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LB4編成 車体広告の形式写真

クハ201-63がリードするLB4編成にも、リクルート社による「summo」の車体広告がLB3編成(クハ201-63先頭)に充当していた模様と共通仕様です。

なお、そのLB3編成(クハ201-63先頭)の掲出内容も以前の特集と被るため、特徴的な4両分の抜粋させていただいています。

クハ201-65

 

モハ201-151

 

サハ201-92

 

クハ200-65

 

桜ノ宮では同じ企業の広告が隣り合わせ、もはや同一社が複数編成に車体広告を出す山手線と変わらない状態を現す場面です。

西日本では車体ステッカーの機械が最も多い大阪環状線でも、数年に1回にしかすぎません。

こちらに言及すると山手線のE231系にも2編成、同一広告を目撃しました。

寺田町

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169系で201系以来の「ありがとう」ヘッドマーク

3日連続で信濃盆地を快走する169系は最終運転の形で、晴天に恵まれて有終の美を飾っています。

平原

時に全ての169系の3編成は同時に引退するにも関わらず、さよならシリーズのヘッドマークには編成番号が与えられているのが特徴です。

限られたスペースで4段もある内容に、「さようなら」のみならず最上部に「ありがとう」が含まれているのに気付き、

そのフレーズは京葉線の201系が最終週に入った時の記憶を呼び覚ましました。

ヘッドマーク中にフレーズは京葉線以来となりましたが、国鉄車が引退する公式の「さよなら運転」でも、中央線201系以後は初めての撮影、見送りを届けました。

テクノさかき~西上田

 

午後は現存する201系も顔負けな9両編成での運転に、嫉妬心を抱いてしまいます。

西上田~上田

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LB7編成 車体広告の記録

2月下旬からの1ヶ月間、3編成ある「summo」の広告から一つだけ意図の異なる広告を飾っていたのは、クハ201-92が先頭に立つLB7編成でした。

大阪城公園

 

京橋

 

柏原

 

桜ノ宮~京橋

 

昼間の天王寺で意図の異なる広告同士が揃うも、手前のは翌日には普段着に戻っています。

天王寺

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おけいはんな一日

今年3月のダイヤ改正も大阪環状線の運用が不変であった反面、201系は車体広告が3本と、LED行先表示器への完全に移行していた時期で201系としては賑やかな一ヶ月であったと感じます。

平行に京阪もさらに忙しく、それ目当ての人も多い中で少々便乗させていただきました。それができたのは冒頭に掲げていた201系が昼間、森ノ宮支所で寝ている合間や、一周している合間です。

斯くして、旧3000系の単体のカットが撮れたのは「風景」としてだけで、記録になった程度です。

ご覧いただけるように、我としてもう少々堅実に記録すべきだったと心残りはあります。

 

京阪の片道乗車券の進呈をいただいたため、初めて京阪電鉄に揺られて終点の出町柳で叡山電鉄が待っていました。

京都市内の途中下車は未踏な所、京都行のバスの時間までしばし修学院駅界隈で撮影します。

二軒茶屋

 

その後も2回探訪し、700型の3色をコンプリートできました。

一乗寺~修学院

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「おおさか東線開業5周年」HMを追っかけ

おおさか東線の祝福モードが終わっても、一部の201系は3月下旬になっても引きずっているようであります。

そんなある日の3月、朝に奈良支所へ入区するための運用の一つにこれが入りました。

路線の末端に近い平野では朝の追い越しで、前日まで右の201系も左と同じ身形であったのが素顔に戻っているのは不運をまねきます。

 

そして、日中は本線に取り残されたヘッドマーク付きが2本の通過時間から、志紀~八尾が妥当と判断して沿線を歩きまわりました。

夕方になると日中のパターンダイヤが崩れ始める時間、奈良からやってくる201系が一本もこれでした。

雲の隙間から日差しが届くも、既に夕刻の時間。掲出期間の晩期は天気に恵まれていなかったようです。

 

夕暮れの直前、まだ露出は生きていた隙の流し撮りはあと一息の所です。

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LB7編成 車体広告の形式写真

2月下旬からの1ヶ月間、3編成ある「summo」の広告から一つだけ意図の異なる広告を飾っていたのは、クハ201-92が先頭に立つLB7編成でした。

クハ201-92 大阪城公園

 

モハ201-196

 

モハ200-196

 

サハ201-100

 

サハ201-82

 

モハ201-195

 

モハ200-195 福島

 

クハ200-92

特記以外は全ていつもの場所(安治川口)で撮影しています。

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「おおさか東線開業5周年」HMの目録(2)

■ND606編成(クハ201-78)

三郷~河内堅上

 

 

天王寺、八尾~久宝寺

 

■ND603編成(クハ201-67)

久宝寺

 

 

八尾~志紀、天王寺

 

ND609編成(クハ201-122)

こちらの編成は3月25日の61A運用まで取り付けられ、JR難波までの一往復を完結した後に奈良支所で外されたようです。

プレスリリースで発表されている掲出期間は「3月末(=31日)」の予定が、約1週間前から取り外しを開始して以来の初の撤去車になります。そのため本格撮影はできていません。

 

 

6編成あったのが、日中の王寺派出に留置中の隙に2日1編成のペースで抜いていた結果、最後に残っていたクハ201-78は30日の日中をもって過去帳入りとなりました。

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「おおさか東線開業5周年」HMの目録(1)

『201系 in 201系』このコラボレーションは決して忘れることのできない、出来事です。

第一線の東海道・山陽線と比べ、あまりヘッドマークが制作されないこの路線系統では、あっても2編成分に留まります。

そのような時流の中、ヘッドマークのデザインに201系が取り入れられるのは、記憶が新しいものでもシール式の京葉線ぐらいでしょうか。

 

今回は6つあったのうち3編成から羅列を開始します。優れていない画像が多いのは、「掲出終了までリベンジに間に合わなかった(本務レンズの故障も重なる)」との言い分を加えておきます。

■ND602編成(クハ201-66)

王寺

 

 

志紀、志都美~畠田 

 

■ND616編成(クハ201-143)

 

八尾、法隆寺

 

■ND612編成(クハ201-136) 

三郷

 

 

河内堅上~高井田、王寺

解禁日の14日には大和路線に居合わせていませんので不透明ですが、15日の初確認はND612編成がトップバッターの一つのようです。

中には掲出期間が約1週間で抜き去られ、掲出期間が非常に短い201系もありました。例としては3月17日から3月25日の8日間のND609編成です。

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LB4編成 車体広告の記録

LB4編成に約1カ月の契約で車体に掲出されていた広告です。

平野

 

寺田町~桃谷

 

京橋

 

京橋

 

天満~桜ノ宮

 

京橋~大阪城公園

 

弁天町~西九条

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EF64 0 引退特集2

EF64を、201系ではない「オレンジバーミリオン」の輪に入れてみました。

 

本日は夜明け前の伯耆大山で連結作業をする風景です。

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