dr.スランプ」「めぞん一刻」「キャッツ・アイ」「北斗の拳」「キャプテン翼」といった大ヒット作が立て続けに放送された。

その後も「キン肉マン」「シティハンター」「気まぐれオレンジ☆ロード」「らんま1/2」「美少女戦士セーラームーン」といったヒット作を放送するが、その人気は1990年代中ごろから低迷し始めたという。その大きな理由が日本製アニメに夢中になる子供たちの親世代からの激しい批判、ジャパンバッシングであった。その批判に耐えかねた放送局が日本のアニメの放送量を大幅に減らしたのが原因だった。

なぜジャパンバッシングが始まったのか。いくつかの理由が重なっているようだが、その背景には、オイルショック(1973)をいち早く抜け出し経済成長を続ける日本への漠然とした恐れと反感があったのではないかという。またある女性政治家が、テレビの民営化を進めたシラク政権を攻撃して自分への支持を得るため、ジャパンバッシングを利用して日本アニメを「恐ろしいもの」と批判する本を出版した。この本はベストセラーになり、当時の親世代に絶大な影響をもたらしたという。

しかし著者は、当時の日本アニメへのバッシングにはもっと深い理由があったのではないかと考える。それは、日本のアニメが西欧にない異質な世界観・価値観を子供たちに注ぎ込むことへの恐れであり、これを語ることに本書の大事なテーマがあるようだ。次回はこの点をさらに探っていこう。

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なぜ日本人は学ばなくなったのか

2017-02-18 15:37:58 | 日本の文化
◆『なぜ日本人は学ばなくなったのか (講談社現代新書 1943) 』(齋藤孝)

1980年代以降、「勉強」がむしろ「生きる力」を阻害するものという愚かな誤解が横行した。実際は、生命力は、努力して学び、身につけた技によって養われる。どこかでこの時代の流れを変え、日本に「積極的な学ぶ構え」の大切さを復権したい――著者・齋藤孝は、そんな願いに20年突き動かされてきたという。これは、その熱や危機感が充分に伝わる、読み応えのある本だ。

日本人はなぜ学ばなくなったのか。それは「リスペクト」を失ったからだ。努力しなくなったのも、勉強しなくなったのも、社会が様々に崩れつつあるのも、根本は、知性教養や人格への敬意が失われたからではないか。彼は、大学の教授として学生に接しての様々な体験やいくつかのデータなどから、現在の若者の間に起っている変化を、深い洞察力とともにとらえている。

日本の良さが崩れつつある原因のひとつを彼は、多くの日本人が「自分たちがどのような自己形成をすべきかというモデルをすでに喪失している」ところに見る。戦後の日本の社会では、日本の社会や文化がもっていた良さをすなおに肯定したり、はっきりと語ったりすることが、悪いことのように見なされてきた。おかげで、日本を讃えたり、日本人であることに誇りを持つといったアイデンティティがつくりにくくなっていたのだ。

日本では、教育やマスコミが、自分たちの社会や文化を否定的にしか見れない情報をずっとたれ流してしたのだ。。それもあって、自分を自己形成する「核」すらも見失ってしまった。しかし、自分たちの文化を否定的に見てきたのは日本人だけで、今、世界中の人々が日本文化の素晴らしさに気づき、憧れをもっている。

それを知ることは、自分たちの文化を否定的にしか見れなくなっていた色眼鏡を一度はずし、もういちど客観的に日本文化の良さを見直すことにつながる。自分たちが守るべき大切な「核」が何であるかを再発見することにつながる。――最近、私はそのためにも、何が日本文化のユニークさなのか、色々な角度から調べていくことが大切だと思うようになりました。

日本発のアニメやマンガ、Jポップなどの何がクールと受けとめられているのか。そこに表現されている日本人の感性や世界観のどのようなところがクールだと評価されているのか。あるいは、日本を旅行したり、日本で生活したりした外国人たちが、日本の社会や文化のどのようなところに驚き、賞賛しているのか。それは、日本人が無自覚のうちにまだ維持している、日本の良さであり、私たちが守っていくべき大切な何かであろう。

無自覚に維持していたもの(もしかしたら失われつつあるもの)をはっきりと自覚化し、それをもっと磨きあげる。それが日本の社会全体に必要とされているし、個人の自己形成のモデルや「核」としてもはっきりと自覚化して再構築していく必要がある。

クールジャパンというテーマに、これほど関心がもたれる背後には、自分たちの社会や文化を否定的に見ることしか教えられてこなかった日本人が、自分たちの良さを再発見し、何を守り磨いていかなければならないのかを、必死で探し求める情熱が隠されているような気がする。
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日本のユニークさの源泉・母性社会(1)

2017-02-16 13:16:38 | 日本の文化
◆『母性社会日本の病理 (講談社+α文庫)』河合隼雄

「母性社会」という言葉については、ユング派の心理療法家・河合隼雄が、この本で使用し、その視点から現代日本人の心のあり方を深く洞察している。この本の最初に掲げれられている論文「母性社会日本の”永遠の少年”たち」を中心に母性社会としての日本を考えてみたい。

人間の心の中に働いている多くの対立する原理のうち、父性と母性という対立原理はとくに重要だと著者はいう。この相対立する原理のバランスの具合によって、その社会や文化の特性が出てくるのだ。心理療法家として登校拒否児や対人恐怖症の人々と多く接した著者は、それらの事例の背景に、母性社会という日本の特質が存在すると痛感したという。これらの事例は、自我の確立の問題にかかわり、それが日本の母性文化に根をもつということだ。

