上海マスターズを観に行く-5


  さてここからは試合の話。3回戦の日、私の隣にはやはり学生とおぼしき男の子が座っていました。彼は他のガキどもとは違い、たった一人で観戦に来たようです。筋金入りのテニス・ファンらしくて、高そうなデカいカメラを持ち、試合を観ながら叫んだりつぶやいたりしていました。私は彼に話しかけていろいろ聞くことができました。

  テニスの試合を生で観ると、テレビやネットで観るよりも、ボールは速く長く伸びて飛んでいる、フォールトやアウトは意外と目視で分かる、選手によっては相手に対して心理攻撃を行なっている、最初の1ゲームでもう両者のレベルの差が見て取れる、といったことに気づく経験をしました。

  あと、私はテレビやネットで試合を観てるとき、フェデラーの対戦相手に常に怨念波を送ってる(「ダブル・フォールトしろ」、「アウトになれ」等)のですが、生で観てると対戦相手のモンフィスを自分でも意外なほど素直に応援できました。おまけに、フェデラーが負けてもさほど残念でなかったです。

  フェデラー対モンフィスの試合は主にラリー戦でした。両者が打つボールの爆速さにまず驚愕。なんであんな速いボールを打ち返せるの?しかも途中までは直線的に飛んでいきますが、線の直前でいきなりぐにんと曲がって、線の内側に落ちます。アウトになるかと思ったボールがインになるんですね。フェデラーもモンフィスも凄かったです。

  この日、フェデラーの最速サーブは時速195キロほどでした(200数キロ台のもあったけどアウトだった)。フェデラーのサーブはそう速くないそうですが、時速195キロ台でも、私は目で追えませんでした。だとすると、いわゆる「ビッグ・サーバー」と呼ばれる選手たちの時速220~230キロ台のサーブなんか、私にはまったく見えないでしょうね。

  試合は終始ガエル・モンフィスが押し気味でした。フェデラーはモンフィスのペースに巻き込まれちゃってた印象です。モンフィスは非常に個性的な選手で、最も凄いと思ったのは、予測力がこの上なく高いらしいことでした。

  フェデラーがどこにサーブを、リターンを打ってくるかモンフィスは読んでいて、その場所に自然に移動して待っているんです。翌日の準々決勝でも、モンフィスはジョコヴィッチのサーブやリターンをこの調子で返しまくり、ジョコヴィッチがついにブチ切れてラケットをコートに叩きつける場面が見られました。

  これはモンフィスがわざとやっていたのかどうか分からないのですが、結果的に相手に心理的な揺さぶりをかけることになった行為も印象的でした。フェデラーが盛り返してきた第2セットの途中、リターンを返したモンフィスがつまづきました。

  モンフィスはしばらく動きを止め、痛みをこらえているかのようなそぶりを見せました。それからです。モンフィスは各ポイントの前に上半身をがっくり折って、苦しげな表情で少しの間じっとしているのです。ゲームとゲームとの間の休憩時間にも、モンフィスはなぜか線審が立つ台の上に、ぐったりと疲れ切った雰囲気で座り込みます。

  私が「モンフィスは怪我をしたのではないか」と隣に座っていた兄ちゃんに言うと、兄ちゃんも「捻ったのかもしれない。モンフィスは以前、膝を怪我して休養していたことがあった」と言いました。

  しかし、いざゲームが始まると、オマエ、どこが痛いんじゃい!とツッコミたくなるほどの好プレーを連発。私見。フェデラーに対しては、意外にこの「痛いよお、僕、ケガしてるんだよお」アピール作戦は効果絶大です。フェデラーは結局優しい人なので、相手が痛がってると攻撃の手が緩んでしまう癖があるように思います。

  翌日のジョコヴィッチ対モンフィス戦で気づいたんですが、モンフィスがポイントの前にいちいち上半身を折ってじっとしてたのは、痛がってたんじゃなくて、その都度シューズの紐を締め直していたんですな。それに気づいたとき、まぎらわしい真似すんなー!と心の中で大爆笑。

  再度言いますが、モンフィスが対戦相手に誤解させるよう、対戦相手に精神的な動揺を与えるように意図して、わざとこういうことをしてたのかどうかは分かりません。ただ結果的に、観客はモンフィスは怪我したんじゃないかと思っていた、ということです。

  翌日の準々決勝でも、モンフィスはジョコヴィッチ相手に同じことをしました。でもさすがはジョコヴィッチ、こんな作戦(?)には全然動じず。そこでモンフィスは更なる面白い心理攻撃作戦(←これも「?」だが)を実行。そのときのジョコヴィッチの反応がもっと面白くて、ジョコヴィッチのあの表情、今思い出しても笑えます。

  本当のところは、モンフィスはああやって時間稼ぎをしていたんだと思います。少しでも休むために。かなり疲れて苦しかったんでしょう。

  モンフィスのあれもいいね。相手のサーブを待つ間、最初に脱力した感じで上半身を折って、両腕をだら~んと下げて、顔だけをもたげて相手をじっと見つめるの。両眼だけがぎらぎら光って、かなり不気味な印象を与えます。これも効果絶大だと思うわ。特にフェデラーみたいな繊細な人には。

  フェデラーはこの3回戦、途中で踏ん張るけれども、最後には根負けしてあきらめるという、今年に入って何度もあった負け方をしました。貪欲に立ち向かってくるモンフィスに押し切られた感じです。私の隣に座っていた兄ちゃん曰く「フェデラーはミスが多すぎた!」

  上海マスターズの盛り上げ係という自分の役割を生真面目に果たすのは、いかにも責任感の強いフェデラーらしくて好感持てるけど、もっと自分のことを優先してわがままになってもいいんじゃないかと思います。イベントだの、果てにいきなり中国の選手と組んでダブルス出場だの、自分の試合に集中できない環境を受け入れすぎ。

  話は変わりますが、スイス・インドアーズの準決勝を観ました。カナダのバセク・ポスピシルが相手でした。相手があまりにしつこく粘るので途中であきらめるという負けパターンを断ち切れたこと、相手の怪我や疲弊に動揺せず、逆に容赦なく攻撃して勝ったことは、上々の成果といえるのではないでしょうか。

  最終セットの最後の数ゲーム、ポスピシルは汗だくで、ウェアが汗でべっとりと体に貼りついていました。肩を上下させ、口を開けて息してて、本当に苦しそう。途中で転倒することも数回。そのポスピシルを更に振り回すフェデラー。そうそう、試合では容赦は不要です。叩きのめしなさい。

  何に驚いたかって、あれほどの接戦だったのに、23歳のポスピシルが汗まみれでゼイゼイ息してるのに、32歳のフェデラーはほとんど汗かいてなくて、息切れ一つしてなかったことです。

  (続き)スイス・インドアーズの決勝を観ました。まさか、今のフェデラーが今のデルポトロ相手にあそこまで戦えるとは思わなかった!きっと6-2、6-1とかのストレートで負けるだろうと思ってたの(笑)。フェデラー、エースが14本だって!?最近のサーブの不調は何だったのか。

  惜しくも負けはしたけど、ここ半年くらいの間で最も良いフェデラーのプレーを観られた気がします。あんなプレーを観ちゃったら、フェデラーはもう終了、とか迂闊に言えないわ。

  表彰式、観客のフェデラーに対する拍手がいつまでもいつまでも鳴り止まない。なんて暖かい、優しい雰囲気なの。いつまでも鳴り止まない拍手に、フェデラーの目が潤んでいる。フェデラーの目のきれいなこと。私もついもらい泣きしてしまったよ。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )