クールジャパン★Cool Japan

今、日本のポップカルチャーが世界でどのように受け入られ影響を広げているのか。WEB等で探ってその最新情報を紹介。

軸のない日本文化の不思議と利点

2017年02月09日 | 相対主義の国・日本
「軸のない日本文化」という表現は、これだけでは否定的な響きをもつかもしれないが、私はここでかなり肯定的な意味合いで語りたい。このブログで追求し続けている「日本文化のユニークさ8項目」のうち、第7番目に関係するものとして考えてみたいのだ。ひさしぶりの更新なので、ここにその8項目を再録しよう。

(1)漁撈・狩猟・採集を基本とした縄文文化の記憶が、現代に至るまで消滅せず日本人の心や文化の基層として生き続けている。

(2)ユーラシア大陸の父性的な性格の強い文化に対し、縄文時代から現代にいたるまで一貫して母性原理に根ざした社会と文化を存続させてきた。

(3)ユーラシア大陸の穀物・牧畜文化にたいして、日本は穀物・魚貝型とも言うべき文化を形成し、それが大陸とは違う生命観を生み出した。

(4)大陸から海で適度に隔てられた日本は、異民族により侵略、征服されたなどの体験をもたず、そのため縄文・弥生時代以来、一貫した言語や文化の継続があった。

(5)大陸から適度な距離で隔てられた島国であり、外国に侵略された経験のない日本は、大陸の進んだ文明のの負の面に直面せず、その良い面だけをひたすら崇拝し、吸収・消化することで、独自の文明を発達させることができた。

(6)森林の多い豊かな自然の恩恵を受けながら、一方、地震・津波・台風などの自然災害は何度も繰り返され、それが日本人独特の自然観・人間観を作った。

(7)以上のいくつかの理由から、宗教などのイデオロギーによる社会と文化の一元的な支配がほとんどなく、また文化を統合する絶対的な理念への執着がうすかった。

(8)西欧の近代文明を大幅に受け入れて、非西欧社会で例外的に早く近代国家として発展しながら、西欧文明の根底にあるキリスト教は、ほとんど流入しなかった。

つまり、日本の社会や文化は、宗教、イデオロギー、文化を統合する絶対的な理念という観点から見ると、他の世界の国々に比べて、これといった軸のない、きわめて相対主義的な特徴をもっているといえるのだ。これについは、このブログの「相対主義の国・日本」というカテゴリーでかなり論じてきているので、参照を願いたい。

◆『日本人はなぜ「小さないのち」に感動するのか
さて、この本の著者・呉善花氏は、日本社会の軸となる考え方や価値観が容易につかめず曖昧なことが、外国人にとって日本がわかりにくいことの大きな理由となっているという。欧米諸国ならキリスト教、中東諸国ならイスラム教というように、その社会の中心となる軸がはっきりしている。韓国や中国も、社会生活の面では儒教が軸になっているのは間違いないだろう。

それに対して日本の社会はどうか。儒教が軸になっているとも言えないし、かといって「武士道精神」、「仏教」、「神道」、それらのいづれか一つとも言えない。「仏教、神道、儒教、武士道精神などが融合したもの」といったところで、日本人もピンとこないし、外国人にはますますわからないだろう。それでいながら、日本の社会や文化は、その固有の伝統を失わずに存続し、現代もなお、他の国や社会にない調和と秩序を保ち、その新旧の文化の魅力を世界に発信し続けている。

著者によると、たくさんの軸があってそのどれも中心軸とは言えないということ自体が、韓国人や中国人から見ると不安でならないという。韓国人に言わせると「これだけわけのわからない神々を信じている国が、これだけ近代化されている」ということが不思議で不気味に見えるらしい。そして韓国人の反日教育の中に、日本人は文化的に未開で野蛮な人々だという教え方があるという。彼らにとっては、八百万の神々を信じるような自然信仰的な宗教性こそ、非文明的なのだ。一方、韓国は、李氏朝鮮時代に朱子学以外のあらゆる思想を排除し、朱子学一本を軸として作られた国なのだ。そうした伝統的価値観は、現代の韓国人の中にも生きており、日本人を見下す意識の背景となっているようだ。

しかし、一般的な韓国人にはもちえないような全く別の視点から見れば、日本人が、その社会を束ねる軸となるような中心的な理念を持つ必要がなかったのは、その幸運な地理的、歴史的条件によるものとも言える。上に再録した「日本文化のユニークさ8項目」で言えば、(4)(5)あたりが、それにいちばん深く関係するだろう。「宗教などのイデオロギーによる社会と文化の一元的な支配」や「文化を統合する絶対的な理念」によって人々をまとめあげ、侵略してくる他民族と対抗する必要はなかったし、島国のなかで自ずとひとつのまとまりあり社会が保たれたのだ。

翻って現代社会を見ると、宗教的な理念やイデオロギーの対立がどれだけ人々を不幸にしているか。頻発するテロや、難民移入にともなう摩擦の背景にも、社会や文化をまとめる軸相互のぶつかりあいが背景にある。日本人が、そうした宗教的な理念の軸を相対化して見ることができるということ、それでいてこれだけの近代社会を形成しえたということ。この事実は、こらからの世界のあり方に重要なヒントを与えるかも知れないのだ。

周囲とのシンクロが得意な日本人

2015年03月10日 | 相対主義の国・日本
前回とりあげたような「間人主義」的な日本人の行動の特徴は、具体的にはどんなところに見られるだろうか。日本人自身はあまり意識しなくとも外国人の目には際立って見える面がある。たとえば、ドイツ人でありながら日本で曹洞禅の修業をし、日本の禅寺の住職になったネルケ無方氏は、「日本人は人に合わせ、人とシンクロする性質がある」という(『日本人に「宗教」は要らない (ベスト新書)』)。欧米人は、そもそも他人とシンクロしようという意識がない。日本人のように人に合わせる、動作や気持ちにまで合わせるというのが苦手のようだ。

日本人が時間に厳格で正確なのも、日本人のシンクロしようとする性質によるのだろう。「空気を読む」というのも同じ性質によるもので、そもそもドイツ人には「空気を読む」とうような発想も概念もないという。日本人にとって空気を読めないということは、本人にとっても周囲の人にとっても苦痛であり、そこにいじめの一温床があるかもしれない。日本人のいじめは、「間人主義」の良さと裏腹の関係にあるのだろう。

日本人が移民の受け入れに後ろ向きなのも、以上のような日本人の特徴と関係があるようだ。日本人の社会は、他者とのシンクロを前提としている。シンクロするためのセンサーも敏感である。そこへ、そうしたセンサーやアンテナを備えていない人が大量に入り込んだらどうなるか。日本人の敏感なセンサーが、その危険さをキャッチしているからこそ、移民受け入れに消極的になっているというのだ。

浜口恵俊氏の『間人主義の社会日本』では、西欧的な「個人主義」を、①自己中心主義、②自己依拠主義、③対人関係の手段視、によって特徴づけ、一方、日本人の「間人主義」を、「人と人との間に位置づけて初めて"自分"という存在を意識する」あり方として特徴づけた。それは、具体的には①相互依存主義、②相互信頼主義、③対人関係の本質視、として表されるという。

ところで少し前にこのブログで、金谷武洋氏の『日本語が世界を平和にするこれだけの理由』に触れ、「日本語は、共感の言葉、英語は自己主張と対立の言葉」であり、英語が「人間に注目する」のに対し、日本語は人間よりもその周りの舞台や背景、つまり「場所に注目」するという見方を紹介した(→世の中を平和にする日本語と縄文時代)。日本語の発想法の特徴が、日本人の「間人主義」とみごとに対応しているといえるだろう。このように、それぞれの分野で行われている議論がどのように関係するかを確認し、そこに通底する構造を明らかにし体系化する作業こそが今後、必要だと思う。

『間人主義の社会・日本』の著者・浜口氏は、この本の「はじめに」の中で、日本論を代表するものとしてべネディクトの『菊と刀』、中根千枝の『タテ社会の人間関係』、土居健郎の『「甘え」の構造 [増補普及版]』など、すぐれた理論がたくさんあるとしながらも、それらはいずれも、「日本人の社会的行為を規制している基底的な原理を不問にしたまま日本を論じている」と批判している。

ここでいう「基底的な原理」とは、人間が本来どのような社会文化的存在と見なされているかという「人間観」であり、その人間が織り成す間柄についての人々の考え方、すなわち「人間関係観」などのことである。それを著者がどのようにとらえていたかは、前回かんたんに紹介した。その研究は優れたものであり、私も興味深く読んだ。

一方で私自身の関心は、では著者の「間人主義」の人間観をもとにした理論と、「タテ社会の人間関係」や「甘えの構造」はどのように関係するかということである。その関係については、著者はもちろんほとんど何も触れていない。私の関心をもう少し一般化して述べよう。

これまでに日本人論、日本文化論といった類の本は、ほとんど無数といえるほどに生み出されている。本の題名に日本の二文字がなくとも、中身は日本人、日本文化とは何かを問うものも多い。もちろんそれらのすべてを読むのは不可能だが、おそらく何百冊とその関係の本を読んできた。それでいつも感じるのは、このテーマを巡る各分野からの数多くの優れた研究成果が、相互の関連が確認されながら蓄積されて、日本人の共有財産となっているという感じがしないのだ。

今、求められているのは、各分野からの日本論の多くの優れた成果をつきあわせて、相互にどのような関係や共通性や違いがあるのかを問い、それらを体系的に整理することではないか。私には、各分野からの研究の多くが、深いところで通底しているように見える。それらが、どのような類似性や共通性をもっているかを確認し、これまで先人が蓄積してきた日本人や日本文化についての議論を、いわば国民の共有財産とすることこそが求められている。私も、ささやかながらそんな作業の一助となれればと思う。

《関連記事》
日本文化のユニークさ43:タテ社会と甘え(1)
日本文化のユニークさ44:タテ社会と甘え(2)
日本文化のユニークさ41:甘えと母性社会(1)
日本文化のユニークさ42:甘えと母性社会(2)

日本人は集団主義ではない?