母性原理はすべてを「包含する」特性をもち、包み込まれたすべてが絶対的な平等性をもつ。子供の個性や能力に関係なく、わが子はすべて可愛いのだ。しかし母子一体という包み込む原理は、子供を産み育てる肯定的な面と同時に、呑み込み、しがみついて、時には死にさえ到らしめる否定的な面ももっている。

これに対し父性原理は「切断する」働きを特性とし、すべてを主体と客体、善と悪、上下などに分割する。子供をその能力や特質に応じて峻別する。強い子供を選んで鍛え上げようとする建設的な面があると同時に、切断の力が強すぎて破壊に到る面ももっている。

世界の様々な宗教、道徳、法律などは、この二つの原理がある程度融合して働いているが、どちらか一方が優勢で他方を抑圧している場合が多い。著者は心理療法家としての経験から、日本文化が母性的な傾向が強いと認識するに至ったという。

その事例として著者は、自分が扱った男性患者の夢を挙げているが、ここでは省略する。ただ面白かったのは、それに関連して著者が、親鸞が六角堂参籠の際にみた夢を紹介していることである。夢の中で救世観音は語った、「たとえ汝が女犯しようとも、私が女の身となって犯され、一生汝に仕え、臨終には導いて極楽に生まれさせよう」と。何という母性的な観音だろうか。女犯を徹底的に受け入れ、許し、そして救済する。行為の善悪は一切問題にされず、あるがままに救われるのだ。キリスト教が、父性原理の宗教という特性をもち、神との契約を守る選民こそ救済するが、そうでなければ厳しく罰するのとは大きな違いだ。

ここで、数日前に取り上げた、遠藤周作の『切支丹時代―殉教と棄教の歴史 』(「日キリシタンはキリスト教をどう変えたか)を思い起こしてほしい。かくれキリシタンたちがキリスト教を、自分たちに合う様な母性的なイメージの宗教に変えてしまったこと。そして仏教も日本では長い間に母性的な性格が強くなっていくこと。六角堂での親鸞の夢は、仏教が母性的な宗教の極地至ったことを象徴しているかのようではないか。

さて、著者はこのように日本の社会を母性的な特質が優位な社会と見るのであるが、現代日本の社会的な混乱は、人々が母性的・父性的どちらの倫理観に準拠すればよいか判断が下せぬことにあるのではないかという。というより、その混乱の原因を他にもとめて問題の本質を見失っているところにあるのではないかという。私自身は、母性社会日本のユニークさやその利点を充分に自覚し、その良さを世界にアピールしながら、同時に父性原理とのバランスをとっていくことが大切だとかんがえている。次回以降、さらに著者の論を追いながら、私の立場からの考察も深めたい。

《関連図書》
神話と日本人の心、河合隼雄、岩波書店
中空構造日本の深層 (中公文庫)、河合隼雄
「甘え」と日本人 (角川oneテーマ21)
続「甘え」の構造
聖書と「甘え」 (PHP新書)
日本文化論の系譜―『武士道』から『「甘え」の構造』まで (中公新書)
人類は「宗教」に勝てるか―一神教文明の終焉 (NHKブックス)
山の霊力 (講談社選書メチエ)
日本人はなぜ日本を愛せないのか (新潮選書)
森林の思考・砂漠の思考 (NHKブックス 312)
日本人とユダヤ人 (角川文庫ソフィア)
アーロン収容所 (中公文庫)
肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見 (中公文庫)
日本人の価値観―「生命本位」の再発見
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宦官を拒否した日本(2)

2017-02-16 13:11:40 | 日本の文化
◆「日本文化の選択原理」(小松左京)(『英語で話す「日本の文化」 (講談社バイリンガル・ブックス)』)(この論考は、もともとは1985年に講談社から出版された『私の日本文化論』シリーズ3冊のうちの一冊に収録されたものらしいが、今はすべて絶版で、そのかわり上の本に収録されている。)

日本は、かつては中国文明に、近代以降は西洋文明に強く影響を受け、その文明の多くを取り入れながら、文明の根幹となっているいくつかの要素は、不思議に拒んでいる。中国文明でいえば、宦官や、儒教の同姓不婚という原則、西洋文明でいえばキリスト教などだ。小松左京はその背後に「日本文化の選択原理」があるといい、「それまでの日本人の、ごく自然に形成されてきた感覚と合わないものは、上手に外してしまう、という余裕があった」から、そういう選択原理を働かせることが可能だったと主張するのだ。

ただ、その「日本人の、ごく自然に形成されてきた感覚」がどんなものだったかまでは小松左京は説明していない。以下でこの点を論じるが、これまでこのブログで触れてきたことと重複する部分もあることをご了承願いたい。

まずは、「日本文化のユニークさ8項目」の第2・3番目に関係する点である。

(2)ユーラシア大陸の父性的な性格の強い文化に対し、縄文時代から現代にいたるまで一貫して母性原理に根ざした社会と文化を存続させてきた。

(3)ユーラシア大陸の穀物・牧畜文化にたいして、日本は穀物・魚貝型とも言うべき文化を形成し、それが大陸とは違う生命観を生み出した。

中国文明を本格的に受容するときに、日本人の「ごく自然に形成された感覚」が選択原理として働いていたとすれば、それは縄文時代から日本列島に住んでいた人々によって形成された感覚に違いない。だからこそ縄文時代に注目する必要があるのだ。

