甲生地区から再び唐櫃の岡に戻り、豊島美術館へ行く。
標高100mほどの高い岡から海までの斜面に棚田が広がる。
この島は小雨地域だが、湧き水が豊富なので、昔は稲作が盛んだったそうだ。
今の棚田は、地元の方の尽力で再生されたものだという。
豊島美術館はこの美しい岡にあり、中央の白い、穴の開いた建物がアートスペース、左の白い小さな建物がギャラリー&カフェ。
ただし、美術館とはいっても、絵画や彫刻作品を展示した通常の美術館ではない。
写真左の、樹木の茂った天神山の周囲の遊歩道を進み、視界の左手に広がる唐櫃港や海の景色を眺めつつ、アートスペース入口に辿りつくと、スタッフから「靴を脱いで中に入ってください」云々という説明を受ける。
(エキサイト・イズム・コンシェルジュ2010年10月16日「豊島美術館 環境、アート、建築の融合:瀬戸内国際芸術祭」の記事から転載)
狭い入口から中に入ると、ハマグリの貝殻のような構造になっており、天井に二ヶ所、大きな穴が穿たれ、空が覗いている。
床は、どういう仕組みになっているのか、あちこちから水が沁み出し、随所に水たまり(美術館のパンフレットでは「泉」と称しているが)ができている。
床のコンクリートが撥水加工されており、また適度な傾斜があって、外から風も入り込んでくるので、水たまりから水が流れ出したり、水たまり同士がくっつきあったり、「泉」は絶えず表情を変えている。
真夏なのに、このアートスペースの中は爽やかな風が吹き、涼しい快適空間である。
人々は、水の動きに見入ったり、天井穴から空を眺めたり、横になってやすんだり、思い思いに過ごしている。
私も、腰を下ろして「泉」を眺めつつ、極楽浄土の蓮の葉の上にいたら、こんな気分だろうか、と思ったりした。
名画や彫刻などが置いてあるわけでもないが、極楽体験ができたのは楽しかった。
美術館を出た後、岡の上から、自転車で一気に坂を駆け抜け、唐櫃港へ。
漁船の群れを眺めながら、さらに自転車で進んでいき、その日最後の鑑賞となった作品が、クリスチャン・ボルタンスキー「心臓音のアーカイブ」。
王子が浜というきれいな砂浜にこの美術館がある。
ただし、収蔵されている作品は、世界中の人々から集めた心臓音。
(エキサイト・イズム・コンシェルジュ2010年10月10日「世界中の人から心臓音を集めたアーカイブ:瀬戸内国際芸術祭」の記事から転載)
「ハートルーム」というメイン展示室に入ると、この写真のようなインスタレーション空間。
真っ暗な部屋に、大きく、ドクン、ドクン、という心臓音が響き、それに合わせて電球が明滅する。
初めは気味が悪かったが、少し慣れてくると、母親のお腹の中にいた間は、ずっとこんな音を聞いていたのだと思った。
胎内回帰、ということを感じさせる体験だった。
PCルームでは、ボルタンスキーが世界中から採集したという心臓音を聞くことができる。
また、録音室で、自分の心臓音を記録し、この美術館に収蔵してもらうこともできる(有料)。
窓から見える景色は、ボルタンスキーが「世界で一番美しい島」と言っただけのことはあると思う。
気の早いトンボが、砂浜にたくさん飛んでいた。
わずか一日の滞在だったが、豊島の魅力を満喫して帰って来た。