夢かよふ

古典文学大好きな国語教師が、日々の悪戦苦闘ぶりと雑感を紹介しています。

つらからぬ人のけしきに

2018-02-25 19:22:53 | 日記
『百人一首』講座の授業は、先日、試験を行った。
穴埋め和歌を出題するのも、今期はこれが最終回。

①横走(よこばし)る 葦間(あしま)の蟹(かに)も 雪降れば ■■■■■とや 急ぎ隠るる
                    (為忠家初度百首・葦間雪・五一四・源仲正)
  (葦の間を横向きに歩いていく蟹も、雪が降ると、ああ、寒そうだと思って急いで隠れることだろうか。)
元の歌  あな寒げとや
学生の解答(括弧内は私のコメント)
・「寒すぎる」(元の歌と同発想です。)/「一大事」「世の末」(カニにとってはそうなんでしょうね。)/「足冷える」(8本もあるから大変だ。)/「埋もれ死ぬ」(身が平べったいから、少しの積雪でも命の危険に。)

②つらからぬ 人のけしきに はかられて ■■■■とのみ 思ひけるかな
                         (同・詞和不逢恋・五九四・藤原為業)
  (つれないそぶりを見せないあの人の態度にあざむかれて、それでも(いつかはきっと自分になびいてくれる)とばかり思っていたことだなあ。)
元の歌  さりとも
学生の解答
・「幸せ」(幻想だったと悟ったときの絶望感たるや…。)/「両想ひ」「脈あり」「付き合える」(男子にありがちな勘違いなり。)/「いい人」(笑顔の仮面の下で、舌を出されていたのだと思うと…。)

③浅からず 契(ちぎ)るにつけて つらきかな ■■■■■■■ 心と思へば
                         (同・怠偽恋・六〇四・藤原為忠)
  (愛情をこめて(将来を)約束してくれるにつけてもつらいことだなあ。真実でない気持ちだと思うと。)
元の歌  まことしからぬ
学生の解答
・「お金目当ての」(富豪の娘の悩みでしょうか?)/「その時だけの」「どうせ一時の」(光源氏がこのパターン。)/「口先だけの」(と知りつつ、頼みにしてしまうのが女心だったりする。)/「義務感からくる」(女性にはつらい。)/「いつか裏切る」「いずれなくなる」(不実な人が、世の中には溢れているようで…。)

④知られじと 君つつむめり われもまた ■■■■■■■ ほどぞ苦しき
                        (同・共忍恋・六二五・藤原為忠)
  (二人の仲を他人に知られまいとして、あなたは隠しているようだ。私もまた他人の目をあれこれ気にしていることが苦しい。)
元の歌  人目はからふ
学生の解答
・「隠されている」(自分のこと、本当に好きなの?と思ってしまいますね。)/「他人に言えぬ」(人目を憚る事情があるのでしょうか。)/「独占できぬ」「自慢できない」(まさに夜の錦。)/「知ってしまった」(自分が好きになった相手には別に好きな人がいて、それを他人には隠しているけれども、自分はそれに気づいてしまった、という状況ですね。思いもよらない発想に脱帽です。)


感想
今回の歌は、藤原定家の父・俊成がまだ若く歌壇にデビューした頃に参加した『為忠家(ためただけ)初度百首』から選んだ。
②「詞(ことば)に和すれども逢はざる恋」(手紙は交わしてくれるけれど逢ってはくれない恋)、③「怠りて偽る恋」、④「共に忍ぶる恋」(相手も自分も共に、人に知られまいと、秘めて明かさない恋)など、恋愛の様々なシチュエーションを細かく設定して題にしているのが面白いので、選んでみた。学生の解答を見ていると、恋愛感情というのは、昔も今も変わらないものだなあと感じる。

……今気づいたが、今回の出題はすべて第四句を答えさせるものだった。
偶然こうなったのだけれども、和歌というのは基本的に、上句で情景や状況を述べ、下句に主意となる心情を詠むパターンが多いことを改めて感じる。

