6月23日、京葉車両センターに所属する最後の201系が廃車回送されました。
同じ国鉄型車両と並びながら26年間繰り返してきた出区点検が最後の時を迎えました。
京葉車両センター
10年間走り続けてきた京葉線ですっかり親しみ慣れた線形を後にします。
稲毛海岸~新港信号場間
過去に廃車された201系のK編成も同じ勾配上に位置する新港信号場で小休止すると、急坂を下がって発車します。
新港信号場付近
落ち着き始めた蘇我駅にこの時間に表れないはずの青い車体に駅係員が2人がかりで警戒して201系を見届けています。
蘇我駅2番線
新製区所属時代に活躍していた線区を複々線上で見送られます。
錦糸町駅構内
緩行線と交差を繰り返し、都心を横断する機会も得られました。
御茶ノ水~四ツ谷間(水道橋駅)
中央線の201系が去就してから京葉線の201系も続けて通ってきた路線を、この201系を通過もってお終いとなります。
三鷹駅構内
カーブの多い線形となり、しばらくは険しい道が始まります。
大月~初狩間
甲府盆地に入り、青いシールの「K4」が付加されて運転台がやや賑やかにみえます。
春日居町~石和温泉間
今回も黒を背景に「回送」幕の紙製の行き先ですが、編成札は中間車を除いて始発駅から付いていました。
茅野~普門寺信号場間
長い10両で単線を走るのは過去何回か見ていますが、10両編成の201系は史上で最後となります。
上諏訪~下諏訪間、下諏訪~岡谷間
長野駅で本線と別れて長野総合車両センター構内の奥へとゆっくり進み、一日かけて信濃路の走破はまもなく終点となります。
長野総合車両センター
一回でも多く撮影しようと、当初の撮影計画を崩して201系の通過に間に合うように撮影地を行ったりばったりしていました。しかし、201系をこれほど多く撮影し、車体が原型を保たれたままの201系をこうして撮影する機会は絶対にありません。そう思っているにも関わらず、やっぱり身近に201系がいなくなる実感がしないのが普通です。そんな気持ちを紛らそうと後日は関西の201系やそれに関連しないものでも堪能して心中の愁嘆を防ごうと考えていました。以上が当日日没後の回想でした。最後までご覧いただきありがとうございます。
※しばしば誤ってこの記事を削除してしまい、一から簡単に書き直しておくことになってしまいましたので文体は少し適当さを増しています。