元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「オーバー・フェンス」

2016-10-30 06:50:01 | 映画の感想(あ行)

 とてもいい映画だと思う。熊切和嘉監督の「海炭市叙景」(2010年)、呉美保監督の「そこのみにて光輝く」(2014年)に続く佐藤泰志の小説の映画化だが、山下敦弘監督作らしく、どこか突き抜けた明るさを伴っているのが心地良い。作劇面でも隅々にまで配慮が行き届いており、観ることが出来て本当に良かったと思える秀作だ。

 主人公の白岩は妻子と別れて仕事も辞め、東京から故郷の函館に戻り、今は一人暮らしで失業手当を元手に職業訓練所に通っている。訓練所では、一緒にキャバクラを切り盛りしようと話を持ちかける若い男・代島を筆頭に、年齢や性格、それまでの経歴も様々な男たちがこれからの人生を仕切り直すべく木工を学んでいる。ただ、白岩は訓練所の仲間や地元の親類とは深い付き合いを避け、狭いアパートでの一人暮らしを続けるばかり。

 ある日、彼は路上で男に対して大声で悪態をつき、奇矯な行動を取る若い女を目撃する。しばらく経って、代島と一緒に入ったキャバクラで、その女と再会。彼女は聡という名のホステスで、どこか常人とズレた言動によって店内では独自のポジションにいた。どうやら聡は代島と付き合っているようなのだが、それでも彼女のことが気に掛かる白岩は、昼間彼女がアルバイトをしている動物園に向かうが、聡はそこでもトラブルを引き起こす。

 本作も過去の佐藤泰志の映画化作品の例に漏れず、出てくるのは不遇と孤独に身もだえする人間ばかりだ。白岩は離婚したことで自身のアイデンティティが全て失われたかのごとく、自ら孤立の道を選ぶ。何の希望もない生活を送ることで自分の失敗した人生を再確認するような、ニヒリスティックな境地に引きこもっているのだ。

 程度の差こそあれ他の登場人物も似たようなもので、たとえば日々作業を続ける訓練所の仲間達には明るい将来が開けているわけでもない。取り敢えずは何かをしなければならないという、後ろ向きの義務感に駆られているだけだ。代島もキャバクラを成功させるアテなんか持ち合わせていない。聡に至ってはメンタル面での問題により、日常生活もマトモに送れない。

 どう考えても、このどん詰まりのシチュエーションから少しでも救いのある着地点へ移行させるとなると、正攻法にやってはギャップが大きすぎる。だが、山下監督のトボけた持ち味は、そんな彼らにもポジティヴなスタンスがわずかでも残っていることを垣間見せることに成功している。訓練所のソフトボール部の珍妙な練習風景や、白岩と元ヤクザである訓練生とのユーモアとペーソスに溢れたやりとりなどで巧みに笑いを取りつつ、ドラマが“真っ暗”になってしまうことを巧妙に回避している。そして全てをクライマックスのソフトボールの対外試合へと持って行ってカタルシスを生み出そうという展開は鮮やかだ。

 主演のオダギリジョーは、彼の数多いフィルモグラフィの中でも上位に属すると思われるパフォーマンスを披露。捨て鉢になった男のやるせなさを力のこもった演技で見せる。さらに聡に扮する蒼井優の仕事ぶりは圧巻と言うしかなく、鳥の形態模写で自身の鬱屈を表現するあたりの迫真性は、観ていて引き込まれるものがある。

 他に松田翔太や北村有起哉、満島真之介、鈴木常吉など、確かな演技力を持ち合わせた者ばかりが登場するのは気持ちが良い。白岩の元妻役で優香が出てきたときは少しヒヤリとしたが(笑)、大きな役ではなかったのでボロが出ていない。近藤龍人のカメラによって切り取られた函館の街の風景は、「海炭市叙景」での荒涼としたものとは違い、どこか暖かみを持っている。田中拓人の音楽も万全だ。
コメント
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