夢かよふ

古典文学大好きな国語教師が、日々の悪戦苦闘ぶりと雑感を紹介しています。

チャリチェイス

2012-10-24 22:07:55 | 雑談
昔、私が教員になりはじめの頃の話。

当時の私は自転車で通勤しており、その日も夜8時頃まで仕事をして、帰りに少し遠回りして駅前に寄り、どこかで夕食でもたべていこうとしていた。

ふと気がつくと、道路の向かい側を自転車で走っている男子高校生が、タバコを吸っているようだ。しかも、着ているのがウチの学校の制服(!)。

とりあえず、本当にタバコを吸っているのか確認するのが先決、と思って道路の向こう側に渡り、彼の自転車の後ろについて行きながら様子をうかがう。手にしたタバコに火が点いている。本校の場合、自転車通学の生徒は、後輪泥よけに学校指定のステッカーを貼ることになっているので、クラスと出席番号を確かめようと距離を詰めたその時、彼がつけられていることに気づき、ダッシュで逃げ出した。

逃げられたら追うしかない。私も自転車のスピードを速め、後を追ったが、必死になった彼の逃げ方はすさまじかった。駅前の繁華街の狭い路地に入り込み、通行人を右に左によけながら走り抜けたり、わざとでたらめな方向に進んだり戻ったり、なんとか追跡を巻こうとする。私は、通行人の方に「すみません」と謝ったり、あるいは「何やってるんだ!」と罵声を浴びながら、彼を見失わないようについていくのが精一杯だった。

彼は繁華街を2周ほどした後、振り返って、まだつけられていることを確認すると、いよいよ本気で逃げにかかり、駅前通りの赤信号を無視して突っ切り、地下道に入っていった。私もその後について、車の列に向かい「すみません、すみません」と頭を下げながら道路の向こう側へ渡り、地下道に入った。彼とはすでに距離が開いていたが、ここで一気に差がついてしまい、「ちくしょう、逃げられたか…」。ゼイゼイ息を切らしながら、高校生との体力の差を思い知らされた。しかし、それよりも腹立たしかったのが、赤信号を無視して行く前にこちらを振り返ったその顔で、喫煙生徒が誰かわかったことで、「マジかよ、○徒○長って…。」

言いようのない腹立たしさと敗北感のような感情を引きずりながら、地下道を抜けて駅の反対側に出てボーっとしていると、なんと向こうから彼が歩いてやってくるではないか。どうやら私をすっかり巻いたと安心して、駐輪場に自転車を停めて、電車に乗ろうとしていたらしい。私が怒りの形相で彼の正面に立つと、彼は一瞬ひるんだ後、観念した表情でうなだれてしまった。

…その後は人前も憚らず、怒鳴りながら説教してしまい、私の方も人間ができていなかったなあと思う。タバコとライターは没収したが、もともと処罰しようと思っていたわけではなかったので、学校にも報告はしなかった。彼は卒業後は県外の大学に進学したが、現在は地元に戻ってきていて、しかも、ちょっとした有名人になっている。今でも時々、雑誌などで彼を見かけることがあるが、そのたびに私は、あのときのことを思い出しながら、「えらそうな顔しちゃって…」と意地悪くほくそ笑むのである。