bozzo★bozzo★bozzo

沖縄から東京へ!流転の写真日記

いざミュンヘンへ。

2008-02-27 | Photo-diary
2月は思わぬところで風邪にやられ、
月末を迎える今になっても
だらだら冴えない日々。

しかも来週からはドイツ。

平均気温10度以下。
緯度は北海道より上。
寒いに決まってる。

宿泊先の友人からは
「春めいてきたよ。最高気温12度で~す。朝は2度。氷点下切らなくなったよ」

ほほ。

まずもって寒いじゃない。


しかし、異国の地に行くと、
五感が研ぎ澄まされる。

触覚・味覚・聴覚・視覚・嗅覚。すべてがフル回転。

日常生活では、あえてそこまで研ぎ澄まさなくても
感覚的な「馴れ合い」でコトがうまく運んでしまうもの。

でも異国暮らしは、そうは行かない。

いつもの感覚が通用しない。
すべてがファーストインプレッション。
ドキドキの連続だ。

この剥き出しになるゆで卵みたいな感覚が、たまらない。

なにもかも剥き出しになって、「個体」を思い知る。
誰でもない、このボクとなって、そこに在る。

代替不可能。誰も替わってはくれない。
剥き出しなまま、体当たりで、コトに応じるしかないんだ。

ニューヨークは、まさにその連続だった。

右も左もわからず、知り合いもツテもなく、
ひとりでマンハッタンを彷徨した。

摩天楼に押しつぶされそうになりながら、
警戒心を失わず、自分を失わず、五感を研ぎ澄まし、
触れるモノすべてに反応し、目を見開いて、見た。

だから、今でもあの5番街の裏道の雑多な感覚が
昨日のことのように蘇る。

闊歩するニューヨーカーを縫うようにすり抜け、
ひたすらシャッターを切った、あの感覚。
とてもスリリングだった。

あの時以来の、研ぎ澄まされた時…ミュンヘンへ。

緑の多い都市だと聞いている。
ピンと張りつめた東欧の空気。
石造りの静観な街並み。
ドイツの気品。
硬質な雰囲気。

そのどれもが、新鮮だ。

風邪を引いて塞ぎがちだった毛穴が大きく開いて、
ドイツの空気を、カラダ全体で吸い込む。

あと6日。
6日後、ボクはドイツにいる。





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長次さん詠子さん、おめでとう!