旧石器文化を人類史の第一段階とするなら、農業の開始とともに始まる新石器文化はその第2段階をなす。縄文文化は、土器を制作し定住していたという、明らかに旧石器文化にはない特徴をもっている。それでいながら新石器文化の本質をなすはずの本格的な農業を伴わないのだ。縄文時代の土器の制作量は、本格的な農耕をともなわない社会としては、世界のどの地域にくらべてもきわだって多いという。

しかも縄文土器は、大陸で発見された土器と用途の面で大きな違いがある。大陸での土器使用は、四大文明にも共通してみられるように、農耕によって得られた食物の貯蔵と盛りつけ、あるいは捧げもの用であった。これに対して縄文土器は、もっぱら食物の煮炊き用としてはじまっている。縄文文化が同時代の世界において特異であった理由のひとつが土器の使用の違いにあったのである。

新石器文化が農耕・牧畜の開始によって始まったことは、特定の食物を選択したうえで効率的に増産することだった。しかし同じ作物を集中的に栽培すれば増産は可能だが、天候不順などによるリスクは高くなる。これに対して縄文時代の人々は、自然界の多様なものを食べることによって食糧事情の安定化を図った。煮炊き用の土器が、自然界で食べられるものの範囲を大幅に広げたのである。煮炊き用の土器で、本格的な農耕が伴わなかったにもかかわらず食糧事情が安定し、その結果、定住が可能となったともいえる

縄文時代は、新石器文化の定住段階に入っても本格的な農耕をもたず、自然との深い共生の関係を1万数千年もの長期にわたって保ち続け、しかも表現力豊かな土器を伴う充実した社会を築いていたのだ。それは、中国文明流入以後の日本の歴史時代に比べ10倍近くも長い、世界史上でもユニークな時代である。縄文時代は、弥生時代から現代にいたる2500年間に比べても4倍から5倍も長い。あのエジプト文明でさえせいぜい5千年の長さだったのに比べると、これは人類史上まれなことである。

以上のように縄文時代は、人類史上でもきわめて特異な位置にある。その特異さ、その独特の生活形態と自然観、自然との関係の仕方は、その後の日本人にとっては消し難い「文化の祖形」となったのである。とすれば、その後に圧倒的な中国文明に接して影響を受けたとしても、縄文時代、さらに弥生時代へと受け継がれた「ごく自然に形成された感覚」がフィルターとなり、強烈な「選択原理」として働いたとして不思議はない。次にその「選択原理」をもう少し具体的に見ていこう。

旧大陸のほとんどの地域が農耕社会にはいり、イスラエルとその周辺地域から、ユダヤ教を中心に父性原理的な一神教が広がっていくなか、日本列島に住む人々は1万年の長きに渡って、豊饒な大地と森の恵み、豊かな海の幸に依存する高度な自然採集社会を営んだ。その宗教生活は、「母なる自然」を信じ祈る、きわめて母性的な色彩の濃いものであった。

旧大陸に比し、日本列島に生きた人々が古来、本格的な牧畜を知らなかったことは、日本文化のユニークさを特徴づける大きな要素になっていると思う。縄文人が牧畜を取り込まなかったのか、弥生人が牧畜を持ち込まなかったのか。いずれにせよ牧畜が持ち込まれなかったために豊かな森が家畜に荒らされずに保たれた。豊かな森と海に恵まれた縄文人の漁撈・採集文化は、弥生人の稲作・魚介文化に、ある面で連続的につながることができた。豊かな森が保たれたからこそ、母性原理に根ざした縄文文化が、弥生時代以降の日本列島に引き継がれていったとも言えるだろう。

一方、大陸の、チグリス・ユーフラテス、ナイル、インダスなどの、大河流域には農耕民が生活していたが、気候の乾燥化によって遊牧民が移動して農耕民と融合し、文明を生み出していったという。遊牧民は、移動を繰り返しさまざまな民族に接するので、民族宗教を超えた普遍的な統合原理を求める傾向がが強くなる。

さらに彼らのリーダーは、最初は家畜の群れを統率する存在であったが、それが人の群れを統率する王の出現につながっていく。また、移動中につねに敵に襲われる危険性があるから、金属の武器を作る必要に迫れれた。こうした要素が、農耕民の社会と融合することによって、古代文明が発展していったという。これはまた、母性原理の社会から父性原理の社会へと移行していく過程でもあった。

牧畜を行う地域では、人間と家畜との間に明確な区別を行うことで、家畜を育て、やがて解体してそれを食糧にするという事実の合理化を行う傾向がある。人間と、他の生物・無生物との境界を強化するところでは、縄文人がもっていたようなアニミズム的な心性は存続できないのだ。

牧畜を行わず、稲作・魚介型の文明を育んできた日本は、ユーラシアの文明に対し次のような特徴を持った。

①牧畜による森林破壊を免れ、森に根ざす母性原理の文化が存続したこと。
②家畜の去勢技術、その技術と関連する宦官の制度や奴隷制度が成立しなかったこと。
③遊牧や牧畜と密接にかかわる宗教であるキリスト教がほとんど浸透しなかったこと。
④遊牧や牧畜を背景にした、人間と他生物の峻別を原理とした文化とは違う、動物も人間も同じ命と見る文化を育んだ。