2015年02月23日 | 相対主義の国・日本
日本人がどれほど集団主義的かを見るため、「同調行動」の度合いを調べた心理学の実験があるという。10名弱のグループの各人に二枚のカードを配る。Aのカードにはある長さの一本の線が描かれ、Bのカードには三本の違った長さの線が描かれている。BからAと同じ長さの線を当ててもらうのだが、一人以外はサクラで嘘の答えをいう。その場合、本物の被験者が周囲のサクラに合わせて、間違って答えてしまう割合を調べるのだ。サクラに同調して間違えてしまう人が多ければ集団主義的(同調的)だし、そうでなければ個人主義的というわけだ。

結果はどうだったか。日本と米国の「集団主義の強さ」を比較した研究19件のうち、13件の結果は、日本人もアメリカ人も「同程度に集団主義的」で、さらに5件は「アメリカ人の方が集団主義的」という結果で、「日本人の方が集団主義的」と判断できたのはわずか1件だったという。(『日本人はなぜ存在するか』)

この実験だけでどちらの国民がより集団主義的かと安易に結論することはもちろんできない。少なくとも「日本人は集団主義的だ」という思い込みや「常識」は、考えなおす必要がありそうだ。たとえ集団主義的だとしても、何がどのように集団主義的なのか検討する必要はあるだろう。

◆『間人主義の社会日本 (東経選書)

浜口恵俊氏は『間人主義の社会 日本』の中で、日本人を「集団主義」と特色づけるにしても、それは必ずしも「個人主義」の対立項としてのそれではないという。そこには組織への全面的没入や隷属とは言い切れない側面がある。各人が互いに仕事上の職分をこえて協力しあい、それを通じて組織目標の達成をはかり、同時に自分の欲求も充たして、集団としての充実をめざすのが「日本的集団主義」だ。127「日本的集団主義」では、個人が「全体」に全面的に隷属し主体性を失うわけではないとすれば、上に紹介した実験の結果もうなずけるだろう。

日本は従来、西洋型の近代文明を吸収することに必死なあまり、「近代的個人主義」という価値観もあまりに自明なものとして受け入れてきた。その価値観の中心は、自己依拠を貫くことだという。すべてを自己自身の力と責任によってはかろうとする姿勢である。自己を律する強い自我が、社会の近代化を担ってきた。だから日本人もそういう近代的自我を確立しなければならないと考えられた。しかし近代的自我は、自己を信頼する一方で他者不信に陥りやすい。「近代的自我」や「西洋的個人主義」の価値観を無条件に受け入れるのではなく、私たち日本人が現実に生きている人間関係に即した人間観や価値観が打ち出されるべきだろう。浜口氏は、日本人のそうした基本的価値観を、西欧の「個人主義」と対比し、「間人主義」と呼ぶ。

「個人主義」は、①自己中心主義、②自己依拠主義、③対人関係の手段視、によって特徴づけえられるという。一方、「個人」に対して「間人」は、人と人との間に位置づけて初めて"自分"という存在を意識する。「間人主義」の特徴は次のようなものである。

①相互依存主義――社会生活はひとりでは営めない以上、相互の扶助が人間の本態だ、とする理念。
②相互信頼主義――自分の行動に相手もきっとうまく応えてくれるはずだ、とする互いの信頼感。
③対人関係の本質視――相互信頼の上に成り立つ関係は、それ自体が値打ちあるものと見なされ、「間柄」の持続が無条件で望まれる。

西洋的な「個人主義」では、人に頼る以前にあくまでも自己に依拠して社会を生き抜くことに価値を置く。頼みとできるのは自己以外にないことを前提にするから、他人との関係も結局は、自己にとって少しでも有用な手段であり、人間関係自体が無条件に尊ばれるのではない。それは、互いに独立した個人間での互酬的な契約関係なのである。そうした契約関係のもとでは、職務を越えてまで個人的な対人関係が拡散することはない。

一方、日本人は、自己は完全に他から独立した「個人」ではなく「間人」としてとらえている。自分を、人と人との「間柄」に位置づけられた相対的な存在と理解し、社会生活を自分一人の力で営むのは不可能だと感じている。自己依拠ではなく、相互依存こそ人間の本態だという前提なのだ。この相互に信頼し助け合う価値観が「間人主義」と呼ばれる。これは、これは、自己保持のために対人関係を手段視する「個人主義」とは、対照的な価値観だろう。

とするなら、個が全体に隷属するという意味合いを含む「集団主義」を単純に日本人の人間関係に当てはめるのは必ずしも適切でないだろう。個人が全体に隷属するというよりも、人間はお互いに依存しあって生きざるを得ないのだから、その関係を前提にして、自他を生かしていこうというのが、日本人の基本的価値観であり、人間観だ。日本人は、「個人主義」でもなく、「集団主義」でもなく、「間人主義」の価値観に基づいて社会や組織にかかわっているのだ。日本人の人間関係の根底に流れる、こうした価値観なり人間観なりを、「個人主義」に対するものとして明晰に概念化し、そういう価値観を日本人の共有財産として自覚化することが、今この上なく大切なことだと思う。浜口氏の『間人主義の社会 日本』は、今から30年以上前になされた、そういう優れた試みの一つだ。


宗教で争わない日本の良さ(3)

2015年02月16日 | 相対主義の国・日本
今回は、「なぜ日本では宗教間の対立が起こりにくいのか」という問題を、本ブログの柱である「日本文化のユニークさ8項目」に沿って考えてみたい。この8項目を(1)から順にではなく、逆に(全部ではないが)たどると分かりやすいかもしれない。

(8)西欧の近代文明を大幅に受け入れて、非西欧社会で例外的に早く近代国家として発展しながら、西欧文明の根底にあるキリスト教は、ほとんど流入しなかった。

あれほど西欧の文物を崇拝し、熱心に学び、急速に吸収していったにもかかわらず、日本でのキリスト教の普及率はきわめて低かったし、今も人口の0.8パーセントを占めるにすぎない。キリスト教だけでなく、イスラム教なども含めた一神教そのものが日本では普及しない。それはなぜなのか。縄文時代以来の日本人の文化的「体質」によるというのが私の考えだ。そしてその「体質」こそが、宗教間の抗争が生まれにくい背景ともなっている。では、それはどのようなもので、なぜ現代にまで引き継がれたのか。次は三つの項目に沿って考えよう。ここは少し順番を変える。

(4)大陸から海で適度に隔てられた日本は、異民族により侵略、征服されたなどの体験をもたず、そのため縄文・弥生時代以来、ほぼ一貫した言語や文化の継続があった。
(7)宗教などのイデオロギーによる社会と文化の一元的な支配がほとんどなく、また文化を統合する絶対的な理念への執着がうすかった。
(5)大陸から適度な距離で隔てられた島国であり、外国に侵略された経験のない日本は、大陸の進んだ文明の負の面に直面せず、その良い面だけをひたすら崇拝し、吸収・消化することで、独自の文明を発達させることができた。

まず島国日本は、大陸からの本格的な侵略、征服を経験しなかった。民族間の熾烈な抗争を経験することなく、大帝国の一部に組み込まれることもなかった。それは日本が大陸の「普遍宗教」による一元的な支配を受けなかったということをも意味する。「普遍宗教」とはキリスト教、イスラム教、仏教、儒教などだ。もちろん日本文化は、仏教、儒教の影響は大きく受けたが、支配をともなう外部権力による押し付けではなく、自分たちの文化的「体質」に合わせて改変しながら吸収することができた。だからこそ縄文時代以来の「体質」を失わずにすんだのだ。

「普遍宗教」は、それ以前の各地域の伝統的な多神教とは対立する。伝統社会の多神教は、日本では縄文時代の信仰や神道のようなもので、大規模農業が発展する以前の小規模な農業社会か狩猟採集社会の、自然との調和の中に生きる素朴な信仰である。大陸では、それらの多神教と抗争し、あるいはそれらを抹殺しながら「普遍宗教」が成立していった。

ユーラシア大陸のほとんどの文明では、異民族の侵入や民族間の戦争、帝国の成立といった大きな変化が起こり、自然と素朴に調和した社会はほとんど破壊されてしまう。その破壊の後に、キリスト教、イスラム教、仏教、儒教といった「普遍宗教」が生まれてくる。そういう「宗教」が生まれてくる条件が、日本にはなかった。それほどに幸運な地理的な環境に恵まれていたともいえる。仏教の流入時に神道との小さな抗争はあったが、やがて日本の文化的「体質」にあわせて神仏習合が行われる。

このように日本では「普遍宗教」と伝統宗教との深刻な対立・抗争がなかった。抗争がないし、「普遍宗教」の一元的支配もなかったから、社会を一律に統合する絶対的・宗教的な理念への関心も薄かった。理念や原理への関心や執着が薄ければ、それをめぐって争い合う気にもならないだろう。争うどころか融合してしまう。宗教をめぐる日本人のこうした「融合体験」や、絶対的な宗教理念への執着の薄さが、教義を振りかざした深刻な宗教的な対立ほとんど生じさせないのだ。

(1)漁撈・狩猟・採集を基本とした縄文文化の記憶が、現代に至るまで消滅せず日本人の心や文化の基層として生き続けている。
(2)ユーラシア大陸の父性的な性格の強い文化に対し、縄文時代から現代にいたるまで一貫して母性原理に根ざした社会と文化を存続させてきた。

狩猟・採集を基本とした縄文文化が、抹殺されずに日本人の心の基層として無自覚のうちにも生き続けている。その一つの理由は、縄文時代が1万年以上も続き、その心性が日本人の文化的「体質」の一部となったからだろう。もう一つの理由は、日本が大陸から適度に離れた位置にあるため異民族による侵略、強奪、虐殺やその宗教の押し付けによって、自分たちの文化が抹殺されなかったからである。だからこそ、「普遍宗教」以前の自然崇拝的な心性を、二千年以上の長きにわたって失わずに心のどこかに保ち続けることができたのである。

つまり現代日本人の心には、縄文時代以来の自然崇拝的、アニミズム的な傾向が、ほとんど無意識のうちにもかなり色濃く残っており、それがキリスト教・イスラム教など一神教への、無自覚だが根本的な違和感をなしている。縄文時代からの自然崇拝的・アニミズム的「体質」が、一神教に馴染まないのだ。

一神教は、砂漠的な風土の遊牧文化を背景として生まれ、異民族間の激しい抗争の中で培われた宗教だ。それは父なる神を中心に一元的な男性原理システムを構築した。一神教はまた、しばしば暴力的な攻撃性をともなって他宗教・他文化と対立・抗争を繰り返した歴史をもつ。

男性原理的な一神教に対して、それ以前の農耕社会は、一般に地母神信仰に見られるような母性原理的な傾向をもつ。母性原理は、対立・抗争ではなく、多元的なものを包含し、相互に融和する傾向をもつ。農耕以前の日本の縄文的な基層文化も、土偶の表現に象徴されるようにきわめて母性原理的な特質をもっている。

母性原理的な縄文文化とその後の稲作文化とを基盤にして長い歴史を過ごした日本人にとって、父なる神を仰ぐ一神教の異質さは際立っていた。だからこそ一神教は日本では広がり得なかった。絶対的な宗教理念への執着も薄かった。その結果、宗教相互の熾烈な争いに巻き込まれることもなかったのだ。一神教な男性原理や、他宗教とのあくなき抗争を受け入れがたいと感じる日本人の心性は、縄文時代以来の日本の地理的・歴史的な条件によるともいえるだろう。


