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函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

日本学術会議の微妙な変化に注視する

2022年08月11日 13時38分01秒 | えいこう語る

▼故安倍晋三の政権以来、我が国は「民主主義の劣化」という言葉が、マスコミに登場してきたように感じられる。なぜかといえば、国民が安倍長期政権を支持したため、独裁政治!?が頭を持ち上げてきたからだ。

▼さらに言えば小泉純一郎政権から、独裁政治が台頭し始めしてきたのかもしれない。国連が難色を示したイラク戦争に、米国盲従し自衛隊の海外派遣を実施したからだ。

▼この程度ならいいだろうという、国民の甘い考えを巧みに利用した、小泉純一郎の大衆迎合主義的な話術に翻弄され、集団的自衛権行使容認などという「戦争参加法」の制定を可能にしてしまったからだ。

▼この法の制定時の2015年、我が函館市議会は【15VS14】で、賛成の決議をした。これは些細なことではない。市民の代表である市議会の判断だ。

▼函館市は1961年に「函館市安全都市宣言」、1984年に「核兵器廃絶平和宣言」を制定している。にもかかわらず、函館市議会は「憲法第9条」に違反する政府の政策に賛意を示したことになる。

▼繰り返す、些細なことではない。市民の安全・安心が根本から崩壊しそうな出来事なのだ。市民(国民)の無関心さの間隙をついて、世の中はどんどん戦争参加へと踏み出しているようだ。

▼さて、我が国の頭脳集団の集まりである、日本学術会議だ。多くの学者たちが戦争に加担したことへの反省を踏まえ、戦後結成された団体だ。

▼新加入候補は学術会議が選定し、国に任命許可を申請するのだが、当時の総理菅義偉が、6名の任命を拒否した。理由は政府の方針に反対するからだという。

▼「憲法改正」に前のめりで、戦争放棄の条文を無視しようとする政権を批判をするのが、学者の使命ではないか。

▼政府に物申せぬ雰囲気をつくれば、戦前の日本に近づくのは、いくら田舎おやじの私でも推測できる。当然学術会議は政府の戦争容認への対応に反意を翻す。

▼権謀術数の権化のような顔をした菅義偉は、そんな学術会議を歯牙にもかけない。そんな須賀は1年足らずで退陣した。

▼学術会議ばかりではなく、沖縄県民をあからさまにないがしろにする菅義偉に変わって、融和な顔の岸田文雄が総理になった。

▼学術会議とどんな話し合いがあったのか知れないが、私が感じるには学術会議が少し折れたのではないかという印象を受けた。

▼学術会議は、戦前の自分たちの戦争協力の反省を踏まえ、防衛省による研究助成制度を批判してきた。つまり大学では軍事技術に直接つながる研究は、してはならないという方針だ。

▼だが、学術会議側が人工頭脳(AI)や量子技術といった先端科学技術をめぐり【研究者の意図しない用途への転用可能性を事前に評価し、規制することはもはや容易ではない】という見解を出した。

▼学術会議の一歩後退で、政府は打ち出していた学術会議を、政府から独立した新組織移行すべきだとの主張を撤回し「現行形態維持」とした。

▼ここで思い出すのが、戦前の大学総長たちが国に要請された「学徒出陣」を容認せざるを得なかった、ある種の圧力を思い出す。

▼優秀な大学生が戦争で死ぬのは国家の損失だと「兵役猶予」が行われていた。東大総長をはじめ各主要大学総長は、兵役猶予を主張し続けた。

▼しかし戦局悪化となり、兵隊の増員が必要となると【学徒出陣】をやむなしとした。その時の軍部の強烈な圧力は、想像するにやぶさかではない。軍隊は本質的に恐怖(悪魔)の権化だからだ。

▼その時代とは同じではないが【憲法改正】へと政治が舵を切った今日、日本学術会議の融和政策!?が、今後大きな不安の前兆ではないかと感じさせるのが、今の私の気分だ。


※自民党の統一教会に関係した議員は、派閥としては【自民党統一教会派】とする。
※野党の議員にもいる。それらを含め【与野党統一会派】と呼びたい。 
               三頭下