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春爛漫の奈良を抜ける201系

春も終わりと感じさせるような連日の暖かい陽気に、遅咲きの桜も葉桜に変わったものを見受けるようになった頃合です。

では時間を2,3週間ほど戻しまして、満開が近づく4月9日に奈良県内で撮影したものです。こちらの写真の存在すら忘れかけていたころに、この時期に相応しい記事はないかと画像を漁っていたところでした。

 

では駄文を自主的に省かせていただくことにし、今季を代表する風物詩と201系の素晴らしき組み合わせを時間つぶしにでも軽視ください。

三輪~桜井間

三輪~桜井間

 

王寺

法隆寺~王寺間

 

金橋~高田

金橋~桜井間

 

王寺付近

王寺

 

JR五位堂~高田

また来年も違う場所で201系と撮影を堪能してみたいものです。

JR五位堂~高田

香久山~桜井間

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大阪始発 上野行き

関西から大宮を経由する旅客列車は2005年の「トワイライトエクスプレス」の団体ツアー以来になります。今回は上野到着するため東北線の線路を走行しました。

浦和~赤羽間

このカットの本音は影に隠れるている、左のE233系と一緒に撮影したかったです。

浦和~赤羽間

 

これまで関東で上りのEF81牽引の夜行列車を撮影した経験はありませんが、今回ばかりは一昨日に大阪~天満・新大阪間で201系と離合したと脳裏に思わせて地元に出撃しました。

そんな理由であえて後追いが綺麗に撮影できる、自宅から約2キロの距離にしました。

後追い

浦和~赤羽間

これらの編成は25日から26日にかけて青森車両センターから宮原操車場に回送されています。

 

大阪で201系と隣り合わせている一例で、一昨日26日の朝6時、大阪駅3番線で2分停車する時刻が設定されました。定時であれば大阪到着前に1330列車として走る201系と離合していた可能性があり胸を膨らませました。

201系と並んでいる一例

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統一になった運用番号

毎年201系が主となりつつある、森ノ宮電車区の2012年度のダイヤ改正後に伴い変革を遂げた運用を好い加減の程度に見ていきます。

現行の02~12M、30~36Mと2つに分かれていたのを01Mが新設され、01~17Mまでの運用番号に統一となったようです。

 

大和路線を直通する華麗なる運用は奈良電車区で半日過ごし、列車番号は不変で運用は03Mに移されています。

大和小泉

 

奈良電車区は運用番号が差し替えられる程度に収まり、折り返しなどによる運用のパターンに変更は皆無と言ったところです。同じく大阪環状線に足を延ばす奈良電車区の103系による併結運用も残存し、ダイヤ改正前後も注目を集めた列車でした。

玉造

 

さて本題である森ノ宮電車区です。JRゆめ咲線用の編成が半分になって運用体系を少し変えました。それに対応するため201系や103系のLA編成からは桜島に直通する運用が増加されました。

10時から16時台のJRゆめ咲線は運用を60番に区切っている103系のSA編成2本に任せ、その間に休んでいた201系は16時前から京橋始発の再出庫のラッシュが始まります。

鶴橋

休日の場合は少し遅めの16時すぎになって本線に出ます。

 

新たに出来た「01M」を見て、中央線の豊田車両センターにおける運用、朝に一往復のみの「01T」運用が思い浮かんでしまいます。

大正

 

13M以降の列車番号は以前は存在していたようで「復活」という形になると思いますが、2011年から記録を開始して以来の中での未見な運用番号は新鮮に見えます。

安治川口

平日の外回りは11M、14M、16Mとなり、内回りは05M、10M、15Mが運用されています。

大正

休日の外回りは05M、09M、15Mとなり、内回りに充てられているのは08M、16M、17Mです。

野田

大阪環状線では10時~16時台の「データイム」と呼ばれる時間帯に外・内回りとも各3運用がこなしています。これらの運用のうち一つは朝晩にJRゆめ咲線にも入ります。

 

ダイヤ改正前までは朝や夕方以降にしか見せなかった「京 橋」幕は少数派でネタに近いような存在でした。これまで桜島始発の天王寺折り返しが実質上京橋止まりになり、森ノ宮電車区への入区が集中する時間には10分に2本も撮影できてしまう場合があります。

天満 桜ノ宮

 

16時台に一本あった201系・103系共通運用の「西九条」行は午前中の10時台の一本がこれらの運用になり、比較的光線の良いの時間で撮れるようになりました。

安治川口

 

桜島で約30分折り返し、11時近くに当駅を発車して森ノ宮電車区まで回送されます。ダイヤ改正前にSA編成運用に使われていました回送時刻です。

安治川口

 

深夜時間帯に見られる「森ノ宮」行きは、朝の一本は09Mになって健在しています。

桃谷

 