今に至るまで生き続ける縄文時代の記憶。そのひとつは、豊かな「自然との共生」を基盤とする宗教的な心性である。たとえば、現代の日本人がもっている「人為」と「無為」についての感じ方をみよう。現代でも日本人は傾向として、意識的・作為的に何かを「する」ことよりも、計らいはよくない、自然のまま、あるがままの方がよい、という価値観をかなり普遍的に共有していないだろうか。また上の④に見られるような、人間と他生物を峻別しない生命観もあいまって、人工的に家畜を管理する去勢技術が流入しなかった理由の一つかもしれない。


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宦官を拒否した日本(1)

2017-02-13 22:52:13 | 日本の文化
◆「日本文化の選択原理」(小松左京)(『英語で話す「日本の文化」 (講談社バイリンガル・ブックス)』)(この論考は、もともとは1985年に講談社から出版された『私の日本文化論』シリーズ3冊のうちの一冊に収録されたものらしいが、今はすべて絶版で、そのかわり上の本に収録されている。)

「日本文化の選択原理」とは、このブログのカテゴリーで言えば「いいとこ取り日本」にあたり、このブログで追求し続けている「日本文化のユニークさ8項目」のうち、第5番目に関係する。

(5)大陸から適度な距離で隔てられた島国であり、外国に侵略された経験のない日本は、大陸の進んだ文明のの負の面に直面せず、その良い面だけをひたすら崇拝し、吸収・消化することで、独自の文明を発達させることができた。

多くの論者が取り上げてきた日本文化の特徴だが、小松左京独自の視点もあるのでまずこの論考を短くまとめ、その上で、その選択原理とは何だったのかを私なりの視点で考えたい。

ふつう文明とは、その基礎にひとつの大きな原理があり、それに従って様々な社会システムや文化が成り立っている。日本も統一国家となるときにこのような文明の影響を受けているが、それはもちろん中国文明である。漢字の流入に続き、律令制や儒教も入ってきた。およそ1300年前のことである。ところが日本の場合、そのシステムのすべてを受容するのではなく、こちらの選択によってその大切な要素の一部を拒絶するのだ。たとえば、律令制度の重要な一部である、宦官や科挙の精度を受け入れていない。

律令制度の導入により、皇帝は血のつながった世継ぎを作らなければならないから後宮で何人もの妃をもたなければならない。日本にも後宮の制度は導入されたが、それを管理する去勢された男子・宦官の制度は日本だけが導入されなかった。宦官の制度の背景には、牧畜技術としての家畜の去勢技術があるが、この技術も日本には入ってこなかった。むしろ、家畜の去勢技術を知らなかったから人間を去勢する制度も持ち得なかったのかもしれない。

また儒教は積極的に学びながら、儒教の根本原則の一つである同姓不婚という制度は日本に入ってこなかった。これは、同じファミリーネームをもつ男女は結婚できず、また異なる姓の男女が結婚すると、互いにもとの家の姓を名乗るという制度だ。

西欧の近代文明やその制度を、非西欧諸国の中でも最も早く熱心に導入しながら、その根底にあるキリスト教そのものはかたくなに拒んでいるというのも、そのよい例だろう。

こうして見ると日本は、大陸の文明に強く影響されその多くを、あるいはそのほとんどを取り入れながら、文明の根幹となっているいくつかの重要な要素の受け入れを拒んでいるのがわかる。島国である日本は、外来文明による圧倒的な侵略、制服を経験したことがない。だから文明を主体的に「いいとこ取り」して受け入れることができた。つまり「それまでの日本人の、ごく自然に形成されてきた感覚と合わないものは、上手に外してしまう、という余裕があった」というのだ。

ただ、小松左京は、「日本人の、ごく自然に形成されてきた感覚」、つまり日本人が恐らくはほとんど自覚なしに行う取捨選択の感覚、その感覚の背後にどんな原理が働いているのかまでは論じていない。しかし少なくともそれは、中国文明導入以前から「自然に形成されてきた」、日本人独自の感覚であることは間違いないはずだ。私にはその選択原理こそが問題であり、しかもそれは「日本文化のユニークさ8項目」の他の項目、とくに次の2項目に関係しているように思われる。

(2)ユーラシア大陸の父性的な性格の強い文化に対し、縄文時代から現代にいたるまで一貫して母性原理に根ざした社会と文化を存続させてきた。

(3)ユーラシア大陸の穀物・牧畜文化にたいして、日本は穀物・魚貝型とも言うべき文化を形成し、それが大陸とは違う生命観を生み出した。

では日本文化の選択原理がどのようなものであり、上の二つの項目にどのように関係するのかについては、次回に考察したいと思う。

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日本がキリスト教を受け入れないのはなぜ? 

2017-02-13 13:55:53 | 日本の文化
「日本になぜキリスト教が広まらないのか」という問いにまともに取り組んだ本はほとんどないのではないか。しかし、このブログでこのテーマを扱った記事へのアクセス状況から判断すると、この問への日本人の関心はかなり強い。関心が強いのにこのテーマを扱う本が少ないのも不思議だ。調べてみると、一冊そのものずばりのタイトルの本が見つかった。以下の本だ。

◆『なぜ日本にキリスト教は広まらないのか―近代日本とキリスト教』(古屋安男)