《関連記事》
縄文と弥生の融合
森の文化:自然の豊かさと脅威の中で01
キリスト教を拒否した理由:キリスト教が広まらない日本01
日本文化のユニークさ37:通して見る
日本文化のユニークさ38:通して見る(後半)
その他の「日本文化のユニークさ」記事一覧
日本文化のユニークさ07:正義の神はいらない
日本文化のユニークさ13:マンガ・アニメと中空構造の日本文化

《関連図書》
日本人にとって聖なるものとは何か - 神と自然の古代学 (中公新書)
ユニークな日本人 (講談社現代新書 560)
日本の曖昧力 (PHP新書)
日本人の人生観 (講談社学術文庫 278)
古代日本列島の謎 (講談社+α文庫)
縄文の思考 (ちくま新書)
人類は「宗教」に勝てるか―一神教文明の終焉 (NHKブックス)
山の霊力 (講談社選書メチエ)
日本人はなぜ日本を愛せないのか (新潮選書)
森林の思考・砂漠の思考 (NHKブックス 312)
母性社会日本の病理 (講談社+α文庫)
日本人とユダヤ人 (角川文庫ソフィア)
アーロン収容所 (中公文庫)
肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見 (中公文庫)
日本人の価値観―「生命本位」の再発見
ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)

宗教で争わない日本の良さ(2)

2015年02月13日 | 相対主義の国・日本
近年、英仏独をはじめヨーロッパ諸国でイスラム教国からの移民が増大し、それが様々な対立、混乱を引き起こしている。移民たちは低賃金の肉体労働に従事することが多いが、それがヨーロッパ各国の底辺層の仕事を奪い、失業した人々は移民を敵視するようになる。移民排斥を主張する右派的な政党が出てくる背景だろう。

そうすると移民の側も、彼らの宗教を核に結束し、対抗せざるを得ない。むしろ母国にいたころより宗教的な結束を強めていく。他方、移民を受け入れた側でも、対抗意識が高まり、イスラム教を敵視するキリスト教保守派が台頭する。こうして両宗教の対立はますます強まって、深刻な事態に陥っていく。

◆『無宗教こそ日本人の宗教である (角川oneテーマ21)』島田裕巳(2009年)
一方日本では、移民との宗教をめぐる対立はあまり見られない。日本は移民受入れに積極的でなく、移民の絶対数が少ないこともあるが、それでも海外からの労働者は少なくない。日本で海外からの労働者との間に宗教的な対立がほとんどないことの背景のひとつに、日本人の「無宗教」があるのではないかとこの本の著者はいう。海外から入ってきた人々とって、そういう日本では自分たちの宗教的アイデンティティを強調して、それを核に結束し、対抗する必要がほとんど意味ないのだ。

日本は、自分たちの教義に固執する特定の「宗教」が一大勢力をなす社会ではないので、外国人の信仰に干渉したり、宗教を理由に差別したりすることが少ない。そのため異文化と交わる局面で宗教的な対立を生みにくいのは確かだろう。日本が、そうした社会でありえたのは、独特の地理的条件や歴史的背景があったからだとは思う。しかし、そういう日本のあり方を世界にアピールすることは、特定の神や教義にこだわって対立や抗争を繰り返す愚かさを知ってもらう有効な手段かもしれない。

では、どうして日本はそうした社会になり得たのか。上の本の著者は、その背景のひとつを神仏習合に見ているようだ。神道と仏教が融合していれば、どちらか一つを選んで信仰するのは、かなり無理なことだ。「神道と仏教のどちらかに絞れない結果、無宗教と宣言する人間が増えたのかもしれない」と著者はいう。確かにアンケートに「無宗教」と答える人も、神道か仏教かにこだわらない形で何らかの宗教心はもっていて、ただ特定の宗教や教団に属していないだけかもしれない。かく言う私もその一人だ。

日本に仏教が伝来したことから既に神仏集合の兆しはあった。しかし著者によれば、神道の信仰と仏教の信仰とが、氏神と祖霊が融合することで庶民の生活の中で溶け合ったのは、近世に入って稲作が広まった時期と重なるという。稲作を中心とする村落共同体は、水田の水の管理を含め、村の共同の管理にかかわって、村全体で取り組んだり、決定したりすることが多い。そうした村の結束や統合のシンボルとなるのが、村の神社だ。神社では稲の収穫を祈ったり感謝したりする祭礼が行われる。

一方で村には共同の墓地があり、村に出た死者の葬儀や供養を行うのが村の寺である。それぞれの家では、先祖を祀り、先祖供養を行うが、五十回忌を経た死者は浄化され、個性を失い、祖霊の仲間入りをすると考えられた。柳田國男の説によれば、祖霊と神社に祀られた氏神とは同一のものだという。これも神仏習合のひとつの形だろう。

しかし私には、日本が特定の教義に固執する宗教に支配されなくなった背景は、さらに深い層に横たわっているように思われる。次回以降、日本文化のユニークさ8項目のほとんどに沿って、そうなった文化的・歴史的背景を探っていくことになるだろう。それは、これまでこのブログで考えてきたことを、宗教で争わない日本という観点から振り返り、整理しなおすという作業でもある。(この連載のタイトルは、最初「無宗教こそ日本の力」だったが、「宗教で争わない日本の良さ」に変更したことをお断りする。)

《関連記事》
日本文化のユニークさ37:通して見る
日本文化のユニークさ38:通して見る(後半)
その他の「日本文化のユニークさ」記事一覧
日本文化のユニークさ07:正義の神はいらない
日本文化のユニークさ13:マンガ・アニメと中空構造の日本文化

《関連図書》
日本人にとって聖なるものとは何か - 神と自然の古代学 (中公新書)
ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)
縄文の思考 (ちくま新書)
人類は「宗教」に勝てるか―一神教文明の終焉 (NHKブックス)
山の霊力 (講談社選書メチエ)
日本人はなぜ日本を愛せないのか (新潮選書)
森林の思考・砂漠の思考 (NHKブックス 312)
母性社会日本の病理 (講談社+α文庫)

宗教で争わない日本の良さ(1)

2015年02月12日 | 相対主義の国・日本
◆『無宗教こそ日本人の宗教である (角川oneテーマ21)』島田裕巳(2009年)

2015年1月7日に起こったフランス・パリでのシャルリー・エブド襲撃テロ事件や、続いて起こったISIL(いわゆる「イスラム国」)による日本人人質拘束事件は、日本人の宗教意識に微妙な影響を与えているかもしれない。これら以外でも、西アジアやヨーロッパで宗教にからむ事件や争いは頻発しており、これらが全体として日本人の宗教観に影響を与えている可能性がある。

2001年の同時多発テロをはじめ、その後も頻発し続けるテロの多くは、何かしら宗教を背景にもっている。宗教こそが、世界に対立や混乱を生み、平和の妨げになっているように見える。特定の宗教を熱心に信じるより、日本人のように「無宗教」でいる方が、はるかに価値があるのではないか。日本人は無意識にせよ、そう感じ始めていると著者はいう。では日本人にとって「無宗教」とは何を意味し、それはどんな経緯で形成されてきたのか。それを明らかにするのがこの本のテーマである。

この本に、日本人の宗教意識に関するかつての調査が紹介されている。オウム真理教の事件が起こった1995年以前、「あなたは、何か宗教を信じていますか」という問いに対し、全体のおよそ三分の一は信じていると答え、信じていないと答える人はおよそ三分の二だった。ところがオウム真理教の事件以降は、信仰率は20%台に落ち込んだという。2008年の読売新聞の調査では、何らかの宗教を「信じている」が26・1%、「信じていない」が71・9%で、以前に比べ信仰率が次第に低下している傾向があるかもしれないという。

いずれにせよ世界の平均と比べ、日本人の信仰率の低さは際立っている。2004年のイギリスBBCの調査によると、調査された世界11カ国で全体の9割近くが神を信じているという。ナイジェリア、インドネシア、レバノン、インド、メキシコ、アメリカ合衆国では9割を超え、イスラエルが8割、ロシア、韓国が7割、イギリスも7割近くが神を信じているという結果だ。これらを見ると、日本人の信仰率の低さは世界的に見て、例外的な現象だといえるだろう。

一方で日本人は、初詣や墓参りなどいわゆる宗教的な習俗にはきわめて熱心である。そんな状況を踏まえながらも著者はいう、日本人が「無宗教」であることに対して日本人自身のとらえ方が変化しているのではないか、と。日本人は、宗教について無節操で、寺も神社も参拝し、葬式は仏教、結婚式は神道、近年はキリスト教徒でもないのに教会で結婚式を挙げたりする。かつて、そんな無節操な「無宗教」性を日本人自身が自嘲する傾向があった。今もあるかもしれない。しかし一方で、日本人は近年「無宗教であることに誇りを感じるようになったのでないか」というのが著者の主張だ。

著者がここでいう「無宗教」は、日本人に宗教心や宗教的心性がないということではない。初詣などの宗教的行為(習俗)には多くの人々が参加する。それでいながら特定の宗教に固執して争いあうことはきわめて少ない。私は、そのような「無宗教」性の価値を日本人自身がしっかりと自覚し、むしろ世界に積極的に発信することが、いま重要になっていると思う。そうした視点も踏まえてこの本を紹介していきたい。

もちろんこの本のテーマは、本ブログの関心とも密接にからんでいる。例によって日本文化のユニークさ8項目で言えば、

(7)宗教などのイデオロギーによる社会と文化の一元的な支配がほとんどなく、また文化を統合する絶対的な理念への執着がうすかった。
(8)西欧の近代文明を大幅に受け入れて、非西欧社会で例外的に早く近代国家として発展しながら、西欧文明の根底にあるキリスト教は、ほとんど流入しなかった。

に深く関係し、

(4)大陸から海で適度に隔てられた日本は、異民族により侵略、征服されたなどの体験をもたず、そのため縄文・弥生時代以来、一貫した言語や文化の継続があった。
(5)大陸から適度な距離で隔てられた島国であり、外国に侵略された経験のない日本は、大陸の進んだ文明の負の面に直面せず、その良い面だけをひたすら崇拝し、吸収・消化することで、独自の文明を発達させることができた。

にも何かしら関係しているであろう。いやむしろ、8項目のほとんどが多かれ少なかれ日本人の「無宗教」に関係しているかもしれない。

これらの項目と島田氏の本の内容を関係させて考えながら、なぜ日本人はいま、日本人の「無宗教」の意味を世界にアピールする必要があるのか、この問いに迫ってみたい。

《関連記事》
日本文化のユニークさ37:通して見る
日本文化のユニークさ38:通して見る(後半)
その他の「日本文化のユニークさ」記事一覧
日本文化のユニークさ07:正義の神はいらない
日本文化のユニークさ13:マンガ・アニメと中空構造の日本文化

《関連図書》
ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)
古代日本列島の謎 (講談社+α文庫)
縄文の思考 (ちくま新書)
人類は「宗教」に勝てるか―一神教文明の終焉 (NHKブックス)
山の霊力 (講談社選書メチエ)
日本人はなぜ日本を愛せないのか (新潮選書)
森林の思考・砂漠の思考 (NHKブックス 312)
母性社会日本の病理 (講談社+α文庫)

