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「森林の思考」と「砂漠の思考」

2020年09月30日 | 母性社会日本
鈴木秀夫氏の『森林の思考・砂漠の思考 (NHKブックス 312)』については、まだここで論じたことはなかったと思う。最近、母性社会としての日本を論じる論文を書いていて、この本にも触れたので、論文のその部分をここに紹介したい。

地理学者の鈴木秀夫氏は、「森林の思考」と「砂漠の思考」という二類型によって人間の思考の違いを分析する。まずは、人間が周囲の環境を見るさいの「視点」の違いが指摘される。森林では地上に視点を置き、その視点から発想する傾向が強く、砂漠では広域を上から鳥瞰するような視点から発想が強い。森林的思考とは、視点が地上の一角にあり、下から上を見る姿勢であり、砂漠的思考とは上から下を見る鳥の眼を持つことであるという。

森林では、周囲を木々に囲まれる狭い視野から周囲を見渡し、樹林にさえぎられた空を見上げることになる。森林は湿潤地帯であり、食物は比較的豊富で種類も多い。そこでは食物や水をめぐって生死を分けるような重要な決断に迫られることは多くない。全ての物はお互いに相まって存在する。草木が繁茂し、多くの動物が住む森林地帯では多神教が生まれやすい。そして、実が朽ちて土に帰り、また芽生えてくる循環的な輪廻転生の概念も加わる。

これに対し、砂漠で生き残るのに最も重要なことは水を見つけ、食べ物を見つけることだ。そのため、長い距離を移動しなければならず、広範囲を視野に入れて行動する必要がある。遠くの泉に今、水があるかないか、生死を分ける決断をして行動しなければなない。それゆれ砂漠民は、鳥のように上から自分と全体を認識する必要に迫られる。そして、砂漠的思考の「上からの視点」が、天、すなわち一神教の神を生み出したというのである。広大な砂漠の中で人間は、風に飛ばされる砂粒と変わらない。そんな人間と万物を創造し、支配するのが絶対的な神であるという一神教が成立する。時間も空間も含めてすべてが、この絶対神によって創造されたのである。一神教の神のイメージは、砂漠の風土と砂漠民の生活に密接に関係しつつ成立した。
森林の思考とは、極端に言えば「世界は永遠に循環し、続く」という思考であり、砂漠の思考とは、逆に「世界は始まりと終わりがある」というものだ。

こうした思考の違いはやがて、キリスト教的な世界観と、仏教的な世界観のとの違いへと発展していく。しかしそれは、どちらが優れているとか、どちらが正しいとかの問題ではなく、森林あるいは砂漠という、それぞれその風土に生きるために必要な思考から生じた違いである。

こうして、多神教や、さらには仏教を生んだのが森林であり、ユダヤ教やキリスト教そしてイスラム教を生んだのが砂漠であった。歴史的に言えば、人類は狩猟・採集の時代には、圧倒的に森林的な思考が優位であった。森林に囲まれた環境では多神教的な宗教が生まれ、砂漠の環境では一神教的な宗教が生まれる傾向が強い。人類が農耕・牧畜を始めるころから、一神教的な文化の影響が徐々に森林的な思考の世界にも広まっていった。

ただし森林と砂漠とは言っても、必ずしも現在の気候風土とそのまま合致してはいない。いまから数千年前に地球が砂漠化していた頃につくられた思考方法を人類は綿々と受け継ぎ、こうした思考方法が現代の人間に対しても明らかに大きく影響している。森林的思考を代表する地域は日本である。対して砂漠的思考を代表するのは、欧米諸国である。以上の考察から、森林的思考が母性原理の文化に対応し、砂漠的思考が父性原理の文化に対応することは、容易に推察できるであろう。

鈴木秀夫氏が考察した「森林の思考」と「砂漠の思考」の違いは、かつて人類が経験した気候変動と世界史の展開のなかでも、大枠としては確認できるだろう。狩猟・採集の時代には「森林の思考」が優位であり、それゆえ宗教も自然崇拝的で母性的な性格のものであった。やがて人類が農耕を開始しても、豊饒な大地を基盤にする母性的な宗教が支配的であった。

農耕の開始は,大地を母とし,農耕を生殖活動と同じとみなす母性的宗教の世界観と結びつく。世界に広く出土する土偶も,豊饒な母なる大地をあらわす地母神である。それは多産,肥沃,豊穣をもたらす生命の根源でもある。地母神への信仰は,アニミズム的,多神教的世界観と一体をなす。

しかし、古代地中海世界では紀元前1500~1000年頃に大きな世界観の変化があったという。それまでの大地に根ざす女神から、天候をつかさどる男神へと信仰の中心が移動したというのだ。これには紀元前1200年頃の気候変動が関係しており、北緯35度以南のイスラエルやその周辺は乾燥化した。その結果、35度以北のアナトリア(トルコ半島)やギリシアでは多神教や蛇信仰が残ったが、イスラエルなどでは大地の豊饒性に陰りが現れ、多神教に変わって一神教が誕生する契機となったという。

《関連図書》
日本人にとって聖なるものとは何か - 神と自然の古代学 (中公新書)
ユニークな日本人 (講談社現代新書 560)
日本の曖昧力 (PHP新書)
日本人の人生観 (講談社学術文庫 278)
古代日本列島の謎 (講談社+α文庫)
縄文の思考 (ちくま新書)
人類は「宗教」に勝てるか―一神教文明の終焉 (NHKブックス)
山の霊力 (講談社選書メチエ)
日本人はなぜ日本を愛せないのか (新潮選書)
森林の思考・砂漠の思考 (NHKブックス 312)
母性社会日本の病理 (講談社+α文庫)
日本人とユダヤ人 (角川文庫ソフィア)
アーロン収容所 (中公文庫)
肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見 (中公文庫)
日本人の価値観―「生命本位」の再発見
ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)

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