読んで見ると、キリスト教プロテスタントの牧師の立場から、近代日本とキリスト教の関係の様々な問題を扱った講演集で、その中の一章「日本とキリスト教」が、タイトルにあるような問題を論じている。キリスト教の牧師の立場から、つまり信仰と布教という関心からこの問題を扱っているわけだが、やはりその立場上、日本での布教活動の何が問題だったのかという関心に終始し、深い文化論的な視点からの考察はない。その意味ではあまり参考にはならないが、しかし、布教上の問題しか視野に入らず、日本文化の本質に迫るような視点がないことを明らかにすることで、私がこれまで考察してきたような文化論的な視点の重要さが浮かび上がるのではないかと思った。

日本のキリスト教徒が総人口のおよそ1%ということはかなり知られ事実だが、この割合は韓国に比べてはるかに小さく、共産主義の国といわれる中国よりも少ない。韓国は30%以上がキリスト教徒と言われ、中国も総人口の5%がキリスト教徒と推定されるという。

著者は、日本のキリスト教徒はなぜこうも増えなかったのかという問いに、明治以降の日本でのキリスト教受容のあり方から答えようとする。日本での最初のプロテスタント・キリスト教徒の多くは、佐幕派の武士階級であった。佐幕派であったため立身出世の夢を断ち切られた若者たちが、キリスト教の精神での日本の近代化を志したのだという。ピューリタンの精神が武士階級の人々にとって共感しやすい一面があったのも、この階級の人々に最初に広まった一因かもしれない。

そして武士階級が最初の信者だったことが、その後のキリスト教の伝道の不振を招いたのではないかと著者はいう。教会は、武士階級を中心とした特権階級が集まるところとなり、庶民には敷居の高いところとなってしまった。韓国や中国では、まず大衆階級に入り、そこから中層、上層の階級にも広がった。ところが日本では、最初の信者の多くが武士階級であったため、上層にも下層にも広がらなかったというのだ。

しかし、最初に武士階級に広がったとしても、日本の庶民にも訴える力がキリスト教そのものにあれば、最初の受け入れ階級が何であれ、その障壁を超えて広がっていくはずだから、この理由は問題の本質を突いているとは思えない。

もう一つ著者が挙げている理由は、多くの人が指摘している日本の「天皇制」だ。天皇制があるかぎり、キリスト教は広がらないというのだ。天皇制が、日本でのキリスト教の布教にとって最大の障害だと言われることは、著者自身、否定できないという。「真の神を知らないから天皇を『神』にする」のだと著者はいう。まるでキリスト教の唯一絶対神と天皇とを対立するものであるかのように捉えているが、これはあまりに単純かつ表面的な見方だ。天皇を唯一絶対神のように崇める日本人がどれだけいるだろうか。むしろ天皇は、日本人の相対主義的な考え方の中に位置づけられてきたし、今もそうであろう。天皇の存在に象徴されるような日本文化全体の相対主義的なあり方こそが、キリスト教を受け入れない背景にあるのだ。

一方で著者は、日本の教会がもっと大衆的になれば日本にも信者は増えると希望的な観測をしている。日本では、キリスト教が武士階級をを中心とした知識階級にまずは入り、知識階級の宗教という性格を脱することができなかった。韓国や中国は大衆階級から上層部にも広がった。日本のキリスト教も教会が大衆的になることで、変化していくだろうというのだ。

日本にキリスト教が広まらない理由として、以上のような捉え方はきまめて表面的で、日本文化の本質への洞察が全く欠けているいることは、このブログの読者ならすぐに気づくだろう。

たとえば昨日アップした「キリシタンはキリスト教をどう変えたか」でも、遠藤周作の『切支丹時代―殉教と棄教の歴史 』に触れ、かくれキリシタンの信仰が、聖母マリア中心の母性イメージの信仰に変質してしまうことに触れた。これは、逆に言えば日本にキリスト教が広まらないことの本質的な理由を暗示している。つまり、あまりに父性的性格の強い唯一絶対神を信仰するキリスト教は、日本人の体質に合わないのだ。

それは、縄文時代の太古から日本文化を育んできだ土壌が、きわめて母性的な性格の強いものだからではないか。そのような土壌が、唯一絶対の父なる神を信じるキリスト教に対して拒否反応を起こさせるのだ。日本人の心には、縄文時代以来の自然崇拝的、多神教的な(全体として強力に母性原理的な)傾向が、無意識のうちにもかなり色濃く残っており、それがキリスト教など(父性原理の強い)一神教への、無自覚だが根本的な違和感をなしている。多神教的な相対主義を破壊するような一神教的な絶対主義が受け入れがたい。
詳しくは、このブログのカテゴリー「キリスト教を拒否する日本」を参照されたい。

ともあれ、プロテスタントの牧師という立場からこの問題を探ろうとしても、日本文化の根元に横たわる理由にまで思い至らないのは、無理からぬことかかも知れない。根本的な理由に目を向けてしまたら、キリスト教の布教者としては絶望するほかないからだ。

《関連図書》
ユニークな日本人 (講談社現代新書 560)
日本の曖昧力 (PHP新書)
日本人の人生観 (講談社学術文庫 278)
古代日本列島の謎 (講談社+α文庫)
縄文の思考 (ちくま新書)
人類は「宗教」に勝てるか―一神教文明の終焉 (NHKブックス)
山の霊力 (講談社選書メチエ)
日本人はなぜ日本を愛せないのか (新潮選書)
森林の思考・砂漠の思考 (NHKブックス 312)
母性社会日本の病理 (講談社+α文庫)
日本人とユダヤ人 (角川文庫ソフィア)
アーロン収容所 (中公文庫)
肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見 (中公文庫)
日本人の価値観―「生命本位」の再発見
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かくれキリシタンはキリスト教をどう変えたか

