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あけぼの運河(新木場~潮見)

K4+54編成が運用を離脱して、活動が閑散気味な現在は201系の不足さから逃れるため、3枚ほどの写真を添えさせていただきます。

潮見~新木場間

この運河と京葉線は新木場駅の手前で交差し、倉庫街の潮見付近まで至ります。

新木場~潮見間

新木場~潮見間

 

京葉線にというよりも、首都圏でいよいよ残り一編成となってしまった、原型の201系です。
新習志野

新習志野

運用の復帰が大いに期待され、麗々しい最期を迎えることでしょう。

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K1+51編成の写真から

数日前に消去されていたため一から書き直しさせていただきました。

今月17日に廃車された比較的状態のよかったK1・51編成の画像に、下手めな文章を添えてお送りいたします。

新習志野

2011年1月4日 新習志野

 

2010年1月中旬から基本の51編成の行き先方向幕が「京葉線」表示となっていることで有名な話です。

稲毛海岸 二俣新町

2010年3月26日 稲毛海岸、2010年1月31日 二俣新町

 

その方向幕装置の故障がネックのため、80番台運用の対象から外されても休日に京葉線によく顔を出します。

市川塩浜~新浦安間

2010年1月31日 新浦安

 

それ以前に通常の「東京」を掲出していた期間は短く感じました。

南船橋 新習志野

2010年11月13日 南船橋、新習志野

 

時には運用区間の最東端であった蘇我などで並びを展開されました。

蘇我

2010年3月4日 蘇我

 

分割作業のため構内を徐行する姿は、少し過去の記憶となっていました。

誉田

2009年3月31日 誉田

 

2010年3月のダイヤ改正後は緩行線時代の古巣、津田沼の電留線が定位置となりつつありました。

習志野運輸区

2010年12月9日 津田沼運輸区

 

 

年が変わった頃に京葉線に返り咲き、終日京葉線を往復します。

新浦安

2011年1月4日 新浦安

 

しかし方向幕の修理の目途が立たないまま、東京寄りの6両は「京葉線」表示が定着していきます。

葛西臨海公園

2011年1月4日

 

201系の最終出場編成なだけに、晴れた日には綺麗で艶やかな車体が眩しい限りです。

検見川浜

2011年2月1日 検見川浜

 

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K1+51編成 形式写真

5月17日に廃車回送された京葉車両センターに所属していました、K1+51編成です。

今回の形式写真は海に面しています、2-4位側の写真になります。

海浜幕張

2010年3月14日 海浜幕張

 

順序は東京方からになっています。

1号車 クハ200-103

クハ200-103

2009年10月20日 誉田

 

2号車 モハ200-214

モハ200-214
2011年2月21日 蘇我

 

3号車 モハ201-214

モハ201-214
2010年3月14日 海浜幕張 

 

4号車 モハ200-213

モハ200-213
2011年2月21日 蘇我

 

5号車 モハ201-213

モハ201-213
2010年12月9日 習志野運輸区

 

6号車 クハ201-37

クハ201-37
2011年2月21日 蘇我

 

電気連結器部分に押された検査日付です。

電気連結器の日付

近年出場した201系は全て「OM」からのものでした。

 

7号車 クハ200-38

クハ200-38
2009年10月20日 誉田

 

8号車 モハ200-215

モハ200-215
2009年10月20日 誉田 

 

9号車 モハ201-215

モハ201-215

2009年10月20日 誉田

 

10号車 クハ201-104

クハ201-104
2009年10月20日 誉田

 

高架線を下るとすぐ蘇我駅構内で両渡り線を通過すると京葉線ホームに入るのが日常的です。

蘇我

2011年2月11日

全て2009年10月出場以来の写真といたしました。その回送の途中停車駅である誉田で撮影した写真も出場後です。

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K1+51編成の廃車回送

入線してきた編成は前回からの慣習で、広告類を初めとする方向幕装置と運転室の一部の備品が撤去されていました。

新習志野 新習志野

新習志野駅

 

長時間停車する新港信号所までにこの駅で2発目が撮影できるからか、この瞬間に多くのシャッターが切られていました。

検見川浜

検見川浜駅

 

201系が内房線にあまり入線する機会がなかったのですが、折り返すため一旦姉ヶ崎駅まで走ります。 

蘇我~浜野間 浜野~蘇我間

いずれも蘇我~浜野間

 

山の麓まで市街地が立つ諏訪市周辺です。

下諏訪駅停車中

特急列車と行き違いのため下諏訪駅で短めの停車です。

 

当時の実績によると、この編成札を付けて単線を走行するのは初めてのようです。

下諏訪~岡谷間
下諏訪~岡谷間

 

複線規格の第四白坂トンネルを出ると、西条駅で「しなの」号と交換します。

明科~西条間 西条駅

 

2分遅れで西条駅を発車し、この後に冠着で少し停車すると一路長野へ向かいます。

西条駅構内(発車)

西条駅構内

 

以下に続きます

第三陣となるE233系の分割編成まで揃い、この日から営業運転を開始しました。

F53編成@新習志野

これにより、残存するK4+54編成は80番台運用に充当する機会はほぼ皆無となります。

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K3+53編成 2-4位側の形式写真

K3+53編成の海側にあたる2位-4位エンドの形式写真を公開いたします。

画像は3週間前ほどに準備してあったのですが記事に都合で、K編成の第3陣の廃車回送を目前に掲載することになりました。

2-4位の形式写真の「お題写真」

 

