夢かよふ

古典文学大好きな国語教師が、日々の悪戦苦闘ぶりと雑感を紹介しています。

穴埋め短歌

2017-07-30 22:28:57 | 日記
先日終了した源氏物語の講義では、毎回、出席確認用に小テストの提出を求めており、そこで短歌の穴埋め問題をさせていた。
今回紹介する歌は、すべて栗木京子さんの『水惑星』(昭和59年)から選んだもの。

栗木さんの短歌は、教科書にも採られている、
  観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日(ひとひ)我には一生(ひとよ)
が有名だが、みずみずしい青春の歌も、主婦としての日常を詠んだ歌もよく、学生たちに共感してもらえるのではないかと思ったのだ。

①退屈をかくも素直に愛しゐし日々は還(かへ)らず ■■■■■■■

元の歌
「さよなら京都」                                                
学生の解答(括弧内は私のコメント)
・「若かりし日々」(学生時代に、お別れ。)

②夜道ゆく君と手と手が触れ合ふたび ■■■■■■■ ■■■■■■■ 

元の歌

「我は清くも醜くもなる」                                              
学生の解答
・「つなぎたい手が背中に隠れる」(恥じらって本心とは違う行動をしてしまう。)
・「赤らむ頬と交わる視線」(二人に言葉は不要。)

③叱られて泣きゐし吾子がいつか来て我が■■■■をしづかになぞる

元の歌
「円周」                                              
学生の解答
・「輪郭」(元の歌と発想が似ていて面白い。)
・「悲しみ」(泣かすほどわが子を叱ってしまった母親の自責と後悔が伝わる。)
・「手のひら」(いかにも子どもがしそうな仕草で、いじらしく可愛い。)

授業の中で、これらの解答を紹介し、特に②に優れたものが多かったと褒めた。
年代的なものもあり、学生たちには感情移入しやすかったのだろうと思われる。

私も昔、これと似たような経験をしたことも話した。
夜道を二人で歩きながら、私の側の手には荷物を持たないようにしている(と見える)のは、つないでもいいというサインなのかもしれないと思いつつ、なかなか勇気を出せなかった話で、今でも思い出すと恥ずかしく、うつむきながら話した。

殻を破る

2017-07-29 22:25:47 | 日記
4月に開講した源氏物語の講義は、先日最終回を行った。
学生に教養として源氏物語を教え学ばせるのは、今回が初めての機会だったので、この4カ月ほどは、生みの苦しみを味わった。

大学入試のためでなく、文法指導もしない、また、古典文学の研究を志す学生のために教えるのでもない授業。
古典にはほとんど素養のない学生の興味・関心を引き出しつつ、作品としての魅力や価値を、リアルに感じてもらうためには、どうしたらよいのか。
先日までずっと、その問題を解決し、自分の従来の殻を破るべく格闘していた。


自分が好きで研究している専門の分野を、あまり関心のない若者に理解してもらうのは難しい。
しかし、若者に関心を持ってもらえないような学問分野は、将来の存続すら危うい。
どんなに困難でも、研究の裾野を広げるための努力は怠ってはならない。

研究と教育との両立が大事だとはよく言うが、実際には行うは難しだと最近よく思う。

夏鹿

2017-07-28 22:22:45 | 日記
今日、帰宅すると、先日行われた歌会の詠草一覧が届いていた。(当番の方、ありがとうございます。)
今回の歌会には、私が先日奈良に行ったときに詠んだ歌を提出していたのだが、先生の添削をいただいて、とてもよい歌になった。

  梅雨晴れの朝春日野に出でてみれば夏毛の鹿が草を食みをり
  春日野の鹿の体にふるるときわれは幼子の昔に還りぬ



夏の鹿は、赤茶に白の斑点の浮かんだ夏毛が、鮮やかな緑の草原によく映える。
梅雨晴れの奈良は、朝から非常な暑さであったが、愛らしい鹿の姿に、しばしそれを忘れて見入っていた。

登廊

2017-07-17 21:57:10 | 日記
昨日は書き忘れたが、長谷寺の特徴は、この長く続く回廊(登廊・のぼりろう)を上って本堂に向かうところ。
平安の昔、菅原孝標女もこうして観音様にお詣りしたのだろうか、と思いつつ歩いた。


今、旅をしていて思うのは、平安女流文学の作者たちが、物詣でを好んだのは、宗教的動機はもちろん、退屈で不如意な日常から束の間でも解放され、リフレッシュする時間と体験が欲しかったのではないかと思う。

こうした古典文学ゆかりの地を訪れると、その作者たちも自分と同じように生きて物を思っていた人々であると実感できて楽しい。

長谷寺

2017-07-16 21:56:37 | 日記
源氏物語ゆかりの地を訪ねて、長谷寺(はせでら)へ。
源氏物語で夕顔の遺児・玉鬘(たまかずら)がここに詣でてその後の開運につながったように、平安貴族の信仰を集め、藤原道綱母や菅原孝標女の日記にも出て来る長谷寺をぜひ一度訪ねたいと思いつつ、なかなか行けずにいた。


昔から「花の御寺」と呼ばれており、特に牡丹の花で有名だが、今の時期は寺のそこかしこに紫陽花がいっぱいに咲いていた。
国宝の十一面観音像はとても大きく、昔から御霊験あらたかなみ仏として、お詣りする人が多かったのももっともだと思った。

写真のように、周囲を山に囲まれた谷あいの秘境ともいうべきパワースポットで、非日常の霊場体験をしてきた。