2017-02-11 18:37:23 | 日本の文化
◆『切支丹時代―殉教と棄教の歴史 』(遠藤周作)
◆「日本人の宗教意識」(遠藤周作)(『英語で話す「日本の文化」 (講談社バイリンガル・ブックス)』)

日本の文化的・宗教的伝統はどちらかと言えば、父性的な性格よりも母性的な性格が強いのが特徴だ。このテーマについては、「日本文化のユニークさ8項目」のうち、「(2)ユーラシア大陸の父性的な性格の強い文化に対し、縄文時代から現代にいたるまで一貫して母性原理に根ざした社会と文化を存続させてきた」という項目として、様々な観点から論じてきた。

近代化とは、西欧の科学文明の背景にある一神教的な世界観を受け入れ、文化を全体として男性原理的なものに作り替えていくことだともいえる。近代文明を受け入れた国々では、男性原理的なシステムの下に、農耕文明以前の自然崇拝的な文化などはほとんど消え去っている。ところが日本文明だけは、近代化にいち早く成功しながら、その社会・文化の中に縄文以来の太古の層を濃厚に残しているように見える。つまり原初的な母性原理の文明が、現代の社会システムの中に色濃く生残っているのだ。

その事実を、心理学者の河合隼雄は、古事記や日本書紀を読み解きながら『神話と日本人の心〈〈物語と日本人の心〉コレクションIII〉 (岩波現代文庫)』で、古代日本人の心理として語り、また心理療法家の立場から『母性社会日本の病理 (講談社+α文庫)』で、現代日本人の心理として語っている。また土居健郎は、現代日本人の甘えの心理を『「甘え」の構造 [増補普及版]』の中で分析し、日本人論の名著として名高いが、甘えの心理に見られる日本人特有の人間関係のあり方も、きわめて母性原理的な性格を現しているといえよう。


今回取り上げる遠藤周作の本は、いわゆる「かくれキリシタン」のキリスト教信仰の特徴に触れ、日本人の文化的・宗教的伝統の母性的な性格を描き出していて、きわめて興味深い。

作家・遠藤周作は、キリスト教への迫害が絶頂に達した頃のキリスト教に強い興味を示している。宣教師は日本を去り、教会も消え、日本人のごく一部がキリスト教をほそぼそと受け継いでいた時代である。宣教師がいないので、信者はキリスト教を自分たちに納得できるように噛み砕くが、それを是正するものはいない。日本人の宗教意識に合うように自由に変形されていくのだ。それがどのように変形されたのかに、遠藤周作の関心は集中したという。彼らが信じたものもはやキリスト教とは言えず、日本的に変形された彼らのキリスト教になっていた。仏教や神道の要素がごった煮のように混じり合い、キリスト教徒がふつうに信じるGODを本当に信じていたと言えるのか疑わしいと言うのだ。

しかも、彼らが役人の目をかくれていちばん信仰していたのは、GODでもキリストでもなく、実は聖母マリアであった。しかもそのイメージは、キリスト教の聖母マリアというよりも、彼らの母親のイメージが非常に濃かった。宗教画に見る聖母マリアというよりも、野良着を着た日本人のおっかさんのイメージであった。

言うまでもなくヨーロッパにおいてキリスト教は、母親の宗教というより父親の宗教という性格を強くもっていた。教えに外れるものを厳しく叱咤し、裁き、罰するイメージが強いのだ。それが日本では、いつのまにか母親の宗教に変わってしまう。もちろん聖母マリアは、カトリック信仰の中ではきわめて重い意味をもっているが、第一位ではない。その聖母マリアが、「かくれキリシタン」にとっては最重要の信仰の対象となってしまう。しかも日本のおっかさんのイメージに変形されてしまうのだ。父性原理の性格を強くもったキリスト教が、日本ではいつのまにか母性のイメージ中心の信仰に変わってしまう。日本文化の基底に、そうさせてしまう土壌があるからではないのか。

このような変化は、他の宗教での日本人の信仰の場合にも見られるという。たとえば、中国・朝鮮をへて日本に入ってきた仏教の場合も似たような変化が見られる。平安時代から室町時代には、仏教も日本人の歯で噛み砕かれ、次第に母性の宗教に変化していったというのだ。阿弥陀様を拝む日本人のこころには、子供が母親を想うこころの投影があるのではないか。

浄土真宗で「善人なをもて往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」といのも、見方によっては悪い子ほど可愛いという母親心理を表していると言えなくもない。ともあれ阿弥陀様には色濃く母親のイメージが漂っている。仏教も日本に流入して日本人に信仰されるうちに、かなり母性的な性格を強くしていったと思われる。

キリスト教にも仏教にも共通に見られる、日本での変化、つまりより母性的な性格のつよい信仰への変化、これは日本人の宗教意識の大きな特徴を表していると言えるだろう。もちろん母親の宗教という面は、キリスト教の中にもある。日本人だけに特有なのではないが、しかし日本の宗教には、この母性的な性格がとくに強く見られるのではないかというのだ。

遠藤周作のこの指摘は、日本人の宗教意識についてのものだが、それは日本の文化や社会の底流に母性原理的なものが色濃くのこっているという捉え方を、一面から強く補強する指摘だろう。
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濃密な経験から語られるコミュニケーション実践論

2017-02-11 10:00:51 | 自己啓発
◆『コミュニケーション力 (岩波新書)