学生歌合

2018-02-15 19:15:19 | 日記
『百人一首』講座の最終回は、恒例の行事として「歌合」と称する、学生の創作短歌のプレゼンバトルを行った。(やり方は以前の記事歌合上歌合下を参照してください。)
今回は11の班を紅白に分けて6回戦(1班は2回出場)行い、それぞれ自分たちの班の代表歌についてプレゼンし、優劣を会場にジャッジさせた。

勝った歌の中から、特に印象に残った歌を紹介。

    待恋
  スマホを見 スマホをしまい 繰り返す いつ来るんだよ あの子の返事

何気ないつぶやきが、そのまま形になったような歌で、素直でよい歌だと思う。

    立春
  新年の あいさつ回り 終わらせて ほっと一息 ホットミルクで

本人たちのプレゼンでは掛詞を使ったとアピールしていた。
ただし、細かいことを言えば、「掛詞」は同音異義語を利用して、一語に二つの意味を持たせる修辞技巧なので、この場合は異義の同音反復ということにでもなるだろう。
このプレゼンは、男子女子2人組のコント仕立てで、年始回りをする女子に、男子がハイテンションの実況とツッコミをする、というにゃ○こスターのネタのパクリが笑いを呼んでいた。

    恋
  ちはやぶる 神社でひいた 恋みくじ 乙女の祈る かいなくて「凶」

この歌を詠んだ女子と、解説役女子の「乙女」2人組によるプレゼン。
詠歌事情を説明するのに、
「みなさん、おみくじを引いて、「凶」が当たる確率はどのくらいか知っていますか?
神社によって違いはありますが、だいたい29%だそうです。
しかし彼女は、神様に一心に祈ったにもかかわらず、「凶」を引き当ててしまいました。
彼女のキョウウン(強運? 凶運?)のほどが察せられます。」
また、
「ここで彼女のその他の代表歌を紹介しましょう。

  あらたまの 年賀はがきは 0枚だ 帰省したのに どこかさびしい

冬休みに帰省しても、年賀状が1枚も来なかった、彼女の寂しさと人望の無さが伝わります。」

といった、ユーモアのある発表で、私は個人的にはこのプレゼンがいちばん面白かった。



それにしても、学生に短歌を作らせると、思いがけない詠み方や修辞技巧の使い方をしてくるため、こちらも大いに刺激を受けることがある。
最後の班の「ちはやぶる―神社」・「あらたまの―年賀」のように、枕詞に導かれる語を漢字の熟語にしてしまうのは面白い発想だと思った。(すでに誰かがやっているかもしれないが。)

授業は終わってしまったが、来季はどんな学生が来て、どんな短歌を詠むのか、今から楽しみだ。

昨日も今日も

2018-02-12 21:12:26 | 日記
昨日はシンポジウムが終わってから、会場の片づけをお手伝いし、その後、関係者だけでコーヒーを飲みながらしばし歓談した。
その頃から、雪が激しく降ってきた。

皆さんとお別れしてから、私は1人、車で広島を目指す。
ひろしま美術館で行われている歌川広重展の会期が翌日で終わるので、この日の内に移動しておこうと思ったのだ。

シンポジウムの準備のため、数日来の疲労と睡眠不足の蓄積した身体に、大雪の中の長距離運転はこたえたが、夜9時過ぎにようやく広島に着いた。
宿に荷物を置くと、速攻で街に飲みに行く。
禁酒を解き、久しぶりに美味しい日本酒(富久長(ふくちょう)純米吟醸・山田錦があった)を飲んだ。


今日は美術館見学と書店などでの買い物を済ませて米子に帰ってきたが、途中、中国山地を通る間は猛烈に吹雪いた。
米子に戻ると相変わらずの雪。
ここ2週間くらいは、毎日降っているような気がする。
暦の上では春とはいえ、山陰では雪はまだ続く。