運用の始終の把握で重要となる入出区の時間を確認できていない3運用だけが残っています。断片的に掲載するのも見苦しく編集に不都合が生じてしまいますので省かせていただきます。

 

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憂鬱そうな1058号機

EF65 1058が高崎機関区の構内で脱線しているのを、カメラのファインダから突如現れて驚きました。高崎線の車内で広角レンズしか装着していないため画質は今一つです。

高崎操車場~高崎

高崎操車場~高崎

1エンドの台車が脱輪し機械に支えられているのが見えますでしょうか。走行中の列車車内で一瞬ではあるものの、電車と違って自重が100トン近くある巨体を脱線から復旧させる難しさが伝わります。

 

1058号機とは前回岡山運用に入った先月、姫路で撮影していたきりでしたのでこんな状態での対面は希有な遭遇例でした。

姫路

 

当該機が最後に従事した8472レの仕業、まだ寒かった季節は床下まで陽に照らされます。

国立

国立

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8472レ列車廃止

ダイヤ改正に伴ってEF65PFが八王子に毎日乗り入れる仕業が廃止となりました。つまり毎日中央本線の横にあるクハ201と対面する機会がなくなりました。

八王子

在りし日のタキとの連結作業をする、8472レ列車。奥に見えているは明らか手入れの差異がわかってしまう東日本の機関車で、日によって同じ構内で稼働していました。

 

組成後は色とりどりの石油列車を構成した短い編成を従えて、残雪で都内らしくない都を軽々しく走ります。

国立

国立

ダイヤ改正後も継続中の拝島発着の「米タン」と呼ばれる列車は南武線経由のため立川には見れますが、中央本線を走るのは上りの時の立川で青梅線から南武線へ跨ぐ時だけになっています。

東急電鉄の車両や西武多摩川線の新101系の甲種回送牽引はEF65が担当し、平均的に月1回の割合で設定されて、その時に中央本線で走る機会があると思い出して不安が緩みました。

 

早朝に新鶴見から八王子まで単機で向かい、ラッシュの落ち着く10時前に通電して入れ換えのため作業員も動員します。

八王子

稀に荷物がないときがあって、八王子へはとんぼ帰りのまま蘇我へ行ってしまうことがあります。そのときは入線する中央東線の主力機関車と共演する出番です。

八王子

奥の更地には最近解体された元八王子機関区がそびえます。

 

先週までのここひと月は関西での滞在が長引いてしまって帰宅するのも一時帰宅のみでしたが、遠征が続いていた期間がやっと落ち着きました。昨日はEF65を撮影した合間に中央線へ行き、約2カ月振りに揺られてみました。

豊田~八王子

不変が続くクモヤが率いるクハ201とのコンビネーション、昨日前面と側面の方向幕を確認してところ、「回送」コマ一つ手前の「各停 神田」になっていました。以前から神田から回送の間の幕で止まっていたことが多かった記憶がして、戻ったと言ったところでしょうか。

今年に入って早くも4月の半ばになって、初めて変化が確認できました。

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桜ノ宮駅からの夜桜も201系と

満開寸前を控えた最後の日曜日、多くの方が夜桜に訪れ、夜遅くもホーム中のほどは夜桜からの帰宅者で溢れていました。 

桜ノ宮

その最中に201系が停車して桜と共に両肩を寄せていました。

 

反対側のホームからも別な景色が見れます。

桜ノ宮

 

暗闇の中も春の風物詩と温かみのある201系が追加されて明るみを増してくれます。

桜ノ宮

 

出来上がりの勝敗を無視し、大阪城公園駅もいつもの貧相なレンズで挑んでみました。

大阪城公園

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桜島線専属

JRゆめ咲線内のシャトル列車用の103系は4編成から3編成に削減されたようで、8両編成化されたUSJの塗装を施している103系はスパイダーマン塗装編成のSA2編成から各2両を借りて運用されています。運用のパターンは平日と休日も同一です。

安治川口

3号車と6号車の間に他編成からの1ユニットを挟んだ6M2Tと、パンタグラフが3丁上がっているのがわかります。遊園地の有名キャラクターが描かれた派手目な車体で注目を浴びる遠方からの乗客で、ゆめ咲線を華やかにしていました。これらの塗装で走るのは実質2種類の半分に削られたことにより、見かける機会が減りました。

安治川口

そのうち消滅した「パワー・オフ・ハリウッド」塗装をする元LA3編成の代わりに一時6両編成化されていた森ノ宮の103系LA5編成は、8両に戻されました。既存の大阪環状線用の103系LA編成と差異はありませんが、運用は60番台に限定されているようです。