2008-02-27 | Photo-diary
02月23日の土曜日。

入場のファンファーレを
トランペットで…なんていう
大役まで任されて、

スーツを張り切って
オーダーメイドで仕立て

かなり力の入っていた自分だけど、

フタを開けてみると
鼻水ダラダラの鼻風邪が治まらず、
ティッシュ箱持参で参加した友人の結婚式。

しかし、ステキだった。

おふたりの思いも特別だったし、
周りを固める友人たちも、熱かった。美しかった。

これってやはり人徳だよね。

ピュアな心持ちで
生きてきたから、
どこを切っても金太郎飴なんだ。

とってもピュアでココロ温まる挙式と披露宴だった。

出だしのファンファーレは、
どう響いたのか、まったくわからないけど
最後のカチャーシーは、
ふたりの幸せが飛び火して、みんなひとつになったよ。

長次さん、詠子さん、末永くお幸せに。
帰ってきたら、飲みましょう。



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週末は風邪で寝込む

2008-02-19 | Photo-diary
仕事が一段落を終えたためか、
寒暖の激しさに疲れも加わったためか、
不覚にも風邪を引いた。

今も鼻がつまって
思うように呼吸ができないでいる。

日曜日は
3時間もの待ちぼうけを食らいながら
耳鼻咽喉科の診察を受けた。

まわりは子供を連れた家族ばかり。

日曜の3時間がどれほど貴重なのか
ふだんの自分では、よくわかっているのだけど、
カラダが思うように動かない状況では
為す術もなく、ただ待つしかない。

ノドが刺すように痛い。
熱もある。

洟垂れ小僧たちに混じって
自分も口を開けて「あ~」と診察を受ける。

なんとも情けない。

日差しがうらめしかった。



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This is BOSSA NOVA

2008-02-19 | BOOKS&MOVIES
1950年代の終わり、
ボサノヴァはブラジルのリオデジャネイロの
海沿いの街から生まれた。

サンバやショーロという多彩なリズムをもった
豊かな音楽の土壌から、
静寂の中に躍動を秘めた“新しい傾向”を
感じされる音楽の芽が息吹いた。

コルコヴァードの丘にそびえる
キリスト像の背後から俯瞰するリオの全景。

イパネマ海岸の青さと燃えるような夕暮れ。
木々の緑とリオの山々の稜線。

スクリーンから溢れるリオの美しさに心奪われる。

ジョビンが「ボクの音楽の多くはリオの美しさによるものだ」
と回想したように、ボサノヴァの美しさは
まさにリオの美しさに拠るところがが大きい。

This is BOSSA NOVA

ボサノヴァ創世の相関図が
手に取るように展開され、
この音楽の屹立線とも言うべき、
背筋を伸ばした「粋」の良さが
あらためてボクの心を捉える。

ヴィニシウス・ヂ・モライスや
ホナルド・ボスコリのような
詩人やジャーナリストが
ボサノヴァの立役者であったことも
非常に興味をそそった。

そして、何より
アントニオ・カルロス・ジョビンの
洗練された楽曲には涙が出た。

CORCOVADO、あのリオにそびえる丘が
どれほど彼らの心の支えになっているのか…と。
情景を思い描きながら、Tomの曲を噛みしめると
ブラジルの風が、五感に流れていくのを感じた。


 ここぞ、私の探し求めた居場所
 命の炎がきらめき尽きる日まで
 あなたがそばにいてくれる

 昔の私は道に迷い、孤独だった
 人生を悲しい悪ふざけと思った

 でもあなたのおかげで
 生きる意味に私の眼が開かれた
 我が愛するひとよ


リオでなきゃ、ダメなんだ。
それが、ボサノヴァ。


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CORCOVADO/Tom Jobim

2008-02-19 | MUSIC
CORCOVADO

Quiet nights and quiet stars
Floating on the silence that surrounds us
Quiet chords from my guitar
Quiet nights and quiet dreams

And the window lookin' on the mountains and the sea how lovely
Quiet walks by quiet streams

Here with you so close to me
This is where to be
Till the final flicker of life's ember

I who was lost and lonely
Believing life was a only a bitter tragic joke
Have found with you the meaning of existence oh, my love
This is where to be

Here with you so close to me

Believing life was a only a tragic joke
Till the final flicker of life's ember

I who was lost and lonely


     ●●●


静かな夜、静かな星空
私が弾くギターの静かな調べが
私たちを包む静寂に流れていく
静かな夢、静かな思索
静かな小川のそばを静かに歩く

部屋の外には山と海がひろがる
なんて素敵な場所なのだろう!

ここぞ、私の探し求めた居場所

命の炎がきらめき尽きる日まで
あなたがそばにいてくれる

昔の私は道に迷い、孤独だった
人生を悲しい悪ふざけと思った
でもあなたのおかげで
生きる意味に私の眼が開かれた

我が愛するひとよ

This is BOSSA NOVA
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グレングールドという存在

2008-02-12 | MUSIC
「グレングールド 27歳の記憶」
の中にこういったシーンがある。

Glenn Gould plays Partita Nr.2
トロントの湖畔の自宅で
パルティータのパッセージを繰り返し練習するグールド。
頭の中で鳴っているイメージに近づけるべく、
いったんはピアノを離れ、音の配列を再確認する。
そして再びピアノに向かう姿に、ボクは心打たれた。

極端に低い椅子に座り、時には足を組んでピアノを弾き、
頭のイメージを呼び出すがごとく、呻り声を上げる彼の演奏は
クラシック界では、かなり評判が悪い。

しかし、ここまでバッハの音楽に心酔し、
純粋にバッハのポリフォニックな音の連なりを再現しようと
パッセージを繰り返す若きグールドの姿を見れば、
そんな誤解も消えることだろう。

1955年に「ゴルトベルク変奏曲」で鮮烈なデビューをし、
1964年には演奏会を引退、以後レコーディング・放送でのみ
自らの音楽観を表現していった孤独な隠遁者、グールド。

1982年の9月25日に50歳の誕生日を迎え、ほどなく脳卒中で倒れ、
10月4日に帰らぬ人となった。

最後までバッハに傾倒し、最晩年にはあの「ゴルトベルク変奏曲」を再録音している。
Glenn Gould plays Goldberg Variations in 1981
Aria Da Capoを演奏し終え、鍵盤から指を離すグールドのしぐさは
まさに「ゴルトベルク」を愛でるように、祈るように、封印するように、見える。
己の葬送曲として、人生に区切りをつけたのではないか…と疑いたくなるような終わり方である。

27歳のグールドと49歳のグールド。

22年の月日が、彼をここまで老いさせてしまった。
老眼鏡をかけ、猫背で鍵盤に向かう姿を見ていると、
生涯をバッハに捧げた「最後のピューリタン」として胸に迫ってくる。