  明日からは若菜摘まむと占めし野に昨日も今日も雪は降りつつ

リベンジ

2018-02-11 19:04:50 | 日記
今日は市立図書館で、パネリストの1人としてシンポジウムに参加。
もともとは、昨年の同じ日に、私がここで講演会をしたところ、その冬一番の寒波に襲われ、参加者が13人であった(積雪40㎝で列車もバスも止まったことを考えると、これはすごい数字なのだが)ことを残念がって、司書の方がぜひ来年の同じ時期に、リベンジ講演会をしましょうと依頼してくださっていた。

私からは、次回は1人で発表するのでなく、シンポジウムを企画して複数人で発表・討議する形にしましょう、と言っていたのが、今日実現したのだ。


今回のシンポジウムは、米子の旧家に伝わる和歌の貴重資料をテーマに行ったが、60人を超える方々が参加してくださり、まことに盛況であった。
朝から降り出した雪も、シンポジウムが終わるまでは激しくはならず、幸運を感じた。

米子市民の方に、地域の文化・歴史について改めてその良さを知っていただく機会になったのではないかと思う。
何よりも、今年度で退職となる司書の方に、今までご恩になったお礼がわずかなりとできたという気がして、ほっとしている。

神といひ仏といふも

2018-02-01 21:40:04 | 日記
『百人一首』講座の穴埋め和歌、今回は学生が源実朝について発表するのに合わせて、『金槐(きんかい)和歌集』から出題した。


①いとほしや 見るに涙も とどまらず 親もなき子の ■■■■■■■  (雑・六〇八)
  (気の毒でならないよ。見ていると涙がとめどなく流れる。親を失った子どもが、母を捜し求めて泣いているとは。)

元の歌  親を尋(たづ)ぬる
学生の解答(括弧内は私のコメント)
・「落ちてゆくさま」(世間に対して否定的になっているので、誰の忠告も届かず自暴自棄になってしまう…。)/「家族ごっこは」(本当に、どんな思いでままごとなどをするのでしょう。)/「無垢に笑えば」(こちらの胸がしめつけられそうになります。)

②神といひ 仏といふも 世の中の ■■■■■■■ ■■■■■■■  (雑・六一八)
  (神というのも仏というのも、世の中の人の心以外の何ものでもないのだ。)
元の歌  人の心の ほかのものかは
学生の解答
・「人の思いが生み出したもの」(同様の解答多数。実朝と同じ発想です。)/「どこにもいない いたら返事を」(思わず笑ってしまいました。)/「人にはただの 「すごい」の言い換え」(「対応」「セブン」、神の価値も暴落したものだ…。)/「不条理一つ 解消しない」「全てを知って 手を加えない」(神仏の存在(非存在)こそが、この世が不条理であることの証明になっていると思う。)

③都より 吹き来(こ)む風の 君ならば ■■■■■■■ 言はましものを  (雑・六二六)
  (都の方から吹いてくる風が、あなたの化身であるならば、せめて私を忘れてくれるなとだけでも言ってやりたいのに。)

元の歌  忘るなとだに
学生の解答
・「もう待てないと」「帰って来いと」「幸せになってと」(太田裕美「木綿のハンカチーフ」パターンですね。東京に出た恋人を故郷に残ったまま思い続け、そして忘れられる…。)/「ふらふらするなと」(あー、ありがちですね。東京に出て浮かれるヤツ。)/「ここで止まれと」(この発想は面白かったです。)

上の三首はすべて、『金槐和歌集』の雑(ぞう)の部から選んだ。
昔から万葉調の歌として高く評価されている歌は二十首ほどだが、そのほとんどがこの雑の部にある。
『金槐集』に収められた歌は、実朝が二十二歳までに詠んだ歌であるが、まだ若いのに神も仏も人の心も信じられなくなっているように見えるのが痛ましい。