同じ命とみなす:相対主義の国・日本03

2012年12月30日 | 相対主義の国・日本
日本文化のユニークさ8項目に従って、これまで書いてきたものを集約し、整理する作業を続けている。8項目は次の通り。

日本文化のユニークさを8項目に変更

今回も引き続き、(7)「以上のいくつかの理由から、宗教などのイデオロギーによる社会と文化の一元的な支配がほとんどなく、また文化を統合する絶対的な理念への執着がうすかった」に関係する記事を集約し、整理する。

この7番目の項目は、これまでに考察した6項目のすべてが深く関係しており、それぞれの項目を論じたときにも、その項目との関係で日本人の相対主義的な世界観に触れてきた。ここではそれらの特徴が多かれ少なかれすべて相互に作用しあいながら、日本文化の相対主義が形成されてきたことを確認する。

今回は、日本文化のユニークさ(3)を、日本人の相対主義的な世界観との関係で取り上げる。

(3)ユーラシア大陸の穀物・牧畜文化にたいして、日本は穀物・魚貝型とも言うべき文化を形成し、それが大陸とは違う生命観を生み出した。

大陸の多くの地域は「普遍宗教」に基づく支配構造に組み入れられていった。それゆえ文化が、絶対的な理念によって一元的に統合される傾向がある。日本列島は、「普遍宗教」による文化の一元的な支配に組み入れられることがほとんどなかった。「神仏習合」が生まれたことも、日本人に固有なアニミズムや自然崇拝宗教が受け継がれていった事実の一面を物語る。自然崇拝的な心性が生残ることによって、人間と他の生き物とをことさら区別しない傾向や、生き物を神として信心する風習も残った。

そして、日本人が本格的な牧畜を経験しなかったことも、上述のような傾向や風習を保ち続けたことと深く関係する。日本列島は平野が少なく急峻な山々にに覆われていて牧畜に適さず、しかもコメはムギに比べ生産性が高いので、必ずしも牧畜を必要としない。ともあれ、牧畜が持ち込まれなかったために豊かな森が家畜に荒らされずに保たれた。豊かな森と海に恵まれた縄文人の漁撈・採集文化は、弥生人の稲作・魚介文化に、ある面で連続的につながることができた。豊かな森が保たれたからこそ、母性原理に根ざした縄文文化が、弥生時代以降の日本列島に引き継がれていったとも言えるだろう。ここに、日本人の相対主義的な世界観の基盤がある。

さて、ヨーロッパの牧畜文化が、その思考法や価値観にどのような影響を与えたかを考察することによって、日本人の思考法や価値観との違いを浮き上がらせたのが、鯖田豊之の『肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見 (中公文庫)』である。

ユダヤ教、キリスト教を生んだヘブライ人は、牧畜・遊牧の民であった。ヨーロッパでもまた牧畜は、生きるために欠かせなかった。農耕と牧畜で生活を営む人々にとって家畜を飼育し、群れとして管理し、繁殖させ、食べるために解体するという一連の作業は、あまりに身近な日常的なものであった。それは家畜を心を尽くして世話すると同時に、最後には自らの手で殺すという、正反対ともいえる二つのことを繰り返して行うことだった。愛護と虐殺の同居といってもよい。その互いに相反する営みを自らに納得させる方法は、人間をあらゆる生き物の上位におき、人間と他の生物との違いを極端に強調することだった。

ユダヤ教もキリスト教も、このような牧畜民の生活を多かれ少なかれ反映している。たとえば、放牧された家畜の発情期の混乱があまりに身近であるため、そのような動物との違いを明確にする必要があった。その結果が、一夫一婦制や離婚禁止という制度だったのかも知れない。「肉食」という食生活そのものよりも、農耕とともに牧畜が不可欠で、つねに家畜の群れを管理し殺すことで食糧を得たという生活の基盤そのものが、牧畜を知らない日本人の生活基盤とのいちばん大きな違いをなしていたのではないか。

一方、日本列島では縄文時代から弥生時代、さらにその後の時代へと自然崇拝的な森の思考が生残っていった。「普遍宗教」の圧倒的な力の前に屈することもなかった。それゆえ日本人は、絶対的な理念(形而上学的な原理)を打ち立てて、それとの関係で人間の価値を理解するような思考が苦手である。そうした思考法とは無縁に、人間も他の生き物や物と同じように、はかない存在ととらえる傾向がある。そして、遊牧や牧畜を背景にした、人間と他生物の峻別を原理とした文化とは違う、動物も人間も同じ命と見る文化を育くんだ。人間も他の生物の命と同じ、相対的なものと見なすのである。これもまた日本人の相対主義的な世界観の一部をなしていいる。

それに対して大陸の諸民族は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の一神教教徒はもちろん、ブラフマン=アートマンの世界観を抱くインド人も、儒教中心の中国人も、多かれ少なかれ形而上学的な原理によって人間を価値付ける傾向があるという。儒教も、人間は自然界の頂点に立つ特別の選ばれた存在であるとみなすという。

《付記》
日本人が人間と生き物とを同じ命とみなす傾向は、日本人が本格的な牧畜を経験しなかったこととも深く関係する。日本文化のユニークさの背景に、日本人が牧畜生活を知らず、また遊牧民との接触がほとんどなかったことがあると指摘する論者はは多い。(『日本人とユダヤ人 (角川文庫ソフィア)』、『日本人はなぜ日本を愛せないのか (新潮選書)』、『アーロン収容所 (中公文庫)』など)

《参考図書》
日本人の価値観―「生命本位」の再発見
蛇と十字架・東西の風土と宗教
森のこころと文明 (NHKライブラリー)
一神教の闇―アニミズムの復権 (ちくま新書)
森を守る文明・支配する文明 (PHP新書)

《関連記事》
日本文化のユニークさ04:牧畜文化を知らなかった
日本文化のユニークさ05:人と動物を境界づけない
日本文化のユニークさ06:日本人の価値観・生命観
日本文化のユニークさ37:通して見る
日本文化のユニークさ38:通して見る(後半)
その他の「日本文化のユニークさ」記事一覧
日本文化のユニークさ07:正義の神はいらない
日本文化のユニークさ13:マンガ・アニメと中空構造の日本文化
日本の長所15:伝統と現代の共存
ジャパナメリカ02
クールジャパンの根っこは縄文?

森の思考と母性原理:相対主義の国・日本02

2012年12月29日 | 相対主義の国・日本
日本文化のユニークさ8項目に従って、これまで書いてきたものを集約し、整理する作業を続けている。8項目は次の通り。

日本文化のユニークさを8項目に変更

前回から、(7)「以上のいくつかの理由から、宗教などのイデオロギーによる社会と文化の一元的な支配がほとんどなく、また文化を統合する絶対的な理念への執着がうすかった」に関係する記事を集約し、整理する。

今回取り上げる日本文化のユニークさ7番目は、「以上のいくつかの理由から‥‥」という出だしの言葉からもわかるように、これまでに考察した6項目のすべてが深く関係している。そのためもあり、それぞれの項目を論じたときにも、その項目との関係で日本人の相対主義的な世界観に触れてきた。ここではそれらの特徴が多かれ少なかれすべて相互に作用しあいながら、日本文化の相対主義が形成されてきたことを確認する。

日本文化のユニークさ、最初の2項目は以下の通りだが、両者は密接にからんでいるので、二つを合わせて論じたい。

(1)漁撈・狩猟・採集を基本とした縄文文化の記憶が、現代に至るまで消滅せず日本人の心や文化の基層として生き続けている。

縄文人の思考、つまり自然崇拝的な森の思考が、現代の日本人の心にまで受け継がれているということは、逆に言えば、それが大陸の「普遍宗教」によって抹殺されずに生残ったということである。儒教、仏教、キリスト教、イスラム教など「普遍宗教」の影響の強い国々には、倫理・道徳などの面で絶対的な基準がはっきりしている。日本にはそれがない。「宗教などのイデオロギーによる社会と文化の一元的な支配がほとんどない」のである。日本文化のこの特徴は、どれほど強調しても強調し過ぎることはないほど重要である。

日本がそうあり得たのは、日本文化のユニークさ4項目目の、「大陸から海で適度に隔てられた日本は、異民族により侵略、征服されたなどの体験をもたず、そのため縄文・弥生時代以来、一貫した文化や言語の継続があった」という特徴に密接に関係する。大陸からの侵略、征服がなかったというのは外的な理由である。一方に内的な理由もあっただろう。つまり、前農耕文化だが高度に発達した縄文文化の時代が1万5千年も続き、その自然崇拝的・母性原理的な森の思考が縄文人の確たる基盤となっていたため、絶対的正義を標榜する「普遍宗教」を受け入れるとき、そのまま受け入れずに、自分たちの心性に合うように骨抜きにしていったのである。

以上の事実を「母性原理」の観点から見ると以下のようになる。

(2)ユーラシア大陸の父性的な性格の強い文化に対し、縄文時代から現代にいたるまで一貫して母性原理に根ざした社会と文化を存続させてきた。

砂漠や遊牧を基盤とする一神教は、善悪を明確に区別し相対主義を許さない父性原理を特徴とするが、自然崇拝的な森の思考は、多様なものの共存を受け入れる女性原理、母性原理を特徴とする。一神教を中心とした父性的な文化は、対立する極のどちらかを中心として堅い統合を目指し、他の極に属するものを排除しようとする。母性原理は逆に相反する極をともに受容する。

世界史の流れは、母性原理的な文化から父性原理的な文化へと移行する傾向がある。大まかにいって農耕・牧畜が開始する以前は、母性原理の文化が広がっていた。これについては以下の記事を参考にされたい。

日本文化のユニークさ36:母性原理と父性原理
日本文化のユニークさ39:環境史から見ると(1)

日本列島に住む人々は、母なる自然の恩恵をじかに受け取りつつ世界史上でもまれな高度な漁撈・採集時代を生きた。そのため農耕の段階に入っていくのが大陸よりも遅く、それに応じて高度に発達した母性原理の文化がその後の日本文化の基盤となった。

縄文人の信仰や精神生活に深くかかわっていたはずの土偶の大半は女性であり、妊婦であることも多い。土偶の存在は、縄文文化が母性原理に根ざしていたことを示唆する。縄文土偶の女神には、渦が描かれていることが多いが、渦は古代において大いなる母の子宮の象徴で、生み出すことと飲み込むことという母性の二面性をも表す。

日本人が、絶対的な原理や正義へ執着が薄いことは、縄文時代以来の日本文化が母性原理の傾向を強くもっていることと大いに関係がありそうだ。

砂漠や遊牧を基盤とする一神教は、善悪を明確に区別し相対主義を許さない父性原理を特徴とするが、自然崇拝的な森の思考は、多様なものの共存を受け入れる女性原理、母性原理を特徴とする。一神教を中心とした父性的な文化は、対立する極のどちらかを中心として堅い統合を目指し、他の極に属するものを排除しようとする。母性原理は逆に相反する極をともに受容する。

