元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「市子」

2023-12-23 06:25:22 | 映画の感想(あ行)
 惜しい出来だ。序盤のドラマの“掴み”は万全で、登場するキャラクターたちも濃い。ミステリアスなモチーフが次々と現われ、物語はどう着地していくのかと期待しながらスクリーンと対峙していたのだが、終盤が物足りない。これでは何も解決していないのではないか。ヒロインの行く末も含めて、主要登場人物の身の振り方がハッキリしないままの結びでは納得出来ない。シナリオのもう一歩の練り上げが必要だったと思う。

 和歌山県の地方都市に住む川辺市子は、3年ごしの同棲相手である長谷川義則からプロポーズを受ける。平凡な幸福を望んでいた彼女は喜ぶのだが、その日義則が仕事に出ている間に身元不明の遺体が山中で発見されたというニュースをテレビで見た市子は、次の日忽然と姿を消してしまう。戸惑うばかりの義則の元に、市子を捜しているという刑事の後藤がやってくる。聞けば市子は複雑な生い立ちで各地を転々とし、しかも十代の頃には違う名前を名乗っていたらしい。やがて義則は部屋の中で1枚の写真を発見し、その裏に書かれていた住所を皮切りに、市子に関わった人々を訪ね歩く。



 義則と付き合っていた市子は気の良い若い女子といった雰囲気だが、中学生時代には暗くて気難しく、それから年を重ねるごとに挙動不審な態度が昂じてくる。彼女が使っていた“偽名”は、どうやら同居していた身体不自由な家族のものらしいが、具体的にどう振る舞っていたのか明示されない。このストーリーの持って行き方は巧みだ。

 中盤までは市子の屈託の多い半生が暗示され、このタッチで進めば野村芳太郎監督の代表作「砂の器」(74年)と同程度のヴォルテージの高さを達成するのではと思わせたが、残念ながら最後の詰めが甘い。それによって気が付けば伏線の多くが回収されず、どれも中途半端に終わっている感がある。監督は自ら劇団を率いている戸田彬弘で、原作も彼自身のものだ。ひょっとしたら舞台劇ならばキャストの配置次第で説得力が出てくるのかもしれないが、映画空間では作劇がまとめ切れていない印象を受ける。

 とはいえ、主役の杉咲花のパフォーマンスは見上げたものだ。かなり幅広い年齢層を演じているにも関わらず、どれもほとんど違和感が無い。表情によってヒロインの背負う懊悩を十二分に出す技量には感心するしかなく、間違いなく彼女は日本映画界を代表する若手女優の一人だと思う。相手役の若葉竜也をはじめ、森永悠希に倉悠貴、中田青渚、石川瑠華、渡辺大知、宇野祥平、中村ゆりなど、確かな演技力を持つ者ばかりが集められていて、その点は評価したい。春木康輔のカメラによる清涼な映像も要チェックだ。

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