彼の演奏が、ここまで人々の心を揺り動かすのは、
音楽に対する痛いほどまでの純真さがあるから…だと、ボクは思う。

こうやって夜中に「ゴルトベルク」に聴き入っていると、
心の襞がひとつひとつ押し広げられるような…肌を晒すような無垢な気持ちになる。

グールドがいなかったら、バッハの音楽もここまで人の心を動かすこともなく
18世紀の古典音楽として葬られていたことだろう。

だからこそ、Aria Da Capoを弾き終えたあとのグールドのしぐさは、痛い。
自らの役割を終えた人間の、終焉のしぐさに見えるのだ。

人生の閉じ方として、なんと美しいことか。






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グレングールド再創造

2008-02-10 | MUSIC
孤高のピアニスト、グレングールドの貴重な映像を見た。
「グレングールド27歳の記憶」

そして、
Goldberg~Zenph-Re-Performanceを購入した。

これは1955年にGould鮮烈デビューとなった「ゴルトベルク変奏曲」の再創造である。
つまりコンピュータが当時のグールドを解析し、
リズム、強弱、アーティキュレーション、装飾法、ペダリングなどの詳細を
ピアノ自動演奏で録音したものなのだ。

1955年版「ゴルトベルク変奏曲」はモノラル録音だった。

せっかくのグールドもモノラルだと、
右手と左手の絶妙なバランスが聞き分けられず、
その理性的なプレイを堪能しきれなかった。

そんなわけでボクはいつも
1982年版の再録ゴルトベルクを
いつも耳にしていたのだが、

本来のゴルトベルクは
1955年から始まったのだから、
こちらの録音も同じように体感したい…
そんな思いもあった。

だから、この「ピアノ自動演奏」版は
とても興味深く拝聴できた。

まさしくグールドだった。

機械的な演奏…そう言ってしまえばそうなのだが、
「ピアノ自動演奏」とは思えないパッセージが、そこにはあった。

最新の録音技術で、
グールドが演奏中、耳にしていたであろう
左右のバランスでピアノが耳に届く。

グールドを追体験しながら、あのゴルトベルクを聴く。

奮えるような興奮がやってきた。

細部の音圧まで、しっかり耳に届いた。
全体の音の起伏がよりリアルになった。
なによりモノラルの平板さが、奥行きを持って甦ってきた。

1955年版がなぜ、あれほどまで人々を熱狂させたか…
その感動が掴めたような気がした。




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サルバドールの朝

2008-02-07 | BOOKS&MOVIES
多忙を極めて更新を怠っていたら、
2月7日になっていた。

すでに2週間。

その間にさまざまなことが起こり、
さまざまな思いが浮き沈み、した。

日記と同じで
書き留めるくせをつけないと
ブログの更新もおろそかになる。

2008年が始まってから
エンジン全開で突っ走ってきた。

もうそろそろシフトダウンしても良い頃…
…と高をくくっていたら、また嵐が来た。

そして、ふと立ち止まって考えた。
運命ってなんだ?

身近だった人間の突然の死を経験してから
ますます現実との乖離が激しくなっている。

そんな時に
「サルバドールの朝」を観た。

1975年のスペインが
フランコ独裁政権下であったこと、
自由を唱えることすら、ご法度であり、
25歳の若者を死に至らしめることに
なんの抵抗もなかったこと。

この事実に、驚愕した。

バルセロナは40日間滞在した場所だ。
青い空や青い海、夜明けまで続く宴、
音楽が巷に溢れ、人々は陽気に笑い、
カフェコンレチェはいつも美味しかった。

そんなバルセロナで
32年前にサルバドールは
死刑執行の朝を迎える。

この描写がむごたらしい。

鉄環絞首刑…ガローテ。

…柱につけた鉄環に首を入れさせ,
 その鉄環をねじで絞めて殺す
 極めて残忍で、苦痛を伴う死刑なのだ。

 執行人は万力を締めるように、徐々に徐々に力を加える。
 サルバドールは鮮明な意識の中で、手足をばたつかせ、
 もがき苦しんでいる。
 その状況を廻りはただ見つめ、息の根が止まるのを待つ。

 執行台の設置場所がまた非道い。
 刑務所奥の物置のようなところである。
 さらに執行人は、ガローテを設置に来た老いぼれ職人。
 若者の「死」をここまで下劣に扱うのか…と怒りの涙が溢れた。


32年前の出来事である。
自分の人生に振り返ってみる。

このまま仕事に翻弄され、時間を無為に消化することが
果たして有意義なことなのか。

そんな思いが沸々と浮かんでは消え、浮かんでは消えた。
何かが間違っている。そんなことはないか?





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