母性原理の日本文化は、「曖昧の美学」にも現れる。「曖昧」は成熟した母性的な感性となり、単純に物事の善悪、可否の決着をつけない。すべてを曖昧なまま受け入れる。能にせよ、水墨画にせよ、日本の伝統は、曖昧の美を芸術の域に高めることに成功した。それは映画やアニメにも引き継がれ、一神教的な文化とは違う美意識や世界観を世界に発信している。

農耕文明に入ってからも母性原理的な森の宗教の原型を色濃く残し、しかも大陸の高度文明の精華の部分だけを、その母性原理的な文化の中に取り入れることができた。中国文明だけではなく、下って西欧文明が流入したときも、母性原理的な基盤に抵触しないように何かしら変形して受け入れた。

ただし私たちは、縄文的な基層文化が私たちの個々の意識や文化の底流として生き残っていることにほとんど無自覚である。その基層文化が、自分たちに合わないものはフィルターにかけて排除する働きをしていることについても無自覚である。

その実、海外から入ってくる「高度な文明」には強力なフィルターがかかって取捨選択がなされている。近代文明をこれほど素早く受け入れながら、その根っこにあるキリスト教をみごとにフィルターにかけてしまったというのはその最たる例である。その結果私たちは、相変わらず相対主義的な価値観のもとに生活しているのである。

《関連記事》
日本文化のユニークさ37:通して見る
日本文化のユニークさ38:通して見る(後半)
その他の「日本文化のユニークさ」記事一覧
日本文化のユニークさ07:正義の神はいらない
日本文化のユニークさ13:マンガ・アニメと中空構造の日本文化
日本の長所15:伝統と現代の共存
ジャパナメリカ02
クールジャパンの根っこは縄文?

《関連図書》
☆『中空構造日本の深層 (中公文庫)
☆『山の霊力 (講談社選書メチエ)
☆『日本とは何か (講談社文庫)
☆『日本人はなぜ震災にへこたれないのか (PHP新書)
☆『ユニークな日本人 (講談社現代新書 560)
☆『日本の曖昧力 (PHP新書)

日本人は絶対正義が嫌い:相対主義の国・日本01

2012年12月28日 | 相対主義の国・日本
日本文化のユニークさ7項目を8項目に変更した。8項目は次の通り。

日本文化のユニークさを8項目に変更

これに従って、これまで書いてきたものを集約し、整理する作業を続けている。

今回から、(7)「以上のいくつかの理由から、宗教などのイデオロギーによる社会と文化の一元的な支配がほとんどなく、また文化を統合する絶対的な理念への執着がうすかった」に関係する記事を集約し、整理する。

今回取り上げる日本文化のユニークさ7番目は、「以上のいくつかの理由から‥‥」という出だしの言葉からもわかるように、これまでに考察した6項目のすべてが深く関係している。それらの特徴が多かれ少なかれすべて相互に作用しあいながら、日本文化の相対主義が形成された。今回は、それぞれの特徴がなぜ相対主義的な世界観に関係するのか、かんたんに触れてみよう。個々の考察は次回以降に行う。

(1)漁撈・狩猟・採集を基本とした縄文文化の記憶が、現代に至るまで消滅せず日本人の心や文化の基層として生き続けている。

縄文人の心性が現代の私たちの心や文化にまで影響を及ぼしているひとつの例は、私たちの中に、たとえ無自覚であろうとアニミズム的な感性が色濃く残っているということである。たとえば家を建てる前に地鎮祭を行わないと何となく居心地が悪いなど。そういう心性が、絶対的な理念や宗教的なイデオロギーを肌に合わないと感じさせるのではないか。

(2)ユーラシア大陸の父性的な性格の強い文化に対し、縄文時代から現代にいたるまで一貫して母性原理に根ざした社会と文化を存続させてきた。

砂漠や遊牧を基盤とする一神教は、善悪を明確に区別し相対主義を許さない父性原理を特徴とするが、自然崇拝的な森の思考は、多様なものの共存を受け入れる女性原理、母性原理を特徴とする。一神教を中心とした父性的な文化は、対立する極のどちらかを中心として堅い統合を目指し、他の極に属するものを排除しようとする。母性原理は逆に相反する極をともに受容する。

(3)ユーラシア大陸の穀物・牧畜文化にたいして、日本は穀物・魚貝型とも言うべき文化を形成し、それが大陸とは違う生命観を生み出した。

牧畜を経験しなかった日本人は、人間も他の生き物や物と同じように、はかない存在ととらえる傾向がある。それに対して大陸の諸民族は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の一神教教徒はもちろん、ブラフマン=アートマンの世界観を抱くインド人も、儒教中心の中国人も、多かれ少なかれ形而上学的な原理によって人間を動物と区別し、価値付ける傾向があるという。儒教も、人間は自然界の頂点に立つ特別の選ばれた存在であるとみなすという。

(4)大陸から海で適度に隔てられた日本は、異民族により侵略、征服されたなどの体験をもたず、そのため縄文・弥生時代以来、一貫した言語や文化の継続があった。
(5)大陸から適度な距離で隔てられた島国であり、外国に侵略された経験のない日本は、大陸の進んだ文明のの負の面に直面せず、その良い面だけをひたすら崇拝し、吸収・消化することで、独自の文明を発達させることができた。

(4)と(5)は、合わせて考えたい。高度に発達した縄文文化は、大陸から渡来した弥生文化によって消え去ったのではなく、縄文文化は基盤として根強く生き残りながら、大陸文化と融合していった。その事実の宗教的・政治的な帰結が神仏習合である。さらに弥生時代以降も一貫して、日本列島に異民族が大挙して侵入したり、さらに日本民族を征服したりすることがなかった。したがって「正義」の優劣を決する熾烈な争いも、完璧に異民族の「正義」の支配下に置かれてしまう経験ももたなかった。そのため縄文時代以来の独自の文化を保持しながら、大陸の高度文明の不都合なところはわきにおいたまま「いいとこどり」を繰り返すことができた。

(6)森林の多い豊かな自然の恩恵を受けながら、一方、地震・津波・台風などの自然災害は何度も繰り返され、それが日本人独特の自然観・人間観を作った。

縄文時代から現代に至るまで、豊かな恩恵をもたらしながら、ときに狂暴化する自然のもとで生きてきた。そうした自然への畏敬が、荒魂(あらたま)・和魂(にぎたま)という、神の極端な二面性への信仰となり、また日本人独特の無常観をも醸成した。また日本列島は、国土の大半が山林地帯であるため、水田稲作は狭小な平野や山間の盆地などでほぼ村人たちの独力で、つまり国家の力に頼らずに、灌漑設備や溜池などを整備してきた。巨大な専制権力や、それを可能にする政治的、文化的な統治イデオロギーも必要なかった。強大な権力による一元支配がなかったのである。

これらがすべて、日本文化の相対主義的な価値観を形成する重要な要因になっているだろう。次回以降は、この6点のそれぞれをやや詳しく見ていきたい。

《関連記事》
日本文化のユニークさ37:通して見る
日本文化のユニークさ38:通して見る(後半)
その他の「日本文化のユニークさ」記事一覧
日本文化のユニークさ07:正義の神はいらない
日本文化のユニークさ13:マンガ・アニメと中空構造の日本文化
日本の長所15:伝統と現代の共存
ジャパナメリカ02
クールジャパンの根っこは縄文?

《関連図書》
☆『日本とは何か (講談社文庫)
☆『日本人はなぜ震災にへこたれないのか (PHP新書)
☆『ユニークな日本人 (講談社現代新書 560)
☆『日本の曖昧力 (PHP新書)
コメント (4)

縄文と弥生の融合(日本文化のユニークさ総まとめ05)

2012年05月26日 | 相対主義の国・日本
引き続き「日本文化のユニークさ」6項目の5番目を5点から見ていく。5番目のユニークさとは以下のものである。

5)文化を統合する絶対的な原理や正義への執着がうすかった。また、宗教などのイデオロギーによる社会と文化の一元的な支配がほとんどなかった。

これについて5点から見ているわけだが、その5点をかんたんにまとめる。
①縄文時代以来の自然崇拝的・母性原理的な心性。
②自然の豊かさと自然災害の多さ。
③縄文文化と大陸文化の融合。
④異民族による侵入や侵略がなかったこと。
⑤狭隘な地形のため巨大権力による一元支配がなかった。

これらすべてが、日本人の絶対的な原理や正義への関心のうすさ、相対主義的なものの見方を形づくる要因となっている。こうして見ると結局は、①がこの問題のすべての根底にあるような気がするが、今回は、その3点目を見ていく。(以下すでにアップしたいくつかの記事を要約してまとめたものである。)

③高度に発達した縄文文化は、大陸から渡来した弥生文化によって消え去ったのではなく、縄文文化は基盤として根強く生き残りながら、大陸文化と融合していった。その事実の宗教的・政治的な帰結が神仏習合である。

◆なぜ縄文文化は抹殺されなかった?
縄文時代から弥生時代への移り変わりは、大量の渡来人が一気に押し寄せてきて、日本列島を席巻してしまったわけではない。大陸から日本列島への渡航は、それほど容易ではなかった。

縄文人がかなり早い段階でかんたんな農耕を始めていたことは、三内丸山遺跡などの発掘で明らかになりつつある。もちろん狩猟採集も行われ、これが生活の重要な位置を占めていた。弥生人により九州北部で本格的な稲作が始まり、それが東進してくると、稲作文化をかたくなに拒んだ縄文人もいたが、稲作を積極的に受け入れた縄文人もいたようだ。

現代人に占める縄文系と渡来系の血の配分は、1対2ないしは1対3だとされ、大量の渡来人が流入してきたと信じられてきた。しかし、渡来人が北九州に稲作を根づかせ、少なからぬ縄文人も稲作を受け入れ、渡来人と混じり合っていったとすればどうか。狩猟採集民は自然環境とのバランスの中に生きざるを得ないので基本的に人口は増加しないが、稲作民の人口増加率はかなり高い。それが渡来系の血を圧倒的に多くしていった。しかし文化的には、縄文系の風俗、習慣、信仰心などに溶け込んでいったのである。(→日本文化のユニークさ28:縄文人は稲作を選んだ

◆日本の蛇殺しの曖昧性
弥生時代以降、大陸から渡来した人々は、蛇殺しの神話をもっていた。こうした神話は、稲作と鉄器文化が結びついて伝播した可能性を示している。蛇殺しの神話は日本ではヤマタノオロチの伝説となった。スサノオノ命が、オロチに酒を飲ませ、酔って寝込んだすきに、剣を抜いて一気にオロチの八つの首を切り落とす。