他の著者の、コミュニケーションや対話に関する本もいろいろ読んでいるが、書かれている内容や、踏まえられている実践や経験の濃密さは、齋藤氏のこの本が群を抜いている。学生時代の「対話」に費やされた情熱や、大学の教室などでの膨大な実践での経験が凝縮されている。

この中で紹介されたいくつもの方法が、それぞれ独立の本となっている。『偏愛マップ』や『質問力』がその例だ。

現代の若者に欠けている対話やコミュニケーションの力、かつての日本には満ちていたが、現代の教育現場に欠けている身体に深く根差した教育力など、今の日本に欠けている大切なものを取り戻すために、この人の紹介する数々の実践的な方法を、もっと普及させるべきだと思う。
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◆新海誠『秒速5センチメートル』と至高体験

2017-02-11 09:10:10 | マンガ・アニメ

◆新海誠『秒速5センチメートル 新海誠 アニメ 英語版(日本語再生可) [DVD] [Import]』(2007年)

新海誠は、『君の名は。』以前から、宮崎駿の次の時代を担うほどの才能をもったアニメ作家、映画監督ともいわれていた。その息をのむような映像の、詩的な美しさとストーリー展開の魅力は、『ほしのこえ』(2002年)や『「雲のむこう、約束の場所」』(2004年)のときから目立っていた。

とくに2002年公開の『ほしのこえ』は、監督・脚本・演出・作画・美術・編集などほとんどを一人で行った約25分のフルデジタルアニメで、自主制作としては信じられないほどクオリティーの高い作品であった。この作品は、第1回新世紀東京国際アニメフェア21公募部門で優秀賞を受賞し、実行委員会委員長の石原慎太郎都知事から「この知られざる才能は、世界に届く存在だ 」と絶賛を浴びた。

『秒速5センチメートル』は、前二作のようなSF的な要素は消えたが、映像はさらに美しく、物語は詩情にあふれている。

この作品の本格的な評としては、前田有一の超映画批評でのレビューをお勧めしたい。私は、前田有一や他のさまざまなレビューが取り上げていない視点からこのアニメを語ってみたい。

作品は、ある少女を思い続けた男の十数年間を三話構成で綴っている。第一話「桜花抄」は主人公の遠野貴樹と同級生・明里の小学生時代の出会いから始まる。 転校を繰り返した共通の経験を持つ二人は、互いに思いを寄せ合うようになる。明里が、東京から栃木の中学校に進学してからも文通を続けていたが、その後、鹿児島への転校が決まった貴樹は最後に明里に会うため、栃木県の小山の先まで行く決心をする。しかし彼の乗るJR宇都宮線は記録的な豪雪に見舞われ、待ち合わせの駅に着いたのはすでに深夜だった。 明里はその駅の待合室で一人待っていた。

二人は雪の中を外へ出る。あたりは静寂につつまれ誰もいない。大きな樹の下に二人だけがいる。その時の貴樹のモノローグ。

「その瞬間、永遠とか心とか魂とかいうものがどこにあるのか分かったような気がした。13年間生きてきたことのすべてを分かち合えたように僕は思い、それから次の瞬間たまらなく悲しくなった。明里(あかり)のそのぬくもりを、その魂をどのように扱えばいいのか、それが僕には分からなかったからだ。僕たちはこの先もずっといっしょにいることは出来ないとはっきり分かったからだ。‥‥‥でも僕をとらえたその不安はやがてゆるやかに溶けていき、あとは明里のゆるやかくちびるだけが残っていた。」

この時、貴樹は一種の「至高体験」をしたのだ。「永遠とか心とか魂とかいうものがどこにあるのか分かったような気がした」という言葉がそれを表している。そしてこの「至高体験」に、彼はその後ずっとこだわり続けることになる。(「至高体験」が何かについては、次のサイトを参照されたい。「覚醒・至高体験の事例集」)

第二話は「コスモナウト」。遠野貴樹は種子島の中学に転校し、その地の高校の三年生になっていた。貴樹をひたすら想い続ける同級生・澄田花苗は、貴樹が卒業後は東京の大学へ行くと知り、自分の想いを貴樹に告げようと決心する。それは、いつも二人で帰る畑中の道でのことであった。彼女が逡巡していたその時、種子島宇宙センターからロケットが発射され、空を割り裂くような轟音と軌跡を残して宇宙に旅立っていく。二人は、ただ黙ってそれを見つめる。

「‥‥ただ闇雲にそれに手を伸ばして、あんな大きな塊を打ち上げて、気の遠くなるくらい向こうにある何かを見つめて。‥‥‥遠野君は他の人と違って見える理由が少しわかったきがした。そして同時に遠野君は私を見てなんていないんだということに私は気づいた‥‥‥。」

ロケットの軌跡を見ながら、同時に花苗は自分の失恋に気づく。遠野君は、気の遠くなるくらい向こうを見つめていて、自分なんか見ていない。それに否応もなく気づいてしまった。では、貴樹が見つめていた宇宙のような遠くとはなんだったのだろうか。それは、一度垣間見た「永遠とか心とか魂とかいうもの」の在りかではなかったのか。「至高体験」ではなかったのか。

ロケットの噴射が描く、大空を引き裂くような美しい軌跡を二人は黙って見続ける。それは、二人の世界の分離を暗示するかのように残酷なほどに美しく空に描きこまれていく。

三話は映画のタイトルとなった「秒速5センチメートル」。貴樹は、日々仕事に追われ、疲れ果てていく。3年間付き合っていた女性からも、彼の心が彼女に向いていないことを見透かされてしまう。

