今月の歌会には、先生の他に9名が参加。
今回の私の歌は、先日詠んだ二首を持って行った。
①(提出歌)
遮断機の下るる間をわが待ちをれば稲田をわたり秋の風吹く
→(添削後)
遮断機の下りゐる間を待つわれに稲田をわたり吹く秋の風
参加者の方からは、「この風景は、ちかさださんがお住まいの○○町でしょう。津山線の列車が田んぼの広がる中を走っていく、その踏切の遮断機のことだと思いますが。」とズバリ指摘された。
正解です。
その方は、会社を定年後、畑仕事をされているので、
「稲田を吹く秋風は、稲の花の香りや実の香りも運んできます。」
ということも言っておられた。
先生の添削のうち、「下るる間」と「下りゐる間」は小さな訂正のようだが、実は鋭い指摘だと思う。
前者だと、私は遮断機のバーが降りてくるのをじっと待っていることになるが、後者では、私はすでにバーの降りた遮断機の前で列車が行き過ぎるのを待っていることになる。もちろん、後者が正しい。
先生は、遮断機は理不尽に我々の進行を妨げる存在だとも言えるから、この歌は、
遮断機に行く手阻まれ待ちをれば稲田をわたり秋の風吹く
でもいいかもしれないね、と言っておられた。
②(提出歌)
夕月夜(ゆうづくよ)稲穂なびかせ風吹けば田の面(も)に白き波の立つ見ゆ
初め、ある参加者の方から、「白き波」の意味を聞かれたので、正直に、
「すみません、これ、ウソの歌なんです。」
と言った。私が見たのは、たそがれどきに稲田を秋風が吹き、稲穂が波のように靡く光景だけだったのだが、
(もし、ここに月の光が照っていたら、きっと白い波しぶきが散ったように見えたにちがいない。)
と感じて、先の歌が思い浮かんだのだ。実際には、この日の月の出は午前零時頃だったので、夕月夜であろうはずがない。
それでも、何人かの参加者の方からは、「(光景として)目に浮かぶ。」「幻想的で素敵。」などと評価していただいた。
【感想】
先生は、二首目の歌はこのままでよいと言われ、丸をつけてくださった。
月の光に白く光る、風わたる田の面のイメージは、特に目新しさはないが、『新古今集』のような繊細な感覚なので、自分でも少し思い入れがあった。
今回の歌会の初めにあった、『百人一首』講読の話題は、また次回に。
今回の私の歌は、先日詠んだ二首を持って行った。
①(提出歌)
遮断機の下るる間をわが待ちをれば稲田をわたり秋の風吹く
→(添削後)
遮断機の下りゐる間を待つわれに稲田をわたり吹く秋の風
参加者の方からは、「この風景は、ちかさださんがお住まいの○○町でしょう。津山線の列車が田んぼの広がる中を走っていく、その踏切の遮断機のことだと思いますが。」とズバリ指摘された。
正解です。
その方は、会社を定年後、畑仕事をされているので、
「稲田を吹く秋風は、稲の花の香りや実の香りも運んできます。」
ということも言っておられた。
先生の添削のうち、「下るる間」と「下りゐる間」は小さな訂正のようだが、実は鋭い指摘だと思う。
前者だと、私は遮断機のバーが降りてくるのをじっと待っていることになるが、後者では、私はすでにバーの降りた遮断機の前で列車が行き過ぎるのを待っていることになる。もちろん、後者が正しい。
先生は、遮断機は理不尽に我々の進行を妨げる存在だとも言えるから、この歌は、
遮断機に行く手阻まれ待ちをれば稲田をわたり秋の風吹く
でもいいかもしれないね、と言っておられた。
②(提出歌)
夕月夜(ゆうづくよ)稲穂なびかせ風吹けば田の面(も)に白き波の立つ見ゆ
初め、ある参加者の方から、「白き波」の意味を聞かれたので、正直に、
「すみません、これ、ウソの歌なんです。」
と言った。私が見たのは、たそがれどきに稲田を秋風が吹き、稲穂が波のように靡く光景だけだったのだが、
(もし、ここに月の光が照っていたら、きっと白い波しぶきが散ったように見えたにちがいない。)
と感じて、先の歌が思い浮かんだのだ。実際には、この日の月の出は午前零時頃だったので、夕月夜であろうはずがない。
それでも、何人かの参加者の方からは、「(光景として)目に浮かぶ。」「幻想的で素敵。」などと評価していただいた。
【感想】
先生は、二首目の歌はこのままでよいと言われ、丸をつけてくださった。
月の光に白く光る、風わたる田の面のイメージは、特に目新しさはないが、『新古今集』のような繊細な感覚なので、自分でも少し思い入れがあった。
今回の歌会の初めにあった、『百人一首』講読の話題は、また次回に。