この物語は、旧約聖書にも登場するバール神が海竜ヤムを退治した物語によく似ているという。バールは嵐の神であり、スサノオノ命もまた荒れ狂う暴風の神である。バール神の蛇殺しもスサノオノ命の蛇殺しも、ともに新たな武器であった鉄器の登場を物語っている。バール神がシリアで大発展した紀元前1200年頃は、鉄器の使用が広く普及した時代でもある。日本の弥生時代も鉄器が使用されはじめた頃だ。こうしてみると、蛇を殺す神々の登場の背景には、鉄器文化の誕生と拡散とが深く関わっており、殺される大蛇たちは、それ以前の文化のシンボルだったのだろう。

しかし、日本に関してはスサノオノ命が大蛇を退治したから古い文化を葬り去った新時代の神だったとは単純にはいえない。日本では蛇信仰は形を変えつつも生き残った。縄文文化は弥生文化によって抹殺されてしまったわけではない。縄文の心が稲作農耕を中心とした弥生文化の中に流れ込み、溶け合っていった。

それを反映してか、男神であるスサノオノは、ヤマタノオロチ退治の前、アマテラスが住む高天原で大暴れをして、「根の国」に追放されたのである。つまり女神に男神が敗北しているのだ。女神や蛇に象徴される古い文化(母性原理)が、鉄器をもった男神(父性原理)によって葬り去られるという単純な図式では、きれいに整理できない。

しかも「根の国」に追放されたスサノオが、復活してヤマタノオロチを退治するのは、出雲の国である。出雲はもともと縄文文化の関係が深い地域でもある。もともと出雲族は近畿地方の中央にいたが、外部から侵入した部族によって四方に分断され、その一部が出雲と熊野に定住したという説もある。さらに出雲族の一部は、諏訪地方にのがれ、諏訪大社の基盤を作ったという。諏訪大社は、御柱祭からも推測できるように、蛇信仰や縄文文化と関係が深いのだ。

すなわち、スサノオノ命の大蛇退治は、その前後の物語も含めて考えると、稲作や鉄器に代表される弥生文化が,蛇信仰に代表される縄文文化を葬り去った物語と単純にとらえることはできない。むしろ縄文文化と弥生文化が絡み合い融合していくさまを、そのまま反映して、両方の要素が複雑に入り組んでいるものと理解すべきだろう。(→日本文化のユニークさ34:縄文の蛇信仰(3)

◆神仏習合
こうした形での文化の融合を端的に表すのが神仏習合である。仏教が初めて日本に入ってきたとき、すでに日本側では「日本的な習俗に仏教をあわせていく」という作業が始まっていたという。仏教というイデオロギーによって社会と文化が一元的に支配されず、神仏習合が起こったため、縄文的な流れをくむ信仰や習俗が抹殺されずに生き残ったのだ。

聖徳太子の後、日本は唐から律令制を導入するが、神祇伯(神祇官の長官)のような唐にない制度を設けた。これも、律令制度や仏教は導入しても、日本の神々のことも忘れていないということを示している。仏教で信仰される大日如来が、天照大神として日本に垂迹(すいじゃく)したという本地垂迹説は、神仏習合の典型だ。これがもっと洗練されると、もともと同じ神が、インドでは大日如来となり、日本では天照大神となったということになる。

世界のほとんどの国では、複数の宗教が両立することはなかった。たとえば百済は、仏教国となったとき、それ以前の土着の宗教(日本の神道にあたる)は消えてしまった。その後、朱子学が入ると仏教がおとしめられ、仏教は迷信の塊とみなされた。李朝でも上流階級には仏教徒は一人もいなくなったという。朝鮮半島に見られるような宗教の歴史こそが、世界の普通のあり方で、日本のように縄文文化やそこに根ざす神道が脈々と受け継がれていくということの方が例外なのだ。(→日本文化のユニークさ27:なぜ縄文文化は消えなかった?

こうして、縄文文化は抹殺されず、むしろ生き生きと後の時代に受け継がれていくことになった。つまり、日本の歴史はその原初から、従来の文化を基盤としつつそこに新しい文化を取り入れ、自分たちに適した形に変えていくという、その後何度も繰り返えされる歴史の原型を作っていた。神と神の対立抗争よりはその融合を選んだという原体験が、その後の日本人の相対主義的なものの見方の基盤となったのである。

《関連記事》
日本文化のユニークさ37:通して見る
日本文化のユニークさ38:通して見る(後半)
その他の「日本文化のユニークさ」記事一覧
日本文化のユニークさ03:縄文文化の名残り
日本文化のユニークさ12:ケルト文化と縄文文化
日本文化のユニークさ13:マンガ・アニメと中空構造の日本文化
日本文化のユニークさ17:現代人の中の縄文残滓
日本文化のユニークさ18:縄文語の心
日本文化のユニークさ19:縄文語の心(続き)
日本文化のユニークさ27:なぜ縄文文化は消えなかった?
日本文化のユニークさ28:縄文人は稲作を選んだ
日本文化のユニークさ30:縄文人と森の恵み
日本文化のユニークさ32:縄文の蛇信仰(1)
日本文化のユニークさ33:縄文の蛇信仰(2)
日本文化のユニークさ34:縄文の蛇信仰(3)
日本文化のユニークさ35:寄生文明と共生文明(1)
クールジャパンの根っこは縄文?

《関連図書》
☆『日本人はなぜ震災にへこたれないのか (PHP新書)
☆『世界に誇れる日本人 (PHP文庫)
☆『中空構造日本の深層 (中公文庫)
☆『山の霊力 (講談社選書メチエ)
☆『日本とは何か (講談社文庫)
☆『ユニークな日本人 (講談社現代新書 560)
☆『日本の曖昧力 (PHP新書)
コメント (2)

森の思考と相対主義(日本文化のユニークさ総まとめ04)

2012年05月25日 | 相対主義の国・日本
「日本文化のユニークさ」6項目の5番目を5点から見ていくが、今回はその②である。

5)文化を統合する絶対的な原理や正義への執着がうすかった。また、宗教などのイデオロギーによる社会と文化の一元的な支配がほとんどなかった。

②縄文時代から現代に至るまで、豊かな恩恵をもたらしながら、ときに狂暴化する自然のもとで生きてきた。そうした自然への畏敬が、荒魂(あらたま)・和魂(にぎたま)という、神の極端な二面性への信仰となり、また日本人独特の無常観をも醸成した。

ここでは、日本人の相対主義的なものの見方が日本列島の自然の特徴にも深く関係があるのではないかという問題を考える。上の文章では日本の自然の二面性を強調したが、その前に日本の豊かな森そのものが日本人の世界観に与えた影響も大きいと思う。ということでその二つの視点から見ていく。

まずは自然環境が豊かであるか不毛であるかで、世界観にどのような影響を与えるのか。前回、母性原理と父性原理を問題にした。日本は縄文以来の母性原理の文化が破壊されずに持続し、それが相対主義的なものの見方に深く影響したことを確認した。

一般的に言って、母性原理の文化は豊かな森の恵みや大地の豊饒性に根ざしている。たとえば、古代地中海世界では紀元前1500~1000年頃にそれまでの大地に根ざす女神から、天候をつかさどる男神へと信仰の中心が移動した。これには紀元前1200年頃の気候変動が関係しており、北緯35度以南のイスラエルやその周辺は乾燥化した。その結果、35度以北のアナトリア(トルコ半島)やギリシアでは多神教や蛇信仰が残ったが、イスラエルなどでは大地の豊饒性に陰りが現れ、多神教に変わって一神教が誕生する契機となったという。

これまで大地の恵みに頼れば生きていけた時は、地下の蛇や大地母神が信仰されたが、乾燥化が進むと嵐や雷に関係する天候神バールや唯一神ヤーウェの信仰が強大化した。この信仰の変化にとってもうひとつ重要なのは、牧畜民が砂漠を追われて農耕民のオアシスや河畔に侵入し、侵略したことだ。牧畜民は天の神を信じていたので、これも天候神の確立に大きく寄与した。(→日本文化のユニークさ39:環境史から見ると(1)

整理すると、豊かな森や大地の豊饒性は、大地母神に象徴される母性原理の多神教的な文化を生み、一方、乾燥化した不毛な自然は、天候をつかさどる男神に象徴される父性原理的な一神教に収斂していく。それが歴史上も確認できるのである。(ユダヤでの一神教の確立には、その歴史の経過が深くかかわっているがここでは詳述しない。)

一神教は砂漠的な風土で生まれ、砂漠的な思考法と結びついている。砂漠は厳しい環境で、右にオアシスがあるかも知れないが、左は灼熱の砂漠が続き死んでしまうかも知れない。だから判断を早くするため、話し合いで結論を先延ばしするのではなく、指導者格の一人が決断をしなければならない。一神教的なリーダーシップにより右か左かの二分法的な思考法が必要とされるのだ。それは父性原理の思考法である。

一方、豊な自然に恵まれた森では、水も湧くが、獣もいれば突然の豪雨もある。天候や自然の動きが読めない。だからしばらく待って状況をうかがうもよし、多くの意見を聞いてまとめるもよし、という相対主義的な思考になる。リーダーは複数いるし、待つとか動くとか多様な選択肢があってかまわない。これが、母性原理の態度である。(『森林の思考・砂漠の思考 (NHKブックス 312)』、『日本力』)

日本列島は、山が多く雨も多い。ほぼ一貫して豊かな森が保たれ、国土が荒廃することはなかった。これほど森に恵まれた島は温帯地域ではまれだろう。縄文時代以来の森林的な思考法が、母性原理の多神教的な世界観、相対主義的な世界観として、現代の日本人にまで影響を与えているのである。森林型の思考が色濃く残った日本では、いまだに一神教的な思考がなじまない。

さて次に、自然はどんなに豊かであろうと過酷な面を備えている。とりわけ日本列島は、豊かな自然が時に狂暴化して人々を苦しめる。その落差の大きさも、日本人の相対主義的なものの見方に大きく影響を与えているのではないか。母性そのものが生み育む面と呑み込む面という二面性をもっているが、日本の自然はその両面を極端な形で備えているのだ。それが、荒魂(あらたま)・和魂(にぎたま)という、神の極端な二面性への信仰となった。

一神教と多神教の違いは、たんに神が一人が複数かという違いだけでなはいという。多神教の神のなかには、ひどい悪さをする神もおり、それが人間にとって大きな苦しみとなる場合もある。日本の神々も例外ではない。天照大神さえも、一人で荒魂・和魂という二面性を兼ね備えていたという。それは自然の恵みと脅威との二面を表しているともいえる。

自然の二面性を表現する端的な例が雷神だろう。雷神は、一瞬のうちに人を焼き殺してしまう祟り神であると同時に、人々に恵みをもたらす豊饒の神ともみなされていた。雷が田に落ちないと稲は実らないと信じられていたからである。稲妻は文字通り稲の妻であった。(『日本人はなぜ震災にへこたれないのか (PHP新書)』)

恵みをもたらす神だけではなく、わざわいをもたらす神もいる。一人の神の中にさえその両面がある。これは、そのまま大自然が人間に対してもつ二面性を表している。恵み多き豊かな自然であればあるほど、一たび自然の脅威にさらされれば、その二面性を強く意識するようになる。日本人は縄文人以来そういう自然の中で生きてきた。多様で豊かな森の自然そのものが多様で相対的なものの見方を育むが、その自然がときに大災害をもたらすとなれば、相対主義的な世界観はさらに根強いものになっていく。

厳しい自然が、日本人独特の無常観を生み、これも相対主義的な思考に関係することはすでに見た通りである。(→マンガ・アニメと日本の伝統

《関連記事》
日本文化のユニークさ37:通して見る
日本文化のユニークさ38:通して見る(後半)
その他の「日本文化のユニークさ」記事一覧
日本文化のユニークさ07:正義の神はいらない
日本文化のユニークさ13:マンガ・アニメと中空構造の日本文化
日本の長所15:伝統と現代の共存
ジャパナメリカ02
クールジャパンの根っこは縄文?