安治川口 福島

残っていた付随車2両は後述のSA2編成と同じ位置に据え置かれていました。6両編成で組成されたのは今年に入ってからで短期間で終了しました。

森ノ宮電車区

これらの3編成の103系は12時~15時にかけて西九条~桜島間のシャトル列車に62Aと63Aの2本体制で運用されています。それ以外の時間帯は8両編成列車と同じくJRゆめ咲線~大阪環状線の直通列車に充当されるため、今まで京橋までだった運用が、天王寺まで顔を出すようになりました。ほかにも従来と同様に朝方のみの運用の61Aの運用もあります。64Aは確認できていませんが、本数的に3運用で充足できていると思います。

 

8両編成化されたSA編成はダイヤ改正の前日に4号車の女性専用車の案内表示が追加されました。

西九条

 

低運転台が残っていたLA3編成は日根野電車区へ再び新たな余生を送ることになったようです。

ユニバーサルシティ

 

先頭車2両が残った「スパイダーマン」塗装のSA2編成は森ノ宮電車区の片隅で暇を持て余している状態となっています。

森ノ宮電車区

103系は試しの撮影で収めてたことや運用も8両編成運用より大掴み程度にしか把握していません。特にダイヤ改正後の森ノ宮電車区全体的な運用が載っているサイトは現状ありませんでしたので、運用の把握のためにも掲載に試みました。

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満開目前の環状線

まだ2度目でありながら定例の桜ノ宮のさくらで201系と撮影してみました。というのも大阪環状線の201系に関して撮影するものが少なく、暇を持て余しているときにこちら辿り着くことになりました。

桜ノ宮~天満

 

満開ほどではないにもかかわらず、休日は桜ノ宮駅前はこれだけに人波が押しよせました。

桜ノ宮駅前

 

去年は震災の影響で閑散としていた分、今年は駅のコンコースと改札口でも身動きが取れないほどでした。

桜ノ宮

 

場所を変えて大阪城公園駅近くの森ノ宮電車区を入れ換えする201系を遠くから眺めています。 

森ノ宮電車区

 

寝屋川の土手は半分咲いている所で、まだ初春を感じさせます。 

京橋~大阪城公園

 

線路沿いにある桜並木は天満~桜ノ宮の大川を起点とし、桜ノ宮~森ノ宮の3駅の間は大阪環状線で最も集中しているところです。

ほかには弁天町~西九条に流れる安治川から公園のあたりと、今宮駅付近の公園に咲いているところが見られます。

桜ノ宮~京橋

こちらは去年の写真の桜ノ宮~京橋で、鉄道の敷地内にかけて咲いており、住宅地で憩い場がないためいつも閑散としています。

 

ご参考にこれらの写真、後日以降に掲載する分も先週以前に撮影しているものです。

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201系と夜桜

駅から見える桜、大和路線で予め見つけていた撮影地を遠征の帰りに訪れてみました。長時間露光で撮影すると201系が白く飛んでしまうか、走りだした電車が201系と判別できなくなるので暗めな写真に仕上がっています。

 

法隆寺

法隆寺駅前

 

河内堅上

河内堅上

河内堅上

 

 

 

 

 

 

 

河内堅上

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1両締切扱いのワンマン列車

2両編成中、1両が締め切り扱いのため客扱いしているのは前1両で営業運転をしているのは、高松運転区に所属する121系一編成です。最近この一編成のみがワンマン改造され話題になりました。

クハ121-1

ワンマン列車に必要な運賃箱などをはじめとする接客設備や機器などが追加されたのはもちろんのこと、方向幕は7000系と共通化されて島内の通勤形では初となるスカートが追加されました。

観音寺

観音寺

 

帯は赤色の変更されたことで、登場時の赤帯が復活したのではないでしょうか。

多度津付近

多度津

 

用紙を変えて以来の初めて訪れる春に、用途も少し変わっています。

みの

みの

 

形式番号が継続したままのため、クハ121-1とクハ120-1を組む当該編成はトップナンバーが維持されたままになっています。

多度津

多度津

左にある従来の121系は方向幕が国鉄時代のままで俳障器がないなど、知識がなくても原形を保っている感じが伝わります。

 

また、ワンマン運転中の車内では人員を2人配置し、各無人駅から乗車した乗客一人一人にワンマン運転時の乗降方法の説明し、その旨の案内紙が配布されていました。

 

 

こちらの121系と撮影した日と平行し、同じくトップナンバーが揃う青色系の113系が終日運用されていました。

讃岐塩屋~多度津

讃岐塩屋~多度津間

クハ113のトップナンバー 大阪

JR化後に東日本からの編入車であるため、121系とは対照的に原形の面影が見られません。

車番もJR四国独自の車両形式にアレンジされて113系は一から番号が付与されているため、国鉄113系のトップナンバーとなると違ってしまいます。

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