東京方からの順になります。

1号車 クハ200-112

誉田

2008年12月9日 誉田

 

2号車 モハ200-227

市川塩浜

2009年1月18日 市川塩浜

 

3号車 モハ201-227

新習志野

2009年8月7日 新習志野

 

4号車 モハ200-226

誉田

2009年1月18日 誉田

 

5号車 モハ201-226

誉田

2008年12月9日 誉田

 

6号車 クハ201-112

誉田

2010年3月4日 誉田

 

7号車 クハ200-111

誉田

2009年8月15日 誉田

 

8号車 モハ200-225

誉田

2009年10月18日 誉田

 

9号車 モハ201-225

誉田

2009年10月18日 誉田

 

10号車 クハ201-111

誉田

2008年1月20日 誉田

 

夕方ラッシュに向けて新習志野3番線に進入し、81運用と同じ要領で一旦蘇我までまいります。

新習志野

分割面であるクハ200-111ですが、2度ほど機会を見つけたものの、どれも思うような露出にはいきませんでしたので、白飛びしている部分はご了承いただければ幸いです。

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薄ら写る太平洋と201系

太平洋が薄らの御宿-浪花間

御宿-浪花間

これでも海を引かせるために高偏光フィルターを使用し、RAWでPSを調整した後、少々補正を加えてみました。

 

戻って勝浦駅です。

発車するおよそ20分ほど前に、勝浦駅構内で上り本線の線路で折り返して1番線に入線します。

勝浦~上り本線使用して入換

連写してもう一枚

この顔が先頭に立って走行する光景が見られるのもこの駅の楽しみでした。

 

またも海岸を覗かせる形で高架線から撮影します。

新浦安-市川塩浜

新浦安-市川塩浜間

 

その前夜の東京駅では、

到着10分ほど前から多くの乗客が着席しようと列を作っています。

東京駅京葉3番線ホーム

今回は夕方から決行してみました。希有か、この日はE233系分割編成の第3編成まで登場していました。

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通勤快速でのK3+53編成

K3+53編成の特集の続きです。廃車から約1ヶ月経ち、ついに解体されてしまいました。

朝と夕方の一往復に限られる外房・東金線直通列車に充てられていました。また定期運用は誉田以遠でしか見れない、風景・姿見が魅力的です。

 

大網-土気間大網-土気間

大網-土気間 2010年12月2日

茂原駅大網駅

茂原、大網 2010年12月24日

 

葛西臨海公園
葛西臨海公園 2010年3月24日

 

蘇我

蘇我 201系の日(2011年2月1日)

 

誉田
誉田 2010年10月18日

 

東京* 東京
東京 2010年10月12日、2010年8月17日

 

K3+53の最後に、2-4位エンドの写真の掲載を予定しています。

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虫を避けて崖から滑る

“未知な虫でも避けるものじゃなかった”とつくづく思いながら土まみれに帰宅しました。

後撃ちのみ

御宿駅付近

そのため、崖から転落して林の中に吸い込まれてしまいました。僅かにしか残らなかった林の隙間から迎撃し、本来は太平洋の見える勝浦~御宿間は樹林によって塞がれてしまいます。

気象予報は曇天、通過10分前薄曇り、本番は晴れて逆光となり、撮影後は約20分かけて林を脱出するなど、苦難の多い俯瞰撮影を味わうこととなりました。

 

勝浦駅に停泊中

長時間露出した一夜は、手で振動を抑えようと踏み台を重宝しました。

勝浦駅

リベンジできたときには撮影報告として送りしたいと考えています。

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鯉のぼりと201系

5月3日、「子供の日」です。撮影した日は強風だったため、途切れることなく鯉のぼりは宙を泳ぎ続けていました。

葛西臨海公園駅前ロータリから撮影

おかげで京葉線内は一時運転を見合わせ、201系は1時間以上も遅れて鯉のぼりの下を通り、葛西臨海公園駅に到着しました。 201系が小さいのは妥協しています。

このような風景を大和路線内で撮れるとしても側面だけでは201系と103系は酷似しているので、実質これが最後だと思います。いずれか挑戦してみますが。

どうでもいいですが、今年で成人となる当方も来年からは対象から外れます。

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長総で僅かに並んだK2とK3

201系が3つ揃う

撮影した27日、駐輪場からは201系のお面がほぼ等間隔で3つ並んでいるのが確認できます。

左奥から順でK3、K2、52になります。掲載の許可を得ていない私有地内の3並びは非公開にしています。

 

それに代わる写真として、2010年8月に海浜幕張で撮影できた両者の並びになります。

K2とK3の並び、海浜幕張

 

こちらは4月27日のK3+53編成です。

この地に回送されてからひと月近く経つのも解体作業は始まっておらず、まだ部品を抜いている段階でした。

部品取り中のクハ201-112

訪れた時は作業員が乗務員室で作業をしていて、室内の蓋らしきものを抜いていました。

 

基本編成の53の226ユニットが分割されてさらに短くなっていました。

部品取り中の53編成

 

窓の広告シールがないことから工場で完成したばかりの201系を連想できます。

架線なき線路で留置

後から来た方向幕装置のないK2+52のすぐそばに先に廃車回送されたK3+53は装置類が健在していて、順序的に違和感を感じさせます。

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