《関連図書》
☆『中空構造日本の深層 (中公文庫)
☆『山の霊力 (講談社選書メチエ)
☆『日本とは何か (講談社文庫)
☆『日本人はなぜ震災にへこたれないのか (PHP新書)
☆『ユニークな日本人 (講談社現代新書 560)
☆『日本の曖昧力 (PHP新書)

母性原理と曖昧の美学(日本文化のユニークさ総まとめ03)

2012年05月22日 | 相対主義の国・日本
「日本文化のユニークさ」6項目の5番目、

5)文化を統合する絶対的な原理や正義への執着がうすかった。また、宗教などのイデオロギーによる社会と文化の一元的な支配がほとんどなかった。(文章の前後を入れ替えた。)

を、前回列挙した5点から見ていくが、今回はその一番目を考える。

①前農耕文化だが高度に発達した縄文文化の時代が1万5千年も続き、その自然崇拝的・母性原理的な心性が日本文化の底流をなしている。そして、その宗教的心性が、絶対的正義を標榜する普遍宗教を受け入れるときのフィルターとして働いた。

世界史の流れは、母性原理的な文化から父性原理的な文化へと移行する傾向がある。大まかにいって農耕・牧畜が開始する以前は、母性原理の文化が広がっていた。これについては以下の記事を参考にされたい。

日本文化のユニークさ36:母性原理と父性原理
日本文化のユニークさ39:環境史から見ると(1)

日本列島に住む人々は、母なる自然の恩恵をじかに受け取りつつ世界史上でもまれな高度な漁撈・採集時代を生きた。そのため農耕の段階に入っていくのが大陸よりも遅く、それに応じて高度に発達した母性原理の文化がその後の日本文化の基盤となった。

縄文人の信仰や精神生活に深くかかわっていたはずの土偶の大半は女性であり、妊婦であることも多い。土偶の存在は、縄文文化が母性原理に根ざしていたことを示唆する。縄文土偶の女神には、渦が描かれていることが多いが、渦は古代において大いなる母の子宮の象徴で、生み出すことと飲み込むことという母性の二面性をも表す。

日本人が、絶対的な原理や正義へ執着が薄いことは、縄文時代以来の日本文化が母性原理の傾向を強くもっていることと大いに関係がありそうだ。

砂漠や遊牧を基盤とする一神教は、善悪を明確に区別し相対主義を許さない父性原理を特徴とするが、自然崇拝的な森の思考は、多様なものの共存を受け入れる女性原理、母性原理を特徴とする。一神教を中心とした父性的な文化は、対立する極のどちらかを中心として堅い統合を目指し、他の極に属するものを排除しようとする。母性原理は逆に相反する極をともに受容する。

唯一の中心と敵対するものという、一神教の二極構造は、ユダヤ教(旧約聖書)の神とサタンの関係が典型的だ。神の栄光を際立たせるために、神に敵対する悪魔の存在を構造的に必要とし、絶対的な善と悪との対立が鮮明に打ち出された。両者は、光と闇のように決して交わらることはない。究極的な悪としての悪魔の概念が不可欠なのだ。そうした対立構造が、「魔女狩り」のような集団殺戮を生む背景となっている。

これに対して日本神話の場合はどうか。例えばアマテラスとスサノオの関係は、それほど明白でも単純でもない。スサノオが天上のアマテラスを訪ねたとき、彼が国を奪いにきたと誤解したのはアマテラスであり、どちらの心が清明であるかを見るための誓いではスサノオが勝つ。その乱暴によって天界を追われたスサノオは抹殺されるどころか文化英雄となって出雲で活躍する。二つの極は、どちらとも完全に善か悪かに規定されず、適当なゆり戻しによってバランスが回復される。

母性原理の日本文化は、「曖昧の美学」にも現れる。「曖昧」は成熟した母性的な感性となり、単純に物事の善悪、可否の決着をつけない。すべてを曖昧なまま受け入れる。能にせよ、水墨画にせよ、日本の伝統は、曖昧の美を芸術の域に高めることに成功した。それは映画やアニメにも引き継がれ、一神教的な文化とは違う美意識や世界観を世界に発信している。

日本は曖昧な「ナンデモアリ」の社会だが、その「いい加減さ」の背景には、父性原理の文明によって圧殺されずに、縄文時代からの母性原理の文化を連綿と引き継いできた事実がある。

農耕文明に入ってからも母性原理的な森の宗教の原型を色濃く残し、しかも大陸の高度文明の精華の部分だけを、その母性原理的な文化の中に取り入れることができた。中国文明だけではなく、下って西欧文明が流入したときも、母性原理的な基盤に抵触しないように何かしら変形して受け入れた。

ただし私たちは、縄文的な基層文化が私たちの個々の意識や文化の底流として生き残っていることにほとんど無自覚である。その基層文化が、自分たちに合わないものはフィルターにかけて排除する働きをしていることについても無自覚である。

その実、海外から入ってくる「高度な文明」には強力なフィルターがかかって取捨選択がなされている。近代文明をこれほど素早く受け入れながら、その根っこにあるキリスト教をみごとにフィルターにかけてしまったというのはその最たる例である。その結果私たちは、相変わらず相対主義的な価値観のもとに生活しているのである。

日本人の日常的な思考や行動様式を、縄文的な基層文化の残滓という観点から次のようにまとめた論者がいる。(→『ケルトと日本 (角川選書)』の中の「現代のアニミズム-今、なぜケルトか」(上野景文)という論文)

イ)自分の周囲との一体性の志向
ロ)理念、理論より実態を重視する姿勢★
ハ)総論より各論に目が向いてしまう姿勢★
ニ)「自然体的アプローチ」を重視する姿勢
ホ)理論で割り切れぬ「あいまいな(アンビギュアス)領域」の重視★
ヘ)相対主義的アプローチへの志向(絶対主義的アプローチを好まず)★
ト)モノにこだわり続ける姿勢

これらの特質は偶然に並存しているのではなく、それぞれの根っこに共通の土台として「アニミズムの残滓」が見て取れると、論者はいう。たとえば、ロ)やハ)についてはこうだ。自然の個々の事物に「カミ」ないし「生命」を感じた心性が、今日にまで引き継がれ、社会的行動のレベルで事柄や慣行のひとつひとつにこだわり、それらを「理念」や「論理」で切り捨てることが苦手である。それが実態や各論に向いてしまう姿勢につながる。

これらのうち★印をつけたロ)ハ)ホ)ヘ)は、理念や原理よりも現実や個々の事物に関心が向いていくという傾向を示す。理念や原理を絶対視しないという意味で、これらは相対主義的なものの見方と関係する。

もちろん、これらの思考・行動様式のずべてを縄文的基層文化の影響だけで見るのではなく、のこりの②~⑤のすべてと、さらにこのブログで繰り返し示してきたような「日本文化のユニークさ」6項目のすべてとの関係で見るべきだが、今回とりあげた①との関係もかなり濃厚だというべきだろう。

《関連記事》
日本文化のユニークさ37:通して見る
日本文化のユニークさ38:通して見る(後半)
その他の「日本文化のユニークさ」記事一覧
日本文化のユニークさ07:正義の神はいらない
日本文化のユニークさ13:マンガ・アニメと中空構造の日本文化
日本の長所15:伝統と現代の共存
ジャパナメリカ02
クールジャパンの根っこは縄文?

《関連図書》
☆『中空構造日本の深層 (中公文庫)
☆『山の霊力 (講談社選書メチエ)
☆『日本とは何か (講談社文庫)
☆『日本人はなぜ震災にへこたれないのか (PHP新書)
☆『ユニークな日本人 (講談社現代新書 560)
☆『日本の曖昧力 (PHP新書)
コメント (4)

絶対正義は必要ない(日本文化のユニークさ総まとめ02)

2012年05月21日 | 相対主義の国・日本
「日本文化のユニークさ」5項目(現在は6項目)のそれぞれについて、かつて通して考察したことがある。しかしそれ以外のところでも関連したことをいろいろ書いてきた。それらすべてを該当する項目の下に集めて、もう一度整理しながら考え直したいと思っている。

6項目のどこから始めてもよいのだが、たまたま前回まで5番目に関連したことを書いていたので、ここから始めることにする。(→ユニークさ全項目を振返る(日本文化のユニークさ総まとめ01)参照)

前回の記事に関してはpuさんから日本の祟り神と相対主義との関係についてヒントをいただき、名無しさんからは、江戸文学に相対主義的な価値観が表れているかどうかという問いをいただいた。

私は、「日本文化のユニークさ」6項目のもとに、過去に蓄積されてきた多くの日本人論・日本文化論を整理・統合してみたいという意図をもっている。そういう方法意識のもとに、いただいたコメントへの応答もかねて考えていきたい。

まず、6項目のうち5番目を次のように追加修正したい。

5)宗教などのイデオロギーによる社会と文化の一元的な支配がほとんどなかった。また、文化を統合する絶対的な原理や正義への執着がうすかった。

こう修正したうえで、そのようなユニークさをもつようになった背景を次のような5つにまとめたい。今回はこれらを列挙するにとどめ、詳しい考察は次回以降としたい。読んでお分かりのように、5つのうち3つは、「日本文化のユニークさ」6項目のどれかに重なっている。これら6項目は、相互に深い関係があるので当然といえば当然なのだが。

①前農耕文化だが高度に発達した縄文文化の時代が1万5千年も続き、その自然崇拝的・母性原理的な心性が日本文化の底流をなしている。そして、その宗教的心性が、絶対的正義を標榜する普遍宗教を受け入れるときのフィルターとして働いた。

②縄文時代から現代に至るまで、豊かな恩恵をもたらしながら、ときに狂暴化する自然のもとで生きてきた。そうした自然への畏敬が、荒魂(あらたま)・和魂(にぎたま)という、神の極端な二面性への信仰となり、また日本人独特の無常観をも醸成した。