「この数年間、とにかく前に進みたくて、届かないものに手を触れたくて、それが具体的に何を指すのかも、ほとんど脅迫的ともいえるようなその思いがどこから湧いてくるのかも分からずに僕はただ働きつづけ、気づけば日々弾力を失っていく心がひたすら辛かった。」

「貴樹の心は今もあの中学生の雪の夜以来ずっと、彼にとって唯一の女性を追い掛け続けていたのだった…」(wikipedia)というのが、一般的な解釈だろう。しかし、「届かないものに手を触れたくて」、しかもそれが何なのかも分からず、その思いがどこから湧いてくるのかも分からないというのはどういうことだろうか。それが明里だったなら明里だと、彼にもはっきり分かったはずだ。彼が求めていたのは、明里というよりも、明里との間で一度限り体験した「永遠とか心とか魂とかいうもの」の在りかの秘密だったのではないか。それはあまりに幼き日に体験した魂の高みだったからこそ、失われ、忘れ去られて彼を脅迫的に突き上げる得体のしれない思いにまでなっていたのではないか。

私には、遠野貴樹という主人公の名前も、初恋の少女の明里という名前も、雪の夜の「至高体験」を暗示しているように見える。そして、遠くの高い樹(魂の高み)を見つめている遠野君は、私のことなんか少しも見ていないと、花苗は気づいた。空の高みを目指すロケットが打ち上げられるその光景を見ながら。
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軸のない日本文化の不思議と利点

2017-02-10 11:13:12 | 日本の文化
◆『日本人はなぜ「小さないのち」に感動するのか 』(呉善花、wワック株式会社)

著者の呉善花は、韓国・済州島出身の韓国人だが、日本に長く住み、今は帰化している。その過程で、それこそ韓国人としての自分やその先入見を一切殺す思いで、日本への理解を深めていく。そのためだろう、著者の日本への洞察力はきまめて鋭く深い。また私たち日本人が、韓国人の考え方を理解する上でも、教えられるところが多い。ここでは、本の冒頭近くで触れている「軸のない日本文化」という捉えかを例にあげてみよう。


著者は、日本社会の軸となる考え方や価値観が容易につかめず曖昧なことが、外国人にとって日本がわかりにくいことの大きな理由となっているという。つまり、日本の社会や文化は、宗教、イデオロギー、文化を統合する絶対的な理念という観点から見ると、他の世界の国々に比べて、これといった軸のない、きわめて相対主義的な特徴をもっているといえるのだ。欧米諸国ならキリスト教、中東諸国ならイスラム教というように、その社会の中心となる軸がはっきりしている。韓国や中国も、社会生活の面では儒教が軸になっているのは間違いないだろう。

それに対して日本の社会はどうか。儒教が軸になっているとも言えないし、かといって「武士道精神」、「仏教」、「神道」、それらのいづれか一つとも言えない。「仏教、神道、儒教、武士道精神などが融合したもの」といったところで、日本人もピンとこないし、外国人にはますますわからないだろう。それでいながら、日本の社会や文化は、その固有の伝統を失わずに存続し、現代もなお、他の国や社会にない調和と秩序を保ち、その新旧の文化の魅力を世界に発信し続けている。

著者によると、たくさんの軸があってそのどれも中心軸とは言えないということ自体が、韓国人や中国人から見ると不安でならないという。韓国人に言わせると「これだけわけのわからない神々を信じている国が、これだけ近代化されている」ということが不思議で不気味に見えるらしい。そして韓国人の反日教育の中に、日本人は文化的に未開で野蛮な人々だという教え方があるという。彼らにとっては、八百万の神々を信じるような自然信仰的な宗教性こそ、非文明的なのだ。一方、韓国は、李氏朝鮮時代に朱子学以外のあらゆる思想を排除し、朱子学一本を軸として作られた国なのだ。そうした伝統的価値観は、現代の韓国人の中にも生きており、日本人を見下す意識の背景となっているようだ。

しかし、一般的な韓国人にはもちえないような全く別の視点から見れば、日本人が、その社会を束ねる軸となるような中心的な理念を持つ必要がなかったのは、その幸運な地理的、歴史的条件によるものとも言える。それは、私が追求している「日本文化のユニークさ8項目」で言えば、(4)(5)あたりにいちばん深く関係するだろう。「宗教などのイデオロギーによる社会と文化の一元的な支配」や「文化を統合する絶対的な理念」によって人々をまとめあげ、侵略してくる他民族と対抗する必要はなかったし、協力な絶対的な理念の軸がなくとも、島国のなかで自ずとひとつのまとまりあり社会が保たれたのだ。

翻って現代社会を見ると、宗教的な理念やイデオロギーの対立がどれだけ人々を不幸にしているか。頻発するテロや、難民流入にともなう摩擦の背景にも、社会や文化をまとめる軸相互のぶつかりあいが背景にある。日本人が、そうした宗教的な理念の軸を相対化して見ることができるということ、それでいてこれだけの近代社会を形成しえたということ。この事実は、こらからの世界のあり方に重要なヒントを与えるかも知れないのだ。

ここでは、著者の考察の触りだけを例として取り上げたが、彼女の鋭い洞察は、今深まっている日本と韓国の摩擦の、いちばん根元の部分に何があるかを理解する上でも、十分に意味があるだろう。
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