③高度に発達した縄文文化は、大陸から渡来した弥生文化によって消え去ったのではなく、縄文文化は基盤として根強く生き残りながら、大陸文化と融合していった。その事実の宗教的・政治的な帰結が神仏習合である。

④弥生時代以降も一貫して、日本列島に異民族が大挙して侵入したり、さらに日本民族を征服したりすることがなかった。したがって「正義」の優劣を決する熾烈な争いも、完璧に異民族の「正義」の支配下に置かれてしまう経験ももたなかった。そのため縄文時代以来の独自の文化を保持しながら、大陸の高度文明の不都合なところはわきにおいたまま「いいとこどり」を繰り返すことができた。

⑤日本列島は、国土の大半が山林地帯であるため、水田稲作は狭小な平野や山間の盆地などでほぼ村人たちの独力で、つまり国家の力に頼らずに、灌漑設備や溜池などを整備してきた。巨大な専制権力や、それを可能にする政治的、文化的な統治イデオロギーも必要なかった。強大な権力による一元支配がなかったのである。

これらがすべて、日本文化の相対主義的な価値観を形成する重要な要因になっているだろう。次回以降は、この5点のそれぞれをやや詳しく見ていきたい。

《関連記事》
日本文化のユニークさ37:通して見る
日本文化のユニークさ38:通して見る(後半)
その他の「日本文化のユニークさ」記事一覧
日本文化のユニークさ07:正義の神はいらない
日本文化のユニークさ13:マンガ・アニメと中空構造の日本文化
日本の長所15:伝統と現代の共存
ジャパナメリカ02
クールジャパンの根っこは縄文?

《関連図書》
☆『日本とは何か (講談社文庫)
☆『日本人はなぜ震災にへこたれないのか (PHP新書)
☆『ユニークな日本人 (講談社現代新書 560)
☆『日本の曖昧力 (PHP新書)
コメント (4)

日本の長所は無宗教から

2011年01月20日 | 相対主義の国・日本
まず、これまで「日本文化のユニークさ」と呼んできたものを「日本の歴史・文化のユニークさ」とタイトルを変えたい。先日、これまでの4項目にひとつ加え5項目にしたあれだ。ここには歴史的な要素がかなり入っているからだ。

(1)狩猟・採集を基本とした縄文文化が、抹殺されずに日本人の心の基層として無自覚のうちにも生き続けている。

(2)ユーラシアの穀物・牧畜文化にたいして、日本は穀物・魚貝型とで言うべき文化を形成し、それが大陸とは違うユニークさを生み出した。

(3)大陸から適度に離れた位置にある日本は、異民族(とくに遊牧民族)による侵略、強奪、虐殺など悲惨な体験をもたず、また自文化が抹殺される体験ももたなかった。

(4)宗教などのイデオロギーによる社会と文化の一元的な支配がほとんどなかった。

(5)西欧の近代文明を大幅に受け入れて、非西欧社会で例外的に早く近代国家として発展しながら、西欧文明の根底にあるキリスト教は、ほとんど流入しなかったこと。

その上で「日本の長所」11項目を見てみよう。上の5項目のうち新たに加えた(4)に深く関係する長所は、10)と11)だろう。

1)礼儀正しさ
2)規律性、社会の秩序がよく保たれている 
3)治安のよさ、犯罪率の低さ 
4)勤勉さ、仕事への責任感、自分の仕事に誇りをもっていること
5)謙虚さ、親切、他人への思いやり
6)あらゆるサービスの質の高さ
7)清潔さ(ゴミが落ちていない)
8)環境保全意識の高さ
9)食べ物のおいしさ、豊かさ、ヘルシーなこと 
10)伝統と現代の共存、外来文化への柔軟性
11)マンガ・アニメなどポップカルチャーの魅力とその発信力

私たちの日常生活は、ほとんど無宗教に近いかたちで営まれている。そういう制約のなさから生まれてくる自由なストーリーが、相変わらず多少とも宗教的な制約のなかで生きている人々にとっては、新鮮でクールなものと映る。そんな風に、私たちの文化の無宗教性を積極的にとらえた方が、熱烈なアニメブームの理由をより深く説明できるのではないか。アニメの背後にある私たちの文化の無宗教性、タブーのなさ、奔放で自由な表現、そうしたものに積極的な価値が見いだされ、それが世界でクールと受けとめられ始めているのではないか。

日本のファッションにしてもサブカルチャーにしても、なぜ世界で支持されるのかを考えると、結局は「自由」という言葉に突き当たると指摘されることも多い。たとえば、日本人は、「何よりも、自由に服をつくっています。いろいろな種類のファッションがあるのもいいですね」など、これに類する感想がじつに多いようだ。アニメの特徴のひとつにそれが扱う世界の「多様性」があるように、東京のファッションは「選択肢の多さ」が素晴らしいという外国人が多い。(『世界カワイイ革命 (PHP新書)』)

外国人は、日本、とくに東京に「選択肢の多さ」、そして「自由」、「可能性」というイメージをもっているようである。日本には、クリエイティブなジャンルにおけるタブーが少なく、製作者が自由に表現したりつくったりできる風土があるのだろうか。アニメは子どもが見るものという呪縛を打ち破ったのも、そうした自由の結果かもしれない。

ではなぜ日本で、そのような自由な風土が生まれたのだろうか。それは、やはり宗教による一元的な文化支配の歴史がほとんどなく、宗教的なタブーが少ないという事実から来るのだろう(「日本の歴史・文化のユニークさ(4)」)。

また、島国であり、ユーラシア大陸から適度が距離で離れているため、大陸の諸民族からの攻撃や暴力的な支配をほとんど経験しなかった(「日本の歴史・文化のユニークさ(3)」)。それで、大陸の文化のうち自分たちに合う要素を抵抗感なく自由に取り入れ、自分のものにすることができた。かつては中国やインドから、近現代ではヨーロッパやアメリカから。

そして、昭和の一時期を除いて、強力なイデオロギーによる文化の一元支配が、長い歴史のなかでほとんどなかったから、多様な文化アイテムが自由に並存することができた。伝統的なものも現代的なものも、東洋的なものも西洋的なものも、すべてが無原則的に(非イデオロギー的に)陳列された。その、一元的にしばられない何でもありのごった煮のような状態から、自由な発想や組み合わせが生まれてくるのではないだろうか。

もちろんこれは日本のサブカルチャーの自由な創造性を説明する、ほんの一側面にすぎないだろう。マンガにしぼっていえば、次のような興味深い指摘もある。欧米のマンガ市場はおとなが子どもに読ませたいものを買う市場なのに、日本のマンガ市場は子どもが自分で選んだ本を買う市場だった。それで、おとなが読ませたいものを書いたマンガではなく、子どもが読みたいものを書いたマンガが発達した。その結果、日本のマンガは欧米ではとうてい考えられないような表現の自由をかなり早くから確立していたのだという。(この指摘については増田悦佐の『日本型ヒーローが世界を救う!』を参照されたい。)

ともあれ日本の長所は、日本の文化が無宗教的で非イデオロギー的であることによって育まれている面があるのは確かだろう。いまや日本人は、自分たちが無宗教的であることに誇りを感じるようになってきているのではないだろうか。

≪関連記事≫
日本の長所は、島国の歴史がつくった
世界カワイイ革命(1)
世界カワイイ革命(2)

≪関連図書≫
無宗教こそ日本人の宗教である (角川oneテーマ21)
コメント (8)

日本文化のユニークさ22:宗教的一元支配がなかった(2)

2011年01月19日 | 相対主義の国・日本
「日本文化のユニークさ」に一項目を付け加え5項目とした。あらたに付け加えたのは次のような項目であった。

(4)宗教などのイデオロギーによる社会と文化の一元的な支配がほとんどなかった。

これについてもう少し検討してみよう。呉善花が『日本の曖昧力 (PHP新書)』のなかで述べていることを参考にしたい。(この本についての私のレビューはこちら→クールジャパンの根っこは縄文?

日本列島は、国土の大半が山林地帯だ。水田稲作の長い歴史があるが、その特徴は狭小な平野や山間の盆地などでほぼ村人たちの独力で、つまり国家の力に頼らずに、灌漑設備や溜池などを整備してきたことだ。

一方中国大陸では、広大な平野部で大規模なかんがい工事を推し進める必要から、無数の村落をたばね無数の労働力を結集させる力が国家に要求された。巨大な専制権力が必要だったのだ。それを可能にするのに政治的、文化的な統治イデオロギーも必要だった。そのイデオロギーをやがては儒教が担うことになる。こうしてしだいに農耕文明以前の精神性(日本でいえば縄文的・多神教的な精神性)が失われていった。

逆に、日本列島のように農耕に適した土地がみな小規模だと、強大な権力による一元支配は必要なかった。島国であるため外敵の侵入を心配する必要もなかったから、軍事的にも大陸に比べ小規模でよかった。そのため日本では、強固な統治イデオロギーによる支配も必要とせず、縄文時代以来のアニミズム的な精神性が消え去ることなく残った。

さらに、一万数千年続いた縄文時代は、日本人の心の深層に多神教的な精神の強固な基盤を形作った。その精神は縄文語の中に深く刻まれていた。大陸から弥生人が稲作文明を伴って徐々に渡来してきたとき、縄文的な精神と縄文語は駆逐されるどころか、渡来人の文化や言葉を呑み込みつつ生き残っていった。それは、宗教的なイデオロギーによる一元的な支配を拒む力をもって日本人の心のなかに生き続けた。それゆえ仏教と神道は融合し、キリスト教はついにこの国に定着することがなかった。(次のエントリーを参照→日本文化のユニークさ03:縄文文化の名残り

ここで、「宗教などのイデオロギーによる社会と文化の一元的な支配がほとんどなかった」ことの理由として今まで述べたことを、順番は逆にするが、もう一度整理してみよう。

①縄文的・多神教的な精神は、日本人の中に強固な基盤を作っていたので、宗教などによる一元的な支配を拒む力を保ち続けた。

②農耕に適した土地が小規模だったため、強大な権力とそのイデオロギーによる一元的な支配は必要ではなかった。

③異民族との激しい闘争をほとんどしてこなかったので、宗教やイデオロギーを押し付けられたり、それに抗して自分たちの宗教やイデオロギーを正当化して、イデオロギー的に武装する必要もなかった。

これらのことが、相乗的にはたらいた結果、「宗教などのイデオロギーによる社会と文化の一元的な支配がほとんどない」ままに高度な文明を作り上げるという、歴史的・文化的にきわめてユニークな日本という国が存在することができたのであろう。

《関連図書》
ユニークな日本人 (講談社現代新書 560)
日本の曖昧力 (PHP新書)
日本人の人生観 (講談社学術文庫 278)
比較文化論の試み (講談社学術文庫 48)